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34.雷と炎

 この世に産声を上げた時、祝福してくれたのは母上たった一人だけだった。

 与えられた狭い部屋で閉じ込められて最低限の人しか来ない。その中に父親はいなかった。

 それでもよかった。生まれ持った大きな力も人の目から隠して母上だけに使おうと思った。そしてここからいつか二人で出てただ穏やかに暮らせればそれでよかった。

 ──あんな事が起こらなければ……。



 ◇


「見えにくいわね……そろそろ出てもいいかしら?」


 それなりに長い距離をゆらゆらと揺られながらクロエは麻袋に穴を開けて外の様子を伺っていた。

 何度か乱暴に揺らされたり、雑に降ろされそうになったりはしていたがなんとか暴れることはなく袋の中に留まっていた。耐えられず何度か運搬者を叩いてはいたが。


「肌は擦れるし居心地最悪だわ………」


 それでも今危険な目にあっているあの子達のために下手に動く訳にはいかない……。


 袋の中でジッと身を潜めて機会を待つ。


「ん?」


 外の景色が動かない。どうやら立ち止まっているようだ。


 …………なかなか動かないわね……。


 何度か止まったことはあったがこんなに長く立ち止まっていたことはなかった。それになんだか話し声がする。


 誰かと会話してる?


 話を聞こうとクロエが耳を澄ませる。

 瞬間、バリッと何かが弾けるような音と呻き声が聞こえたかと思うとクロエの入っている麻袋は地面に落とされた。


 痛い!


 腰を打ちつけてクロエは痛みでその場でころんと転がる。立ち上がって文句を言ってやろうとしたがそれより先に麻袋の閉じ口が開いた。


「え…?」


 突然差し込んでくる光にクロエが思わず目を細めれば誰かが手を差し伸べてくる。


「やっぱりここにいたんだね」


 その手はフードルのものだった。クロエが呆然としていれば美しい顔でにこりと微笑みかけてその手を取る。もう片方の手で彼女の肌が傷つかないよう麻袋から丁寧に出してくれた。


「貴方……どうしてここに?って……」


 そこでフードルの後ろに倒れている男を見つけてぎょっと後退る。それを反応を見たフードルは悪戯が見つかったとでも言いそうな顔をして頭を搔いた。


「あー…いや、直ぐにクロエを出してもらおうと思ったんだけどちょっと揉めてしまってね」


「揉めたって……」


 こんな屈強な男を伸したっていうの?


 クロエは倒れている男に恐る恐る近寄りしゃがみ込む。


「……!」


「ナタリアとクラージュが逃げているのにキミはいないのを見て嫌な予感がしたんだ」


 フードルはクロエの肩に手を添えて男から距離を取る。そして悲しげに眉を下げて残念だけど、と続けた。


「何を言われたか知らないけどクロエは騙されていたんだよ。彼らはキミを犠牲にして逃げ出そうとしてたんだ」


「……」


「だってそうだろう?ここにいるのはキミじゃなく子供達の中の誰かでもよかった。キミのことを考えているならあの場所で待たせた方が安全だっただろう」


「……」


「なのにそうはしなかったのは二人が確実に逃げ延びる為だよ。キミなら二人を信じているから騙しても最後まで気づかれないと思われた。君の思いは利用されたんだ」


 クロエは何も言わない。フードルはショックで声も出ないのだと思っていたからクロエの正面に立って酷く気の毒そうな表情を作る。


「クロエには辛いことかもしれないけれど今は隠れよう。絶対に報復すべきだ。だってキミはあの二人に見捨てられたのだから」


 自分だけは味方なのだと思わせるように安心させるように誘惑的な笑みを浮かべて手を差し伸べる。


「二人で逃げよう。さぁ、僕の手を取って」


「……」


 クロエは沈黙を保っていたがやがてゆっくりと腕を上げる。

 フードルはそれを見て嬉しそうに微笑んだ。だって手を取るとばかり思っていたから。

 しかしクロエはその手を取ることはなく空に手の平を突き上げ魔法を打ち上げた。

 明るく真っ青な空にも関わらず深紅の大きな火花が目を惹くように燃えて弾ける。呆気にとられているフードルにクロエは落ち着いた声音で告げた。


「これを目印にすぐに人が来るわ。逃げるなら貴方だけで逃げなさい」


「────」


「確かにあの男なら少しはそう考えていてもおかしくはないわね。でも………関係ないわ。最終的に私が決めたの」


 そう言ってフードルをじっと見つめる。その瞳は少し寂しげに揺れていた。


「私に戻ろうと子供達の元へ行こうと言ってくれればそれならきっと私はその言葉は信じることがなくても貴方を信頼していたわ。……でもやっぱり、貴方にとってあの場所も子供達も大したものではなかったみたいね」


 一度目を伏せてからキッと気の強そうな目つきを更に吊り上げると腕を組みツンッと顔を背ける。


「私に甘言で惑わせようなんていい度胸してるじゃない。気に入ったわ。何が目的かは知らないけど一応、貴方には世話になったから一度の過ちは不問にしてあげる。いい女は騙されるフリをしてあげるくらいの余裕はあるのよ」




『先に言っておくクロエ。俺はキミを決して愛することはない』


 初対面でそう告げてきた愚かな男のことを思い出した。



「ほんと、正面から馬鹿正直にはっきり言われるよりは逆に好感が持てるわ。だから貴方があいつらの仲間だとしても、どこに行ったとしても誰かに言うつもりはないわ。さっさとこのまま失せなさい」


 私の関わる男ってこんなのばかりね……。


 そう己の男運の無さを呪いながら辺りを見渡せば運んでくれた男のおかげで山は殆ど降りているようだ。少し先には建物らしきものも見えた。

 一刻も早く誰かと合流しなければ。



「…………むかつくなぁ…」


 ぽつり、聞こえた呟きには恨みがましさ篭っていてクロエは視線をそちらに向ける。濁った山吹色の瞳と目が合ってクロエらすぐさま自身の魔法を展開する。

 と同時に抉り込みそうな鋭い攻撃が放たれクロエは顔を歪める。

 なんとか防ぐが勢いは抑えられず地面へ倒れこんだ。


「いった……」


 痛みに顔を顰めたクロエに何を思ったのだろうか。歩み寄る男は笑みを浮かべるように口元を歪ませているがその目は笑ってはいない。


「嫌だなぁ。本当は こんなことをするつもりはなかったのにさ」


 彼の手元がバチ、バチッと弾けるような音をさせながら光っている。

 その攻撃と倒れている男の火傷を見てフードルを睨みつけた。


 ◇


 着替えが終わった二人にクラージュは一つ重要なことを、と言って告げたのは意外なことだった。


「はぁ!?フードルが!?」


「えぇ、ナタリア様の火傷は彼がやったと思われます」


「そんな馬鹿な……じゃあフードルも誘拐集団の仲間ってこと?」


「声を聞いただけなので確定は出来ませんが先程この部屋にいたのはアルゴルさんと彼だけ。……それに彼の言動は怪しいです」


「いやでも!彼は子供たちの信頼があるわ」


 ありえないと口にするクロエにクラージュは首を振る。


「だからこそです。見知らぬ場所で知らない大人に捕らわれているこの状況下で子供達が大人しすぎる。それは子供達が自分の味方だと思う存在、彼がいたからでしょう。彼が子供達を制御していれば他の仲間は仕事をスムーズに進めることができます」


「……ナタリアも何か言ってやってよ」


 クロエの縋るような視線に彼女は困ったように二人を見比べていたがおずおずと口を開く。


「……私も怪しいと思う。クラージュくんのようにどこをと言われれば難しいけど……。一つだけ気になるとしたらフードルくん……いやあの子、名前がないって言ってたけどそれは嘘だと思う」


「どういうこと……?」


 名前は記憶を維持するのに不可欠なものだ。それは曖昧になっている詩音自身が一番分かっている。そんな詩音には彼が自身のように名前を忘れているようには到底見えなかった。


「あの子は自分が何者であるかちゃんと知っていて何か目的をもってここにいると思う。わざわざ名前を隠してるってことは聞いたら誰でも分かるような人なのかもしれない」


「名のある貴族ということですか?確かにあの方は平民が持たないような装飾品をクロエ様に手渡されたり、所作もどことなく丁寧でしたが……」


 いや、待てよ。


 クラージュはふと、思い至る。

 彼女は先程雷のような攻撃を受けたと言った。雷といえば光と火も扱うことができると言われているかなり珍しい魔法属性だ。それを持つ血筋は限られている。


 更に彼女の首に付けられている制御装置を視界にいれる。


 制御装置がある場所はほとんど決まっている。本来こんなところにあるようなものでは無いのだ。それがなぜ今彼女に付けられているのか。アルゴル達につけられていたものだとしてもサイズが小さい気がする……。

 そう気づいてクラージュは少し嫌な予感がした。


「……いや、まさかね……」


 思い当たった彼の正体にクラージュは頭を抱えたくなった。


「クラージュくん?」


「なにか気づいたの?」


 クラージュの表情を伺う彼女達に平静を装い首を振る。


 あくまで可能性の話だ。確率だって低い。下手なことを言って二人の気を削ぐようなことはしたくはない。


「いいえ………それより本当にやるんです?素性の知れないあの方は貴方を追いかけてくる可能性は高いですが。ここで大人しく待っていてもいいんですよ?」


 クラージュの確認にクロエは火傷をしてもなおこちらを心配そうに見つめる彼女のほうを見てから躊躇うことなく頷いた。


「やってやるわよ。私がナタリアの借りを返してやるわ」


 ◇


「あの男ォ!なんか気づいてたのに黙ってたわね!!」


 目が眩みそうなほど強い光を意地と怒りで弾けば近くに立っていた木に当たり焼き焦げた。

 こちらを見て呆れたように肩を竦める彼がクロエにはたいそう気に食わなかった。


「キミを傷つけたくはないんだ。今のうちに降参してくれないかなぁ?」


「ふん、物は言いようね。じゃあ何?手加減しているつもり?」


「勿論。だってキミだからね。この国の宰相の娘で第二王子の婚約者クロエ・ダルティフィス公爵令嬢」


「……気づいてたの?」


 別に隠していた訳でもない。しかしアルゴル達は今まで自分を攫いに来た連中とは違い何故か彼らは自分のことを知らないようだった。だからこそ彼の言葉には驚いた。


「気づかないわけがないじゃないか。一目見た時から直ぐに気がついた。その薔薇みたいに美しく鮮やかな赤い髪と瞳は有名だったから。……まぁ、アルゴルは知らなかったみたいだけどさ。もし知ってたら関わったりなんかしなかったろうに。……あんなアイツも変わったもんだよねぇ。昔はもっと冷静だったはずなのに……」


 憐れみがこもった瞳でいまアルゴルがいるであろう山の上の方に視線を向けた。

 アルゴルは自分のことを知らなかった。だとすればなんの為に自分たちの拐われたのか。


「私を拐うように依頼をしたのは一体誰?あんたはなんのつもりで私に近づいたの?」


「……教えたら考え直して僕と一緒に来てくれるかい?」


「絶対に嫌」


 即答だった。


「じゃあ僕も無理だ」


 交渉決裂だね。と言って手を空へと掲げる。クロエも両手を空にかざした。


落雷(ケラヴノス)


天に咲く薔薇(ロサ・カエレスティス)!」


 空が輝き天上から一直線に向かってきた雷を空に咲いた炎が受け止める。

 互いの魔法がぶつかり合う。しかし徐々にクロエが押されているのがわかった。


「ッ……!」


「ほらほらぁ押されてるんじゃないの?さっきまでの強気な態度はどうしたのかなぁ?」


「うっさい!」


 とはいえ、そろそろ限界だ。元々クロエは魔力は多けれどそれを完璧に扱える訳では無い。既に両手は己の炎で火傷をしている。


「ぐ……」


 ついにバランスが崩れて膝をつきそうになりクロエは思わず悔しさで歯噛みした。

 その時、いつの間に現れたのだろうか、何者かに肩を掴まれて突き飛ばされる。


「きゃっ!」


 クロエは思わず悲鳴を上げて尻もちを着く。そんなのはお構いなしにその人はクロエの前に立つと己の腰に下げた剣を抜いた。


「─────」





「探したぞクロエ」


 激しい雷と炎がぶつかり轟音が響く。辺りを火の欠片が燃え散るがそれを意に返さず振るった剣を鞘に収めクロエの方を向いたのはクロエには思いがけない人物だった。


「バ、バージル殿下!?」





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