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35.悪役令嬢は鈍い

 

「いつまでそうやっているつもりだ」


 尻もちをついているクロエを呆れたように見下ろしていたバージルは手を伸ばす。


「どうして……?……助けに来てくれたの……?」


 目を瞬かせていたが伸ばされた手を見てクロエの胸に何か温かなものが仄かに宿る。目を潤ませてバージルを見つめた。しかしその言葉を聞いてバージルは険しい顔をした。


「やっぱり忘れていたのか。今日はお前のところの領地の観察があったんだ。父君にも言われていただろう」


「………あ」


 数日前に自分の父親……ではなくマノンにそう言われたことを思い出してクロエは短い声を上げる。その様子を見てバージルは再度呆れたようにため息を吐いた。


「やっぱり忘れていたのか。一応顔を見に行けばお前は昨日急いで出掛けてそれから帰っていないといわれ挙句の果てには探すのを手伝うよう頼まれたこちらの身にもなってほしいものだ。本当に仕方なくだ仕方なく!」


 他所を向いていかにも面倒だと言いたげなその態度にクロエもほんのり胸に感じた何かもスンッと冷える。その手を取ることなく自力で立ち上がるとそっぽを向いた。


「ふん!知らないわよそんなこと。こっちはナタリアの一大事だって言われてたのよ!あんたを取るかナタリアを取るかなんて知れてるでしょう」


「はぁ!?お前、それで許されると思っているのか馬鹿者が!大体──」


「お二人とも上!!」


 言葉を遮るように大きな声が聞こえてそれと同時に二人の真上に光が落ちる。

 激しい雷鳴と光が収まればそこには二人が平然と立っていた。クロエは若干気まずそうにしながらそちらへ向けて言った。


「……まぁ、悪かったわよ。あんたをほっといてまでやることではなかったわね」


「そうだよねぇ。せめて僕から逃げてる時にしてくれない?嫉妬しちゃうからさぁ」


 フードルはヘラヘラと笑いながら冗談をとばすようににっこりとクロエに笑いかけるがその右手はバチバチと激しく音を立てている。

 その言葉を聞いたバージルは初めは言っている意味がわかっていない様子だったが少しして目を丸くした。


「なんだ貴様、クロエに好意を抱いているのか?趣味が悪いな」


「なんですって!!」


 その言葉を聞いたクロエは怒髪天を衝くが如く恐ろしい顔をするがバージルはじっと相手を見据えていたのでまるで効果は無い。


「……俺もこいつの父君からこいつを見つけ次第連れ帰るよう頼まれている。戯れもそこまでにしてもらおう」


「嫌だなぁ戯れなんて、本気も本気さ。僕もアルゴルと約束しちゃってるし、キミこそこのまま大人しく帰ってくれないかな」


 バージルは剣を構え直す。


「……そうか。交渉は決裂だ。クロエ、お前は下がっていろ。邪魔だ」


 クロエを見て顎で後ろの方を指してから相手を見つめる。


「ぐっ…」


 確かに魔力をかなり消費した自分に出来ることはないと理解しているクロエは扱いに納得がいかないながらも大人しく下がる。


「せっかちだねぇ。余裕のない男は嫌われるよ?」


 そのやり取りを少年は面白くなさげに見つめてバージルに軽口を叩く。バージルはその言葉に更に眉を寄せる。


「さっき話を遮ったやつが掛ける言葉か。それに好かれるだの嫌われるだのどうでもいいことだ。俺達の婚約に互いの感情は関係ない」


「……なるほどねぇ~。僕、キミ嫌いだわ」


 互いの言葉を皮切りに炎と雷がぶつかり合う。

 クロエはそんな二人を伺いながら巻き込まれないよう後退れば柔らかい感触に包まれた。


「クロエお嬢様ぁ~!!」


「マ、マノン!?」


「はい!貴方様のマノンですよぉ」


 抱きしめられた腕の中で名を呼べばマノンは嬉しそうに返事をする。先程の声も彼女のものだったのだろう。そんな彼女は人狼に襲われた時の傷だろうか、頭に包帯を巻いていた。


「貴方そんな怪我しているのにこんな所まで来たの!?」


 その傷を見てまるで自分の事のように痛みに耐える表情をするクロエにマノンは慌てる。


「申し訳ありません!……でもクロエお嬢様が危険な目にあっているのに寝ていることなんて出来なくて!無理やり着いて来ちゃいました……」


「この……ばか!!無茶するんじゃないわよ!!傍から離れないでよね!」


 その言葉にマノンははい!っと嬉しそうに大きな返事をするとクロエの両肩を掴みくるりと向きを変えさせ、


「それでは逃げましょう!」


「待って」


 今にも本当に逃げ出しそうなマノンにクロエは待ったをかける。


「私は何かあった時の為にここで待機するわ」


「へぁ!?何を言ってるんですかぁ!?私達がいても絶対足でまといになりますよぅ!」


「貴方の言葉も一理あるわ。でもね……それだとあの男と同じになるの!私と共に捕まった時に自分だけ逃げ出したあの男と……。あの男と同類……?絶ッッッ対嫌。そのくらいならバージル殿下が負けた時潔く捕まるわ」


「えぇ……」


 そう言って腕を組んで仁王立ちで二人の戦いを眺め始めた。クロエの基準はクラージュよりマシな行動ができるかどうかのようだ。

 マノンはその揺るがぬ姿勢に悩みに悩み……クロエの傍らに控えた。


「なにかあったら私が抱えて逃げますからぁ!」


「いや、私の方が足が速いからそれはいいわ」



  互いの魔力をぶつけ合う二人。決着は早くついた。バージルはフードルの真横に剣を突き刺し、その体を組み伏していた。


「殿下!フードル!」


「くっそ…」


 駆け寄ろうとするクロエをバージルは手で制し、感情の読め無い瞳でフードルを見下ろす。


「そろそろ本当の話をしろ」


「……なんのことかな」


「殿下……?」


「しらを切るな。その力といいその容姿といい……お前は今行方不明扱いになっているパッセル王国の第三王子、レヴィン・サウスだろう」


「え……えぇ!?」


「そんな奴が惚れただのなんだのふざけたことを…。これ以上この国を掻き回すようなことをするなら俺にも考えがある」


 そう言って首元に剣を当てるバージルに慌ててクロエが止めようとするがその前にフードルもといレヴィンが諦めたように口を開いた。


「わかった、わかったよ。本当にせっかちな男だなぁ…。僕達はクロエとクラージュの殺害を依頼された」


「一体誰に……?」


「それは分からない。フードで体を覆っていたし。辛うじて分かるのは落ちかけの女だったということくらいかな」


「落ちかけの女……?」


「だがお前はクロエを殺す気はなかった」


「そうだね。だって僕、クロエに一目惚れしちゃったし」


 剣を引き寄せ刃を当てた。レヴィンの首から一筋の血が流れるがそれを見ているバージルの瞳はゾッとするほど冷たい。


「次はないぞ」


「……戦争が起こる火種になればいいと思ったんだ」


「…………は?」

 

 突然スケールが大きな話になりクロエは思わず間の抜けた声が出る。


「僕の生まれた国はクソみたいなところでさ、他国からも腫れ物扱いで関係が芳しくはないんだ。そんな国の人間が他国の……それも王子と婚約している公爵令嬢を拐ったとわかればどうなるんだろう」


 愉しげに笑う。


「あの連中、特にこの国が大層気に食わないみたいだからどんな態度を取るのは目に見えてる。この国を本気で怒らせたら自分たちがどうなるか分かってないんだ。立派なのは口だけで唯一精霊を扱うことが出来るこの国に勝てる筈がない。僕は投げ石をしてあとは波紋が広げるのを見届けていたかった」


 クロエの方を見て薄ら笑う。


「可哀想だね。キミは利用させられるばかりだ」


「……」


 クロエはレヴィンに何も言わなかった。背後にいるマノンは殺さんばかりの目で見ていたが。そんな二人をバージルは一瞥すると自らの腕に力を込める。


「ッ……!」


「レヴィン・サウス。お前のことはこの国で保護という形を取らせてもらう」


「…………嫌だね!」


 その時、レヴィンの体が発光する。


「!」


 その瞬間バージルの体に鋭い痺れが走る。剣を取り落とし拾うこともままならない。レヴィンも自爆の覚悟で起こした電流に苦痛な表情を浮かべるがそれを耐え切りバージルの心臓目掛けて手が伸ばした。


 クロエはもう動きだしていた。


「クロエお嬢様!?」


 初めにしっかりと思い知らされたのだ。彼は自分を一番に愛することはないのだと。これは国の為の婚約。愛など期待すべきではないのだと。それでも……自分のことを助けに来てくれたとありえないことを考えてしまうくらいにはどうしようもなく────


「ばっ────」


「クロエ様!!」


 震える体でバージルを守るように両腕を広げる。

 そんな気丈に立ち塞がるその姿に彼は


「……、………?」



 恐る恐る目を開ければそこには何かに耐えるように唇を噛むレヴィンが雷を帯びる右腕を下ろしていた。


「なんでだよ……どうしてキミは────」


「フードル……?」


 左手をクロエに伸ばす。クロエは思わず身を固くした。


  が、ゴッと鈍い音がしたかと思うとレヴィンの体がぐらりと傾く。クロエの方に倒れてきそうになったその体は後ろにいた人物に襟首を掴まれ他の方向へ倒された。


「クロエお嬢様に仇なす者は排除しなきゃ…」


「え……?マ、マノンンンンン!?!?」


 マノンは光の無い瞳で右手でレンガを持って気絶したレヴィンを見つめてからクロエに微笑んだ。バージルはマノンを見て何度目かのため息を吐いてから落ち着いてレヴィンの息を確認する。


「……気絶してるな……」


「申し訳ありません!今からでもトドメを!」


「やめろ。他国と揉め事を起こしたくは無い」


 そう言ってバージルは手を差し出すとマノンは渋々とロープを懐から取り出して渡す。クロエはその手馴れた様子に引いていた。


「こいつの話を聞く限りまだ仲間はいるようだ。お前達はここから早く移動しろ」


 バージルは淡々とレヴィンを縛り上げてそう言ったがクロエは直ぐさま首を振って山の頂上を指差す。


「ダメよ!ナタリアとクラージュがまだ上にいるの!あの子達は私を逃がす為にわざわざ別方向に逃げたの!あの子達の無事を確保出来ずに逃げることなんて出来ないわ!」


 バージルはクロエのその言葉を聞いて目を丸くしたが厳しい目つきに変える。


「………お前に何かあればそいつらのやったことに意味がなくなることを理解出来ているのか?」


「ぐっ……」


「お前が出来ることはいち早く安全な場所でそいつらの無事を願うことだけだ」


「クロエお嬢様……」


 何も言えないクロエは俯いてスカートを握り締める。そんなクロエに背を向けて山を下る道へと向かうバージル。


「バージル殿下!」


 だけどクロエは諦める訳には絶対にいかなかった。


「なんだ?」


 怪訝そうにするバージルの表情を見てスカートを皺が直らなくなるくらいに更に強く握り俯く。だが息を吸って、吐いて顔を上げてバージルの目をしっかり見ると頭を下げた。


「私の……私の友達を……助けてください…」


「………俺が………お前の友の為に動くような暇な人間に見えるのか?ここに来たのも公爵の頼みだから来ただけだ」


「っ……わかっています」


「なら話は終わりだ」


 そう冷たく突き放すとバージルはまた歩き出す。……森の中へ向かう道へ。


「バージル殿下、そちらは山を下る道ではありませんけどぉ?」


 マノンの問いかけにバージルは平然とした表情を装いながら振り返る。


「元々今日公爵の元へ来た理由はこの領地内を見回る為だ。それならここを調べるのも俺の義務だ。……まぁ、たまたまその友を見つけたら連れ帰らなくもない……勘違いするな!俺は別にお前の友達を助けに行くわけじゃないからな!勘違いするな!」


 そう一息に言い切るとそっぽを向くとざっざっと音を立てながら足早に森の中へ向かっていった。


「……そんな……」


「クロエ様!」


 嬉々としてクロエの表情を伺うマノン。だってあんなの二人を探しに行くための口実に決まってる。


「……あの鬼!鬼畜!助けてくれたっていいじゃない!」


 しかしこの女、バージルの心中に全く気づいていないのである。


「クロエ様……」


 そんなクロエを見てマノンはふっと目を伏せてその小さな肩に手を置く。

 あえて何も教えない女がマノンという女である。


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