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サブキャラで悪役な貴方の笑顔が見たくて  作者: 茶ノ前 嘉
貴方と出会う八歳 (幼少編)
4/60

4.君の笑顔が気に食わない

 

「……」


「……」


  二人の間に気まずい沈黙が流れている。正確には気まずくなっているのは詩音だけだが。

  大人たちが出て行ってから部屋を出て五分、詩音は出された紅茶は飲み干し、お菓子はテーブルの真ん中にあるが卑しいと思われるのは嫌なので一個しか手を出さなかった。何をすればいいのか下手に身動きも取れず、椅子に座って机の下で手を握ったり開いたりするだけ。その間、会話は全くなし。顔を上げて少年を見てみればにこっとこちらのほうを見ているだけ。話題を出そうという素振りは何故か見られない。何かをしたいという様子も見られない。

 

  婚約を白紙にすることが目的だけど、まずは話題を出して会話をしないと……私がこの空気に耐えられない。

  そう思った詩音は脳をフルに回転させて話が広がるような話題をひねり出す。


「えっと……ご趣味は?」


「……読書…ですかねぇ…。……ナタリア様はなにか嗜まれているのですか?」


「嗜まれているのですか…!?」

 

  子供の口から嗜まれているなんて言葉が出てきたことに軽い衝撃を受ける詩音。なぜ言葉を反復したのかと首を傾げる少年。それに気づいて慌てて質問に答えようと口を開いた。が、すぐに閉じる。ある疑問が頭をよぎったのだ。


  ナタリアの趣味ってなに?と。


  詩音は部屋でごろごろとしながらゲームをすることを好む女であれば、アウトドアも好む女でもあった。更に言えば部活動は女子フットサル部で体を動かすことも嫌いではない。しかしそれは詩音の話である。ひきこもりだったナタリアが運動を好きだとは思えない。部屋の中でゲームをしていそうにも思えない。というかゲームの存在自体あるのか…。自分とはあまりにもかけ離れていて下手に質問に答えられないのだ。

 なんと返答しようと困っていると少年は愛想笑いのまま淡々と言葉を紡ぐ。


「あぁ、長い間寝込んでいらっしゃってそんなことをする余裕などなかったですよねぇ。すいません」


「ま、まぁ、そうですね…。寝ることが趣味みたいなものだと思います。いやー、えっと…」


「はい」


「どんな本とか読まれたりするのかな~と」


「そうですねぇ……ジャンルにこだわりはなく、いろいろ読んでいるので一言では難しいですね。ナタリア様は本を読まれますか?」


「あっ、私、本はあまり読まなくて……」


「そうでしょうね。読書なんて暇な人の退屈しのぎのようなものですから。ナタリア様はさぞお忙しいのでしょう」


「いや、そんなことは………えっと、………いい…天気ですね…」


「えぇ、いつもと変わらない日和で。ナタリア様には少々眩しいかもしれませんね。眩しければ光を遮るものでも用意致しましょうか?」


「い、いえ!そこまでして頂かなくても大丈夫です」


  席から立ち上がろうとする少年を慌てて止める。


  ただでさえ会話が盛り上がらなくて辛気臭いのに薄暗くなったりしたら気持ちまで落ち込んでいく!


「そうですか」


「……」


「……」


  お母様早く帰ってきて……。

  詩音は自身の会話術の無さに心の中で助けを呼んだ。少年の返事が大人びていてどうしたらいいのか分からないのだ。実は自分よりも歳上なのでは?と詩音は疑った。


  それにしてもちょいちょい婚約者の言葉に棘がある気がするが気のせいだろうか。いや、ナタリアのことを心配してくれてるだけなのに、疑うなんて……。


  少年は頭を抱えて悩む詩音の様子を見て、僅かに笑みを深めていた。少年が先程から自分から話題を出さないのも、返答に嫌みを練り込んでいるのも全て態となのだ。


 まさか初対面の人間に対して印象悪くするようなこと言わないでしょ。と思っている詩音はそんなことに気づいていない。少年の表情を伺う。なんなら話題が出てこないことに見かねて話題を出してくれることを期待しながら少年をじっと見た。しかし少年は微動だにせず、顔というキャンパスに笑みを張り付けている。出された紅茶にも手を出した様子はない。

 これには詩音もお手上げだった。もう卑しいとか考えないでお菓子食べて時間潰すしかないなと思い、一枚、一枚とクッキーを食べることにした。

  あ、このチョコチップクッキー美味しい……。


「……お互い大変だね。この歳で婚約なんて」


  ふと、口から零れていた。彼も生まれた時からこの婚約が決まっていたのだろう。詩音には婚約なんて縁のないものだったので全く分からないがナタリアは嫌過ぎてひきこもってしまうくらいだ。とても大変なものなのかもしれない。彼はいったいどんな生活を送っていたのか詩音には想像できない。


  ここで彼の気持ちを聞き出して、もし彼も婚約が嫌だったら互いに協力すれば……!僅かな可能性を感じて少年の返事を待つ。


「……そうですかねぇ………」


  しかし意外にも少年は詩音の言葉を固定しなかった。


  イエスマンなのかと思ったけどそうじゃないのね。

  胡散臭い笑みを浮かべたままの少年の意図を探るようにじっと目を見つめ返した。


「婚約は生まれてからすぐに決まっていましたから、その日がいつ来てもいいよう教養も作法も不備がないように日頃から厳しく鍛えられていました。今更大変なことは特にありませんよ」


  まぁ、これからはナタリア様という素敵な方がお傍におられるので嫉妬の眼差しが大変でしょうけど、なんて言うと茶目っ気を含んだ笑みに変えた少年に、ナタリアの容姿はいいから大変だろうなぁと詩音は他人事のように思っていた。


「何かしてみたいこととかないの?」


  ナタリアは八歳で婚約者も同い歳と母親は言っていた。八歳なら好奇心旺盛でしたいことが沢山あるはずだ。泥んこになるまで外で駆け回ったり、家で好きなように絵を描いたり、彼だって婿養子に入るために勉強で我慢してきたこともあるはず……。


「特にありません。これからはミストラル家に尽くしたいと思っています」


  少年は当たり前のように言った。なんともなさげなその表情に詩音は何とも言いようの無い感情を抱いた。婚約破棄よりもこの少年の普段が気になってしまう。ナタリアと同じまだ幼い子供のはずなのに、高校生だった自分よりもずっとずっと大人に見える。それともこの物分りの良さは家庭の教育の賜物だろうか。


「……この婚約に反対したりしないの?」


  少年は笑っている。少年はずっと笑顔のわけじゃない。しかし詩音は彼の笑顔ばかりに目がついてしまう。


「もちろん」


  彼の笑顔が心底気にくわないと思っているから。


「────そう」

 

  詩音は遠回しな言葉には鈍い。が、人の視線や雰囲気、癖で感情を汲み取るのは得意であった。

  だから棘のある言葉に気づかなくても、彼の笑顔が作り物だとはとっくに気づいていた。それは沢山の言いたいことを押し隠している笑顔だ。婚約をスムーズに進める為の笑顔だ。何も面白くないのに笑って、心底くだらないと偶に見せる紫の瞳がありありと伝えてくる。


  だから、詩音は、そんな彼が……


  気になったら駄目でしょ!私はナタリアじゃないんだから何かあっても責任取れないでしょ!いやでももう少し話するくらいなら……いやだめだしそれで情に絆されたらどうするの!いやでも……、

 

「……お………」


「ん?」


「お腹が痛ーーーーーーい!!!!!」


  椅子から落ち、お腹を抑えて床を転がり始めた。突然の事に婚約者も目を丸くして椅子から立ち上がり詩音に近づく。


「ナタリア様!?どうなされたのですか!?」


「持病の腹痛が!腹痛が痛い!!」


  転がり回る詩音に少年も流石に動揺しているのか狼狽えながら詩音を見下ろすだけで何も出来ずにいる。

  詩音の渾身の叫び声に他の部屋に居た大人達も飛び込んできた。テオフィルスは慌てた様子で、マリアも少し驚いたように詩音に駆け寄る。


「ナタリアどうしたの!?」


「お腹ーーー!!」


「まさか、ぽんぽんぺいん!?」


「そう!ぽんぽんぺいん!」


「あらあら、大変。ナタリア、ヒッヒッフー、ヒッヒッフーよ」


「ヒッヒッフーヒッヒッフー!」


「マリア様。それは出産の際の呼吸法です」


  ジェームズがつい真顔でツッコミをいれてしまうくらいにはこの家族騒がしい。


「それしても何があったんだい!?まさか、君が何か……?」


  詩音にの只事ではない状態に少年を疑う父親。少年は慌てて首を振る。少年が口を開く前に詩音が大きな声で叫ぶ。


「クッキー美味しすぎて一人で12枚食べるのはやっぱり辛かったな!!」


「卑しいよナタリア!!」



 ◇


  ナタリアの持病の悪化ということで婚約者との初対面はこれでお開きになった。テオフィルスに背負われて馬車へ乗る前に詩音が少年の顔をちらりと見れば少年は何ともいえない顔をしていた。   


「よっこいしょ」


  馬車が出発して婚約者の家が見えなくなると詩音は呻き声をあげるのをやめてすぐに身体を起こした。その様子にテオフィルスは驚きの声を上げる。


「えぇ!?ナタリアぽんぽんぺいんじゃなかったの!?」


「だって嘘だもん。あとぽんぽんぺいんって何?」


「えぇっ!?」

 

  衝撃を受けているテオフィルスは放っておき、詩音はマリアへと向き直る。マリアは詩音が仮病をことに気づいていたのか驚くことはなく、なぜかワクワクとした様子だった。


「婚約者さんとどうだった?」


  期待の煌めきを瞳に込めたマリアに詩音はため息を吐いた。

  期待を裏切るようで心が痛むが仮病までして逃げ出したのだ。聞かずとも察して欲しい。

 

「お母様。私やっぱり、無理」


「あら、どうして?」


「……婚約者が好みのタイプじゃないから!」


 何言ってんだこいつと言いたげな視線を向けたのはテオフィルスだった。しかし、何も言ってこないのならここで止まる訳にはいかない。


「だって顔がかっこいいわけでもないし、子供らしさがないし、かといってかっこよくリードしてくれるわけでもない。気まずい空気になってるの知りながらわざと何も話題出さないし、話すにしても言葉にどこか刺があるし、本気でそんなこと思ってないのにミストラル家に尽くしますなんて平然とした顔で言う嘘つきで、あの子とんでもない曲者だよ!」


「そうなの?」


「そうなの!一番気に食わないのはあの笑顔!」

 

  少年のあの貼り付けた笑顔を思い出したのか詩音は下を向いて顔を歪めると握った拳で膝を叩く。


「上辺だけの胡散臭い笑顔で何も面白くないのにずっと笑っててるんだよ!笑うなら面白い時でしょ!あんな小さな子があんな風になるなんて何か事情があるのかもしれないけど……いや、私に出来ることとかないから!」


「……ふふ」


「だから、やっぱり婚約は……お母様?」


  聞こえた笑い声に顔を上げれば、マリアは笑みを零していた。目元に美しい湾曲を描いているため愛らしい口元を隠していても笑っていることは一目瞭然だ。必死な訴えに対して急に笑いだしたことに詩音が呆けていれば、マリアは詩音に微笑む。


「彼のこととっても気になってるのね」


「気になってないよ!良いとこ一つも言ってないでしょ!」

 

  慌てて否定すればかえって裏目に出てしまったのかマリアは更に笑みを深める。

 

「気にならないならそんな細かいところまで見たりしないわ」


「め、目に余るだけだし」


「あら、婚約者さんから目が離せなかったのね」


  ああ言えばこう言う……。詩音は頭が痛くなった。


「お母様、私は……」


「わかっているわ」


  昨日と同じように詩音の両手を優しく握ったマリアは目を見つめてマシュマロみたいな頬をふにゃりと緩ませる。その仕草に詩音はなぜか心臓が早くなった。


「婚約したくないのよね」


「────」


「けど貴方はお人好しで優しくて見過ごせないから、一緒にいたら絆されてしまう。だから逃げ出しちゃったのね」


  心の内を読んだかのように言い当てたマリアになんと言っていいのか言い淀む。そんな詩音の耳元に顔を寄せる。マリアの柔らかく透き通った声が詩音の思考に落ちて溶け込んでいく。


「私にどうか本当のことを教えて欲しいの。……貴方はどうしたかった?」


「…、……婚約は出来ない。婚約は出来ないけど……」


「……」


「仲良くなりたいとは思う……。だって……綺麗な瞳の子だったから」


  ────一瞬、青い瞳が潤んだのを詩音は見た気がした。

 

「やっぱりここに連れてきてよかったわ」

 

  あまりにも穏やかに綺麗に微笑んでいたから、詩音はその笑みから目が離せない。


「考えていることは沢山あると思うけれどどうか貴方の心が望むことをして欲しいの。どこへ行ってもいいの。何をしたっていいの。後のことは私達がなんとかするわ」


  詩音は顔を(しか)めた。後のことはなんとかするなんて、自分自身ですら何が起こったかすら何も分かってないのに。何も知らないのに、なんて無責任な言葉なんだろう。子供を宥めさせるだけのその場しのぎなのかもしれない。だけど……、

 


「お母様……。私、もう少しだけあの子と話してみる。なにか起こすと思うけどその時は全部お父様に全部責任擦り付けるね!」


「それがいいわ!」


「ちょっと待ってくれる!?」

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