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サブキャラで悪役な貴方の笑顔が見たくて  作者: 茶ノ前 嘉
貴方と出会う八歳 (幼少編)
5/62

5.喧嘩両成敗ということで


 

「クラージュくん!」


「…………ナタリア様……」


「今日も来ちゃった」


  ハートがつきそうな語尾と可愛らしいナタリアの顔でにっこりと笑えば、少年改めクラージュは口元を引き攣らせながらもなんとか笑い返す。

 初対面から何日かが経った。あれから互いの父親が詩音とクラージュを会わせてはみるが、二人の仲は深まるわけでもなく、仲が悪いわけでもない適度な距離を保っていた。

  ので、詩音はその距離を縮めるために今日もクラージュの家に来た。ちなみにこれで連続訪問四日目である。クラージュの父親は嫌がることはなく逆にナタリアの身体の調子を心配していた。


「今日は何して遊ぶ?」


「僕はまだすることがあるので……。なんのおもてなしも出来ませんがどうぞこちらでごゆっくりしていってください」


「わかった!待ってるね!」


「……、あの……先にお願いしておきますと昨日のように事細かに理由をつけて僕の部屋に来るのはやめてくださいね」


「……ちっ」


  先手を打たれ思わず出てしまった舌打ちを聞いていたのか聞いていなかったのか、クラージュはいつもの笑顔で頭を下げると客室から出ていく。詩音はといえばクラージュが部屋を出て数分もせずに後を追うように部屋を出た。


「いまいち仲良くなれてないんだよね。なんでだろう?」


  婚約者の家の廊下を歩きながら詩音は顎に手を当て頭を悩ませる。仲を深めようと詩音が一歩歩み寄ればクラージュが一歩下がっていくのだ。

  顔が怖いのかと試しに廊下ですれ違う使用人に微笑めば、使用人達はその笑顔に微笑ましい眼差しを向け、頭を軽く下げる。


  顔のせいじゃないみたい。というかこの天使のようなナタリアの外見に欠点などあるわけがなかった……。じゃあなんでかな?


  内面に欠点があるから仲良くなれていないのでは。という発想に詩音は至ってはいない。


「うーん……どうしたものか…、……うーん…まぁ!まだ四日目だし!一週間経ってからが本番でしょ!二週間は通い詰めてクラージュくんと仲良くなる!」


  そしたらその後、穏便に婚約を白紙にしよう!そう一人詩音は拳を握って気合いを入れた。

 

「さーて、クラージュくんはどこに━━」


「クラージュじゃん」


 探していた婚約者の名前が聞こえて足を止める。どこからだと耳を澄ませば近くの部屋にクラージュと誰かがいるようだ。詩音はその部屋の扉に両手をついて張り付けば内容がはっきりと聞こえてきた。


「兄さん、クラージュがまた一人で本読んどるよぉ」


「相変わらず勉強熱心なことだな。たくさん勉強すれば偉大な魔術師にでもなれるとでも思ってるのかお前」


「……マルス兄さんにダグ兄さん……。まさか。僕はそんなつもりではないですよ。ただの時間潰しです」


  そういえば、詩音は顔を見たことはないがクラージュは三男で長男にマルスラン、次男にダグルスという名の兄がいるらしい。クラージュの父親がそう言っていたのを思い出した。この二人がそうなのだろう。

  仲が良くないのだろうか。声だけでも険悪なムードが感じ取れる。


 というか私の婚約者、いま私(婚約者)が遊びに来ているのに時間潰ししてるって言った?言ったよね?


 部屋の中に飛び込んでクラージュの襟を掴んで問い詰めたい気持ちをなんとか抑え込んで扉に耳を当てる。


「そうなんかぁ…。まぁ、勉強なんてしたってクラージュにはあんまり意味ないからなぁ」


「……」


  意味がないとはどういうことなのか。詩音は焦れったくなってバレないように少し扉を開けて中の様子を伺う。隙間からは本棚の前で本を手にして愛想笑いをするクラージュと二人の少年の薄い茶髪の後ろ頭が見えた。


「その目が髪色が魔力がほとんどないって示してるだろ。魔法の勉強なんて意味がないことなんだってわからないほどお前は馬鹿なのか」


 ふと、詩音は初対面の時にクラージュの瞳を褒めたことを思い出した。


 笑顔を引きつらせていたのはそういう理由があったのね…。皮肉でも言われたと思ったのかな…。ほんとクラージュくんの好感度下げることしかしてないな!


「クラージュは兄弟で一番頭良いのに勿体ないなぁ」


「ダグ」


「まぁ、そう怒らんといてって兄さん」


  次男のダグラスであろう少年は肩を竦める。どうにも長男のマルスランはクラージュを目の敵にしているようだ。しかし当のクラージュはまったく意に介していないようだ。

 マルスランはピクリと頰を引き攣らせる。


「お前やっと婚約者にあったらしいな」


  クラージュはその言葉の意図が分からず首を傾げる。扉の外で話を聞いている詩音も首を傾げた。マルスランはその態度をふん、と馬鹿にしたように笑い、クラージュに指をさす。


「あのひきこもり令嬢が婚約者なんてオレなら恥ずかしくて表にも出られないな」


 なんだ私と喧嘩がしたいのね。


 詩音はウォーミングアップをすぐさま始める。


「………はぁ………、そうですね、ある意味恥ずかしくはありますが……」


 ある意味恥ずかしいってどういう意味……?


 微妙な顔をしたクラージュはぼそりと呟いたつもりのようだが詩音にはしっかり聞こえていた。


「まぁ、そうやねぇ……。ひきこもり令嬢の噂、クラージュも知っとる?」


「はぁ」

 

  心底どうでもよさそうな顔をしているクラージュを置いてけぼりに二人はナタリアの噂を話し始める。


「宰相の娘と同じくらいやばいやつらしいぞ。生まれてから外にまともに出すのが恥ずかしいくらい我儘で傲慢な女だって聞いたな」


「ダルティフィス公爵令嬢と同じくらいって、それは嫌やわぁ。僕は父親と母親に甘やかされて育った丸々と太った臭くて醜い女やって噂で聞いたよ」


 この好き放題に言われよう。あとでクラージュの父親にチクっておこうと詩音は心に決めた。


「最悪だな。そんなやつと婚約なんて俺なら死んでもごめんだね」


「いやー、クラージュはほんと運が悪かったなぁ。可哀想になぁ」


「…………」


 詩音はクラージュに視線を向け、俯いた。

 あの二人の投げ捨てるような言葉や哀れみを込めたような言葉にナメられているとは感じるが傷つくことはない。詩音にとっては顔も合わせたこともない人の言うことだから。

 しかし、クラージュは違う。詩音は手のひらを強く握った。


「…………はぁ……」


 クラージュは二人の話を聞くなり特大のため息を吐いた。


「なんだよその態度は!」


「呆れてものも言えないだけです」


クラージュは持っていた本を収めて、改めて二人に向き合う。笑顔を浮かべているが兄二人ならそれが嘲笑だと気づいているだろう。

 

「噂に流されて事実を知ろうとしない姿勢は恥ずべきことだと思いますねぇ。僕は」

 

 意外だった。きっと愚痴しか出てこないと思ったから。

 詩音は大きく開いた目でクラージュを見つめる。


「あ?」


「兄さん方、未だに僕の婚約者に挨拶していないんでしょう?なら、実際にご覧になったらよろしいのではないですか?あちらです。ナタリア様も気にしてなさいましたよ」


 客室のほうを指差すが兄二人は顔を合わせて動く様子はない。顔合わせはしたくないみたいだ。


「気構えずとも伯爵令嬢から気品を抜いて、お喋りと自由を付け加えた方なので、その分親近感が湧くかと」


 さっきから褒めているのか貶しているかわからないけど好感は悪くなかったということかな。もうそういうことにしておこう。

 きっと彼はああいう人なのだ。


「流石に噛みついたりは致しませんのでそんなに怯えなくても大丈夫ですよ。それとも見初められるとでも思ってるんですか?大丈夫です。多分向こうから願い下げだと思うので」


「…………黙って聞いてれば、生意気な態度取りやがって……」


 マルスランがクラージュの胸ぐらを掴んだ。


「ちょっと兄さん喧嘩はやめときぃ。近くにナタリア様もいるんやから」


 静止の声も聞こえていないのかマルスランの声はどんどん荒げていく。


「勉強?ただ記憶力がいいだけで、実際に使えなきゃ意味がないんだよ!魔法をまともに使えないこのアビス家の恥晒しが!あの引きこもり令嬢の婚約者になんでお前が選ばれたかわかるか?お荷物を捨てるためだ!お前にさっさと出ていって欲しいんだ!」





「お前は母様に捨てられるんだ!」


 その時のクラージュの表情は愛想笑いでもなければ不快そうでもない。ただ無表情で、


「だから何だと言うのです?」

 

  クラージュの態度が、言葉が、全てがマルスランの癇に障る。だから拳を強く握って大きく腕を振り上げる。



  ────喧嘩に第三者が首を突っ込んでもろくな事にはならない。これは迂闊に姉の喧嘩に首を突っ込んで後悔した私の実体験だ。 だけど────


 派手な音を立てて部屋に飛び込めば、クラージュは大きく目を見開く。詩音は拳を振り上げているマルスランの肩を掴んで自身の方へ振り向かせると、


「あ?」


「くたばれ!!!」


 殴られそうな彼を見ないふりをする選択肢などなかった。


  頬目掛けて渾身の右ストレートを喰らわせる。クラージュは咄嗟にその場から避け、マルスランは完全に油断していたのか吹き飛ばされて本棚にぶつかり尻もちを着いた。 ダグラスは展開に追い付けず、吹っ飛んだマルスランと突然現れた詩音を交互に三度見くらいした。

  ぽかんとしている三人の前で詩音は少し乱れた髪を片手で払うと口の端を上げ笑った。


「悪いわね」

 

「………だ、誰だよお前!」


 殴られた頬を抑えてマルスランは震える手で詩音に指を差す。睨んでいるのだろうが痛みで涙目なので怖くもなんともない。


「私が誰だって?どうも初めましてお義兄様方」


  詩音は両手でスカートの裾をつまみ、軽く持ち上げ頭を下げる。その顔は楽しげだ。


「噂のナタリア・ミストラルです!実際に見た感想をどうぞ?」


「──は?」


「お前が!?」

 

  噂とは全く違うナタリアの容姿に青い瞳を小さくして驚く二人。詩音はその反応が見たかったと言わんばかりに満足気に何度も頷く。

  そしてクラージュを見れば、やってしまったと言いたげな青い表情で、恐る恐る詩音に問いかける。


「あの……ナタリア様はいつから……」


「クラージュくんがここで時間潰してるって言うちょっと前くらいからかな。可愛い可愛い婚約者が遊びに来てるのになんでそんなことしてるのかな?私、理由が聞きたいな!」


「………」


  片手で顔を覆い隠すクラージュを見て詩音は笑みを深めた。


「それで……、挨拶に来なければ、見たことのない弟の婚約者を誹謗中傷するなんて、貴方たちどういう教育受けてんのかしら?一応お父様からうちのほうが格は高いとは聞いてたつもりなんだけど」


  ため息を吐いて、わざとらしく悩ましげな表情をすればぎくりと肩を跳ねさせる兄二人。


  本当はそんなこと言われていない。正確には「うちのほうがちょっと身分高いからある程度は何かやらかしても広い心で見逃してもらえるけどほんとに振る舞いに気をつけてよ!!」だ。

  失礼な。まるで私が何かやらかすみたいじゃないか。

  やらかしたけど。


「……まぁ、いいけど。貴方たちは私の悪口を言った。けど、私は貴方を殴った。貴方たちにも非があるし、私にも非がある。これで喧嘩両成敗としましょう」

 

  本来悪口と暴力では圧倒的に手を出した詩音が悪いと思うがマルスランはぽかんと呆けたままなので考える力を取り戻す前に話をまとめる。


「ほら、行くよ」


「あ、はい……」


  大人しくなった二人を尻目に詩音はクラージュの手を引いて部屋を出た。

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