28.狼煙が上がる
「ミラ。今日は誰か……」
「来ませんねー」
期待を込めて聞いた問いかけをバッサリと切られてしまい詩音は肩を落とす。
「……やっぱり会いに行こうかなぁ……」
「だめですよ!」
ぽつりと呟いた言葉だったが大きな声で遮られて詩音は目を瞬かせる。
「旦那様にさえちょっとナタリアさ、クラージュくんのところ行き過ぎじゃない?駆け引き出来ない子って僕的にもどうかと思うんだけどって言われてるんですから!ここは押してダメなら引くんです!」
「ミラ、お父様の真似上手い……」
たまたまなのか故意になのかクラージュくんと顔を合わせず数日。その数日の間にも様々な目に遭った詩音はそれはもう胸を焦がすほどにはクラージュに会いたかった。
「これが……恋!」
「あら!」
「クラージュくんに話を聞いてもらいたい。傍にいてほしい……どうやったら変わった人に捕まらないか教えて欲しい。切実に」
「やっぱりお嬢様に恋バナは百年早いですよね~」
「むっ!ミラに言われたくないんですけど~!」
「あら、私に好い人がいないとは言ってませんよ?」
「え!?!?嘘、本当!?聞きたい!!!」
「内緒でーす」
「内緒か~!」
机に頭を伏せる詩音を見てミラは苦笑する。
「本当にお嬢様ったら……リアム様とマルスラン様ならいつものように特訓中なので気分転換に会いに行ったらいいと思いますよ」
「……そうしようかなぁ……」
マルスランさんにクラージュくんの近況でも聞こう……。
促されるまま詩音は外にふらりと出て二人を探していれば家から離れた山の麓で準備体操をしているリアムとマルスランを見つけ手を振りながら駆け寄る。
「お兄様~。マルスランさん~」
「おっ、ナタリア」
「げ」
詩音を見た途端露骨に嫌そうな顔をするマルスランの隣に並ぶ。二人を観察すればすくすくと伸びている身長、程よくついてきた筋肉。日々の特訓の成果がしっかりと現れていて詩音からしてみれば羨ましい限りである。
「どうした?ナタリアも今日は一緒に山走るか?」
「今日は何も予定ないしそれもいいかも」
「お前正気か…?というか今日はそんなことしなくてもクラージュと過ごしてればいいだろ」
何を言ってんだとでも言いたげなマルスランの言葉に詩音は目を瞬かせる。
「え?クラージュくん今日来てるの?」
「あ?まだ会ってないのか?」
今日来るなんて聞いてないけど…。
首を傾げる詩音を横目にマルスランが思い出したように愉しげに笑い出す。
「お前のご機嫌を取るためにダグラスやお前のところの使用人に色々話聞いてたみたいだな。まぁ、あいつがなぁ……」
それってサプライズってことじゃない?バラしていいのか…?とリアムは気づいたが何も言わないことにした。
「ミラに?何を?」
「さあな。俺は興味が全然ないからな」
相変わらず仲が良いようで悪いことで。最近はわざと嫌いな振りしてるんじゃないかと思っているんだけど私…。と、そんなこと考えてる場合じゃなかった……。
「それじゃあ早く家に戻んなきゃ!」
今にも走り出しそうな詩音を見てリアムはマルスランに振り返り何気なく提案する。
「折角だし三人で行くか」
「俺は行かねぇよ」
「まぁまぁマルスランさんそう言わずに」
嫌がるマルスランをリアムと詩音で引きずり山を下りる。
もう少しで屋敷の姿が見えてくるというところでリアムは探している人物を見つけた。クラージュだ。
しかし目に入ってきた光景に足を止める。そこで見たのはなんとクラージュが鴇色の髪を一つ括った背の高い女らしき人物に襟首を掴まれ壁に押さえつけられている場面だったのだ。
リアムはそれを見た瞬間、素早くマルスランの手を離しナタリアの目を両手で覆う。それに驚いた詩音もマルスランから手を離した。
「え!?何!?」
「痛ってぇ!?」
「ナタリア見るな!!クラージュが壁にドンってされてる!」
「目を塞いで視界の情報を隠しても耳から情報が伝わってるから……」
呆れる詩音の言葉を気づいていないのか何故か詩音よりもショックを受けているリアムはクラージュにお怒りの言葉を投げつける。
「この……クラージュの浮気者ーー!!」
「貴方は……どこを……どう見たら……そう見えるんですか………」
見当外れなことを言うリアムにクラージュは抗議するがその声は絶え絶えだ。様子も何だかおかしい。まるで抵抗する力が出ていなそうだった。
その原因であろう女がリアムの声に反応して振り向いた。
あら?何だか……女の人にしては……?
「あら、可愛い子達じゃない。キミ達。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
その声は詩音達が想像より何オクターブも低かった。それに骨格もよく見れば違う。女だと思ったその人は──
「なんのつもりだおっさん!」
「誰がおっさんよ!!!」
「「おネエさんだ!!」」
詩音とリアムの綺麗に揃った言葉を聞いて怒鳴った男は一変して嬉しそうににっこりと笑う。
「あらやだ!審美眼を持った子もいるじゃないの!良い子にはお兄さん花丸あげちゃう!」
詩音とリアムにウィンクを飛ばす男。状況が状況なのでやけにフレンドリーな男に詩音は不思議に思った。子供だと思って油断しているのかもしれない。
男はクラージュを掴んだまま詩音達に優しく問いかける。
「良い子達に聞きたいことがあるのよ~。貴方達は赤い髪に赤い瞳のお嬢さん知らないかしら?」
その言葉を聞いた瞬間、リアムが飛び出した。
「お兄様!」
飛び込んできたリアムに男は手のひらを向けると煙が包み込む。そのまま壁に押し付けていたクラージュを横に抱え、その場から飛び退く。
「目眩しか…!」
リアムは煙で視界を奪われてしまい勢いがついたまま男がいた場所を殴る。鈍い音とともに崩れる音、そこには大きな穴があいた。その穴を見て男は青ざめる。
「なんなのこの子~!」
「お前、さっさとそいつのこと離せば冗談で済ませてやろうと思ったのによ。」
リアムは立ち上がり、男を青い瞳を鋭く光らせて睨みつける。
「お前、例の誘拐犯だろ」
「!」
「クロエのことを知らねぇみたいだからクロエの刺客ではないことはわかる。子供に扱いに慣れてるしそれにクラージュに対しても殺意が少しもない。切り裂きジャックの線もないだろう。だけど咄嗟に俺に反撃出来るくらいの力はある。ただのゴロツキじゃあないはずだ。というところまでは分かった」
「でもそれだけじゃあ…」
詩音の言葉に二っと笑って頷く。
「あぁ、誘拐犯っていうのは適当に言ったんだが……その反応だと当たりだな」
「……やっぱり良い目をしてるじゃない」
「褒められても嬉しくねぇな!詳しいことはぶん殴ってから聞かせてもらおうか!」
走り出したリアムは真っ直ぐに男へ走り出す。男はリアムの動きを見ながら腰に手を掛ける。また飛び込んでくるいうところでリアムは僅かに頭を傾けた。
「水流弾!!」
「わぉ!?」
その間からマルスランの魔法が通り抜けるが男は身を捻り寸でのところで避ける。攻撃が当たらずリアムとマルスランは二人揃って舌打ちをした。
「くそっ!」
「軟らかいやつめ!」
「なんなのよぉ!……中距離からも攻撃……こういう時は………逃げるに限るわ!」
そう言うと同時に辺り一体を煙が包み込む。
「わっ!!」
「煙を吸うな!走れ!」
三人が煙から逃げ出す頃には男はクラージュを連れ距離を稼いでいた。
「あ、待ちやがれ!」
それを見てマルスランも走り出す。
「おい!マルス!ッ……」
それを追いかけようとしたリアムが膝を着いた。
「お兄様!?」
「……大丈夫だ。……ナタリア。お前は家に一度帰って誰か呼んでこい。父上でもいい。あんなのでもいないよりマシだ」
「で、でも!私も…!」
一緒に追いかけようとする詩音をリアムはナタリア、と呼びかける。
「……クラージュを連れて行かれて以上何かあればお前、冷静でいられるか?」
リアムの言葉に詩音は動きを止め、悔しそうに一目を閉じてから頷く。
「……すぐ人を呼んでくるから」
「おう」
詩音はすぐさま走り出す。向かうはミストラル家。
……のはずだった。
家に向かう最中、詩音は足を止める。そこには何故か一台のド派手な馬車が倒れていた。足を止めたのは詩音はその馬車に見覚えがあったからだ。
「クロエ様…?」
親しい友の名前を呼ぶ。馬車の近くの地面には血の跡と何人か倒れている護衛。
「クロエ様ッ!」
詩音は血相を変えて馬車に駆け寄った。馬車の扉を開いていて中には誰もいない。辺りを見回せば木の幹に倒れかかる人影が一つ。
「マノンさん!!」
彼女は息をしていてどうやら気絶しているだけのようだ。
最悪の状況ではなくほっと安堵の息を吐く、が木々がなぎ倒されるような音を聞き、詩音はその音の方へまた走り出した。
見つけたクロエは敵を前に無力にへたり込んで震えていた。ナタリアは直ぐにクロエと相手の間に割り込むように飛び出す。
「何をしてるの!」
「ナタリア…!」
詩音は見た。
獣だ。灰色の毛並みに少しでも触れれば傷ついてしまいそうな鋭い爪と牙、獲物を狙うように爛々と光る目はじっとこちらを向いていた。
しかしそれは人の形もしていた。二メートル近い体と強靭な肉体は二本の脚で支えられていたのだ。その姿はまるで……
「人狼……?」
詩音の呟きに獣は答えない。
どうしてこんなところに?そもそもここって人狼って存在するの?他国の者かそれか……
「ナ、ナタリア……」
弱々しいクロエの声に詩音ははっとして集中する。なんであれここを突破することが最優先だ。他のことは後で考えるべきだ。
詩音は体制を低くして身構える。
人狼は大きく吠えた。詩音は走り出す。
大きく振られた右腕をしゃがんで躱すと直ぐに体勢を戻し右手を突き出し──
『お前がお前のままでまだいたいと言うのなら────』
「ッ」
風魔法は人狼背中に当たった。当たったが……
しまった。思ったよりも威力が……。
詩音の攻撃は微塵も効いていない様子だった。人狼はゆっくり振り返る。
「躾が必要だ」
喋っ!?
その瞬間、詩音は木の幹に叩きつけられる。
「ッ────!」
強い衝撃を受けて息が詰まり呼吸が出来ない。意識が遠のいていく。
詩音は名前を呼ぶ声を聞きながら気絶した。




