25.クロエ家にて
五日後、クロエとの約束の日がきた。
詩音から話を聞いてこの日が来ることに胃を痛めていたテオフィルスに絶対に!粗相がないようにしてね!と念押しされ詩音は付き添いである彼と共にクロエ宅へ向かった。
クロエ宅に着けば、お待ちしておりました。と嬉しそうなマノンに出迎えられ、部屋まで案内される。
いつもクロエが乗って来ている馬車のように絢爛豪華な部屋を想像していたが思ったより落ち着いた雰囲気をしていた。高価そうな置物に視線を奪われる二人を後ろにマノンは沢山ある扉のうち一つを開ける。
「クロエお嬢様、お二人をお連れ致しましたよぅ」
「クロエ様今日はよろしくお願いします!」
「あ、ナタリ」
「いやぁ、クロエ様お招きいただいてありがとうなぁ。僕ずっとナタリアちゃんとクロエ様でお茶会したかったんよぉ」
「なんで!?」
詩音たちが来たことに目を輝かせ席を立ちあがったクロエ。
しかし詩音の隣で呑気に手を挙げた人物、ダグラスを見て場にそぐわない声を上げた。その反応に二人は同時に首を傾げる。
「あれ~?僕、もしかしてお呼びでない?」
「あれ?でもクロエ様が他の人連れて行っていいって…」
「言った!言ったけど!ちょっと予想外だったわ!」
「そう?僕とナタリアちゃんよくお茶するんやけど…。あ、でもいつもはクラージュが一緒やねぇ。二人は珍しいなぁ」
そうこの二人、実は週に一度でお茶をするくらいには仲が良いのだ。ちなみにマルスランも週に一日、クラージュはほぼ毎日来てる。どうなっているんだアビス家は。
へらっとしているダグラスを微妙な顔をして見ていたクロエは詩音に視線を移した。詩音はふいっと明後日の方に視線を向ける。その表情は冷や汗を流して口笛を吹いていそうだった。
クロエは思った。この子たちまだ拗れたままなのだと。
「てっきりもう仲直りしたのかと思ってたわ……」
困ったようなその呟きを聞いて事情を把握したダグラス。その表情はなんだか楽し気だ。
「はーん、なるほどなぁ。ナタリアちゃん誘ってもろて喜んで着いて行ったけど、もしかしてクラージュの代わりやったってことぉ?お兄さん悲しいわぁ」
詩音のほうを向いたダグラスからも視線を逸らす。
「ち、違いますよぉ……」
「目泳いどるやん~。ダグラスお義兄さん嘘つかれてなんか涙が出てきたわぁ…おいおい…」
「子芝居はいらないわ。……ったく、煽てるのだけは上手いあいつがいたら少しは楽になると思ったのに」
クロエの面倒臭いことになったと言いたげな顔を見て、詩音は両指を合わせて気まずそうに眉を下げる。
「うっ…だってクラージュくんになんて言ったらいいかわからなくて…」
「はぁ?あいつになんて適当に謝ってれば?」
適当な回答に詩音は首を振る。
「どこをどう悪いと思って謝っているのですか。それをどのように改善されるんですかって聞かれるよ~。追い込まれてもう二度と飛び出していかない。って約束したら……」
ちなみにこれは実体験だ。お兄様の。
お兄様がしどろもどろになっている姿を見るのは面白かったけれど自分がそうなるとなると話は別だった。面倒臭い男なんだクラージュくんは。そういうところが頼りになるところもあるけど。
「約束した直後に破ってやりなさい」
「もっと拗れちゃうから!クラージュくん結構しつこいんだよね」
「確かになぁ。僕に怒った時一週間くらい口聞いてもらえんかったわぁ。その時はマルス兄さんがクラージュ更に怒らせて有耶無耶に出来たけど」
経験者は語る。二人してうんうん頷いていたがクロエはどうでもよさそうだった。
クロエからしてみればクラージュのことなどその辺に生えている雑草と大差ないのだ。
「こんなことならやっぱり婚約破棄したほうが────」
「───クロエ。この者たちは?今日は殿下がいらっしゃると聞いていなかったのか」
クロエが何か言いかけている最中、部屋に男が一人入って来た。いかにも厳格そうな男は詩音たちを視界に入れるとグッと眉を顰める。
その男を見るとクロエは同じように眉をグッと顰めその人を呼んだ。
「お父様」
クロエ様のお父様!?似てない!
詩音は飛び出し掛けた言葉を寸前で飲み込む。
クロエの父親は厳粛な雰囲気をした白髪の目立つ初老の男性で真っ赤な瞳ときつい目つきが辛うじてクロエに似ているかなと詩音は思った。
クロエは自身の父親を見ると薄ら笑う。
「……あら、心外ですわ。私がお言葉を聞き逃すはずがありません。貴方とは違って」
あれ?クロエ様、お父様にも棘のある言葉使ってない?いつもそうなの?
「いつも殿下はご友人を連れていらっしゃるので今回は私の友人を呼んで互いの交流を深めようと考えまして」
「……」
「偶には良いとは思いません?女一人は心苦しいと思っていましたの。頼れる人が傍にいて貰えると私も安心ですわ。自宅のはずなのにいつもそういう方がいなかったわけですし」
「……」
クロエの言葉にクロエの父親はずっと眉間に皺を寄せて黙っていた。クロエも何も言わない父親に眉間に皺を寄せた。
その二人を見て容姿は似ずとも動作はそっくりな親子だなと詩音は思った。クロエの話を聞き終えると二人の方に顔を向ける。
「お前たちは……」
「僕はダグラス・アビス言います~」
強面のクロエの父親を前に少し委縮する詩音とは対照的にダグラスは先行を切っていつも通り呑気そうに間延びした挨拶をした。そんなダグラスをクロエの父親は睨みつけるようにじっと見つめる。しかしそんなことは全く気にしないダグラスはにこにことしている。
詩音も後に続いて名乗ろうとして、閉口する。
「……」
「ナタリア…?」
彼女の名前を自分が名乗るのが少し怖い…。だけど名乗らないのは流石に失礼だろう……、
ナタリアの名前を口にすることを躊躇ったが、一度大きく深呼吸してから
「……ナタリア・ミストラルです。クロエ様とはいつも仲良くして頂いてます。今日はお世話になります!」
自己紹介をしてカーテシーをすれば眉間に皺を寄せていたクロエの父親が僅かに目を見開いた。よく見ればどうやら驚いているようだ。
え…?まさかなんかやらかした!?
クロエの父親の変化に無意識に何か粗相をしたのかと首を捻る。
「お前……」
「?」
何か言いかけるクロエの父親だったが間が悪いことにマノンが部屋に入ってきた。
「クロエお嬢様。バージル殿下がいらっしゃいましたわぁ」
「それじゃあ通してちょうだい。どうされますかお父様。珍しくご一緒されますか?」
クロエの軽い皮肉のある問いかけに、クロエの父親は無言でクロエを見る。少し間があって、
「……私はまだ仕事がある。これで失礼する」
そう言って部屋から出ていくとクロエは気にくわなさそうに父親が出て行った扉を見つめていた。
「ふん、お父様はいつもそうよ。仕事仕事って」
「この国の宰相様やからなぁ。大変そうやわぁ」
「どうかしらねっ!」
「…クロエ様のお父様何か言いかけててたような…」
「気にしなくていいわよ。いつも結局何も言わないんだから。ほら、殿下来るから身だしなみに気をつけなさい」
「あ、僕鏡持っとるよ~」
クロエは差し出された鏡を見ながら自身の前髪を整えて服装に乱れがないかチェックするとクロエはふーっと息を吐いた。それを見たダグラスは揶揄うように笑う。
「クロエ様も緊張したりするんやねぇ」
「私をなんだと思ってるのよ。一応国の王子に会うんだから下手なこと出来ないでしょう」
クロエも常識とかあるんだ…と少し驚きながらも殿下を待っているとマノンに引き連れられて三人の男の子が部屋に入って来た。
一人は金髪赤眼の気の強そうな少年。一人は全体的に白っぽい穏やかそうな少年、もう一人は茶髪に琥珀色の瞳をした無表情の少年だった。三人とも妙に顔がとても整っていてなんだかキラキラとしたオーラを纏っていた。
クロエは出迎えた婚約者に声を掛けるためか一歩前に出る。
「ようこそいらっしゃいました殿下。婚約者と会うのに今日も従者をお連れになって…大変仲が良いことで。後ろのお二方もとてもお暇なのですね」
あれクロエ様?
クロエの言葉に後ろの二人は不愉快そうに顔を歪めて、殿下は腕を組んで鼻で笑う。
「ハッ、お前と一緒に過ごすなど何があるかわかったものではない。お前こそなんだ隣の奴等は」
「いつも殿下が従者を連れていますから、今日は私もと…下僕を連れてきたのですわ」
さっきお父さんには友人って紹介できたじゃん!どうして下僕にランクダウンしちゃったの!?
バージルもその下僕紹介にクロエの後ろにいる詩音達を哀れむような微妙な顔をして見た。詩音達も微妙な顔をするしかなかった。
そんな空気を仕切りなおすようにダグラスは笑顔でクロエの横に並び、殿下に手を差し伸べる。
「初めまして~僕は」
「名乗らなくていい。突っ立っていないで好きにしていろ」
「えぇ!?」
殿下にバッサリと切られダグラスはその糸目を見開く。
ナタリアちゃん~としょんぼりしながら戻るダグラスの肩をどんまいと詩音は叩いた。
「名前をお聞きにならないのは勝手ですがそちらは名乗っていただきます?知名度があると思っているといえど最低限の礼儀ですから」
絶対この三人とクロエ様仲悪いよね。
とんでもないところに来てしまったと詩音は内心思いながら三人の方を見る。
指摘を受けた金髪の少年はうっとおしそうに舌打ちをするがどうやら名乗ってくれるらしい。
「バージル・リオンだ。まぁ知らん奴はいないと思うがな」
腕を組み、踏ん反り返りながら自身の名を告げると後ろの二人にも目で促す。
「…ガレオ・ファーレズ」
「シエル・アルカンだよ」
シエルと名乗った白っぽい少年は詩音のほうを見るとにこりと笑いかけたので詩音も軽く会釈をする。が、
なんかすごい見られてない?
なぜか相変わらずじっとこちらを見続けているシエル。これは目を逸らしたら負けなのでは?これは負けられないと詩音もシエルを見つめ返してみる。
じっと見つめて、見つめて………にこり。
美少女であるナタリアの一番良い表情を意識して微笑みかければシエルは頬を赤らめ狼狽えて視線を逸らした。
勝った…。
クロエの後ろで隠れてガッツポーズすればダグラスが失笑していた。
そう思っていたのは束の間、シエルが近づいて来て詩音の手を取る。突然のことに詩音もダグラスもえっ?と握られた手とシエルを交互に見る。
「バージルがごめんね。僕はキミの名前聞きたいな」
横から僕は…?と寂しげな声が横から聞こえて心の中で少し同情した。
「初めましてシエル様。私はナタリア・ミストラルです」
ナタリアが名乗ればシエルは目を剥く。何か驚くようなことがあったのだろうか。
「ナタリア・ミストラル!?キミが噂の引きこもり令嬢……?」
そんな噂もありましたね……。
「そんなの全くもって嘘っぱちじゃあないか。とても素敵な銀髪と青い瞳だ。まるで伝説の守護精霊のようだね」
「ありがとうございます……?」
詩音を褒めながら興奮気味に強く手を握る彼に詩音は一歩距離を取る。急に距離を縮めてきたシエルの意図が分からないのだ。
しかも守護精霊とは…?精霊って人間みたいなの?…まさか珍獣みたいだなってことぉ!?
そんな風に曲解している詩音とシエルの間にダグラスがやんわりと割り込む。
「いや、すんません~。ナタリアちゃん急にそんなことされると困ってまうからぁ」
ぺいっと繋いだ手を剥がれシエルはきょとんとしてようやく気付いたとばかりにダグラスに話しかける。
「おや、いたのかい?キミはナタリアちゃんのなんだい?」
いつも呑気そうな表情のダグラスもその言葉に珍しく頬を引きつらせながら詩音を隠すように両手を広げた。
「僕はナタリアちゃんのお義兄さんですぅ。婚約者の弟がおらんところであまりベタベタするのやめてもろてもいいですかぁ?」
「へー…キミのお家の爵位は?」
「は?…子爵やけど…」
「ふーん…、で?彼女の婚約者は今日は来ていないのかい?」
「……まぁ、ちょっと、今はナタリアちゃんと喧嘩しとるんやけど…」
ダグラスさん余計なことは言わんでいい…!
「へぇ!」
ダグラスの気まずそうな一言に急に調子よさげな声音に変えるシエルに詩音も複雑な顔をする。
何がへぇ!なんだ。それで何か得たものでもあるのか。人の不幸は蜜の味なのだろうか。
「シエル」
バージルはクロエ家でクロエの友達と面倒なことは避けたいのかシエルを止めるように名前を呼ぶ。
「まぁ、待ってよバージル。ナタリアちゃん今度僕とお茶しないかい?キミと話したいことがあるんだ」
「はぁ…?まぁ、クロエ様と一緒なら…」
「なんで私がこいつとお茶しなければならないの?」
クロエ様…。
なんでそんなこと言うわけ?と言わんばかりのクロエに詩音も肩を落とす。そんなクロエ様の言葉にシエルはにっこり笑う。
「らしいよ。それじゃあしょうがないから二人でお茶しようか」
なぜそうなる?
「え。ちょっとそれは…」
「ちょっと男子ぃ。ナタリアちゃんが困っとるよぉ」
流石に殿下の友達に下手なことが出来ないとダグラスはなんとか冗談を含ませながらシエルの行動を制そうとした。
「キミはちょっと黙ってもらえる?」
しかしそんな無機質な声が聞こえたと思うとシエルがダグラスの顔もとに手をかざす。すると突然ダグラスの体がぐらりと揺れて地に伏した。
「えーー!?!?」
「なにをしているの!?シエル・アルカン」
「シエル!!」
慌てて詩音がダグラスを支える。バージルがシエルの行動を咎める声がするがシエルにはなんのその。頭を支えて床に寝かせる詩音に平然として告げる。
「大げさだなぁ。大丈夫だよ。眠っているだけさ」
詩音はドン引きだ。
こ、こわぁ……。ちょっと黙ってて欲しいからって眠らせるなんてそんなことある?助けてクラージュくん…。
心の中でクラージュの名を呼ぶが頼りになる彼は今日傍にはいない。
ていうか何でこの人こんなことまでしてくるの…?もしかして…私に一目惚れ…!?
などと自惚れてみたがシエルの次の言葉でその理由が大体わかった。
「魔力の多い銀を持った者とあわよくばお近づきになりたいと思うのは当然のことじゃないか。それなのにこうも邪魔をされたら…ねぇ?」
なるほどねぇ…。
「…だとしてもやりすぎよシエル・アルカン。しつこい男は嫌われるわよ」
「クロエ様だって知っているだろう?王家以外で金の者、銀の者が生まれる確率なんてそうそうないよ。その中でナタリアちゃんは特殊だ。それなのに…」
寝ているダグラスを見て、
「ナタリアちゃんの婚約者は子爵の子供だって?勿体ないなぁ」
「!」
詩音が拳を握って振るうよりも先にクロエの堪忍袋の緒の方が先に切れた。
「調子に乗らないことよ!シエル・アルカン!お前にはナタリアは正直言って無理よ!」
気にくわない物言いにシエルは不機嫌そうにクロエを見た。
「何が言いたいのさ」
「お前の手には余るってこと!」
クロエは鼻息荒くナタリアに指を差す。
「貴方がその手に握っている人はいつも貴方たちが横取りしている手柄を取った張本人なのよ」
「なに?」
バージルが驚いたように詩音の方を見た。
「だから本当は貴方なんて一捻りで地面に伏すことだって出来るんだからね」
自分のことのように自慢げに告げるクロエの横で詩音はすぐさま否定し名誉を守るか、ドン引きされて距離を取られたほうがいいのかどうするか悩んだ。
「なんの冗談だい?可憐なナタリアちゃんがそんなこと…」
「ナタリアが可憐?どこをどう見たらそうなるの。鼻で笑っちゃうわね!あらゆる敵を千切っては投げ千切っては投げてきた女よ!ほんとに目が悪いんじゃないかしら!」
「えぇ、本当です。こう見えて山を越え、熊を倒し、岩をも砕きます。嘘だと思いますか?いいでしょう今から熊退治行きますか!?」
「えぇ…」
味方に滅多打ちにされた詩音はもはややけくそになりながら言った。結果的にバージルとノエルはドン引きしていたから良しとしよう。
良くはないけどね!
「…それなら……俺と勝負しないか」
しかし次にナタリアに立ちふさがったのは今まで一言も喋っていなかったガレオだった。突然の申し込みに詩音も当然困惑する。
「え、嫌ですけど」
「女の子に勝負挑むとかどういう神経してるの?」
詩音の即答とクロエの罵りにガレオの表情はピクリとも変わらない。そんなガレオを援護したのはシエルだった。
「やっぱり嘘じゃないか」
シエルの言葉にクロエはナタリアに振り返る。
「ナタリア、一回だけぶっ飛ばしてやりなさい」
「クロエ様……」
もうだめだクラージュくん助けて…と心の中で何度目かのいない彼の名を呼んだ。




