586話 真の聖守
魔族篇 最終章です
今回は5章・最後の王からの続きですね
・闇の雲を退けるも、大地震で世界崩壊
・三代目魔神バアル・ゼブル解放
・黄金要塞を使ってバアル・ゼブルの半身を撃破&封印
その続きからです。
大地震の日から三日が経った。
未だに全世界で混乱は止まらず、怪我人や死者は増える一方だ。人類がこれまで経験したことのないほどの地揺れだった。誰も、どうするべきか答えを知らない。
そしてシュリット神聖王国で第二の都市、ヴァナスレイには別の脅威が訪れる。魔神が復活したという知らせだ。緘口令を敷くまでもなく、一瞬にして民衆まで広まってしまった。
「はい、取って来たよ」
「悪いなセフィラ」
ヴァナスレイは誰もが自分のことで精一杯。
多少怪しげな行動を取ったところで、怪しまれることもない。怪しまれたとしても、誰かに報告されることもない。報告すべき機関もそれどころではないのだから。
シュウは小さな箱を受け取り、中身を確認する。
「ここから先は俺とアイリスで片付ける。プラハのことに専念してくれ」
「うん。復興、がんばる」
「ああ頑張れ」
震源地から最も近かったプラハ帝国の被害状況は悲惨だ。どれほど高度な文明を築いたところで、地震は全てを奪い去っていく。
多数の死傷者、建物の崩壊、交通網の断絶、通信の遮断、物資の不足、人々の不安。様々な問題が次から次へと浮かんでくるはずだ。文明の退化は免れないだろう。
「ねぇ、お父様」
「やめておけ」
「……まだ何も言っていないんだけど?」
「力を与えて復興を早めたい、とかの話だろう? やめておけ」
「でも!」
「人の力を信じるのがお前のやり方だろう? 今は苦しいかもしれないが、いずれはプラハも復活する。神の奇跡でそれを成し遂げれば、堕落するぞ」
「……わかった」
納得はしている。
セフィラとてシュウの意見には賛成だし、ずっとその立場でプラハ帝国の成長を見守ってきた。豊穣の加護と精霊秘術以外は余計な手を出さない。プラハ帝国の民が自分自身に誇りを持てるように。
暗黒暦二一〇八年。
それは世界が一変した大地震の年として、後世に語られる。遷暦という新たな世界の始まりである。
◆◆◆
ヴァナスレイ上層部は今、二つの大きな問題を抱えていた。
一つは大地震による都市の被害への対応。そしてもう一つが簡易的な封印が施された魔神への対応である。
「――以上です、本部長」
ミルディ・リンディスの報告は頭を抱えるようなものばかりだった。
何より、期待していた黄金要塞が消滅したこと。これが希望を奪い去った。聖石寮本部長はすっかり薄くなった頭部を掻き毟りながら声を絞り出す。
「唯一の朗報は聖守様が見つかったというわけですか。まさかセシリアス大公殿下だとは思いませんでしたが」
「……ええ、そのようで」
「それならば最高神官が聖守を秘匿なさっていた理由も納得できます。しかし……しかし、それならそれで私くらいには教えていただきたかった」
「まぁ本部長の気持ちも分かりますぜ。俺たちだって聖守様がいるなら知りたかった」
呻く本部長に六聖第二席バラモスが同情の視線を送る。
聖守なき聖石寮を守り続け、謂れのない悪意を一身に受け止めてきたのもまた彼だ。大地震でヴァナスレイが崩壊寸前の今、魔神復活に加えて聖守の判明と、事件も続いている。常人であれば全てを投げ出していたかもしれない。
「それで今、聖守様は療養中ですね?」
「はい。魔神との戦いで大きな傷を負われましたので。ロマノ・スウィフト閣下の護衛だったシンクという男が付いています」
「あぁ、そうでしたね。惜しい人を亡くしました。スウィフト閣下までもが……」
黄金要塞墜落に伴い、捜索隊はほぼ壊滅だ。
生き残りはファイ、シンク、アルネ、そしてシュウとアイリスのみということになっている。実際はネロ社員に扮した妖精郷戦力もいたが、彼らは転移で自力脱出済みだ。その他の聖石寮、聖教会の者たちは黄金要塞と運命を共にしたし、王政府軍はそれ以前に全滅している。これもまた頭の痛い問題だ。
「それとアルネ嬢ですか」
「アレはひとまず牢に入れています。異形に近い呪い子ですから、人々の混乱を招きますので」
「ええ、ありがとうございます。ガレス市の赤い夜で亡くなられたとばかり思っていましたが、まさか生きておられたとは。法に照らせば処刑ですがね……いえ、そもそも裁くことができるのか? 異例だらけで判断できませんか。うーむ」
ミルディは酷く険しい表情を浮かべており、本部長も言葉尻をすぼめる。
「とにかくよぉ、俺たちは救助か魔神か、どちらかに対処しなくちゃならねぇ」
「バラモス殿の仰る通りです。ですが魔神は封じられたのでは?」
「いいや。ありゃ個人の技能で一時的に留めているだけだ。前みたいなちゃんとした封印じゃねぇ。民間組織の一人の人間に委ねちゃだめだろう?」
「それもそうですか。再度厳重な封印を施さなければ」
「この際、倒さないのか?」
「とんでもない!」
本部長は激しく反対した。
あまりの声量にバラモスもミルディも、他の者たちも驚いてしまう。だがすぐに本部長は小さく頭を下げて続きを語った。
「あ、いえ、申し訳ありません。ともかく今は下手に被害を増やすわけにはいかないのです。前のように封印してしまうのが最適でしょう」
「お、おぅ。そうかもしれねぇな」
どこか奇妙にも思える本部長の態度。
その様子をミルディがじっと見つめていた。
◆◆◆
ファイはヴァナスレイ聖石寮本部の寝室で眠っていた。聖守のために用意されているものだ。この十九年間は一切使用されず、掃除され維持だけはされてきた。
「魔女、治癒は効いているのか?」
「傷は全快したのですよ。疲れているだけだと思うのですよ。目を覚ますまではもう少し時間が必要ですねー」
流石に疲れたのだろう。色々なことがあり過ぎた。
混乱の中にあるヴァナスレイは聖守を喜んで受け入れることができないほどである。ただファイは酷く疲れていたので、民衆の期待に応えることはできなかっただろう。
「シンクさんはこれからどうされるのですか?」
アイリスの問いかけに対し、シンクは右眼を軽く閉じる。
今の彼には予言がある。未来を見通す完全な眼を備えている。何をするべきなのか、悩む必要はない。全てが明白だった。
「……そう、だな」
「歯切れ悪いですね。その目があるのに」
「見えていても、正しいとしても、それが認めがたいこともある」
「不便ですね」
予言の眼は万能ではない。
見えていても防げるとは限らないし、長期的に見ればより悪い未来を招く結果になるかもしれない。それを知ったシンクは予言をありがたいとは思えなかった。
「かつて……かつて俺はセシリア様から予言を求めた。コントリアスを救い、戦争を止めるためだった。そのためには未来を知り、悪いものを断ち切る必要があると思った。悪い未来を変えれば、戦争を終わらせられると純粋に信じていた」
「でも、違ったんですよね?」
「見え過ぎる。この眼は良いものではないな」
未だ目を覚まさないファイに向けてか、シンクはそう呟いた。
◆◆◆
大地震の影響は治安悪化を引き起こしている。その原因の一つは、ヴァナスレイが保有する最大の監獄が破壊されてしまったことも大きい。
多数の脱獄が発生し、収容するべき罪人が解き放たれてしまったこと。
そして捕縛したとしても収容する場所がないこと。
破損して役に立たない牢獄に、アルネは大人しく入っていた。
「あーあ……」
こんな世で大人しく牢に繋がれている罪人は稀だ。
アルネはその珍しい部類に入る。彼女の中にあるのは、諦めだった。
「アルネ、随分と大人しくしているな」
「シュウ部長……」
「出ようと思えば出られるだろう?」
牢の前に現れたシュウから、アルネは目を逸らした。身体を丸めるようにして座ったまま、動こうとはしない。
「見張りは眠らせた。今なら逃げられるぞ」
「逃げても意味ありませんよ」
「公的にアルネ・リンディスは死んでいる。今のお前はクローディア自治領のアルネでしかない。シュリットに裁く権限はないさ」
「そんなの、詭弁です」
「詭弁で論争するのが政治だろ」
「凄い穿っていますね」
アルネも思わず笑ってしまう。
こんな状況なので取り調べすら行われていない。羽こそ自在に消せるようになったが、白い鱗だけはどうにもならないのだ。ひとまずは呪い子として隔離されている。
今はそれどころではないので、いずれ忘れ去られてしまうかもしれない。
「なんだか、疲れたんです」
「疲れた?」
「聖守様に憧れて、でも私は違ったから六聖に憧れて。小さな子供が憧れる英雄を夢見て聖石寮を目指しました。でも思い返せば、優秀なお姉ちゃんと同じように私を見てもらいたかっただけなのかもしれません。でも私は落ちこぼれで、魔術の才能はなくて――」
鼻を啜る。
そんなつもりはないのに、自然と涙が出てくる。悲しいわけでもなければ、怒りに震えているわけでもない。これがどういう涙なのか、アルネは分からなかった。
「私は結局、呪い子。そんな結末。私たちが空にいる間に国はこんな有様です。魔神も復活してしまいました」
「だから疲れたのか?」
「はい」
「生きることを止めたいのか?」
「分かりません」
「そうか」
シュウは歪んだ鉄格子に触れた。
すると黒い魔力が侵食し、溶かすようにして掻き消していく。そして中へと踏み込み、アルネの前で膝を落とした。
「もしもお前に役割があるならば、それを成し遂げる意思はあるか? 世界を救う鍵を握っているならば、己の手で扉を開ける覚悟はあるか?」
「ふふ。なんですか、それ」
「真面目な質問だ」
アルネは顔を上げて、目を合わせた。
冗談で和ませるつもりではない。それが表情で伝わる。
「アルネ、お前の父親は聖守を予言しなかった」
「……はい。でも聖守はファイ殿下でした。クローディア自治領との関係を考えて公表しなかったと――」
「こんな雑な嘘を信じるのか?」
「そ、それは……確かに変だとは思いましたけど、嘘とまでは」
本来は十九年前の時点で名前が公表され、ヴァナスレイの聖石寮本部で厳重な管理のもと聖守として育成されるはずだった。そして十五歳時点で正式な聖守となり、シュリットを守護するべく戦いに出るはずだった。
だが十五年目となっても聖守は公表されず、それから四年間も聖教会は聖守を隠し続けていたことになる。
今更、聖守が現れた。政治的理由で隠されていた。
冷静に考えれば信じがたい話だ。
「黄金要塞でファイが聖守の宣言をしたそうだな。おかしいと思わなかったのか?」
「それどころじゃなかったので、その」
「まぁ、だろうな。こうなることを狙っての宣言だったはずだ。誰も疑いを向けている場合ではない時に、ファイ・セシリアス・ラ・ピテルは己の存在を聖守として捻じ込んだ」
アルネは頭の中が真っ白になった。
一体何が言いたいのか、何を言わせたいのか、何を理解させたいのか。考えがまとまらない。呼吸は浅くなり、心臓が早鐘を打つ。
「シュウ、部長」
「なんだ?」
「何を知っておられるんですか?」
その先を聞くべきではないと本能が叫んだ。
だがいつの間にか、口が動いていた。耳を塞げと理性が発しても、身体は動かなかった。
「知っている。お前が知るべきことは全て」
息を飲む。
いつの間にか呼吸することさえ、忘れていた。
「最高神官ダンカン・リンディスは政治のために聖守を黙したわけではない。ただ一人の男として、親としての個人的な理由だ。権力者にあるまじき、馬鹿馬鹿しい理由だ」
「嘘です!」
もったいぶった言い方だ。アルネとて、その先を察することはできる。彼女は飛び跳ねるほどの勢いで立ち上がり、興奮のためか真っ白な翼まで生えた。魔装が暴発しているのか、その目には力強い石化の魔力が宿っている。
ここにいるのがシュウでなければ、瞬時に人を石に変えていた。
「聞け。お前は聞いて、真実を知らなければならない」
シュウもまた立ち上がり、一歩進む。
気圧され、アルネは一歩下がる。
「二十一代目聖守は、お前だ。アルネ」
全ての音が消えたような、そんな錯覚がした。




