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冥王様が通るのですよ!  作者: 木口なん
魔族篇 5章・最後の王

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656話 アイリスと七仙業魔

 魔神の《秩序星廟エヌマ・エリシュ》を無傷で切り抜けたのはアイリスだけであった。嵐と呼べるほどの光の中を、《量子幽壁クオンタム・フラクト》で防ぎ切ったのだ。

 シンクも無傷ではないが防御には成功したし、ファイとアルネも倒れているが即死ではない。そのため治癒をかけようとしたが、ここで七仙業魔が追撃をしてきた。



(んー……なんかこのまま治癒しない方がいい気がするんですよね)



 そんな直観に従い、あえて時間停止せずに応戦。

 ぶつぶつと何かを呟き続ける魔神は放置して、七仙業魔を単騎で抑えることにした。突進する八怪魔仙の前に時空結界を張り、そのまま七仙業魔たちを一気に囲んでしまう。また死兎魔仙は転移の使い手であるため時空魔術を重ねた。



「《時空断絶ディメンジョンロック》」



 ほぼ使い道のない時空属性魔術だ。アイリスも自己修得はしておらず、デバイスを介しての発動となる。第九階梯とかなりの高等魔術でありながら、時空に干渉する魔術を阻害する効果しかない。無論、このままではアイリス自身も影響を受けてしまうので工夫もある。

 この領域内で時空属性を扱う場合、暗号術式による阻害効果の中和が必要だ。この暗号部分は比較的弄りやすく、その気になれば何度も暗号を更新することも可能だ。アイリスはこの制御をソーサラーデバイスに任せ、適宜暗号を更新することで突破困難にした。



「ッ……?」

「転移も空間抉りも使えませんよ?」



 戸惑う死兎魔仙は格好の的だった。そもそもこの個体は時空属性に振り切った能力をしている。それを止められれば、ただ死ににくいだけの魔族に過ぎない。

 ここで廻炎魔仙の爆炎がが襲いかかり、アイリスを包み込んだ。炎は竜巻のようにうねり、温度を上げながら燃え盛る。地面が融解するほどの熱が生物の存在を否定する。

 だが炎は真っ二つに裂けてその内側から無傷のアイリスが現れた。



「何も見えないのは困りますねー。《冥葬メサルテ》」



 冥域魔術の一つ、即死が放たれる。

 肉体と魂を繋ぐ魔力を冥界送りにする効果だ。一般的な人間や魔物ならばこれで即死となる。しかし多数の魂が絡み合い、迷宮魔力で繋がっている魔族には効果が薄い。ただ、魔力を失わせる効果としては期待できる。

 廻炎魔仙はほんの少し、眉を顰めた。



「この女はアンヘルを殺しています。ただの人間ではありません。皆、注意してください」



 七仙業魔の中でまともな知性と理性を有するのは、今や廻炎魔仙だけだ。彼の指示によって疽狼魔仙が前に出た大量の呪詛を宿しており、接近戦には滅法強い。そのサポートに入るのが八怪魔仙であった。アイリスは防御を結界に任せて広域に電撃を放つ。



「キアァァァァァアアッ!」



 邪妖魔仙の絶叫が響き渡り、地面から大量の蔦が生えてきた。それらは岩石や土を巻き込みながら、巨人へと形成されていく。球根のようなものが大量に張り付いた地の巨人(ギルヴァース)が邪妖魔仙を背に乗せて立ち上がった。

 この巨人は攻撃に参加しない。

 ただここに存在するだけでアイリスへの攻撃となる。



(これって確かプラハを襲った寄生球根ですよね。酸素を窒素に核分裂させてエネルギーを得る厄介な化け物だったはず)



 アイリスの《量子幽壁クオンタム・フラクト》は有害物質の透過を制限するフィルターの魔術だ。毒などには滅法強いが、ないものを生成することはできない。結界内の酸素を少しずつ奪われていった場合、アイリスは酸素生成の魔術を使わされることになる。



「オオオオッ!」

「ガアアアアア!」



 疽狼魔仙と八怪魔仙が攻め立てる。特に疽狼魔仙は連携など考慮せず呪詛を吐き出す。アイリスは呪詛を結界で防ぎつつ、雷撃を放った。青白い閃光が疽狼魔仙の右肩を貫き、傷口から煙が噴き出る。

 それと同時に、アイリスの右肩も焼けるような痛みに襲われた。



「いッ……傷返しの呪詛ですか。厄介ですね」



 アイリスは時間の魔装によって、疽狼魔仙は魔族の特性によって傷を再生させる。それと同時に世界が真っ赤に染まった。今度は廻炎魔仙の炎だ。

 アイリス一人に対して、七仙業魔が五人。

 反撃する暇もほとんどない。



(疽狼魔仙の傷返しがどこまで効果あるのかも気になりますね。即死の魔術を使って、それも返ってきたら困りますし)



 下手な攻撃を安易に使い辛くなったことも、戦いにくさの原因だ。

 それに常時張っている物理障壁に、《時空断絶ディメンジョンロック》、《量子幽壁クオンタム・フラクト》は魔力の消費も重い。大技を当てるための牽制攻撃を小出ししているし、時間を緩やかにして状況判断したり、増え続ける窒素を酸素に変換する魔術も使っている。

 如何にアイリスでも容量超過キャパオーバーだ。



(隙と一時的な魔力出力の余裕さえあれば《万象貫通ヴォルザーク》で終わるんですけどねー……)



 しかしながらたった一人で七仙業魔を五体も抑えるというのは、大した偉業である。

 そして同時に、最期の王ファイ・セシリアス・ラ・ピテルは彼の目的を果たしたところだった。




 ◆◆◆




 予言の眼、あるいはラ・ピテルの右眼。

 二千年を超える継承を経た結果、当初は備わっていなかった力が追加された。それは継承に際して、眼球を取り換える手術が不要となるというものだ。眼を持つ当代の王が、意思を持って時代に託す。それだけで次の王の右眼は変質し、ラ・ピテルの右眼となる。

 しかしそこに血筋は関係ない。

 与えたいと願った対象が誰であれ、この継承は成立する。



「が!? ぐ……」



 シンクは眼を得た直後、流れ込む膨大な情報に頭の中が焼けるような気がした。しかしそれもすぐに落ち着き、やがて制御へと至る。覚醒魔装士として進化した脳を有していたことも、受け入れを容易くした一因だった。

 そしてシンクは、右眼が捉えるあらゆる未来の形に戦慄した。



(これが、予言の力? くそ、何をした? 今見えたのは俺の行きつく先だというのか? 信じない。信じられない)



 見えた未来は一か月分すらない。

 だがとても妄想とは思えないほど鮮明で、合理的で、そして絶望的だった。



(ファイ・ラ・ピテル。お前は確かにラ・ピテルだ。こんなものを抱えて、そして俺にこんなものを託した。世界の運命が俺の選択次第というのは、なんとも苦しいな。酷い未来だが、拒否すれば世界が滅ぶ。迷宮は消滅し、人類も消滅し、歴史は完全に途絶える)



 起こりうる最悪の未来は、世界の滅亡。

 そして世界が続くか滅びるかの選択肢を持っているのはシンクだった。そして世界を救う選択をすることが、望みを叶えることにも繋がる。全く以て厭らしい選択だ。



「……シンクさん?」

「あ、あぁ。大丈夫だアルネ。魔神を撃退(・・)するぞ」



 未来を知っているがゆえに、自然とその言葉が出てくる。

 そして新しく得た眼は、魔神の動きも全てお見通しだった。



『えぬま――』



 その未来が見えた瞬間、シンクは刃を振るっていた。伸縮自在、形状自在の聖なる刃に間合いなど存在しない。その場から踏み込むことなく魔神を斬り、初動を潰す。

 魔剣は弾き飛ばされ、宙を舞った。



「お願い!」



 アルネが願いを込めて魔装を発動する。真っ白な翼から羽が舞い散り、風もないのに魔神に向けて殺到した。羽に触れた箇所は抉れるように消し飛び、塵すら残さない。まばらに散った羽の一つが魔神の左脇腹へと直撃し、抉れるような傷を作った。



「ゥ、ア?」

「下がるぞアルネ?」

「うぇ!? 下がるんですか?」



 畳みかけるかと思ったが、シンクの言葉に従って距離を取る。すると直後に、魔神は黒い竜巻に包まれた。触れるもの全てを塵にする凶悪な風だ。追撃を仕掛けていたら巻き込まれて、死んでいたのはこちら側だった。

 しかし追撃しなかったことで魔神の再生を許し、完全回復させてしまう。



(やはり堅い。未来を知ったからこそ、ここで俺が倒しておきたい。だが、時間が足りない)



 黒い風が収まり、再び魔神の姿が露となる。両目から黒い涙を流し、髪を振り乱し、狂乱しているように見える。アルネは恐ろしさよりも、哀れみを感じていた。



「なんだか、悲しい存在……」

「何か感じたのか?」

「分かりません。でも、凄く哀れで……何かを嘆いているようで」



 アルネが魔神に対してそんな感傷を抱くことに、シンクは何も返さなかった。魔神とは確かに哀れで悲しい存在だ。未来視で知った知識があるからこそ、シンクもそう思える。

 それに魔神の様子も、少しずつおかしくなっている。片割れの異形型バアルを失って以降、精彩さを欠いて感情的に暴れているように見える。

 今もまた動きを止め、空を見つめて何か呟き始めた。



「あれは何をしているんでしょうか」

「さぁな。だが気狂いと同じだ。考えるだけ無駄だろう」

「そう、でしょうか……」

「同情心を向けるのはやめておけ。憐れむのもな。アルネはさっさとここから離れた方がいい。厄介なことになる」

「え?」



 まだ魔神との戦いも終わっていないし、少し離れたところではアイリスが七仙業魔と戦っている。それにファイも怪我のせいで先ほどの場所から動けていない。そんな中で一人だけこの場を離脱するのは気が引けた。

 どうにも判断が付かず戸惑っていると、シンクは溜息を吐く。



「なるほど、運命とはどうにもならないのだな」

「へ?」

「いや、何でもない。俺が君に何を言ったところで一人逃げだしたりはしない。分かっていたさ」



 魔神は再び黒い風を発生させ、それを剣のようにして握る。弾き飛ばされた魔剣の代わりということだろう。密度がある分、轟々と猛々しい音を鳴らしていた。

 だがシンクは魔神の初動を斬撃で崩す。



「アルネ。俺が応じるから追撃を頼む」

「はい!」



 シンクの先読みが魔神の攻撃を止め、アルネが主体となって攻撃する。絶えず吹き荒れる黒い風が戦場を抉る中、一進一退の攻防が続いた。




 ◆◆◆




 七仙業魔の戦い方は、栄えある業魔族とは思えないほど姑息で厭らしいものだった。アイリスに対して大規模な攻撃は控え、嫌がらせのような攻撃を連発する。それによって負荷を与え、処理能力を圧迫してミスを誘うというものだ。



「ちょっと! 仮にも魔神の側近がみみっちぃのですよ!」

「勝てばいいだけの話です。その過程に意味はない」

「挑発にも乗りませんかー……」



 小童の魔族ならともかく、廻炎魔仙はただ堅実にアイリスを追い詰めることに注力した。得意の炎で辺り一帯を紅蓮に染め上げることもできただろうが、あえて大技は使わない。とにかく手数だ。手数でアイリスから対応能力を奪っていき、着実に追い詰める。

 逆にアイリスからすれば、誰か一体を落とすだけでも楽になるということだ。



(死兎魔仙は実質無力化しましたけど、うろちょろして視線を奪っていくのがウザイですね。疽狼魔仙には安易に攻撃を当てれませんし、八怪魔仙は半端な火力では落とせません。廻炎魔仙も復活能力がありますし、手を出せるとすれば邪妖魔仙か死兎魔仙ですか)



 廻炎魔仙もそれは理解しているのか、露骨に邪妖魔仙と死兎魔仙に距離を取らせている。

 簡単にはいかない。



(ここは覚悟を決めて加速時空に入るべきですね)



 もっと魔力や処理容量に余裕があれば、時間を止めて一網打尽にすればよかった。しかしそのためには今使っている魔術を止める必要がある。止めれば必然的に隙を突かれる。

 初動の対応を誤った、と言う他ない状況に陥った。

 ここから逆転する一手はただ一つ。己の不死性を盾に、強引な時間停止の実行だ。あえて痛い目に遭いたくはないが、背に腹は代えられない。



(んー、できるだけ痛くない攻撃にしたいですけど、全部即死級なんですよね)



 致命傷を受ければ自動で時を巻き戻して死をなかったことにできる。それがアイリスの不死の仕組みだ。首を刎ねられようが、全身が塵になろうが、覚醒した今ならば無効化できる。そもそも、冥界の加護があるので死は一つの状態に過ぎない。死んだことはないが、本当に死んだとしても自力蘇生できる自信がある。



(あれ、私って人間じゃないですね)



 今更、どうでもいいことを考えた。その一手が状況を変える。

 突如として空から黒い柱が落ちてきて、疽狼魔仙と八怪魔仙を潰した。いや、塵にした。同時にアイリスは自分の結界が掻き消されていることに気付く。《時空断絶ディメンジョンロック》も消えたので死兎魔仙がアイリスの首を狩るべく転移してきたが、予兆に気付いたアイリスが時を止めた。

 音が消え去り、風も凪となる。



「シュウさん、来たんですね」

「色々あって戻るのが遅くなった。状況はデバイスのログで知っている。七仙業魔はここで消えてもらうことにした」

「あれ? ルシフェルさんとの契約はどうなったのです?」

「奴も今の時代に飽きたそうだ」

「えぇ……」



 空から降り立った冥王は、こともなげに告げる。

 ただその様子からアイリスは苛立ちのようなものを感じ取った。



「何かあったのですか?」

「話すと長くなる。簡単に言えばルシフェルのせいでユゴスを取り逃がした」



 止まった時の中、シュウは空中で静止したままの死兎魔仙へと近づく。そして軽く触れると、死の魔力が侵食して塵にしてしまった。

 もはや復活することすらない。完全な滅びである。

 そのまま残る廻炎魔仙と邪妖魔仙にも目を向け、死の魔力を伸ばした。時間が止まっているため、回避も認識もできない。



「早くこの時代を終わらせる。ダンジョンコアを完全に消し去る計画を始めるぞ。もう七仙業魔も不要だ」



 長きにわたって猛威を振るってきた七仙業魔は、ここに潰えた。

 完全な『死』の法則によって。





急募:人間の定義

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― 新着の感想 ―
面白かったです。
アイリスと七仙業魔は良い勝負してるように見えるけど隔離用の物理障壁と時空断絶使わなければすぐ決着しそう >「ちょっと! 仮にも魔神の側近がみみっちぃのですよ!」 ここ可愛いから挑発に見えなくてすこ
黒衣の男の特徴 黒衣の下は白い肌と白い髪、左目は血のような赤、右目は宝石のような青 悪魔系の魔物の召喚能力、聖杯、絶魔禁域内でも魔力が使える、迷宮魔力を持っている 契約の鎖、シンクの伸縮自在の聖なる剣…
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