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冥王様が通るのですよ!  作者: 木口なん
魔族篇 5章・最後の王

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644話 王家の弔い

 ほんの少し前のことだ。

 六聖のオリガは怒髪天を衝く勢いであった。彼女は元より激情家で、信仰心も強い。更には外国人流入に対して異を唱える右翼派閥でもある。ロマノの宣言は怒りを沸騰させるのに充分だった。



「ですがオリガ様、どうしますか? あのようなことをわざわざ口にしたのです。何も考えていないとは思えません。我々を侮辱し、怒りで目を曇らせ、考える力を奪おうとしているように感じます。このまま進めば罠が――」

「黙れ。あれは殺す。私がそう決めました」

「……そうですか」



 外付け頭脳の役割を担う側近術師が忠告するも、オリガは聞き分ける様子がない。地の利がない黄金要塞内にて、考えなしの行動は死に直結する。

 どうするべきか。

 そんなとき、再び声が降ってきた。



『Rigvija he La Piter……そこをまっすぐ進んで』



 同時にすぐ傍で隔壁が開いた。壁だと思っていたものが上に持ち上がり、新たな通路が現れたのだ。声が指す先とはこれのことだろう。

 そして今の声はロマノではなく、ファイ・セシリアス大公だった。



「挑発のつもりですか……ッ!」

「オリガ様。おそらくこれは――」

「いいでしょう。乗って差し上げます」

「あ、お待ちを!」



 オリガは駆け出し、通路の奥へと進んでいった。術師たちは仕方なく彼女を追いつつ声をかけるも、彼女の耳には届かない。

 いつものことなので慣れているが、この状況では冷静でいて欲しかった。

 通路は分岐もない一本道で、まるで導かれているようだ。



(オリガ様はまさしく英雄に相応しい武の持ち主。落ち着いた方であれば第一席も夢ではなかっただろう。問題ないとは思うが……不安だ)



 魔力の強いオリガは身体能力においても他の追随を許さない。術師たちを置き去りにして安全確認の暇もなく先行してしまう。そしてようやく追いついた彼らは驚くべき光景を目にする。

 大量の剣を周囲に浮かべるオリガと、血の海に沈むロマノ。

 止める間もなかった。





 ◆◆◆





 ロマノを背中から貫いた剣は誰の手を借りることもなく引き抜かれる。それは血を滴らせつつ浮遊し、王座の間入口に立つオリガのもとへと戻っていった。

 彼女の傍には他に十一本の剣が浮かんでいて、そこにロマノを貫いた一本が加わる。



「十二刀流のオリガ……噂には聞いていたけどこういうことなんだね」



 クローディア自治領にもオリガの噂は及んでいた。最も過激な六聖として、すっかり狂犬扱いされている。だがそれでも聖石寮が彼女を採用するのは、やはり強さゆえであった。



「これで一匹……次はあなたです」



 オリガが手をかざすと、十二の剣は一斉に切先を前に変えた。狙いは王座のファイである。まずは一本が射出され、風を切り裂きファイをも貫くかと思われた。だがその前にシンクが前に出て引き裂く。オリガの剣は真っ二つになって弾かれたかと思うと、そのまま青い粒子を散らして消失してしまった。



「私の剣を斬った……? こいつッ!」

「オリガ様、お待ちを――」



 後ろから追いついた術師たちが止めようと声を張るも、それらはオリガに届かない。今度は四つの剣が同時に発射され、続けて残る七つも順次飛ばされた。常人では影を追うのがやっとの速度だったが、シンクは眉一つ動かさず対処してみせる。左腕がぶれたかと思うと、全ての剣が破壊されていた。

 尋常ならざる技量である。

 しかもシンクは刃を下ろし、振り返ってファイに話しかけるほどに余裕があった。



「こうなることを分かっていたのか?」

「うん。見えていた。もしも僕の手を取り、こちらに来ていたら死ぬことはなかったよ。今みたいに君が守ってくれたからね」

「だが聖石寮が王座の間に辿り着くよう管制室で道を開いていた。こうやってロマノを始末するためだったのか?」

「結果的にはそうなってしまうね」



 シンクはともかく、ファイすらもオリガのことを意識すらしていない。そのことが彼女の神経を逆撫でする。力強く大聖石を掴んだかと思うと、彼女の周囲で床や壁が剥がれ、それらが剣の形を成していく。先ほどと同じ十二本の剣を作り、周囲に浮かべた。

 今は珍しい錬金属性の魔術を得意とし、更には移動や加速の魔術を使って自在に操るのがオリガの得意技だ。蟲魔域や北部の強大な魔物たちを相手に無双の武を誇り、戦闘力という一点においては上層部からの信頼も厚い。



「今度こそ死になさい!」



 だが威勢よく呼ばされた十二の剣は、やはりシンクの手で消滅させられる。左手一本で何の労も感じさせず、作業のように飛来する剣を切り裂いていく。オリガを信頼する術師たちからすれば衝撃的な光景で、オリガ自身も自信を砕かれる思いだった。

 半分動揺しつつも再び十二の剣を錬成しようとして――部下の術師が腕を掴んだ。



「オリガ様、ここまでです。少なくともファイ大公殿下は敵ではありません」

「私の邪魔をするのですか!」

「どうか耳を傾けてください。ロマノ閣下……反逆者ロマノ・スウィフトは私たちを裏切り、あのような挑発までしました。ですがその後に聞こえた声は確かにファイ公のものです。しかもあの場合、我々をここへ誘導するための声でした。あの方はまだ我々の味方です」

「それは……だが奴らは結託して黄金要塞を我が物にしようとしていたではありませんか!」

「もしそうなら、あの方が私たちのために道を開いてくださるとは思えません。話を聞いてから判断しても遅くはないと思います」



 頭に血が上っていたオリガも、ようやく冷静さを取り戻し始めたらしい。剣を浮かべながらではあるが、攻撃の意思は消えた。



「まずは管制室に戻ろうか。それと聖教会の方々にも来てもらった方がいいね。僕が全部を説明するよ。これからどう動くべきかもね」



 状況は一変してしまった。

 これ以上の争いをしないためにも、ここでしっかりとした意思疎通が必要だろう。ファイはそんな意図を込めて提案する。

 聖石寮としても反対はなかった。



「シンク、後でロマノを弔おう。ここにはスウィフト家の墓もあるはずだよ」

「……分かった」



 不甲斐なさを恥じるシンクは、ともかくファイに従う他なかった。




 ◆◆◆




 状況の変わりようはシュウやアイリスからしても予想外であった。今回はロマノへと黄金要塞を引き渡し、赫魔を殲滅させて成果にしようと考えていた。だが少し目を離した隙にロマノは殺され、当初の計画を大幅に変更せざるを得ない状況になっている。

 しかも鍵を握っているのは聖石寮という奇妙な有り様だった。



「なるほど。ひとまずは納得しましょう。確かにファイ大公殿下はロマノ・スウィフトの言いなりにされていたと認めざるを得ません」



 ファイの口頭による説明に加えて、王座の間でロマノから銃を突きつけられる映像も証拠となった。脅されてロマノに協力したという物語に反論することはできず、オリガも認めるところなる。

 ただ彼女はネロ社に対しては厳しい目を向けていた。



「金銭のために正義を見失ったネロ社には何かの罰があるでしょう。ですが反逆者ロマノ・スウィフトの古代知識を保有し、黄金要塞を制御する術を知っているご様子。ならば今後の活躍次第で赦免も保証いたします。サーリオ大神官もよいですね?」

「私の方からはそれでよいと思います」



 全ての罪をロマノが引き受けてくれた形で収まり、シュウとしてもひとまずは安堵する。こちらを捕縛しようとする動きなどあれば、皆殺しも視野に入れていたからだ。

 管制室には聖石寮および聖教会の全員が集合し、王政府陸軍はバルリウス将軍含め全滅が確認された。ロマノも死亡したことで作戦指揮権はオリガへと移り、彼女の方針こそが絶対となる。



「オリガ様、当初の計画では黄金要塞を手に入れた後、その性能を実験することになっていました。赫魔が潜む深淵渓谷で……と伺っています」

「あぁ、そうでしたね。ですがもはや実験どころではないでしょう。性能試験は改めて行うとして、まずは国に持ち帰ります」

「承知しました。陸軍の方々のご遺体回収にも人手が要ります。日も沈んでおりますし、我々には休息も必要ですから」



 ずっと室内にいるので気付けなかったが、実は日が沈んでいる時間だ。黄金要塞の性能試験をするにしても、夜間より昼間の方がよい。それに遺体を放置するわけにもいかない。

 そこでアイリスが提案した。



「黄金要塞には居住区画があるのですよ! 復旧させて使えるようにしているのです。今からシュリットの方へと舵を切れば、今夜の内にはヴァナスレイまで戻れるのですよ。眠っている間に到着するのです!」

「かつて王国だったというのは真実のようですね。使えるものは使います。ただしファイ大公、それからネロ社の方々には監視を付けさせていただきます。文句は言わせませんよ」



 こればかりは仕方ない。アイリスは受け入れ、ファイもまた首を縦に振った。



(今夜が過ぎれば俺もプラハに戻り、ユゴスを討つ)



 予定が重なったため、最後まで黄金要塞側の面倒を見ることは難しい。聖石寮の監視を掻い潜って抜け出すのは一苦労だが、そこは何とでもなる。

 今は下手に目立たないよう、アイリスを矢面に立たせて口を噤むことにした。




 ◆◆◆




 方針が決定した後、それぞれで遺体の処理に動き回っていた。これにはネロ社員も動員され、王政府陸軍を回収するため奔走している。人数が人数だけに重労働かつ、時間もかかる仕事だ。

 そんな中、ファイとシンク、そしてアルネは王座の間に来ていた。



「ロマノ……」



 無造作に転がされたままの遺体に感傷を向けるシンク。彼にとってロマノは二十年以上の仲だ。幼い子供時代から見守ってきたこともあり、息子に向けるような感情すら抱いている。



「もっと近くにいれば剣を弾くこともできた。すまないロマノ。夢半ばでお前を殺させてしまった」

「ロマノ、さん……」



 アルネもまた悲しみに暮れていた。

 彼女にとってはネロ社を紹介してもらったり、今もこうして保護してもらったり、縁が深い。しかも恩を受けている側だ。何も返すことなく永遠の別れとなったことに悔しさがあった。



「シンク、アルネ。僕はこうなることを知っていた。未来を見て、こうなるように誘導した。僕を恨んでもらっても構わないよ」

「……正直に言えば恨みはある。もっと方法はあったんじゃないかと思っている。何のための未来視だ。こんなものを俺は求めていたのか」

「言い訳をさせてもらうと、君たちは未来視というものをあまりにも神聖視し過ぎている。この力はそんな便利なものじゃない。ある不幸を取り除こうとすれば、そのせいで一万人が死ぬ。一万人を救おうとすれば、国が滅びる。滅びる国の運命を変えれば、世界が消えてなくなる。見たくないものをたくさん見させられるのが未来視さ」

「だから世界のために国の滅びを許容し、国を守るために一万人を切り捨て、一万人のために目の前の不幸を見過ごすと?」

「うん。これはラ・ピテルの宿命だよ。世界のため、ロマノは死ぬ運命だった。僕にできるのは彼の考えが変わらないと分かっていながら説得するだけ。実質、僕には何もできない。こんな力を受け継いでいながら、できることは初めから定められているんだ」



 何と不自由な力だろうか、とアルネは思ってしまう。だがそれと同時に、納得できない部分もあった。本当にたった一人の死が国を救うのか。世界のために国を滅ぼさなければならないのか。



「未来視なのに、未来を変えることができないなんて……」

「本当にね。僕もそう思うよ。見えてしまった最善のため、あらゆる犠牲を許容しなければならない。最も親しい者が死ぬと分かっていても、死に導かなければならない。ラ・ピテルの血筋なんて呪いも同然だよ。でも僕はそれを終わらせるためにいる」

「終わらせる……」

「七十九代目にしてラ・ピテル最後の王。それが僕だ。初代王様の眼が生み出したあらゆる犠牲は僕で終わらせる。そのために黄金要塞を使うんだ。悲劇を生み出す舞台装置を壊し、世界を一つだけ先に進める。僕は止まらない」



 ファイはもう冷たくなったロマノの手を取る。

 そして彼の血に塗れながらもなんとか持ち上げようとした。だが特に鍛えているわけでもない彼ではロマノを支えきれず、倒れそうになってしまう。それをシンクとアルネが支えた。



「ありがとう」

「俺が抱えよう。どこに連れて行けばいい?」

「スウィフト家の墓に。この黄金要塞は地に落ち、消え去る運命だ。でも彼はきっとシュリットの地より、ラ・ピテルの城で眠ることを望むと思うんだ」

「そうだな。俺もそう思う」



 黄金要塞は千年もの間、王国として在り続けた。その間の死者は膨大で、流石に土葬とはいかない。例外なく骨が消失するほどの火力で火葬され、遺灰を埋めることになっている。遺灰も壺などで個々に保管されるようなものではない。墓地として整備されている場所で適当に穴を掘り、埋められるだけだ。空間を圧縮し、尚且つ疫病の蔓延を防ぐための措置だったが、千年の間に天空人の文化として根付いていた。

 王家の人間とて同様だが、専用の墓地が存在している。セシリアス家、スウィフト家、イミテリア家、クライン家の他、断絶した王家の墓地もあった。



「シンク、どれがスウィフト家のものかな」

「そこだ」



 流石に王家というべきか、墓地というより霊廟と表現すべき空間であった。

 中央にはオリハルコン製の碑が立っており、その形状は先端が尖った六角柱だ。周囲には同形状だが一回り小さい碑が円を描くように十二も並んでいて、それぞれの面には文字が刻まれている。それらは王家の名を現していた。

 勿論、中央にある碑こそがセシリアス家のものである。スウィフト家の碑は中央から見て六時方向、つまり霊廟の入り口から最も近いところにあった。



『スウィフト家の者を弔いたい』



 シンクがグリニア語で語り掛けると、人工知能が反応する。



『ラ・ピテルの眼を認証しました。スウィフト家の碑柱を開きます』



 驚くべきことにオリハルコン製の碑が突如として動き出し、自動で中央方向へとずれる。更に碑の下から丁度人間一人を寝かせられる大きさの台座がせり上がってきたのだ。説明がなくとも分かる。そこに遺体を載せるということだろう。

 シンクがロマノの身体を載せると、今度は台座が下がっていく。オリハルコンの碑も元の位置へと戻り、ほんのりと熱を帯び始めた。更には霊廟を照らす光が赤へと変化する。火葬が始まったらしい。



「え、こんなにあっさり?」

「先進的だな。俺からしても無機質に感じるが」

「遺体の火葬から遺灰の埋葬まで自動化されているみたいだね。僕もちょっと嫌かな」



 残念ながら死を悼む気分にはなれない埋葬だ。だがきっとロマノは満足するはずである。同時にこのような最後となり報われないとも思ってしまう。

 シンクは目を閉じ、黙祷した。





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