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冥王様が通るのですよ!  作者: 木口なん
魔族篇 5章・最後の王

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638話 ロマノの取引

 黄金要塞を目指す空の旅は静かなものだった。

 特に警備として乗船しているネロ社の面々は随分と退屈している。空にさえ上がってしまえば、次の仕事場は天空の城へと乗り込んだ後。それまでは休息ということになっている。

 そんな中、シュウとアイリスは個別に呼び出しを受けていた。その相手とは、勿論雇い主のロマノである。



「内密にお呼びしたのには理由があります」



 ロマノはそう切り出した。

 スウィフト家私有の飛行船ということもあり、客室は随分と豪華だ。椅子の座り心地も良く、テーブルも随分と凝った造りだ。



「今回の黄金要塞奪取作戦について、本当の目的をお話しします」



 彼はそう言いつつ、一本の巻物を取り出した。随分と古めかしく、ロマノ自身もわざわざ手袋を装着しているほどだ。広いテーブルの上に広げられた巻物には、大量の文字が縦書きで並べられていた。しかもその文字は現代のどの国家においても利用されていないものである。

 しかしシュウもアイリスも、それを読むことができた。



「グリニア文字か。かなり古いな」

「使われていたのは二千年以上昔ですからね」

「流石にお二人ならば読めますか。まさしくその通りです。これは王呈血統書。我がラ・ピテル王家に伝わる最重要予言の一つです」



 もう随分と古いので、シュウとてかなり忘れかけている。しかし文字を読む程度なら問題ない。それに王呈血統書の記述は全てラ・ピテル王の名なので、難しくはなかった。

 初代王セシリアから始まり、幾つか知った名前もある。それらを追って最後まで辿り着くと、ファイの名が記されている。



「ラ・ピテル最後の王。それは現セシリアス家の当主、ファイ・セシリアス・ラ・ピテルのことです。彼の後に黄金要塞を継ぐべきと記された王はいません。そしてファイ殿の目的は黄金要塞をこの世から消し去ることです。地に落とし、なかったことにしようとしています」

「それを俺たちに教えてどういうつもりだ?」

「お二人の正体は知っているつもりです。シンク君を通してね。この世の利得に囚われないあなたがたに、私の頼みを聞いていただきたい」

「話は聞こう」



 そう返すシュウに、ロマノはほっとした様子だった。

 彼にとってこれは一世一代の大勝負だった。ただこれも第一段階に過ぎないが。



「ありがとうございます。私はラ・ピテルの血を引く者として、黄金要塞を継承したいのです」

「それはお前個人として手に入れたいということか? シュリット神聖王国に引き渡すわけでもなく」

「ええ、その通りです。あれはラ・ピテル王家のものであり、天空人の末裔たるクローディア自治領民のものです。大国の手足や盾として虐げられている彼らを、私は救いたい」

「それは本音か?」

「勿論です」



 シュウはじっと見つめた。

 彼の顔と、その内側にある魂を。



(嘘ではないか。本当のことを言っていないだけの可能性もあるが、まぁ何かしら強い理想を抱いているのは確かということだな)



 一瞬だけアイリスに目を向けると、彼女も小さく頷いた。アイリスの勘でも問題ないらしい。時を操る魔装持ちということもあって、勘と言えど侮れない指標だ。



「で、具体的に何をするつもりだ?」

「初代王の予言は絶対です。ファイ殿は間違いなくラ・ピテル最後の王とならなければなりません。だからこそ、この作戦にはファイ殿も同行いただきました」

「なんだ。随分弱気だな」

「悔しいですが、『眼』の力は本物です。特に初代王の予言は二千年を見通しても尚、全て正しかった。これは認めざるを得ないでしょう。私がどう足搔こうと、ファイ殿は必ずラ・ピテルの王となります。私が割り込んで黄金要塞を継承することはできません」



 その言葉には諦めにも聞こえる。しかしそうではないことを、彼の口調や目が証明していた。燃えるような野心は確かに輝いている。

 どういうつもりなのかは、アイリスが先に気付いた。



「つまり予言を実現させたうえで、予言にないことを望むように誘導しようということですね」

「まさしく」

「ああ……最後の王の予言通り、ファイ・セシリアス・ラ・ピテルを王座に据えた上で、お前がその座を奪い取るということか」

「これでラ・ピテル最後の王は実現し、初代王の予言も終わります。その後にスウィフト王家が始まるというだけの話です」



 シュウも姑息とは笑わない。

 むしろよく考えた結論だと思うほどだ。そして計画を確実なものとするために、シュウとアイリスすらも引き込もうとしている。正体を知っての行動なのだから、覚悟も充分ということだ。



「それで、俺たちは見返りとして何を受け取れるんだ?」

「黄金要塞の力を以て、赫魔および北プラハ帝国に跋扈する異形どもを片付ける。そういうのは如何でしょうか」

「ほう。どうしてそれが見返りになると思った?」

「あなた方お二人がプラハ帝国で崇められる神々だからです。少なくともプラハ帝国にとって利となることであれば、望ましいのではないでしょうか」

「その気になれば始末できることをどうしてわざわざお前に?」

「もしもそのつもりでしたら、とっくに対処しておられるはずです。何か事情があるのではないでしょうか?」



 鋭い考察だった。

 実際にシュウはルシフェルのせいで好きなように動けない。アレは世界の変容と進化を楽しんでいる。だからシュウが出張り、ワンサイドゲームの既定路線へと進み始めれば容易く世界ごと消し去ってしまうだろう。理由は面白くないから。



(癪だがルシフェルには常に急所を取られている状態だからな……ユゴスについては今日さえ終われば俺も自由に動けるとはいえ、黄金要塞をこちら側として使える利点は大きいか)



 しかしながら『冥王』と『魔女』の価値を黄金要塞程度で引き換えてもらっては困る。そういう矜持があることも事実だ。

 だからシュウはもう一つ、条件を付け加えることにした。



「協力してやるが、もう一つ報酬をいただく」

「……聞きましょう」

「そちらが保護しているアルネ・リンディスをこちらに引き渡せ」

「ッ!?」



 明らかに動揺していた。そしてすぐに表情を戻すが、遅かったと悟り苦々しく唇を結ぶ。アルネを保護しているという事実それだけで、ロマノの立場を悪くしてしまう情報だ。

 死んだことになっている彼女を隠しているということもそうだが、呪い子としての特性を発現してしまった者を保護している時点でシュリット神聖王国における罪となる。



「何のことか、と言っても無駄なようですね」

「ロマノさんにとっても好都合なのですよ。アルネさんは私たちネロ社で引き取るのです。厄介払いできると思えば悪くない取引ですよ?」

「……分かりました。ではこの作戦が終われば――」

「この船に乗っていることも知っているが?」

「――降参です」



 必要以上に惚けても、ただ相手を不快にさせるだけだ。それにロマノは味方を増やしたいのであって、敵対は望むべくもない。



「私は黄金要塞を使い、完全な法治国家を実現したいと思っています。今の愚かな世を壊すために黄金要塞の王座を手に入れ、そして新しい世界を創り出したいのです」

「随分と大きく出たな」

「今の世はあまりにも野蛮です。知っていますか? 国家が定める法では権力者たちを制限することができないのです」

「統治権が法を凌駕する仕組みのことか?」

「ええ。シュリット神聖王国は比較的法治が進んでいると言えますが、それでもまだ甘い。王政府は己が定めた法を超えた判断を下し、公家を含めた多くの権力者は統治の必要性によって法を蔑ろにします。統一アスラン王国などもっと酷い。諸侯たちは己自身を法として振舞うのです」



 ロマノの言わんとしていることは理解できる話だ。シュウからすれば、彼が何を求めているのかその形すらも理解できる。



(なるほど。憲法か)



 当たり前のようで、実は憲法とは驚くべき発明品である。

 人間を国家の下、法によって完全に制御するためのものだ。国家の正統性、統治の原則、福祉に人権など、国家が国家としてあるべき骨組みを明文化したものだからだ。少々乱暴な言い方をすれば、憲法とは法律にとっての王様である。

 あらゆる法律は例外なく憲法の原則に従わなければならない。勿論、国家の統治者であっても法の枠組みから外れてはならないということになる。



(まぁ法の穴を突いたり解釈を変えたりとする奴は現れるだろうが……逆に言えばそうでもしなければ後ろめたいことはできないということ。少なくとも個人の暴走を押さえ込む役割は果たせる)



 たとえばシュリット神聖王国は特に聖教会や聖石寮に関する法規制が緩い。王政府は聖教会にも聖石寮にも命令権は持たず、各々で自由に動けてしまうのだ。聖教会が司法を、聖石寮が軍事を司っているにもかかわらず。

 だからこそ王政府は自身が命令権を持つ王政府軍を組織したという経緯があるほどだ。

 初めは問題なかったのだろうが、時を経て少しずつ歪みは大きくなっている。



「統治は任せればいいのです。国家を代表する者たちが法に従ってさえくれればそれでいい。黄金要塞は秩序であり、その王座は法治の象徴として在る。それが私の考える理想です」

「結局は黄金要塞の武力を利用した暴政なのですよ」

「始まりはそうかもしれません。ですが改革には痛みが必要なのです」

「まぁ一理あるが」



 さらりと言ってのけたが、これはいわば世界征服の宣言にも等しい。実際、黄金要塞が手に入れば世界を獲ることなど容易い。あれが開発された終焉戦争以前ですら圧倒的だったのだ。当時の大帝国側は黒竜システムや禁呪弾、召喚石などの超兵器を以てようやく対抗できた。



(とはいえ、黄金要塞そのものの知識は失われているはず。本来の性能を扱えるとは思えない)



 聞いた限り、穴の多い計画にも思える。

 それは承知なのか、あるいは見えていないのか、判断しかねるところだ。



(問題はない。アルネがこちらの手に落ちるなら、黄金要塞など安い)



 『王』としての力を無作為に振るい、思うがままに動けばルシフェルの目に留まる。そうなればまた回り道を強いられるだろう。そもそもルシフェルと直接ぶつかること自体、世界にとってのリスクだ。四年前は隣の惑星を完全に滅ぼした。



「契約はこうだな。俺はお前の野望……黄金要塞を手に入れるという目的に手を貸そう。ネロ社という枠組みの範囲でな。ファイ・セシリアス・ラ・ピテルを玉座に就けた後、引きずり降ろしてお前を次の王とする」

「ええ。そして私は赫魔と北プラハを滅ぼします。アルネ嬢のことも差し出しましょう。ただ恐れ入りますが、ファイ殿にはできる限り悟られたくありません。アルネ嬢のことは全てが終わった後に、ということでもよろしいですか?」

「未来視持ちにそんなもの、通じないと思うがな」



 ファイはラ・ピテルの正統な継承者として、未来視を得ている。そんな相手に対してクーデターを引き起こそうとすれば、見抜かれて当然だ。

 しかしロマノはこの指摘を受け入れた上で反論する。



「そうでしょうね。しかしたとえ未来が見えていたとしても、できないことはできないのです」

「んー……できることを潰していくってことですよね」

「まさしくその通りです。手足がなければ、優秀な頭脳とて意味を成しません。ファイ殿は正統後継者として黄金要塞の封を解く鍵。ただそれだけです」



 ロマノは広げた王呈血統書を巻き取っていく。

 その途中、アラフ王の名で手が止まった。



「私たちの民族が故郷を失い、五百年です。地上へと降りることを選択したアラフ王の考えは理解できません。五百年の時があれば、ラ・ピテル王家は地上を律する帝国になっていたことでしょうに」



 そんなことを呟きながら王呈血統書を閉じ切った。当事者でもあるシュウとアイリスからすれば、無知な小僧の戯言にも聞こえる。



「私はアラフ王を最も憎んでいます。もしも彼女が判断を間違えなければ、スウィフト家は苦難の中を歩くこともなかった。サンドラ帝国時代は人種族として虐げられ、聖レベリオ王国時代こそ権勢を誇ったもののアスラン王国のせいで一族滅亡の憂き目に遭いました。そして亡命先となったシュリットではしがない軍人でしかありません。王家の血族たる私が……です」

「よく今まで血族ごと滅びなかったものですね」

「確かに」

「私もそう思います。ですがこれは執念です。スウィフト家の執念がここへ導いたのだと信じています。私自身、王都ルーク事変を経験し死にかけました。反逆を起こした諸侯たちはスウィフト家が築いてきた権益を貪り尽くそうとしました。奇跡がなければ私はここにおらず、そしてスウィフト家が守ってきた古代技術や預言書や秘宝の数々も奪われ失われていたことでしょう」



 口約束に過ぎないが、契約は成る。

 執念を燃やすロマノはこれ以上にない味方を手にするに至った。






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― 新着の感想 ―
面白かったです。
未来視というものは使う者からも相対する者からも等しく奪うのだなあ 残酷な力だね
未来視があることが、王の条件だからファイが死んだらそのまま無くなるか冥王に渡るかになるのかな
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