637話 黄昏の鳥
天空の城を手に入れるための一大作戦は、シュリット神聖王国の国内で広く公開された。主要な新聞社は号外にて一面を使い、希望を謳っている。赤い夜による大きな被害の記憶を払拭するためだ。そして何より、これは星盤祖のお告げだと聖アズライール教会が発表したことが大きい。
しかし最大の理由はまた別のところにあった。
「ミルディ、布陣は完了だ。あとは時を待てばいいってか?」
「ええ。ご連絡ありがとうございます」
「うむうむ。俺の鍛えた自慢の術師たちだ。気勢も充実している。負けはない」
「流石ですねバラモス」
聖石寮はひっそりと大軍を編成し、ヴァナスレイから離れていた。彼らが展開し、布陣するのは旧アーランド近郊である。つまり魔神バアル・ゼブルが封印された地であった。
封印の要たる聖フィルの塔は健在で、光の結界が魔神と七仙業魔を閉じ込めている。黒い嵐が吹き荒れても、それらが結界の外に出てくることはない。
「だが事実だろうか。あの魔神が出てくるなど」
「預言は絶対です」
「まぁ……な。しかし君の前で言うのも憚られるが、ダンカン最高神官は、その、人気がな」
「言い淀むことはありません。聖守を預言できなかったと誹謗されていることは存じ上げています。ただ法の関係で地位を下ろされていないだけの存在だと密かに囁かれていることも」
バラモスは本当に言い辛そうだ。
彼は聖石寮の第二席を冠する男。彼だからこそ直接口にすることができる。一般の術師ではとても苦言など出せるはずもない。
「ただなぁ……今回に限っては預言も外れて欲しいと望む限りだ」
「そうですね。魔神バアル・ゼブルは積極的に暴れまわり、三代の聖守を殺しました。そして遂に封印する以外方法がなかった相手です。聖守不在の今、不安を抱える気持ちも分かります」
魔神復活など、とても公表できる預言ではない。
だからこそもう一つの預言を押し出し、民衆の目を逸らした。空に浮かぶ城を手に入れるという衝撃的な作戦に目を引かれないわけがない。
一方でこれほど本気で情報操作しているという点から、魔神復活という預言の真実味が増していた。
「我ら六聖が五人も同じ戦場に立つなど、ほとんどないことだ」
「ええ。オリガも天空城の作戦に従事されますし、実質全員が動員されていることになりますね」
「蟲魔域や北方駐留任務、赫魔や魔族対処任務に就いているはずの六聖が一つの任務のため呼び寄せられるとはな」
この不穏さにはミルディもバラモスも何かを感じさせられる。
「星盤祖の預言があったならば、ただ粛々と従うのみです。私は六聖の第一席として、為すべきことを為します」
「ふっ……君らしい。妹君のことで心配もしていたが、問題なさそうだな」
今は預言を信じ、時を待つ他なかった。
◆◆◆
聖都シュリッタット近郊の軍飛行場は、大量のマスメディアが集められていた。それもこれから出立する飛行船団を撮影し、報道するためである。
旗艦となるのはスウィフト家が私有する実験飛行船レべリウス号。また小型の飛行船が四機、既に空中で待機している。
今回の作戦を指揮するロマノ・スウィフトが取材陣からの質問を捌いている一方、レべリウス号内では出発準備が急ぎ進められていた。
「アイリス」
「あ、シュウさん。不審者などはいなさそうなのですよ!」
「さっき報告を受けた。というか、お前は客分だろうが」
既に船内へと乗り込んでいるシュウとアイリスは、ネロ社の人員としてここにいる。シュウは一応、警備部の部長だ。今回はスウィフト家の私兵として雇われ、レべリウス号の船内警備を一任されている。アイリスはスウィフト家が懇意にしている会社の社長ということで、客人扱いだった。
「軽く見てきたが、アルネは見つからなかった」
「んー……やっぱり隠しているってことですよね」
「まさか先にスウィフト家が保護しているとはな。精霊には監視だけじゃなく、保護もさせるべきだったか」
「この手際の良さを考えると、セシリアス大公も関わっていそうですけど」
「予言の眼で先取りされたか」
アルネを確保するため赤い月まで起こしたというのに、これでは全くの無駄骨だ。ただ今更、力づくで奪って手元に置いたところで役には立たないだろう。あくまで信頼を得ることが重要なのだから。すっかり、その役目をファイ・セシリアス・ラ・ピテルに奪われてしまった形だ。
あるいはそれすら予言の眼で見越していたのかもしれないが。
「この船に乗り込んでいるのは確かだ。そのうち、顔を合わす機会もあるだろう」
「どうやって説得するのです?」
「この国は魔装に対して風当たりが強い。プラハに引き込むか……」
「あっちもあっちで大変ですけどね」
「どうにか爆撃機の用意は進んでいるらしいからな。あちらの作戦開始も今日だったか。奇妙な偶然もあったものだ」
そうしている間にロマノの取材も終わったのか、レべリウス号へ乗り込むためこちら側に歩いてきている。出発準備もそろそろ整う頃合いだ。
「でも意外でした。シュウさんもこちら側に来るのですね。今日を過ぎればルシフェルさんとの契約も切れるはずですけど」
「逆に言えば今日までは何もできんからな。それにプラハの核攻撃は今日実行される。近くに行ったところで意味はない。監視するだけなら精霊に任せればいいからな」
「ユゴスとの決着もようやくなのですよ」
「明日には全て終わりそうだ」
間もなく船団は出発する。
シュリット神聖王国の未来を背負うものとして、見送られた。
◆◆◆
同時刻、南プラハ帝国の皇帝マリアンヌは秘匿された軍実験飛行場へと訪れていた。主に航空機を研究する施設となっており、長い滑走路を備えている。
そして悠然と佇む巨体は、鳥のような翼を備える航空機であった。
「これが新型の航空機ですの?」
「はい。まさしく。あれこそが試作長距離爆撃機、通称スールアウラです」
「黄昏の鳥……随分と巨大ですわね」
「既存の回転翼機や飛行船と比較して、圧倒的な速度が特徴です。何より、高高度を維持することができます」
「どういった理屈かご説明していただいてもよろしくて?」
「勿論です」
マリアンヌは管制室からも分かるその威容に驚く。
この航空基地の責任者でもある高級技術士官は得意げな様子だ。これまで密かに続けるだけだった研究が日の目を浴びる時が来たのだ。それも皇帝へと直接アピールできる機会が訪れたとなれば、張り切りもする。
「かねてより左右に伸びた翼を利用し、滑空する方法は知られておりました。そして前方から強い風があれば、上昇することすら可能であることも突き止めたのです。そのことから、猛烈な速度を実現できれば二つの翼で空を舞うことが可能なのではないかと考えられ、研究開発に至りました。我々の支援者であったエドリック様の要求仕様を満たすものを作るため、様々苦労はありましたが」
それから彼は『層流の制御』『噴進型エンジンの開発』『燃焼効率の高い燃料の開発』『エンジン耐久性の研究』『機体軽量化』『長距離飛行技術の開発』など専門用語を乱発していく。残念ながらマリアンヌでは途中で付いていけなくなり、ただ首を縦に振るだけになっていた。
しかしながら技術レベルを数段以上飛ばした航空機であることは確かだ。これまでとは全く異なる技術体系により飛行するということだけ伝わってくる。
「これは量産可能ですの?」
「それは難しいですね。現状では噴進エンジンの耐久力を保証するため、大量のオリハルコンが使用されています。オリハルコン加工技術こそ進歩しましたが、生成技術には至っておりません。封魔連合王国からの輸入に頼っている段階です。とても量産できません。機体の軽さと頑丈さを両立するためにもオリハルコンを使っておりますので、余計に」
「この試作型一機ということですわね」
「本来ならば冶金技術を丁寧に進歩させるべきところを、オリハルコンによって無理やり形にしただけですので」
本当に今回限りということだ。
この試作型を完成させるため大量の資金を投入した結果だ。プラハ帝国にとっても、この巨大な航空機はまだ早いということである。
「今後に期待ですわね」
「ええ。ただ今回の作戦においても不安はあります。実験飛行では高高度飛行も成功しておりますが、超長距離飛行試験はまだです。エンジンの長時間稼働については問題ないはずですが……どんな不具合があるか分かりません。作戦の成功が保証できていないのです」
「今から実験する時間はありませんわ」
「一発勝負です。どうか我らに加護を」
「祈りましょう。豊穣の女神は慈悲深いですわ」
やがて準備が整ったのか、航空機は轟々と音を鳴らし始める。噴進エンジンが稼働し、タービンが高速回転を始めたのだ。
士官はマリアンヌへと無線機を手渡した。
「死すら覚悟した英雄へ、どうかお言葉を」
「ええ、勿論」
そのためにここまで来たと言っても過言ではない。
マリアンヌは息を吸い、間をおいてから語り始めた。
「プラハ帝国五代目皇帝、マリアンヌ=ホリー・ファルエル・パルティアですわ。まずは感謝を。この危険な任務に従事してくださるあなた方を誇りに思います」
返事はない。
しかしながら息を飲むような雰囲気が伝わってきた。プラハ帝国の絶対的支配者が直々に言葉をかけたのだ。彼らにとっても感無量だった。
「北の地は明けぬ夜に侵され、同胞であった民は怪物に寄生されました。もうセフィラの加護すら届きません。ですが私には地獄へ葬ることしかできません。同胞であった魂を、たとえ怪物になり果てたとしても地獄送りにするなど心苦しいことです。だからせめて、この作戦の果てに冥界へと行きつくことができるように祈ります。死が安寧となり、苦痛なき来世となりますように」
マリアンヌは無線機を置いた。
そして続いてに指揮官が声を発する。
「作戦名『夜明けの火』を開始せよ。スールアウラ、離陸を許可する」
『了解。戦いを終わらせてくる』
「ああ、女神の加護があらんことを」
巨体がゆっくりと動き出し、滑走路を駆ける。既存の航空機と異なり、離陸には一定以上の速度が必要だ。そして充分な助走が与えられたスールアウラは遂に浮かぶ。
まさに新時代の航空機。
高度、距離、速度の全てがこれまでの技術を凌駕している。その悪用方法は少し考えるだけでいくらでも降ってくるほどだ。
(ローグはここまでのものを……そしてこれが彼なりの皇帝の形)
皮肉なものだ。
かつて否定したエドリック=ローグの目指す在り方を、こうしてマリアンヌが手にしたのだ。シュリット神聖王国が運用している空軍など敵にすらならない。そもそも回転翼機だけでも飛行船相手なら充分すぎるくらいなのだから。
そしてスールアウラが腹の内に抱えるものは、まさしく決戦兵器。
伝承に残る禁呪や神呪に匹敵する。
「北プラハを名乗る怪物たちとの戦い、ここで終わらせますわ」
「は! 陛下の御心のままに」
「ここは任せます。私も出なければ」
「は! ……は? 出る、ですか?」
マリアンヌは胸元に手を置き、祈るように目を閉じた。すると彼女の頭上に光が現れ、そこからセフィラが飛び出てくる。
「呼んだ?」
「ええ。前線に行きますわ。例の兵器を落として、それで終わりではありませんもの」
「ん、分かった」
やるならば徹底的に。
数に限りのある核兵器を持ち出した一度限りの反撃作戦なのだ。ガタガタになったところを押し込む後詰としてマリアンヌも出撃することを決めていた。
四年越しに、プラハ南北朝時代は決着の時を迎えようとしていた。
ジェットエンジン。技術レベルは鬼。熱耐久の高い合金を頑張って開発し、尚且つそれの加工技術も必要。加工精度も極限クラス。今のプラハでも無理なので、オリハルコンでごり押し。




