629話 リンディス家
黄金要塞を手に入れるという極秘作戦の中心にたったロマノ・スウィフトは目が回るような忙しさだった。国家予算を大きく使うこともあり、方々に根回しをしなければならない。王命が発令されているとはいえ、一筋縄ではいかない世界だ。
何より、下級士官の家系であるスウィフト家への妬みも多い。隙を見せれば利権を貪ろうとするので、気が抜けない。
「いいでしょう。我々聖石寮はあなたに付きましょう」
「ありがとうございます。ヴァナスレイがこちら側となってくださるなら心強い」
ロマノはひたすら根回しを続け、とうとう聖石寮本部長の協力まで取り付けるに至った。政治の世界は如何に味方を作るかだ。強い発言を繰り返し、強硬な態度ばかりを取り続ければいずれ孤立してしまう。スウィフト家はまだまだ立場が弱く、聖石寮本部が味方となってくれた事実は大きい。
勿論、その代価は支払わなければならないが。
「では黄金要塞とやらの探索には聖石寮も噛ませていただきますよ」
「ええ、これで魔神討ちの悲願も叶うやもしれませんから」
「聖守様不在の今、できることはどのようなことでもしなければなりません」
「ご英断です」
現在の聖石寮は微妙な立場にある。それも聖守不在が原因だ。
本来あるべき預言がなされず、新たな聖守を育てるという役目も与えられなかった。それを隠し続けてきた結果、民衆からの信頼も失墜している。
現本部長はこれらのツケを背負わされた側だ。甘い言葉で引き込むことは難しくなかった。
◆◆◆
「良かったのかロマノ。元々は俺が聖石寮に入って内側から支配する計画もあったと思うが」
「ええ。聖石寮においてあなたは異質に映るでしょうから。異能持ちだと思われれば出世は厳しくなってしまいます」
「神の祝福と言われた魔装が今や呪いか。時代は変わるものだな」
黄金要塞を手に入れるための準備は着々と進んでいる。王政府軍は国王を説得することで味方とした。聖石寮もヴァナスレイの本部長をこちら側へと引き込んだ。ただ聖教会については最高神官ダンカン・リンディスを説得し続けているが、解答は芳しくない。
公家を中心とした政治結社の影響力が阻んでいる。
「我が家が示せるのは古代由来の技術、そして黄金要塞への期待値だけです。やはり歴史というものは強い。百年以上、何世代も積み重ねた信頼は堅いのです。ダンカン最高神官には貸しがあるんですが、それでも歴史深い名家を無視することは難しいようですね」
「よく知っているよ」
「何事も新しきことは受け入れられ辛い。しかし今の時代なら、機会はあります。私は諦めません。今の段階でも黄金要塞の探索は約束されていますが、確実に手に入れるためには根回しが必要です。あれは我が血族が継承するべきもの。横槍を入れられたくはありません」
ロマノには執着にも似た感情がある。シンクもまたそれを感じていたが、何も咎めはしなかった。
(俺もこの人のことをとやかくは言えない身だ。あの危険な兵器を追い求めることだとしても、俺にとっては必要だから)
カタカタと小刻みに揺れる車の中で、シンクは流れていく景色を眺め続けた。ヴァナスレイの街並みは歴史を感じさせるものばかり。何百年と残っている石造りの建物も少なくない。
そして少し視線を遠くに向ければ、新しく開拓されつつある高層建築物の地区。人口の爆発的な増加に対応するための集合住宅だった。
(確かハデス系列の土地開発だったか……プラハ帝国の企業に土地まで開発されているとは。この国の未来も暗いのかもな)
気になって仕方ないが、今のシンクの立場では詳細まで調べる術もない。
スウィフト家の護衛として自由に動くことが難しいからだ。仮にロマノから離れた隙に、彼が暗殺でもされてしまえば全てが水の泡となる。
新進気鋭の下級士官というのはどうにも敵を作りやすい。
「ッ! ロマノ!」
何かを感じたシンクがロマノの腕を掴んで車のドアから飛び出た。走行中であるため非常に危険な行為だったが、そんなことを言っている場合ではなかった。
驚くロマノが道路に打ち付けられて傷つかないよう、空中で軽く抱えながら上手く着地する。同時に先ほどまで乗っていた車は大爆発を引き起こした。未だはたらく慣性をどうにか殺し、ロマノを下ろす。
「何が……レスター!」
「運転手のことは諦めろ。あの爆発では助からない。それより襲撃者だ。こんな昼間からとは、よほど狂った集団だな」
爆発は次々と起こり、同じように走っていた他の車も炎を上げる。熱風が押し寄せ、衝撃波を含んだ音が骨まで軋ませた。
「まさか無差別に? 狙いは私でしょうか」
「おそらくな。ここまで過激なことをやらかす集団に心当たりは?」
「……民族主義の右翼たちでしょう」
「移民で立場のあるロマノは奴らにとって仇敵も同然ってことか。こんな周りまで巻き込むやり方をするとはな」
「軍用の魔導銃まで用意しているとは、相当な集団ですね」
悲鳴や絶叫が響き渡り、黒煙と共に空へと吸い込まれていく。シンクはロマノを背に隠しながらじりじりと下がり、道路の脇へと逃れた。
「シンク君、ここからどうしましょう」
「その気になれば敵を皆殺しにできるがどうする?」
「いえ、それは止めておきましょう。ここであなたという暴力を振るうよりも、ただの被害者でいる方がいい」
「分かった。そうしよう」
不意に飛来した火球をシンクは叩き切った。本来爆発するはずだったそれは、溶けるようにして消えてしまう。
混乱はまだ続いており、魔導銃による攻撃は止まっていない。この爆炎と煙だ。敵もこちらの姿を確認しているわけではなく、ただ乱射しているに過ぎないのだろう。
「祖国と民族のために!」
「俺たちを搾取する移民どもを排除せよ!」
「外国人のために俺たちの税を使いやがって!」
「移民の貴族を殺せ! スウィフト家の当主がどこかにいるはずだ!」
紛れつつもそんな叫びが聞こえてくる。
周囲のことなどお構いなしに銃を乱射し、破壊の限りを尽くしていた。次第に被害は道路や車のみならず、周囲の建物にまで及んでいく。逃げ惑う人々は押し合い、踏みつけ、とにかく必死だった。
「まるで素人だな」
「ええ。統制の取れていない攻撃をして、標的であろう私を見失っています。ただ軍用の武器が横流しされているようですから、背後にはそれなりのものがいそうですね」
「ここまであからさまな襲撃も珍しい……いや、それが目的か」
「私を狙った襲撃者によって市民に多くの被害が出る。私のこれからの行動が制限されそうですね。それで喜ぶのは別派閥の軍閥あたりでしょうか」
飛行船技術を提供し、空軍を創設したスウィフト家は近いうちに上級士官へ叙任される見込みだ。それを快く思わない者は多い。これまでも政治的圧力をかけて邪魔をしたり、暗殺者を送り込まれることも少なくなかった。
だがロマノは根気強く優れた政治力によって権力を広げ、武力行使からはシンクが守ってくれた。
「痺れを切らしてこの大惨事か」
「それだけ私を厄介と思ってくれているのでしょう。光栄だと思わなければ」
「この状況でそれを言うか?」
「いや、確かに。不謹慎でしたね」
翌日、ヴァナスレイの新聞はこのテロ事件で一面を占められる。事件を起こした者たちはスウィフト家を槍玉に挙げ、移民受け入れの政策を批判していたという。
巻き込まれて被害を負ったヴァナスレイ市民も多く、少なくない悪感情がスウィフト家へと向けられる結果となった。
◆◆◆
ヴァナスレイで発生した事件は少しずつ広がっていき、やがて聖都にまで及び始めた。次第に尾ひれが付いた話へと誇張され、中には狙われたロマノ・スウィフトが死亡したなどの話まで出るようになる。
自主的な謹慎を余儀なくされたロマノは、世論を固められて動き辛くなっていく。
「ロマノさん……無事でよかったです」
「ああ、確かアルネは知り合いだったな。うちの会社を紹介してもらったんだったか」
「はい」
シュウとアルネは新設された警備部門へ異動となったことで、聖都シュリッタットの支部で勤務している。警備部門というだけあって、設備や人物の護衛が仕事だ。赫魔との最前線に比べれば随分と落ち着いている。
勤務も規則的な交代制で、戦場のように突発的な仕事はほとんどない。
「こうなると、例の仕事も延期か?」
「スウィフト家から入っている天の城の捜索ですか?」
「ああ。延期で済めば御の字だが、下手をすれば責任者の挿げ替えもあり得るな」
「……もしかしてそれを狙って起こされたのでしょうか」
「可能性はある。証拠は何もないがな」
事件が事件だけに、噂も様々だ。
ただ悲惨な事件だと言う者もいれば、勇気づけられたと息巻く右翼思想の者もいる。中には陰謀論を叫び、王政府軍に捕らえられた者までいるとか。
「ネロ社はスウィフト家の伝手でこの大仕事を得ている。ロマノが失脚でもすれば、契約もなかったことにされかねんな」
火消しにはアイリスも動いている。
それこそ社内ではひっそりとロマノに有利な噂を流し、それを持たせて警備先に向かわせている。社員たちは意図せず伝達役となり、噂を広げるための媒介役として使われていた。
「スウィフト家のこともいいが、アルネの方はどうだ? 家に連れ戻されそうになっているんだろう?」
「その……ご迷惑を」
「辞めるのか?」
「お姉ちゃんに見つかってしまいましたから。ロマノさんにもご迷惑をおかけしてしまいます。こっそりこの会社を紹介していただいたというのに」
「結婚のために家に連れ戻されるとはな。時代錯誤にもほどがある」
「父は聖守を預言できませんでした。だから今、立場が弱いんです。それに四年前、平和の印とされる青い星が真っ赤に染まる事件もありました。星盤祖が父を最高神官として不適格と断じているのではないか……って思う方々もいるみたいで」
「政治のための結婚というやつか」
最高神官は任命されると、亡くなるまでその役職から外れることはない。星盤祖に選ばれた最高神官を、人が降ろしてはならないという原則に基づいている。そのため現最高神官のダンカンを罷免することはできないのだ。
まさか聖守を預言できないなどとは想定されていないのだから、仕方ないことかもしれないが。
「私に才能さえあればお姉ちゃんみたいに結婚相手も選べたんですけれどね」
「ミルディ・リンディスか。六聖の第一席ともなればいい相手が向こうから寄ってくるくらいだろ」
「結婚当時はまだ六聖ですらなかったすけれどね。でもいずれは六聖入り確実だって期待されていました。それに比べて私は……」
思わず溜息をするアルネ。
「お姉ちゃんは本当に凄いんです。洗礼の儀では自分自身の聖石を授かりました。プラハから来たシュウ部長は知らないかもしれませんけど、これって本当に珍しいことなんです」
「ということはアルネは特に何もなかったってことか?」
「まぁ、はい。これが普通のはずなんですけれど、やっぱり劣等感はありますよ。それに魔術の才能だって私には全然ありません。予備学校では聖石が貸与されて、それを使って訓練しました。でも第一階梯魔術を扱うのが精一杯。調子が良かったら第二階梯も使えましたけど、そんな程度じゃ聖石寮に入れません。だからこんな風に言われたんです。『天才』ミルディの出涸らしだって」
アルネの話は珍しいことでもなんでもない。憧れて聖石寮予備学校へ入学し、夢破れることなどよくある話だ。だが天才の姉がいるともなれば、本人の制御すら外れた期待という重みを背負わされることになったのだろう。
だからシュウも同情的だった。
「気の毒にな。だが……」
「……? どうしました?」
「いや、何でもない。そんなに気を落とすな」
彼女の語った話の中に思うところがあった。シュウは言い淀み、結局は口を噤む。
(魔装持ちなのに聖石が得られなかった、か。もしも俺の予想が正しいとすれば……)
これはあえて口にするべきではないのだと悟ったからだ。
◆◆◆
聖アズライール教会は最も歴史ある聖堂の一つだ。何百年も増築改築を繰り返してきた結果、その大きさは国内随一のものとなっている。
そして最高神官となった人物の住居も、教会機能の一つとなっていた。
「お父様、私の馬鹿な妹はどうするおつもりで?」
「ミルディ。そんな風に言うべきではありませんよ。血を分けた家族を悪く言っては」
「……ごめんなさい」
「アルネは哀れな子です。幸せになれる相手と結婚してほしい。ヴェリト王国の神官長が私に手紙を送ってくださいました。息子の婚約相手を探しているようです」
現最高神官のダンカンは、人生の全てを星盤祖へと奉げた身である。プライベートなど、存在していない。目覚めている時も、眠っている時も、食べる時も身を清める時も、全ての時が信仰である。
だが心を乱される瞬間がないわけではない。
「そう……外国にね」
「聖守様や聖石寮に憧れる子です。才のない身でこの国にいるのは辛いでしょう」
「だから慰めに? ヴェリト王国へ嫁入りすれば、自然と祝福も授かるでしょうし」
「そういう理由がないわけではありませんよ」
「ヴェリトの神官長と繋がりを作ることで最高神官の地位を固めることが本命ってわけ? 才能のない、弱点になり得る娘を他国へ追いやることも理由かしら?」
「口を慎みなさいミルディ」
刺々しい物言いのミルディを嗜める。ダンカンの息遣いは落ち着いたままで、動揺した様子もない。
「私を試すのはやめなさい。純粋に、あの子のためです」
「そう……まぁいいわ。早めにアルネを連れ戻すことね。最高神官の娘が傭兵だなんて、いい評判にはならないから」
この短い会話のためだけに、ミルディは帰ってきた。そして早々に出て行ってしまった。ダンカンは聖教会の最高神官で、娘のミルディは六聖の第一席。必要以上に長い接触は、二つの組織が癒着していることを象徴してしまう。
だが政治を気にした気遣いは、親子という関係性を壊すものでもあった。




