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冥王様が通るのですよ!  作者: 木口なん
魔族篇 5章・最後の王

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628話 聖フィルの塔

 聖守の歴史は長く、およそ八百年の間に二十人が存在している。しかしながら仇敵たる魔神を討伐した人物はその中でたったの二人だ。初代聖守スレイ、十代目聖守ネオンである。この二人は歴史の勉強をしなくとも一度は耳にしたことのある人物だろう。

 ただもう一人、名高い聖守がいる。

 それこそが魔神バアル・ゼブルおよび七仙業魔を封印した十八代目聖守フィルであった。



「さて、聖フィルが偉大とされる理由は魔神を封印したこともありますが、大魔術師としても有名です。それは古代禁呪と呼ばれる人知を超えた魔術を使ったからですね」



 ここまでの話で既に目を回している社員が大きい。失礼ながら欠伸をしている者もいるほどだ。傭兵稼業の者からすれば退屈極まりないということはラスターも分かったのだろう。苦笑しつつ、見学へと移ることにした。

 ラスターによって塔の内部へと案内されつつ、説明は続く。



「聖フィルが魔神を封じるために光の魔術、《聖域サンクチュアリ》が使われました。この光の天蓋こそがそれです。そして塔は聖フィルの大魔術を未来永劫、維持するためにあるのです。さて、私ばかりが話していても飽きてくるでしょう。何か質問はありますか?」



 アルネの部下たちは一斉に顔を見合わせ、それぞれ様子を窺い合う。しばらくは無言の時間が続いたので、仕方なくシュウが口を開いた。



「塔が八本もあるのは何故だ?」

「良い質問です。その理由は十九代目聖守の時代にあります。魔神教団による封印破壊未遂事件です。危うく魔神バアル・ゼブルが再びこの世に解き放たれるところでした。十九代目……聖リリアーヌの尽力によって無事に事件が収束した後、塔が八本に増えたのです」

「なるほど。維持そのものは一本でも可能。しかし危機管理の観点から八本に増やしたと」

「その通りです」



 塔の入り口に近づいたことで、意外にも要塞化されていることに気が付いた。入口から少し目を上げると、銃口がこちらを狙っていることが分かる。いざというときはあれが火を吹くということだろう。

 セキュリティも厳重で、ラスターが胸に付けているカードで認証することにより門が開いた。



「これも最近になってハデス社の協力を仰ぎ、設置したものです」



 魔神教団によって封印を破壊されかけたのがよほどトラウマになっているのだろう。金の掛け方が桁違いである。設備はハデス製の最新式ばかりで、もしも正攻法で突破するとなれば相当な戦力が必要だ。斜陽となりつつある魔神教団ではとても敵わない。

 また少しずつ緊張も緩んできたのだろう。シュウに続いて部下たちも質問を始めた。



「塔の行き来はどうしているんですか? 結構遠いですよね」

「それも良い質問ですね。実はこの地下に塔を結ぶ専用の地下鉄が走っているのです。基本的には物資搬送用として利用しておりますが、人を運ぶためにも使います」

「何もない日は暇だったりしません?」

「ええ、まぁ。ですが気を抜いてよい仕事ではありませんから」

「お給料とか聞いても……」

「はは。一般的な術師と変わりませんよ……多少の危険手当は出ますが、見合っているとは思いませんね」

「魔神の姿は見えるんですか?」

「いえ。バアル・ゼブルの黒い嵐に阻まれて見た者はいませんね」

「もしも封印が破れたらと思うと怖くはありませんか?」

「怖いですよ。ですがそれが主に仕えるということです。それに六聖の方も必ず一人以上は滞在されています。だから私のような一介の術師は安心ですよ」



 中にはプライベートに踏み込んだ質問も多かったが、苦笑を挟みつつも対応してくれる。そして六聖の一人が滞在しているという話は特に興味を引き付けたらしい。



「六聖の誰ですか?」



 聖石寮に在籍する天上人も同然なのだ。もしも叶うなら、会ってみたいと思うのが心情であろう。だからこの質問が飛び出すのは当然だった。

 ただその返答は案内役ではなく、別方向からやってくる。



「私ですよ」



 一斉に振り向くと、そこには武装した女性が立っていた。聖石寮の衣装もすっかり現代風に染まり、合理化されたものとなっている。腰には銃や短刀が差され、首からは六聖の証たる大聖石がぶらさがっていた。

 民間メディアが浸透した現代において、六聖ほどの有名人は全員が顔を知られている。



「ま、まさか第一席! ミルディ・リンディスさん!?」

「うおお! 本物だ! めっちゃ美人じゃん!」

「研修受けてよかったぁ」



 なんとも現金な反応である。

 見学にたいしてやる気のなかった彼らも、有名人の登場には興奮した様子。ただ一人、アルネだけは逆であった。シュウの眼からして明らかに動揺し、委縮している。

 当のミルディはそれらの視線を一身に受けながらも、堂々とこちらへ歩み寄った。そして彼女はアルネの前まで来て立ち止まる。



「久しいですねアルネ。父から家を飛び出したと聞きましたが、こんな掃き溜めの中で何をしているのですか。噂を聞いた時は耳を疑いました」

「……お姉ちゃん」



 そして誰もが、耳を疑った。





 ◆◆◆




 以降の見学は誰もが心ここにあらずといった様相であった。それも当然だ。ただの上司だと思っていたアルネが有名人の妹だったのだ。塔の説明を聞いていても、全く頭に入っていなかった。

 そんなネロ社員の思いは、研修後の交流会で爆発する。



「隊長隊長。どういうことですか。あのミルディ・リンディスの妹なんですか!? というか、そういえばリンディス姓でしたね!」

「それならサインとか頼んでも? めっちゃ欲しいです!」

「あ! ずりぃ! 俺も欲しいっす!」



 アルネはすっかり取り囲まれており、飲み物を片手にあわあわとしていた。折角の交流会だというのに、術師を放って上司を取り囲んでいる。あまり好ましい状況ではないので、その代わりをシュウが務めていた。



「うちの社員が申し訳ないな」

「いえ。私が原因で驚かせてしまったみたいですから。それよりも愚妹がお世話になっております。ご迷惑をおかけしておりませんか?」

「最前線での活躍が認められて、今はあの通り警備部の隊長だ」

「まさかあの子が……?」



 身内に対する謙遜というよりも、本気で驚いているようだ。



「家名がリンディスと聞いてすぐにあなたを思い浮かべた。そしてあなたの家族ということは……」

「ええ。現最高神官、ダンカン・リンディスの娘です」

「よくもまぁ軍事会社なんかに……」

「あの子は落ちこぼれ。術師の資格を取れず、予備学校からも追い出されました。ならば大人しく適当な名家に嫁入りすればよかったものを」

「妹に対して辛辣だな」

「リンディス家は二百年続く名家です。相応の在り方というものが求められます。政略結婚が嫌だからと家出した愚か者に慈悲はありません」



 睨みつけ、鋭い言葉でこき下ろすさまを見ると中々複雑な事情のようだ。ただそういった外面とは裏腹に、心の内はどうなのか判断が付かない。

 というのも、シュウの魂を見通す眼にはミルディが憎悪や怒りを抱いているように見えなかったからだ。



(心配? 安堵? いや、小さな苛立ちのようなものもある。何かしら複雑な思いを抱いているというのは間違いなさそうだが……アルネにしても政略結婚が嫌というより、魔装の問題だろうし)



 社交の意味でも、真に受けるのはよくない。

 シュウは濁す程度に笑みを浮かべておく。



「ここは懇親の場ゆえ、個人的な事情は一度忘れよう。有意義にしたいのでね」

「それもそうですね。これは失礼しました」

「いや、こちらこそ差し出がましい真似をした。傭兵会社にとって戦いの場は飯のタネも同然。塔関係の仕事を定期的に頂けるなら、ネロ社としてもこの上ない」

「ええ。聖石寮も御社には信頼を置いているそうです。新設された王政府空軍とも関係が深いみたいですね。聞きましたよ。例の『機密作戦』にもネロ社を護衛に使うと」

「よくご存じで」

「我が家はスウィフト家とも関係が深いので。父もスウィフト家のお陰で最高神官になれたようなものです」

「ああ、そういえば」



 空軍を使い、黄金要塞を手に入れる作戦は水面下で進んでいる作戦だ。当然ながら一般は展開されていない情報である。少なくとも中枢に近い人物でなければ知りえない類のものだ。六聖の第一席であるのみならず、ダンカン・リンディス最高神官の娘であることも関係して手に入れた情報なのだろう。

 故にシュウは声を細めた。



「その件はスウィフト家とも交渉中なので、ご内密に」

「ええ、勿論。あれは魔神を討つことのできる可能性とも言われています。聖石寮としても一枚噛ませていただく予定なので、その点はよろしくお願いしますね」

「留意しておこう」



 ミルディの魂の揺らぎに、決意や覚悟のようなものが混じる。それが何を意味するのか、今のシュウはまだ知らなかった。





 ◆◆◆




 ネロ社は男所帯であるため、女子社員は貴重だ。今回の研修も女性はアルネのみとなっている。そのため宿泊も基本的には四人部屋だが、アルネは特別に個室を与えられていた。予想外の人物のため懇親会では酷い目に遭ってしまった。そのため酷く疲れている。



(早く眠ろう)



 シャワーを浴びようと準備していると、不意にノックの音が響く。少々苛立ちを覚えつつも脱ぎ掛けた上着を戻し、念のために姿見で確認する。白い鱗を見られでもしたら終わりだからだ。

 そして問題ないことを確認してから扉を開ける。



「お待たせいたしまし――」

「遅かったわね」

「――なんで、お姉ちゃん」



 まさかミルディが立っているとは思わず、小さな声を絞り出すのが精一杯であった。混乱している内に部屋の中へと押し込まれ、扉も閉じられる。



「想定外だったわ。まさか勝手に家出したあなたをここで見つけられるなんて」

「……私はもうリンディス家の人間じゃない。置手紙もしたし、指輪も置いてきたわ」

「ええ、そうね。まさかリンディス家の印まで置いて行くなんて思わなかった。でもお父様は認めていないの。あなたはまだリンディス家の人間よ」

「どうしてよ!」



 アルネは声を張り上げる。



「私は聖石寮に入れなかったわ。まともに聖石を使いこなせなくて、予備学校も退学させられた。お父様は私に期待なんてしなかったし、お姉ちゃんは興味も抱かなかったじゃない! どうして今更私に構うのよ!」

「勘違いしないで。あなたには才能がない。だから女としての役目を果たせばいいのよ」



 反論しようとすると、ミルディによって強く手首を掴まれた。そのまま流れるようにして床に組み伏せられてしまう。ただ痛みはなく加減されているのが分かった。



「そんな程度じゃすぐ死ぬわ」

「不意打ち、しておいて」

「大した言い訳ね。戦場でも口にしてみる?」

「それは……」

「早く戻ってくることね。あなたはもうすぐ行き遅れる歳でしょう?」

「まだ十九よ!」

「私があなたの年頃には子供を産んでいたわ」

「噓でしょ!? 私それ知らないんだけど!?」

「あなた連絡も断っていたじゃない」



 姉が予備学校を卒業し、聖石寮に入ってすぐ結婚したことは知っていた。しかしまさか子供まで産んでいたとは衝撃である。



「私はリンディス家を継ぐ男の子を生んだわ。だから義務は果たしたの。全ての責任を放棄したあなたと違ってね」



 アルネが生まれたとき母が亡くなったので、リンディス家には男子が生まれなかった。その結果として二人の姉妹には婿を迎え入れ、男子を生むことが求められた。名士と呼ばれる家系ならばよくあることだ。



「あなたは適当な名家に嫁入りしてリンディス家の次代のために繋がりを作らなければならないわ。分かっているでしょう?」

「私は……」

「まさか良家の子女が恋愛結婚できるなんて思っていないでしょうね?」

「そんなわけ、ない。私はただ……」

「もういいわ」



 呆れたミルディは妹を離し、解放する。

 言葉によって打ちのめされたアルネを、冷たい目で見下ろしていた。



「あなたを見つけた以上、すぐにでも連れ戻すわ。選択権なんてないのよ」



 宣告を残し、ミルディは部屋を後にする。

 床に倒れたままのアルネは仰向けになり、天井をじっと見つめた。おもむろに袖をまくり、その下にある真っ白な鱗に触れる。



「このままじゃ、嫁入りなんてできるわけないよ」



 家に連れ戻されてしまえば、これが知られるのも時間の問題。その先にあるのは死だけだ。アルネは静かに涙を流した。





研修しても質問者おらず、仕方なしに上司が手を挙げる儀式。社会人あるあるだと思います。

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― 新着の感想 ―
もしかして、アルネの魔装ってアイリスの魔装みたいに今の状態では本領を発揮出来ないほどの高レベルなのでは?
しかしよく分からん魔装だな 年月と共に徐々に鱗が広がってるてなんだ? 変身系だと思うけど発現してからある程度は魔装が成長しないとちゃんと形にならなくて中途半端になってる?
面白かったです。
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