564話 嵐唱の代償
ルゥナの迷宮神器・麗陰は盾の形状をしている。しかし実際に盾として運用することはなく、どちらかといえば鏡に近い。光の吸収と放射が麗陰の能力であった。
戦闘を業務としないルゥナは、この神器を使用することがほとんどない。普段通り生活するだけで太陽光を溜め込んでおり、上限に達するだけの光が蓄積されていた。
(炎帝に使うはずだった最大威力の麗陰……これならば)
強烈な光エネルギーは鋼鉄すらも瞬時に蒸発させる。
灼熱の鎧に守られた竜すらも貫き、巨大な穴を空けた。
「やった……?」
一気に周囲の熱が冷めていく。
ルークは着地しつつ、そんなことを呟いた。しかし一切油断しない。一度、胸に空いた穴が再生するところを目撃していたからだ。
赤い竜は地に伏せ、苦しそうに呻いている。
「スルザーラ! ルーク! 早くとどめを! 魔物の再生にも限度があります!」
劔撃の魔力矢が竜の目を射抜き、ルークの陽電子攻撃もまた届く。竜の熱量が低下したことで磁場も弱まり、雷撃も逸れなくなっていた。
またスルザーラは劔撃のチャージ中、氷結の魔術を放って冷却を試みる。神器に目を奪われがちだが、彼もまた九聖として大聖石を与えられている。魔術の能力も非常に高い。
(こちらの鎮圧も間もなくですね)
初めにネオンが殺害許可を出したのが功を奏した。
術師たちも聖守からの命令だと覚悟を決め、裏切者たちに容赦のない攻撃を返せたのだ。相手が殺す気だったから考える暇もなかったというのもある。雷に貫かれ、顔を燃やされ、下半身を凍らされて砕かれ、あるいは土の弾丸が破壊する。凄惨な殺し合いも間もなく終わりだった。
そう思ってしまった一瞬、ネオンは安堵で力を抜く。
『聖守に警告する。灼竜煌から目を離してはならない』
頭の中で『声』が響いた。
抑揚のない、どこか冷たさすら感じる特徴的な声を聞いて思わず叫ぶ。
「注意してください!」
何に、どう注意するのか。そんな具体的なことまでは考えられなかった。灼竜煌とは何なのかも分からないままだ。
だがネオンはすぐに信じた。
なぜならば『声』は慣れ親しんだ、星盤祖の導きなのだから。
「うおッ!? こいつ!」
ほとんど同時にルークが驚きを露にする。
突如として赤い竜が灼熱を放射し始めたからだ。間もなく沈黙すると思われた竜は、先ほどよりも凄まじい熱によって地面を赤く煮え立たせている。赤い竜は全身が朽ち始めているが、それでも熱の放射を止めない。それどころか身を削ってでも熱風を放つ勢いである。
実際、尾や翼は崩れ始めており、構成魔力すらも攻撃に用いている。
「まだこれほど動けるというのか!」
「スルザーラ、驚いている暇はありません。あれは――」
「分かっています!」
更に竜は口腔内へと魔力を集中し始めた。魔力は圧縮され、更に熱へと変換される。あまりの熱量のためか竜自身も火傷し、牙すら溶けていた。
スルザーラが劔撃のチャージを始めるが、果たして間に合うか。
緊張と焦り、そして熱さによって全身に汗が滲む。
(生半可な蓄積では効果がない。ぎりぎりまで引きつけなければ)
指を離す瞬間を僅かでも間違えれば死ぬ。
そんな恐怖で指が震える。
「嵐唱! 力を貸せ!」
『並の代価では防げぬぞ』
「いいからやるんだよ!」
ルークは剣を掲げ、そこに嵐を収束させる。
渦巻く暴風が圧縮され、そこに雷も宿る。しかしそれで満足することなく、更に圧縮を重ねた。根拠はないがそうしなければ竜の最期の攻撃を防ぐことはできないと察していたのだ。
この勘は正しい。
普通の魔物と異なり、召喚された魔物擬きはあくまで攻撃魔術だ。したがってその生命が尽きることも厭わず攻撃に徹する。死に際となれば崩壊の加速を承知で最大攻撃をしてくる。これまで通りでは防げない。
ゆっくりと景色が流れる中、赤い竜は遂に熱を解放するべく予備動作を始める。
「うおおおおおおおおおおおおおおッ! 嵐唱ゥ!」
竜の咆哮が、ルークの嵐が。
同時に放たれて二者の中心点で衝突した。熱風と暴風は拮抗し、すぐに命の削り合いとなる。
「ぐ、うぅぅううッ!」
ルークは歯軋りしながら魔力を絞り出した。
同化に伴う第三の眼の開眼で、無尽蔵の魔力がルークへと注がれている。しかしそもそもルークは魔力容量が小さく、たくさんは留めておけない。急激な消耗と回復を繰り返していることとなり、肉体への負荷は加速度的に増していく。
一瞬たりとも緩められないが、今すぐにでも倒れてしまいたいほどの激痛が走っていた。
「があああああああああっ!」
拮抗はしていない。
少しずつルークが押されている。
熱気も強くなり、ネオンは防壁の強化を強いられた。余波のため、再び地面が煮え滾っている。
「こうなれば私が《聖捌》で――」
「いけません聖守様。光の壁を解けば熱が我々を燃やし尽くします。聖守様が攻撃するよりも早くに!」
「ですがこのままではルークが!」
「信じるしかありません。劔撃の最大蓄積までどうにか凌いでくれると!」
ネオンは奥歯を噛み締めた。
彼女とて赤い竜の焼け付く熱風を防ぐという重要な役目を果たし続けている。《聖捌》の光がなければとっくに全員焼け死んでいたはずだ。しかしどうしても無力感が拭えない。ルークの力になれないことが心苦しくて仕方なかった。
「ただ見ているだけなんて」
「奴はやり遂げます。私は彼を信じてるのです。信頼できる、友人として」
「スルザーラ……」
「だから私はあの竜を必ず殺せる一撃を用意しなければならないのです」
しかしながら願いだけで覆せるほど魔力の差は小さくない。自らの滅びを引き換えとした竜の咆哮は着実に迫っている。ルークもそれは分かっていた。
「威力が足りない! 嵐唱!」
『我に捧げよ。我と真に一つとなるのだ』
「脚をくれてやるよ! 右の脚全部だ!」
『契約は成った』
右足の違和感と同時に出力が膨れ上がった。
暴風に混じって加速された電子が放出され、局所的は天変地異を引き起こす。ルークと竜の間にあるごくごく小さな領域において嵐を引き起こしたのだ。雨と風と雷が二者を容赦なく打ち付ける。自爆にも等しい破壊的な攻撃でも、ルークは《耐電》の祝福で凌ぐ。
空間ごと魔術で支配するという荒業によって、竜の放つ熱放射を圧迫していた。嵐の領域という完成された空間において、異物となる魔力を消し去ろうとしているのだ。
熱風と暴風は少しずつ後者有利へと傾いていき、やがて互いの中間地点まで押し戻す。
「よくやったぞルーク!」
ここで劔撃のチャージが終わり、最大威力の矢が放たれた。余波だけでも死は免れられない二つの力の衝突領域を貫き、矢は赤い竜の頭部を削り取る。
その瞬間、拮抗は完全に崩れた。
ルークの暴風と雷撃が竜へと殺到し、崩壊しかけた体を塵になるまで粉砕する。融解して溶岩となっていた地面ごと削り取り、直線状の一切合切を無としたのだ。
「やっ……た――」
同化は解けて宙に浮いていたルークも重力に囚われる。落下して地面に激突することを防いだのはスルザーラであった。
「本当によくやった。よくやったぞルーク……もう眠ったか」
赤い竜の討伐とほぼ同時に、裏切った術師たちも最後の一人が討ち取られる。こちらは死者も怪我人も多数の混戦だったが、勝ちは得られた。
ルークは竜を抑え込むことで力を使い尽くし、もう寝息を立てている。
しかし誰一人として喜びの声を挙げることはできなかった。仲間だと思っていた者たちの裏切り、そして竜の出現で心身ともに疲れ切っている。今はただ休みたいと誰もが願っていた。
「霧が晴れ始めましたね。カーミラの方も終わりましたか」
いつの間にか赤い霧も薄くなり、無尽蔵に思えた蟲系魔物の群れも感じない。
エルムレアの騒動はひとまず、収束を見せた。
◆◆◆
目を覚ましたルークは、まず東から上る陽の眩しさに目を細めた。
起き上がってみると既に野営はほとんど片付いており、随分と寝坊してしまったのだと分かる。ようやく意識が覚醒し、昨晩のことを思い出して飛び上がった。
「おはようございますルークさん」
「うおッ!? カーミラか……驚かさないでくれ」
「ゆっくりとお休みになられたようですね。疲れは取れましたか?」
ルークは軽く体を動かし、調子を確かめる。固い地面で眠っていたので節々の違和感こそあったが、すぐにほぐれた。特に不調らしい不調もない。
「問題ないようですね。ネオンさんにお礼を言っておいてください。彼女が眠ったあなたを看病してくれたのですよ」
「そうだったのか。それで昨日は何だったんだ? よく分からないまま竜と戦うことになったのは覚えているんだけど」
「ええ、大変でしたね。蟲系魔物の大量発生、九聖ロブたち一派の裏切りと竜の召喚。八人が犠牲になり、三人が重篤な怪我を負っています。昨晩の内にロブという方の遺体も調査し、概要は掴めてきました。魔物の大量発生も、竜の召喚も、迷宮で発見される古代遺物が原因だと考えられています」
「魔物を発生させる古代遺物……?」
「迷宮内では常識では考えられない効果を持った道具が発掘されます。ルークさんの持つ神器はその筆頭です。用途不明の魔力結晶体、一回限りで才能に依存せず魔術を発動する札、どんな傷も再生する回復薬、鋼鉄より軽く固い金属……そして魔物を召喚する石も」
普通では考えられないことだ。
しかし兵器として考えれば、これほど優れたものもない。街中で魔物を召喚すれば、それだけで大きな混乱を生み、被害を与えられる。もしもエルムレアが廃墟でなかったら、どれほどの人が犠牲になっただろうか。そんなことを考えたところで、ルークはあることに気づく。
「もしかしてエルムレアが滅びた理由って……」
「魔物を召喚する遺物の実験。その可能性は充分にあります。さて、詳しいことはまた後で話します。まずはこれからのことを考えなくてはなりません」
カーミラが指差す方向では、ネオンが全員を呼び集めていた。
ルークは立ち上がろうとして、不意に右足へと目を向けた。動作に支障はないが、ほんの少し違和感がある。右足と左足で微妙に感覚が異なるのだ。その原因は分かっていた。
(嵐唱に右脚を差し出したからな……服の下は腕と同じようになってるのかな)
それも後で確認しよう。
忘れないように自分へと言い聞かせつつ、ネオンのもとへと歩いて行った。
◆◆◆
一夜明けたエルムレアでは部隊が一回り小さくなった。
だが人数の減少以上に戦力低下がみられる。理由は勿論、九聖ロブや術師の裏切りであった。信頼という面において揺らぎが生じていた。
「皆さん、これからのことを考えなくてはなりません。ロブの裏切り、仲間の死……私たちは当初の戦力の三分の一を失いました」
特に九聖二人の損失が大きい。
あれから行方不明のアガネアについても捜査され、遺体が発見されている。彼女の大聖石こそカーミラの荷から見つかったが、状況からみてロブが犯人に間違いない。
そして昨晩のことがあったからこそ、あえてカーミラを疑う者はいなかった。
しかし説明しなければならないこともある。
「聖守様。カーミラ殿は……本当に吸血種なのですね?」
「隠しても無意味でしょう。その通りです。しかし皆さんも理解していると思います。カーミラは私たちの味方であると。私は種族ではなく、人格をよく見ていただきたいと思っています」
「しかしそれでは教義が……」
「教えは人が作ったものです。全てを網羅するわけではありません。本当に大切な教えは預言のみ。教義は預言を解釈し、理解しやすいようにと手を加えたものに過ぎません」
流石に無茶な理論では、と思わざるを得ない。
しかしネオンは『声』を聴くことができる最新の預言者でもあるのだ。説得力は人一倍ある。
そこにルークもやってきた。
「ッ! ルーク、目を覚ましたのですね! カーミラもありがとうございます。彼を連れてきてくれて」
「……何があったんだ?」
「私たちはこれからどうするべきか。それを話し合おうとしていたところです」
皆、どこかカーミラを見る目が余所余所しい。
ルークは怪訝な表情を浮かべるも、昨日のことを思い出して納得した。
「大丈夫だ。カーミラは帝国とも戦ってくれている。それにこの作戦はカーミラを信じなければ意味がない。迷宮の中で俺たちは迷うことになる」
その通りではあるが、やはり術師たちからは不安が拭えないようだ。
理屈は理解できても、納得はできない。
「なぜ魔族などを……」
「信じられない」
「流石に聖守様のお言葉といえど、これは……」
心情的に受け入れることができない者は多かった。
このままでは帝都奇襲の作戦に支障がでる。ネオンは決断を迫られた。




