563話 疑惑の証拠
「そんな……」
ネオンが取り出したモノを見て、皆に動揺が走った。
見間違えや勘違いはあり得ない。だが聖石寮にとって貴重な秘宝であるそれが、どうしてカーミラの荷に紛れ込んでいるのか分からない。
「なぜ」
「はっきりと分かりましたな。これが真実です。儂の懸念は正しかった」
まるで鬼の首を取ったかのように、ネオンが手にした血濡れの聖石を取り上げる。普通の聖石と比較して一回り大きい。九聖にのみ貸与される大聖石に間違いない。
ロブは皆に見えるよう、ピンと手を伸ばして大聖石を掲げる。
「これはアガネアの大聖石! つまり! あの! 邪悪な吸血種が彼女を殺害した証拠に他ならない! 奴はサンドラ帝国の間者なのです!」
まさしく決定的な証拠に見えた。
九聖第五席アガネアは彼女の隊と共に行方不明の状態だ。そして彼女の大聖石がカーミラの荷に紛れ込んでいた。しかも血で汚れている。これらの証拠から推察できる結論はただ一つ。ロブが語りかけた通りのことだ。
「あり得ない!」
「不可能です!」
ルークとネオンは同時に反論する。
まずはルークが理由を述べた。
「カーミラはずっと俺たちといた。それにこの騒ぎが起こってから一度もここに戻ってきていない。いつアガネアって人を殺して大聖石を荷に隠せるんだ」
「さて? 相手は吸血種ですからな。それを可能とする魔術があるのかもしれない。それに君の証言など当てになりませんな。吸血種の仲間かもしれない外国人君」
「なんだとッ!」
「落ち着けルーク。それにロブも結論を急ぐな。私は九聖第一席の名に懸けて証言するが、ルークの言ったことは正しい。カーミラにはアガネアを殺し、大聖石を荷に隠す暇などなかった。それに君が魔術で為したというのなら、その方法を示してもらいたいものだな」
熱くなっていたルークを宥めつつ、スルザーラも味方してくれる。彼もまた、カーミラを擁護してくれた。証拠は衝撃的だったが、それよりもこれまでの信頼が勝っていたのだ。
「ロブ、私は何者かによる陰謀を疑います。なぜならばこの作戦はカーミラありきなのです。カーミラがいなくなれば頓挫してしまいます。つまりサンドラ帝国にとって最高の結果となるのです」
「個人的な感情が入っておりますな。それは聖守様の願望です」
「いいえ。これは客観的な推測です。確かにカーミラの荷から見つかった大聖石は決定的な証拠に見えます。しかし彼女に事件を起こす時間がなかったことも確か。ならば第三者による罪の擦り付けを疑うのは当然だと思います。私は他の全員の身体検査や荷の検査もするべきだと考えています」
事は当初より遥かに大きくなっている。
一人二人の検査ならばともかく、全員となると状況が許さない。他の術師たちも危険だと口にし始める。魔物に囲まれている今するべきことではないと。
だがネオンは主張を変えようとしなかった。
「もしもカーミラが私たちを陥れる目的があるのでしたら、この魔物の襲撃を放置すればよいのです。私たちは全滅、あるいは作戦の実行が不可能になるほどの被害を受けたでしょうから」
赤い霧は今も聖石寮を中心とした一帯を覆い、魔物の接近を阻んでいる。こうして自分たちが守られているという事実が、カーミラへの疑いを薄めてくれていた。
一方でロブは渋い表情である。
(あいつ……どういうつもりだ? スルザーラがよく嫌がらせをする奴だって言っていたけど、これは度を越しているだろ)
ルークの中で、ロブに対する嫌悪と違和感が大きくなっていく。
不意にカーミラが別れ際に囁いた言葉が思い出された。
『ルークさん、気を付けてください。敵は内側にいます』
聞いた時はよく分からなかったことも、ここでは繋がってくる。
ただの嫌がらせではない。明らかな敵意を持ってこんな騒ぎを起こしている。今、身体検査の話で表情が優れなかったのも、何か後ろめたいことがあるからに思えた。
ネオンもそれは見逃さなかったのだろう。
「もともとあなたから言い出したことです。身体検査と荷の検査。受けてくれますね?」
「……」
「ロブッ!」
「……わかりました。いいでしょう。声を荒げなくともよろしい」
手で周囲を制止しつつも、観念したように衣服の前を開く。そして右手を懐に入れ、何かを取り出そうとする。だがそれを取り出す直前で、不意に大きな溜息を吐いた。
「儂は欲深い性格をしておりましてな。目的のためならば己を殺す決断もできますが、基本的には不利益は被りたくないのです。とても忠誠心が低いという自覚があります」
「何の話ですか」
「つまりですな。儂は自分が追い詰められる瞬間になっても、自己保身を求める人物だとご認知いただきたい」
「あなたの独白を聞きたいのではありません」
「聖守様はお優しいですな。儂があからさまに時間稼ぎをしていると理解していても、暴力による解決を選択しない。だからこそ付け込まれる」
明らかに雰囲気が変わった。
飄々としていたロブは、突如として剣呑な殺気を放った。ルークとスルザーラはほぼ同時にそれぞれの神器を向け、ロブを拘束しようと動き出す。
「遅いわ若造共!」
だがロブは懐から聖石にも似た石を取り出し、真上に軽く放り投げる。
小さな石は光を放ち、同時に青白い靄のようなものが溢れ出る。靄はひとところに集まり、形を成し、色づき、その姿を露にした。
「まさかこれは……竜の魔物ッ! 何をしたのですかロブ! あなたはいったい――」
「霧に閉じ込められ、逃げ場もない。だが儂とて情報を渡すくらいならば自死を選ぶ程度の矜持は持ち合わせておるのだッ! 舐めるな小娘がッ!」
急転直下の出来事であった。
現れたのは巨大な竜。長い首と尾、そして蝙蝠のような翼を有する真っ赤な飛竜であった。空中で現れた飛竜はそのまま落下し、ロブを圧し潰す。四肢が引き千切れるほどに潰され、ロブの死は明らかであった。
「どうなってんだよ! 急過ぎて意味分かんねぇッ!」
「叫ぶ暇があれば構えろルーク! 貴様と私だけが今は頼りだ!」
「スルザーラはこれが何か知ってるのか!?」
「おそらくは迷宮で発見される禁制品だ。そんなものを所有しているなど……まさか、そういうことだったのか?」
ルークは即座に神器と同化し、切先から陽電子を放射する。だが電撃は赤い竜の体表で捻じ曲がり、どこかへ逸れてしまった。
「ルーク前ッ! 前です!」
警告してくれたネオンのお陰で赤い竜の吐息を回避することができた。ほとんど予備動作もなく吐き出された炎は、地面に着弾してどろどろに溶かしてしまう。また竜は近づくのが困難なほどの熱気を常に放射しており、直視すれば目が痛くなるほどであった。
ルークは感謝のためネオンの方へと目を向け、焦って叫ぶ。
「後ろだネオン!」
警告に対して反射で《聖捌》を発動した。お陰でネオンの背後から迫っていた火球は対消滅し、届かない。どういうことかと振り向けば、幾人かの術師が味方を攻撃し始めていた。
「何をしているのですか!」
「死ね聖守ッ!」
全く会話が成り立っていない。再び飛んできた火球を《聖捌》で無効化する。
他の術師たちは水の魔術を用いて熱気を防いでいたところなので、裏切りによる攻撃で何人も倒れた。そこでネオンは聖王剣を地面に突き刺し、光の防壁を展開して熱気を防ぐ。
これでようやく全員動けるようになり、裏切り始めた術師への対応が始まる。初め術師たちは動揺していたので、主にアスラン戦士団とバジルの民が動いていた。
「皆さん! 落ち着いて対応してください! 熱は私が防ぎました!」
ネオンが声を張り上げて陣形を整理している間に、ルークとスルザーラは果敢に攻撃を仕掛ける。弓形態の劔撃が赤い竜の胸元を穿ち、大きく仰け反らせる。そこにルークが圧縮した暴風をぶつけ、竜を吹き飛ばした。
望みはなかったがロブのことも一瞬だけ確認する。
あの巨体は相当な熱を発しているらしく、圧し潰されて酷い火傷もできている。あのままでは炭化するまで圧し潰されていただろう。
(こいつ、何でいきなり……)
正直にいえばまだ混乱していて、戦いに集中し切れない。
検査をすると言った途端にこれなので、ロブにとって都合が悪かったのだろう。しかしそれ以上の思考が進まず、堂々巡りのまま集中力だけが削がれる。
赤い竜は体表がどろどろと溶け出し、スルザーラに射抜かれた胸元を覆っていく。そして吼えることで強烈な熱風を放射した。ルークは先ほどとは逆に吹き飛ばされてしまい、ネオンの張っている光の壁にぶつかる。背中を強く打ち、肺の中の空気が抜けた。
「大丈夫ですかルークッ!」
「なん、とか」
嵐の鎧のお陰で熱風の直撃だけは避けられた。
周囲の空気はすっかり乾燥し、十五年の月日で鬱蒼としていた雑草も燃え尽きてしまっている。
「こいつのことは知ってるのか!?」
「分かりません。おそらくは災禍以上の魔物です」
「そりゃこんな奴がでてきたら街なんて崩壊するよな……」
竜の能力は熱。
これは間違いない。その体表は流動的な溶岩のようで、近づくことすら困難だ。できれば遠距離攻撃で戦いたい。ルークは苦い表情を浮かべる。
「閃光の攻撃が効かなかった。どうすりゃいいんだよ」
『愚かである。赤い竜は溶けた鋼の身体を持つのだ。流動が磁場を生み出し、我が雷鳴を逸らし――』
「分からねぇよ。つまりお前は役立たずってことか?」
『誠に遺憾』
スルザーラは弓形態の劔撃を構えたまま動かない。チャージした分だけ威力を底上げするという性質なので、連射は悪手だ。できれば他の術師たちにも攻撃してほしいところだが、今は裏切り者への対応でそれどころではない。
「ルーク、時間稼ぎをしてください。まずはこちらをどうにかします!」
「分かった。早めに頼む」
風と雷を激しく放射しつつ、ルークは前に出た。できるだけ目立つようにして高速移動を繰り返し、赤い竜の周囲を飛び回る。雷鳴を斬撃として飛ばすも、それらはやはり竜の体表で逸れていた。
しかし鬱陶しいと思わせることはできたらしく、意識をルークにのみ集中させることに成功する。
「スルザーラ。あなたが切札です。最大威力まで蓄積してください」
「承知しました」
「ロニ殿、こんな時に申し訳ありません。ロブの遺体を回収してくださいませんか。一瞬だけ防壁に穴を空けますので、そこを通ってください。あの状況でこのような事態を引き起こしたのです。きっと見られてはいけない何かを持っていたはず。危険を冒してでもすぐに回収しなければ、この熱気ですから燃えてしまいます」
「承知。これでも戦士ですから体力には自信があります」
「頼みます」
「それならば私はルーク殿の支援をしましょう」
ルゥナが一歩前に進み出た。
彼女は封魔連合王国で王の補佐官という立ち位置だ。戦う者ではない。この危険な戦いに身を投じて、何かあったときは大変困る身分でもある。それでネオンも首を傾げ、眉を顰めた。
しかしルゥナは言葉ではなく、左腕の袖を捲り上げることで理由を説明する。今まで衣服に隠れていて気付かなかったが、小さな円盤状の盾が装備されていたのだ。黄金の輝きを放ち、中心部には宝石のような何かが嵌っている。それが何か、ネオンはすぐ気づいた。
「神器ですか」
「麗陰。本来であれば炎帝を討つために用いるつもりでしたが、隠す余力もないでしょう。ただし裏切者はここで皆殺しにしなければなりません」
「身内の不始末です。私たちが片付けます」
「信じましょう。バジルの民はあなたの守護に付きます」
既に犠牲者は出てしまったが、ようやく陣形が整ってきた。
赤い竜はルークがどうにかする。援護にスルザーラとルゥナが付いてくれたので安心だ。今の内に反乱した術師を止めなければならない。
いや、殺さなければならない。
覚悟を決める暇もなくネオンは命じる。
「裏切者の殺害を許可します! グリム、あなたが指揮を!」
「承知しました」
どうしてこうなったのか。
同じ術師同士で殺し合いが始まる。裏切者たちは躊躇いなくこちらを攻撃し、放たれる魔術も殺傷力が高いものばかりだ。ネオンは仲間を回復するために光魔術を使おうとしたが、少しでも気を抜くと熱風で防壁が破られそうになった。
(赤い竜さえいなければ……ですがそれは本末転倒。一番危険なのはルークです)
ルークと竜の戦いは熾烈を極める。
地面はすっかり融解し、赤い泉となり始めている。どうにかロニたちアスラン戦士団でロブの死体を回収してくれたが、もう少し遅れていれば不可能となるところであった。アスラン戦士団の援護が追加されたので裏切者への対応は多少余裕が生まれる。
逆にルークの方が危険になりつつあった。
「ルーク! 無理をするな!」
スルザーラが警告しつつ、魔力矢を放つ。
最大まで蓄積された劔撃の攻撃はオリハルコンすら貫くほどだ。だが赤い竜はスルザーラの魔力に反応し、矢を躱してしまった。その隙を狙ってルークが雷撃を放射するも、体表の磁場が逸らしてほとんど届かない。
赤い竜の放つ熱も徐々に上昇しており、嵐の鎧を貫通し始めている。ルークは身体が熱くなっていくのを感じていた。酷い汗のため、服は水に潜ったかのように濡れている。しかし仮に嵐の鎧がなければすぐさま汗は蒸発し、人体も発火していたことだろう。
『我に捧げよ。さすれば力を与えよう。捧げねば勝てぬ敵だ』
ずっと嵐唱が囁いている。
いい加減煩いと怒鳴りたいところだが、残念ながら余裕もない。そんな中、不意にルゥナの声が耳に入った。
「上に退避しなさいッ!」
ほとんど反射で、何も考えることなくそれに従う。
同時に強烈な光線が赤い竜を貫いた。




