543話 ヴァルナヘル奪還戦①
シュリット神聖王国が大量の戦力を集結させたエウレハの街では、まさにヴァルナヘル奪還作戦が始動しようとしていた。傭兵として参加しているルークたちは、特に考えることなどない。ただシュリット神聖王国から命じられるままに戦うことだけを求められる。
傭兵の一団は進軍してヴァルナヘルを目指すよう命じられた。とにかく敵の迎撃を受け止めることが役目であった。
「ルークさん、帝国軍も出てきました。間もなく開戦します」
「遂にか……」
「大丈夫ですか?」
「心配してくれてありがとう。もう大丈夫だ。俺は帝国を倒して必ず故郷を取り戻す。レビュノス家の名と嵐唱に懸けて、必ず」
気力は充分。精神的にも問題ない。多少の緊張は残っているようだが、動きは固くない。
サンドラ帝国に占領されたヴァルナヘルからは続々と軍隊が現れ、帝国の旗が翻る。その中には明らかな異形も存在していた。
カーミラは魂を感知し、その結果をルークにも教える。
「魔族、吸血種は百近くいます。厳しい戦いになりますね」
「百!? けどこの人数なら……」
「人数はほとんど意味をなさないかもしれませんね。特別な魔族がいるようです。確か業魔族、でしたか」
「業魔族?」
「サンドラ帝国の作る魔族兵は、本来の魔族とは少し異なります。魔族とは本来、魔神から生じるもの。そういう意味で、帝国魔族兵は贋作と言えるでしょう。真の魔族はより強大で、業魔族は最上位の存在です。魔神の側近ですから」
「魔神、ねぇ」
「そのあたりはシュリット神聖王国の方が詳しいでしょう。魔神を敵視していますから。それにルークさんは一度業魔族と戦っていますよ。レギンレイヴ平原の戦いで」
「……あいつか」
苦々しい思い出と共に、邪妖魔仙アールフォロのことを思い出した。
まだまだ未熟だったとはいえ、手も足も出なかった強敵の魔族だ。命懸けの戦いでも多少ダメージを負わせることができた程度。今でも敵う気がしない。
「少なくとも業魔族に匹敵する強敵がいることは間違いありません。私が戦うべきでしょうね。ルークさんも魔族や吸血種などの強敵を仕留めてください」
「分かった。俺の役目だ」
ルークは嵐唱を抜き放ち、魔力を込め始めた。ロニも脚獣に跨り、アスラン戦士団の中心部で時を待つ。周りの傭兵たちも雑談を止め、武器を手にして前だけを見ていた。
その静けさは永遠にも感じられたが、実際は一瞬のことであった。
太鼓が激しくなる。
ラッパが吹き鳴らされる。
旗は激しく振られ、怒号が大地すら揺らした。
「進めえええええええ!」
指揮官が叫ぶ声すら掻き消える。
ここにヴァルナヘル奪還戦が始まったのだった。
◆◆◆
戦いが始まった直後、カーミラは空へと飛び上がった。とはいえ彼女自身の能力ではなく、小型化しているウェルスに掴んでもらっての飛翔である。
そこでまず、帝国の吸血種から奪った血晶武装、血の茨を召喚した。血の茨を逆手に持った彼女は、軽く投げる。ほとんど力は加えられていないにもかかわらず、空を裂いてサンドラ帝国軍へと落下した。そこで深紅の茨が咲き誇る。紅玉のような鮮やかさで茨はサンドラ兵を貫き、彼らを養分とした。
「グァ!」
「ありがとうございますウェルス。このまま業魔族のところまで連れて行ってください」
ウェルスは元気よく鳴いて小さな翼を羽ばたかせる。魔術的な要素で飛行しているため、カーミラを抱えているにもかかわらず動きに淀みはない。
空を駆け、先行するカーミラを見上げながらルークも前に出た。手柄を得るためか傭兵たちは我先にと進軍している。その中でルークはおおよそ中ほどの集団であった。できる限りアスラン戦士団と歩調を合わせ、ロニたちと共に戦うことを決めていたからである。
「ルーク様、決して前に出過ぎないように」
「分かってます。固まって動くんでしょう?」
ロニはわざわざ脚獣の足を遅くして注意を促した。
今回、傭兵たちには追加褒章の対象となる標的が公開されている。魔族や吸血種を討伐すれば、報酬の大きな上乗せが狙えるのだ。一体でも討伐すれば三十人規模の傭兵団が半年は贅沢できるほどの報酬が見込めるとなれば、誰もがやる気を出す。
ただルークたちにとって金銭は目的ではない。
慌てず、よく見極めて戦うと決めていた。
(先頭集団が敵とぶつかった!)
目の前はまだ味方の背中で埋め尽くされているが、かすかに金属のぶつかる音が聞こえ始めた。また魔術と思われる爆炎が立ち上っている。
さらに先では、鮮やかな赤の茨が大樹のごとくそびえていた。
(いい目印だ。カーミラ!)
乱戦となればいずれ前後左右すら分からなくなるだろう。どちらに向けて撤退すればよいかすら分からなくなれば、死へと直結する。
「右翼に回れ! 帝国軍が迂回している! 止めろ!」
「魔族がこっちにいる! 奴らを倒せばしばらく遊べるぞ! 続け!」
「馬鹿者! 陣形を崩すな!」
聖石寮の術師たちが命じても、傭兵たちは自分勝手に動き始める。より多くの傭兵を集めるために魔族や吸血種の討伐報奨金を高額にしたことが仇となってしまった。シュリット神聖王国側の戦線は各所で薄い場所が現れ、魔族兵のいる場所へと傭兵が集中していく。一般帝国兵は薄い戦線を突き崩し、小さく包囲殲滅し始めた。
また術師の一人が叫んだように、右翼側へと帝国兵が回り込み、巨大包囲も完成しつつある。
「くそ。馬鹿」
ルークは願いを込め、嵐唱へと魔力を注ぎ込んだ。
「我が身、我が魔力を捧げる」
『承知した。存分に振るえ』
まだ戦いは始まったばかりだが、ルークはいきなり神器同化という切り札を切ったのだ。額には第三の眼が現れ、無制限に魔力が湧きあがってくる。また身体は嵐の鎧に覆われ、嵐唱もサーベル形状へと変化した。
「ロニ将軍! 俺は右翼を支援します!」
「ッ! 分かった!」
ロニとしては止めたいところだったが、このままではシュリット神聖王国軍そのものが壊滅しかねない。また既に戦線は虫食い状態で、アスラン戦士団も間もなく先頭へと突入する。他の誰かを心配する余裕はなかった。
ただ戦線を突破してくるのは幸いにも一般帝国兵ばかりである。
苦しいが、絶望的ではないと、ロニは皆を奮い立たせた。
◆◆◆
正面の戦線で二軍が激しくぶつかり合い始めた頃、シュリット神聖王国側はもう一つの軍を動かしていた。それは聖石寮の術師ばかりで構成された精鋭部隊である。率いるのは聖守ネオンで、他には九聖第一席のスルザーラ、第四席グリムといった実力者もいた。
この部隊は目立たぬよう、昨夜ヴァルナヘルへと出発していた。そして南方から回り込み、地中へと姿を隠していたのだ。聖石を利用した土魔術により地中を進み、ヴァルナヘルの地下から奇襲を仕掛ける。正面に傭兵部隊を置いたのも陽動のためであった。
「仲間たちが命を懸けて手に入れてくださった情報です。必ず、討たなければ。リィアも助けなければなりません」
ネオンは術師たちが掘り進める穴を眺め、スルザーラへと語りかける。
集められた術師の内、戦闘へと参加する人数は半分程度でしかない。その理由はこの地下通路を作るためだ。土の魔術が得意な術師たちは魔力の限り穴を掘り、崩れないよう表面を固める。サンドラ帝国軍に悟られぬよう、かなり遠くから穴を掘り進めているため、魔力切れが必ず起こってしまうからだ。ヴァルナヘルの地下で休息して魔力を回復させることも考えられたが、いざという時を考慮して却下された。
すなわち、作戦の失敗により撤退する場合である。
「聖守様。もしもの時は……」
「分かっています。逃げろというのですね」
「あなたは替えのない御方です。失えば王国は再び暗黒の時代を迎えます」
十代目聖守ネオンは今年就任したばかりだ。彼女が生まれて十五年の月日を聖守としての修行に費やしてきたとはいえ、まだまだ未熟である。スルザーラの心配も尤もであった。
「もう、地上では戦いが始まっている頃でしょうか」
「聖守様が気に病むことではありません」
「私は何も……」
「傭兵を気にかけておられるのでしょう? 彼らはそれが仕事です。自分の命を使い、糧を得ている。余計な心配は侮辱となるでしょう」
反論できないネオンは髪を解き、再び元の三つ編みを作る。
随分と手慣れたもので、あっという間に完成した。しかし気に入らなかったのか、再び解いて三つ編みを始める。それはもはや癖ともいえる仕草であった。
(聖守様の緊張も無理ありませんね。ほとんど初めての大きな戦いなのですから)
ネオンも訓練として魔物と戦ったことはある。
スルザーラとてそれに付き添ったのだ。傍で見て、太鼓判を押せる実力は身についていた。しかしそれは単体の魔物を個人で狩ったに過ぎない。
多くの味方と敵が入り乱れる戦争は初めての経験だ。
聖守を心配するスルザーラですら、乱戦はほとんど経験がない。
(エルムレア事件の記録が詳細に残っていれば参考にもなったかもしれない。いや、この期に及んでないものを強請っても仕方ありませんか)
戦いの始まりはすぐそこにまで迫っている。
計算に計算を重ね、今ようやくヴァルナヘルの真下まで辿り着いた。後は上に掘り進め、地上へと飛び出すだけのこと。覚悟さえ決まればいつでも奇襲できる。
その号令は聖守ネオンに託されていた。
「行きましょう。皆さん」
キュッと髪紐を強く結び直し、ネオンは宣言する。
彼女は自身を象徴する聖王剣を抜いた。刃を下に向けて両手で柄を握り、祈るように目を閉じる。
「魔族の支配に終止符を。人を解放するため、力を尽くしましょう。私の合図で一気に地上までの道を作ってください。そして戦闘部隊は私と共に《空翔》で上がります。目標は魔神教団幹部と目されるミリアム。先代聖守の死因となったエルムレア事件の主犯とも考えられています。我々の同胞が命を代価にその存在を教えてくださいました。奴を討ち、帝国軍を混乱に陥らせるのです」
少しばかりたどたどしさを感じるが、彼女の言葉はスッと心に入ってくる。術師たちは改めて自分たちの役目を理解し、重要さを嚙み締め、覚悟を新たにした。
地上で始まっている陽動作戦も命懸けだが、奇襲を仕掛ける術師たちもまた同じ。寧ろ撤退が困難という意味では危険度が高いかもしれない。
「三、二、一」
穴掘り組は一斉に魔力を聖石へと注ぎ、戦闘組も同じくする。
前者は地上への穴を作るために、後者は飛行で地上へと飛び出すために。
「行きます!」
ネオンがそう口にした瞬間、全員が役割通り動いた。
土の魔術で穴を空けつつ、その穴掘りで生じる土を上へと押し上げる。それは穴あけの過程で凝縮され、岩のように固められ、圧力は極大にまで達した。偶然にも火山の噴火に近い原理がそこにはあったのだ。
爆発の混乱と共に術師たちはヴァルナヘルに侵入し、速やかに任務を遂行する。
――そのはずだった。
「こんにちは聖石寮の皆様。死んでくださいませ?」
地上に飛び出した術師たちを閃光と熱が襲う。
彼らが最期に見たものは、土の魔術で開けた穴を囲む多脚の古代兵器たちであった。
味がしなくなるまで使い尽くす世界の中心ヴァルナヘル




