533話 サンドラの侵略
封魔連合王国とは、大陸南東に位置する新興国だ。その成立は暗黒暦で表せば一八〇三年となる。すなわち、僅か六年前に成立した国家だ。しかしながら弱小国というわけではなく、寧ろ国土でいえばサンドラ帝国にも匹敵する。連合王国というだけあって複数の統治国家が寄り集まって成り立っており、盟主国たる封魔王国を含め八か国が連合に入っていた。
実を言えば大陸最東端のアスラン王国とも接している。
「知らなかったな。アルゲリスやクレバストロが連合国になっていたなんて」
「まだ成立してすぐの国ですから。それに封魔連合王国は強固な同盟関係とも似ています。アルゲリスやクレバストロの自治権はそのままですから、元の状態とほとんど変わらないと言って良いでしょう。その地の統治こそ各国に委ねられていますが、ただ一人の王を戴いています」
「……普通に王と領主の関係とは違うのか?」
「似たようなものだと思います。私も詳しくは知りません」
カーミラとルークは、ウェルスの背に乗って西方へと移動していた。
その間にこれから向かうべき場所について、カーミラは語る。
「封魔連合は新興国家ですが、簡単には落ちないでしょう。あの国は大量の迷宮神器を保有しています。ルークさんの持つ嵐唱と同じような武具です」
「嵐唱みたいな武器が他にもあるのか……」
「連合国を為す八国は、それぞれ一つ以上の神器を持っているという噂です。どのような神器かは知りませんが」
「だが迷宮神器の価値をよく知っているってことだろ」
「その通りです。ルークさんが神器使いであることを言えば、必ず取り立てられるでしょう。もしも封魔連合王国の権力者と話す機会が得られたならば、アスラン王国の奪還も支援していただけるかもしれません」
これはルークにとっての希望だ。
たった一人でサンドラ帝国に勝つことはできない。ミリアムという宮廷魔術師ですら倒すことができなかったのだ。帝国と戦うためには組織が必要となる。
それを思い出すほどにルークの中で悔しさは膨れ上がっていった。
「あの山の先……」
「どうしたカーミラ」
「あの山を越えたところは平野になっています。かなり大きな魔力反応ですね。ここまで届くなんて」
「マリョク?」
「簡単に言えば神器を使うために必要な力です。どんな人にも備わっています。勿論、ルークさんにも。異能を使う人々は大抵、魔力を多く持っているのです」
「ああ、そういうことか」
それを聞いて思い浮かべたのは、レビュノス家が雇っていたエリシュのことだ。彼女は戦闘指南役として確かな腕を持っていたが、それ以外にも火花の異能を持っていた。彼女が手や武器の先から放つ火花は、触れると鈍い痛みを伴う。地味だが確実に相手の隙を作る強い異能だった。
「カーミラも異能を持っているのか?」
「私の場合は少し特殊ですが、持っているかどうかという問いであれば肯定します。それより、この先の魔力反応です。おそらく大きな戦いが起こっているのでしょう」
「それって!」
「間違いなく連合と帝国の戦いでしょう」
「だったら早く行くべきだ!」
「いいえ。ここは迂回します。戦場に躍り出ることは避けなければなりません」
「何でだ!」
「落ち着いてください。ウェルスに乗ったまま戦場へ乗り込めば、大きな混乱を招いてしまいます。私たちは両国から攻撃を受けることになりかねません」
「あ……そうか」
逸る気持ちがルークから冷静さを失わせていた。
しかしながら諫めればしっかり理解できる程度の理性は残されている。このまま戦場に突撃するわけにはいかないということも納得できた。
(それにルークさんの魔力は回復し切っていません。せめて一日は時間を置くべきですね)
カーミラは軽くウェルスの背中を撫でる。
すると血の竜は小さく鳴き、進路を変えた。
◆◆◆
アスラン王国を攻略中のサンドラ帝国軍は、既に王都陥落寸前まで漕ぎつけていた。
王都を守る三重の城郭は破られ、最後の攻城戦が始まっている。イルデラント地方の都市で実験をしていたミリアムも、シュウによってここへ連れてこられ、最後の詰めに参加することになった。
「ご苦労、シュウにミリアム。宮廷魔術師の力が必要なのだ」
「攻略は順調に見えるが」
転移でやってきた二人の宮廷魔術師を迎えたのは、吸血種の将であった。王都攻略の責任者でもあり、帝国内の身分も高い。
シュウの言葉から敬意を感じないことに苛立ちを露にするも、すぐに取り繕った。
「確かに二十日もあれば落とせるであろう。多大な犠牲を払いながらな」
「所詮は補充の利く魔族兵のはずだが?」
「ふん。この後にクレバストロ攻略も控えておるのだ。別動隊がベレス、ウル、アルゲリスを攻めているところを当方から突いてやらねばならん」
「封魔連合を攻め落とすためというわけだな。いいだろう。魔術で門を破ってやる」
「ふん。頼んだぞ」
吸血種の将は早く行けとばかりに顎で大門の方を指した。実に無礼な態度であるが、シュウもミリアムも気にせず言葉に従う。
しかし少し離れたところで、ミリアムは嘲笑った。
「惨めな男ですわね。シュウ様にすっかり怯えて」
「御前試合の件で分からせてやったからな。どちらが上なのか、理解したんだろうさ」
「爽快でしたわよ。軍と宮廷魔術師の御前合同訓練……意気揚々としていた吸血種を薙ぎ倒すシュウ様は」
「先の吸血種も俺にあしらわれた奴の一人なのかもしれんな」
「ふふ。哀れですわ。ですがあの合同訓練のお陰で宮廷魔術師の地位も上がったのです。私たちの目的も達しやすくなりますわよ」
そんな会話を交わしているうちに、城を守る最後の大門へと辿り着く。そこは固く閉ざされ、上からの矢や投石により破城槌を近づけることもできない。城壁に梯子をかけようとしても同じことだ。
このまま昼夜構わず攻め続ければ、いつかは破れるだろう。魔族兵を使い潰し、吸血種たちもそれなりの犠牲を支払えば叶う戦果だ。
しかしここで被害を抑えるため、宮廷魔術師に目が向けられた。
「青銅を被せた硬い門だな」
シュウが近づいていくと、門を攻めていた帝国軍は引いていく。暴れまわっていた魔族兵ですら、大人しく引き下がった。
「これでいいか」
近くに落ちていた剣の破片を拾い上げ、それを魔術で浮かべる。
シュウが使用したのは加速魔術。魔術の中でも基本的なそれは、充分な魔力さえあれば驚異的効果を及ぼす。剣の破片は一瞬にして音速を超え、衝撃波をまき散らしつつ大門を貫いた。
大門を封じる閂もこの一撃によって破壊され、激しい揺れにより城壁の上から王国兵が落ちてくる。『待て』を命じられていた魔族兵たちは、鎖から解き放たれた獣のように飛び出した。
「攻め込め! 城を制圧せよ!」
指揮官の吸血種たちも帝国兵に命じて突撃させる。一足先に飛び込もうとした魔族兵に続き、彼らも城内へと雪崩れ込んだ。
しかし彼らが大門を潜り抜けようとした瞬間、弾かれるように吹き飛ばされてしまった。
頑丈な魔族兵ですら全身の骨が砕かれ、一般兵に至っては原型すら留めず即死している。巻き込まれた帝国兵の中には吸血種もいたが、彼らも訳が分からないまま再生を始めていた。
「無礼であるぞ帝国軍。ここは我らアスラン人の王が住まう宮。武器を持ち、土足で踏み込むなど許されることではない」
破壊された門の内側から、一人の大男が現れた。
地位ある将であることを理解させる立派な鎧を身に着け、武器として巨大な鎖鉄球を手にしている。希少な鉄をふんだんに使った贅沢な武器である一方、あれほどの質量を操る膂力にも驚かされる。鎖部分は黄金色で、随分と長く、振り回せばかなりの攻撃範囲を確保できるだろう。
「我が名はフェンルゥ! アスラン王国最後の将軍である。絶魔錠に恐れをなす者あれば引くがよい。蛮勇ある者は我が怪力に粉砕されるであろう」
名乗りを上げたアスラン軍の将フェンルゥは、威圧するようにして鎖鉄球を振り回し始めた。それだけで暴風が巻き起こり、一般兵は腰を抜かして後ずさる。一方で魔族兵たちは恐れなど知らぬとばかりに、飛びかかった。
「愚かな」
フェンルゥは扱いの難しい武器を手足のように操り、迫る魔族兵たちをまとめて薙ぎ払った。鉄球が直撃した魔族は粉砕され、鎖部分は刃のように肉体を引き裂く。
それでも数体ほどの魔族兵は跳ぶことで避けたが、突如として鎖鉄球の軌道が変わった。明らかに慣性を無視した挙動で空中に逃れた魔族兵を薙ぎ払ったのである。
ピンと伸びた鎖はゆっくりとフェンルゥの手元に戻っていき、彼の足元に鉄球が着地する。
「迷宮神器か」
「そのようですわね。絶魔錠と言っておりましたわ」
「能力を見る限り……」
「鎖を自在に操る神器ですわね?」
「一見すると、そう見えるな」
「違うのですか?」
「鎖があの将軍の肉体を強化している。あんな質量の鉄球を操れるのは、肉体強化あってこそだろう」
額に第三の眼が開いていないことから、同化はしていない。素の迷宮神器としての性能であれだ。
おそらく身体能力だけで魔族を超えるほどで、攻撃後の隙も鎖が自ら動くことで埋めてくれる。破壊された大門に陣取っている限り、こちら側には攻め手がない。
しかし一方で、フェンルゥもまた動くことができない。
「鎖の範囲外で睨みあいを続けていれば、いずれはこちらに形勢も傾く」
「ええ。ですがそれを理解していないとは思えませんわ。つまりこれは時間稼ぎ。地下通路か何かで王族を脱出させているのだと思いますの」
「大した忠義だ。死ぬつもりの時間稼ぎとはな」
シュウは一歩前に進み出た。
理性が蒸発している魔族兵ですら死の危険を感じて後ずさりする中、シュウの行動は目立つ。フェンルゥもシュウのことを認識したらしく、鎖鉄球を振り回し始めた。
「ミリアム、あれに組み合わせるべき魔物を選定しておけ」
「……ふふ。いい考えですわね。迷宮神器持ちを逃してしまったばかりですもの。私も残念に思っていたところですわ」
笑みを浮かべたミリアムは聖杯を取り出し、影を広げる。その影から液体のような魔力が流れ出て、聖杯へと注がれ始めた。
一方のシュウはさらに一歩を踏み出すと同時に魔術陣を展開。
《斬空領域》がフェンルゥの両腕を切り落とした。同時にミリアムの足元から伸びた影がフェンルゥへと絡みつき、地面に押さえつける。影は鋭い牙を持つ怪物となって彼を封じてしまった。
「身体能力を活かすならば、獣系の魔物が良いですわね。さぁ、力を受け入れなさい。真なる人類となるのですわ」
聖杯から粘性のある黒い液体が流れ出て、それがフェンルゥへと滴る。両腕を切断され、為すすべもなく抑え込まれた彼に抵抗の手段はない。自動で迎撃してくれるはずの鎖はシュウの死魔法で魔力を奪われ、機能を停止させていた。
魔族化の儀式を邪魔しようと城壁にいる王国兵は矢を射かけようとするが、それは吸血種たちが対処した。血の槍を飛ばして攻撃し、王国兵を無力化したのだ。これを契機として魔族兵や帝国兵は大門を通って城内へと雪崩れ込む。
終わりは近いだろう。
「これで本当にアスラン王国も終わりだな。こんなもの序章に過ぎないが……これで封魔連合の包囲は完成に一歩近づいた」
城内での抵抗はほとんどなかった。
降伏しようとした兵士、侍従たちは全員が捕らえられ、捕虜となる。しかし彼らは魔族化儀式の実験台とされ、死の運命から逃れることはできなかった。
ただ一つの懸念は、一部のアスラン王族が城内で発見できなかったことであった。
◆◆◆
サンドラ帝国軍は南方への進撃を開始し、既にアスラン王国、シエスタ、ヴェリト王国を陥落させた。アスラン王国は宮廷魔術師と魔族兵により蹂躙され、十日程度で完全に陥落する。シエスタは防衛のほとんどを傭兵に頼っているので帝国軍の威容を見てすぐに裏切られ、最も早く攻め落とされた。ヴェリト王国は祝福の力で激しい抵抗を見せたが、サンドラ帝国が紅の兵団を投入したことでじりじりと押されつつある。陥落も時間の問題だろう。
勢いづくサンドラ帝国の一軍は、シエスタの国土を踏み越え、現在は封魔連合王国の直接攻撃に着手していた。
「カーミラ、ここが連合軍の砦なのか?」
「封魔連合王国の一つ、アルゲリスの保有するレギン砦です。ここを補給拠点として北の平原で帝国軍との会戦が勃発しています。私たちは傭兵として戦いに参加し、力を示します。ルークさんの神器が上の目に留まれば、アスラン王国を取り戻す機会となるはずです」
レギン砦はかなり活気づいていた。
ここは軍の砦である一方、一つの街としても機能している。すなわち要塞都市なのだ。傭兵や商人の出入りも多く、言葉ですら様々である。それはつまり外国から来た傭兵や商人が多い証拠であった。シエスタから逃れてきた傭兵も、多くがここを仕事場としている。
軍事的な備えのなかったシエスタと異なり、レギン砦は充実しているので逃げを選択しなかったらしい。
カーミラとルークは傭兵を募集している受付まで向かい、そこで申請を始める。ただ随分と渋い顔をされた。
「君たち二人が……?」
「はい」
「しかしそちらの少年はともかく、君は少女だ。それに目も見えていないのではないかね? 戦力は歓迎だが、乞食に無駄飯を食わせる余裕はないのだ。さっさと去り給え」
どうやら両目を布で覆い隠すカーミラを乞食だと勘違いしたらしい。
傭兵の募集要項として、レギン砦では食料の配布を保証している。それを目当てに集まってくる乞食も決して珍しくはなく、受付の判断は妥当なものであった。
ルークはムッとしていたが、当然カーミラはこれを予想している。
「私は戦う者ではなく癒す者です。治癒の術を扱えます。そしてこちらのルークさんは神器使いです。私たちを雇うには充分だと思います」
「何? 確かにそれが本当ならば是非とも雇いたいが……」
随分と悩まれてしまったが、証明そのものは簡単である。
カーミラは適当な怪我人をセフィロト術式の《祝祷》で癒し、ルークは神器・嵐唱を見せれば済む。
二人は無事、レギン砦で傭兵として雇われることになった。




