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冥王様が通るのですよ!  作者: 木口なん
魔族篇 4章・聖杯

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530話 嵐唱①

 暗黒暦一六〇八年にサンドラ帝国が成立して以降、炎帝ヘルダルフは精力的に国力を増大させてきた。神奥域および黄金域から得られる古代の遺物を研究し、尋常ならざる速度で技術力を成長させたのだ。また吸血種ノスフェラトゥとなった炎帝は人の寿命に縛られず、支配を確固たるものにしている。

 スラダ大陸の北東部を広域に支配する吸血種ノスフェラトゥの巨大国家として安定してから二百年。すなわち炎暦二百年という節目に、炎帝ヘルダルフはある命令を布告した。



「『大地を統一せよ』……まずは第一歩ね」

「流石は帝国が誇る宮廷魔術師ミリアム様。このままアスラン王国を蹂躙いたしましょう」

「ええ。塵蟲ゴミムシは綺麗に掃除しないとね」



 ミリアムと呼ばれた女は随分と若かった。

 女で、しかもこの若さでサンドラ帝国の宮廷魔術師という地位に就いているということは、それだけの実力があるということ。

 彼女の足元には死屍累々と呼べるほどに死体が積み重なっていた。

 このイルデラント地方は完全に制圧され、抵抗する者は残っていない。街も破壊され、火で焼かれ、歴史と文化は完全に消滅した。



「問題なく任務は完了したようだな」



 不意に空から声がかかる。

 ミリアムはその声を聴いてすぐに目を向け、喜色を浮かべた。



「シュウ様!」

「まずは手柄一つだな。これで宮廷内での発言力も増す。だがアスラン王国を完全制圧するまで油断するなよ」

「勿論です。意外な実力者はどこにでもいますから」



 そう言ってミリアムは足元で倒れる女を踏みつけた。すると女は小さく呻く。

 全身に火傷や裂傷を負っているが、まだ生きていた。



「火花を散らす程度ですが、電撃を操る魔装を持っていました」

「強かったのか?」

「それなりです。彼女に時間を稼がれ、領主の息子には逃げられてしまいました。魔族兵に追わせましたから、そのうち死体を持ってくるでしょう」

「まぁどちらでもいい。この女は儀式に使うのか?」

「はい。魔族兵の素体としては平均以上でしょうから、有効活用しますの。塵蟲ゴミムシどもは広場に集めておきました。今日の夜にでも儀式を始める予定ですわ」



 ミリアムは黄金の杯を掲げる。

 その中では不気味な色の液体が波打ち、ボコリと音を立てて泡立っていた。







 ◆◆◆






 ルークは後ろを振り返らず、脚獣ゴウラを走らせた。

 独り街から逃げ出した後ろめたさもあったが、それだけが理由ではない。



(まだ足音がする!)



 ずっと脚獣ゴウラを疾走させているにもかかわらず、常に背後では複数の足音があった。脚獣ゴウラの速度に追いつける人間などいるはずがない。ルークは恐怖のあまり、後ろを振り返ることができずにいた。

 無我夢中で走らせていたので、もはやルークも自分がどこにいるのか分かっていない。ただ後ろから迫ってくる恐怖から逃げるためだけに走らせていた。

 しかしながら脚獣ゴウラの体力とて無限ではない。徐々に速度が落ちていき、ルークが焦って腹を蹴っても脚獣ゴウラは速度を下げる一方となる。



「速く! もっと速く走れよ!」



 激しく首を叩き、もっと早くと喚きたてる。

 それは外から見れば実にみっともない姿だ。だが命の危機に晒されたルークには、そんな外聞など気にしている余裕はなかった。とにかく生き延びるため、命じ続けた。

 とはいえ脚獣ゴウラも一つの生命体だ。

 無理やり走らされ続け、叩かれ、蹴られ続ければ調教された個体とて反旗を翻す。脚獣ゴウラは激しく暴れまわり、ルークを振り落としてしまった。



「うぐっ!?」



 地面に叩きつけられたルークは呻き、どうにか体を起こす。振り落とされた拍子に父から託されたレビュノスの証を取り落としてしまった。袋からも飛び出てしまったので、全身の痛みに耐えながらそれを拾った。黄金像は幸いにも傷一つなく、ルークは安堵する。

 気づけば道から外れ、木々の繁る林に踏み込んでしまっている。ここから歩いて戻れる自信はなかったし、何より生きてこの場を切り抜けるのも難しい状況だった。



「く、そ……なんで脚獣ゴウラの速度に追いつけるんだよ」



 ここでようやく迫っていた足音の正体を目にした。

 エリシュが魔族兵と呼んでいた異形が三体。それらは獣の顔だったり、下半身が馬だったり、背中に翼が生えていたりと不気味な姿であった。

 異業たちは帝国の言葉で語りかけてくる。エリシュから多少は帝国語を学んでいたルークでも、意味を理解することができた。



「ようやく追いついた。お前の死体を持って帰ればミリアム様に褒めてもらえる! 俺たちももっと強化してもらえるかもしれない」

「馬鹿! 褒めていただくのは俺様だ!」

「いいじゃないか。私たち三人で一緒に褒めてもらえば。独占なんて美しくない」



 ルークは黄金の像を胸に抱き、後ずさりした。

 すると下半身が馬の魔族兵が嘲笑う。



「今更そんなものを大事に抱えて! お坊ちゃんってのはよく分からねぇ生き物だよなぁ!」

「へぇ。こいつ金持ちなのか?」

「馬鹿が。よく見ろよ。こいつはお貴族様みたいないい服を着てやがる。俺たちが焼いた街のお偉いさんの息子ってとこだろ」

「お前賢いな!」

「当たり前だ! 俺は知能も武勇も優れた男だからな!」



 全く知性を感じられない下品な笑い声が響き渡る。

 その間にもルークは少しずつ下がり、距離を取ろうとしていた。だが目ざとく、獣顔の魔族兵がそれに気づいてしまう。



「おい、逃げるんじゃねぇよ」



 獣顔の魔族兵が勢いよく膝蹴りを叩きこんだ。メキメキと硬いものが壊れる音がして、ルークは吹き飛ばされていく。そしてすぐ後ろにあった大木へと叩きつけられ、口の端から血が流れる。



「馬鹿! そいつはお宝を持ってんだぞ! 壊しちまったんじゃねぇだろうな!」

「あ、悪ぃ」



 彼らはルークの抱える黄金の像をしっかり認識していた。その価値を彼らは知らない。しかしながら黄金ならば売れるという単純な認識だけを持っていた。

 一方で強烈な膝蹴りを叩きこまれてしまったルークだが、意識を失ってはいなかった。

 それどころか口の中を切ってしまったこと以外に怪我らしい怪我もない。



(あんな威力だったのに、あんまり痛くない)

『……よ』

(骨が砕けたみたいな感覚だったのに)

『……めよ』

(声? 誰、なんだ……)



 呼びかける声を聞いて衝撃から立ち直ったルークは、ほぼ無意識にお腹へと手を伸ばした。手が触れたのは冷たい破片。獣顔の魔族兵から膝蹴りを食らったとき、抱えていた嵐神ベアル像であった。

 三つの腕を持つ黄金像は砕けてしまい、レビュノス家の証としては役に立たないものとなっている。



『目覚めよ』



 今度ははっきりと声が聞こえた。

 ルークの意識は完全に覚醒し、砕けてしまった嵐神ベアル像に目を向ける。雨、風、雷を投げつけ嵐を呼ぶとされた嵐神ベアル像は見る影もない。だが砕けてしまった黄金像の内側に、光を反射する何かを見つけた。



嵐神ベアル像の中に……短剣?)



 うっすらと光を反射する刃がそこにあった。

 刃渡りはルークの肘から手首までの長さはあるだろうか。青白く、表面には幾何学模様が入っている。宝剣と呼んでも差し支えないほど美しい刃であった。



『目覚めよ! レベリオの末裔よ!』

「この、声……」

『我が名は嵐唱バアル! 大風と雷の化身! 我を手に取り、王者として目覚めよ!』



 枝を踏み割る音がする。

 すぐそばまで魔族兵が迫っていることに気づいたルークは、咄嗟に嵐神ベアル像の中から出てきた短剣を手に取った。普段使っている剣と比べれば少し短く、子供用のショートソードに近い。何もないよりはマシだと思って握った剣だったが、その瞬間に頭の中へと凄まじい情報が流れ込んだ。



(今、のは……)



 本当に一瞬のことで、目の前にまで迫っている魔族兵の位置はまだ変わっていない。

 ルークは今、自分のするべきことを理解した。



「目覚めろ、嵐唱バアル!」



 青い刀身の短剣を両手で握り、その切っ先を正面に向ける。自分の内側から力が流れ出ていくのを感じたと同時に、短剣の先から激しい閃光が迸った。頬には熱を感じ、目の前が火花で真っ白になる。それでもルークは決して短剣から手を離さず、力を籠め続けた。

 焼け焦げた匂いが周囲に広がる。



(力が、抜ける)



 ルークは知らなかったが、嵐唱バアルより放射された閃光は魔力の消費によって発動している。剣術ばかりで魔力など扱ったことがないルークは、それほど魔力を抱えているわけではなく、あっという間に消費し切ってしまう。

 底を尽きた魔力は続いて生命力を変換し始め、そのために体力を失って力が抜けたのだ。

 凄まじい熱を放っていた閃光は消え去り、元の静寂が戻る。

 獣顔の魔族兵は全身を炭化させ、崩れるようにして倒れてしまった。



「こいつ! やりやがった!」

「が、あ、あ、あぁぁっ! 目が! 目が痛い!」



 翼の魔族兵は多少火傷を負った程度だが、馬の魔族兵は目が潰れてしまったらしい。激しく悶えながら痛みに呻いている。

 ルークのことを危険だと理解した翼の魔族兵は大きく羽ばたきながら跳躍し、両手のかぎ爪を振り上げる。そのまま圧し潰すつもりで急降下した。



「死ねぇぇえええええッ!」



 魔力を使い果たしてしまったルークはもう動けない。

 鋭いかぎ爪はいとも容易く少年を肉塊に変えることだろう。だが、そうはならなかった。急降下中の魔族兵は突如として赤い槍に貫かれる。そして内側から弾け飛び、血肉の雨を降らせた。

 しかしながらその血肉はルークへと降り注ぐことなく、軌道を変えて一か所へと集まっていく。ルークは吸い寄せられるようにそちらへ目を向けた。



(女の、子?)



 ルークが見たのは一人の少女だった。

 こんな何もない林の中で、両目を黒い布で覆った少女。魔族兵の血肉はその少女に向かって集まっていく。



「ぐぎゃあああああ!?」



 不意に汚い悲鳴が耳を突いた。

 それはルークの放った閃光で目を潰された馬の魔族兵のもの。彼は真っ赤な怪物に噛みつかれ、全身の骨を砕かれて死んでいた。赤い怪物は魔族兵を嚙み砕き、丸のみにしてしまう。次の瞬間、怪物の体は収縮し、小さくなって先ほど見た少女の方へと飛んで行った。

 意味が分からない。

 状況が理解できない。

 ルークは混乱していた。だが同時に助かったという安堵が彼の意識を奪う。最後に少女がこちらを振り返ったような気がした。







 ◆◆◆






 パチパチと弾ける音で目を覚ます。

 目を開けたルークが最初に見たものは激しく燃える焚火であった。首を動かすとすぐ傍には一人の少女が座っている。ルークが目覚めたことに気づいたらしく、少女の方から声をかけてきた。



「目覚めましたね。私の言葉が分かりますか?」

「え、ああ」

「申し訳ありませんが、あなたが眠っている間に記憶を読ませていただきました。ルーク・レビュノスさん」

「俺の、名前を!」



 ルークは飛び跳ねるようにして起き上がった。だが全身に感じる痛みのため、呻いて蹲ってしまう。

 そんな彼に対し、少女は努めて優しく語り掛けた。



「落ち着いてください。私はカーミラといいます。あなたが放った閃光に気づき、ここまで来ました。サンドラ帝国の魔族兵に襲われていましたので助けた次第です」

「俺を、助け……そうか。思い出した……」

「ルークさんはイルデラントの生き残りですね。それもレビュノス侯のご子息」

「その通りだ」



 ぼんやりとしていた頭の中もすっきりしてきた。

 ルークも自分に何があったのか思い出したらしい。まだ痛む身体を起こし、火に当たって温まる。すると情けないほど大きく腹が鳴った。

 そんな彼にカーミラはくすりと笑い、焼き固めたパンとお湯を差し出す。



「大したものではありませんが、お腹を満たしてください」

「感謝する。あなたは食べないのか?」

「私は不要です。既に充分食べていますので」

「そうか。では遠慮なくいただく……」



 こういった保存食には慣れていないのか、ルークは固いパンに苦戦しているようだった。お湯でふやかしながら少しずつ口に運び、腹に収めていく。

 その間、カーミラは語り聞かせ始めた。



「昨年、サンドラ帝国は全ての国を支配するため、戦争の準備を始めました。炎帝ヘルダルフの支配が二百年に達したことを記念する大統一命令です」

「二百年? 人間がそんなに生きていられるかよ! 何の冗談だ?」

「炎帝は人間ではなく吸血種ノスフェラトゥです。人の血を吸うことで、人間より長く生きることができます」

「化け物かよ」

「そう、ですね。化け物の一種かもしれません。ごめんなさい」

「なんであんたが謝るんだ……」



 ルークが首を傾げるも、それには答えずカーミラは続ける。



「ルークさんの故郷……イルデラントを襲ったのは大統一命令を実現するため出兵した宮廷魔術師たちです」

「宮廷魔術師……? 王様御付きの占い師ってやつか?」

「おそらくルークさんの認識する魔術師とは異なります。王の助言をする占い師ではなく、天変地異を引き起こすほど強い魔力を扱う人のことです。あなたも見たのではありませんか? 街を焼く宮廷魔術師の姿を」

「……あいつか」



 思い出されるのはあの時見た女だ。

 脚獣ゴウラに乗り、街から逃げるときに魔族兵を引き連れてきた。護衛のエリシュがその女のことを宮廷魔術師だと叫んでいたことをなんとなく覚えている。その時エリシュが使っていたのはサンドラ帝国語だったので、言葉の全容はうろ覚えだ。だがその部分だけは印象が強かったので覚えていた。

 そこでようやくルークは慌てる。



「そうだ! 街は……俺の街はどうなったんだ! エリシュは!」

「落ち着いて聞いてください。イルデラント地方の街や村は全て帝国軍によって滅ぼされました。最も大きな都市……あなたが逃げてきた都市は帝国軍が占拠しています」

「くそ! だったら早く王都に行って救援を……」

「無駄ですよ」



 カーミラは希望をバッサリと切り捨てる。



「アスラン王国は明日にでも滅びます。今、王都はサンドラ帝国軍によって包囲されているところですから」

「な、に」

「五日です。ルークさんは五日も眠り続けていました。その間に帝国軍はさらに南下して王国内の街や都市を滅ぼし、占拠し、王都にまで辿り着いてしまっています。その王都に救援を求めても無駄です」

「嘘だ!」

「本当です」

「だったら一人でも行く! それが俺の……レビュノス家の責務だ!」



 しかし口ではそう言っても、身体が追い付いていない。五日も眠っていたということは、それだけ回復に体力を必要としたということでもある。立ち上がろうとして、すぐに倒れてしまった。



「今は休んでください」

「く、そ……」

「あなたが眠っている間に《祝祷イース》をかけておきます。少しは回復も早くなるでしょう。まともに動けないまま戦いへ赴いても、無駄死にするだけですよ」



 大きな無力感と失望がルークの中で澱む。

 少年は全てを失い、悔しさに涙を流した。






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