401話 魔装・餓楼
迷宮を拠点とするアリエットは少しずつ戦力を整えていた。
アバ・ローウェルで最大にして唯一の探索者ギルド、戦士の塒は咎人を利用した特攻により急速に迷宮攻略を進めている。その結果、アリエットとフェイが潜む摩天楼の樹海にも咎人が迷い込むことがあった。そしてアリエットは彼らから罪印を剥ぎ取り、魔物の力を与えて魔族にした。
魔族は咎人から解放してくれたアリエットに恩を感じると同時に契約の縛りで忠誠心を抱いており、その手足として動いてくれるようになる。たった二人だった少し前とは大きく変わり、ちょっとした兵団規模になりつつあった。
そもそも魔族を生み出すのに必ずしも人間の器は必要ない。知性に問題があるものの、野生動物に魔物の魂を注ぎ込んでも同じ結果が得られる。
おそらくは戦力として充分だろう。
「そろそろ動くべきね」
見張りをさせている魔族からの報告で、この樹海エリアも遂に発見されたと分かっている。まだ向こうはここにアリエットとフェイがいるとは知らないだろう。しかしこれでは発見されるのも時間の問題だ。またここは樹海中央部に古代遺跡の摩天楼があり、どちらにせよ大規模調査として戦士の塒が大量の探索者を送って来るに違いない。
だから時期としては丁度良かった。
「フェイ、ここから反撃するわ」
「えっと」
「いい? あたしたちは追われる立場で、奴らは私たちを逃すつもりも許すつもりもないの。そうしなければ魔神教の威信にかかわるから。戦って、勝つしかないのよ」
「は、い」
力を求めるアリエットと異なり、フェイは争いに向かないのだ。ロカの秘術を修行する姿勢こそ見せているが、最近はあまり集中できていない様子である。近い内に起こる戦いを予想して、気にしていたからだ。アリエットもそんなフェイには気付いていたが、戦いは必要なことだと言い聞かせてきた。
元よりフェイには争いの世界が合ってなかったのだろう。そうでなければ弱い魔物とはいえ、ルーと仲良くなろうとは思わないはずである。
「あたしは手段を選んでいられないの。アイツを殺すためなら、どうでもいい奴を犠牲にしてもいいと思っているわ。軽蔑したかしら?」
「……分かりません。アリエットさんには恩もありますし、魔物と融合した元咎人の方たちもアリエットさんに感謝して復讐すら望んでいます。だから間違っているとは言い切れません。僕だって魔神教がある限りずっと追われる立場ですから。それに役には立ちたいと思います。それなのに踏み込めない僕自身が情けなくて」
「慰めになるか分からないけど、淘汰は自然の現象よ。魔神教って奴は魔物を悪にしているけど、それはあいつらの価値観よ。あたしにとっての悪はあたしが決める。あたしが作っている魔物との融合体だって、ある種の進化だもの」
「魔族、ですよね?」
「そうよ。魔物と動物の良いところを合わせた新しい種族。魔族よ。なんとなく、そんな名前がいいって思ったの。あたしだって無意識にタマハミ様と融合して魔族になってるみたいだし……だからあたしは魔族を名乗るわ」
アリエットは自分が人間であることに拘っていない。そうでなければこんなことしないし、冥王に師事することもない。彼女にとって重要なのはあくまで故郷を滅ぼし、家族や親友を殺したスレイ・マリアスに復讐することである。
自分が暴食タマハミと混じり、更には心当たりのない魔力と融合していることについても気にしていなかった。寧ろこれは生物としての進化であると考えていたほどだ。
何体も魔族を生み出す中で分かったことがある。
魔族はそう簡単に傷を負わず、その傷もすぐに再生してしまう。このあたりは肉体に縛られない魔物の特性だ。またそれは基本性能であり、それぞれに融合した魔物らしさも現れている。たとえば炎を操る魔物と融合すれば、その魔族は魔術を使わずとも炎を扱えるようになった。また魔力の喪失により自己崩壊してしまう魔物と異なり、実体のある魔族は魔力が尽きても生きていられる。そもそも魔物と融合した時点でかなりの魔力を保有することになり、滅多なことでは魔力切れもないだろうが。
「あたしたち魔族は時代に適合した新種族よ。人間に代わって地上を制圧し、あたしたちの国にする。地下王国もいいけど、ずっと狙われ続けると邪魔になるわ。それにフェイにとっても悪い話じゃないわよ。人と魔が共存する新しい世界になるんだから」
「そう、かもしれません。僕もルーと一緒にいられますし」
「キュ? キュキュ!」
「あんたのためにも西グリニアを吞み込んでしまう方がいいのよ」
魔族が着々と増えている今、樹海の摩天楼は一つの国になりつつある。魔族は魔物に近い種族であり、それでいて魔物よりも上位の存在だ。幾つかの魔族はアリエットの指示がなくとも勝手に魔物を従え、軍隊のようなものを形成していた。しかも魔族はアリエットに魂を縛られているので忠実である。どれだけ自己を高めても、結局はアリエットのために帰結する。
内側で食い合っている西グリニア……いやローウェル一族とは大違いである。
そもそも魂を縛る行為が健全とは言い難いが、それはそれだった。
「アバ・ローウェルだったかしら。まずはそこを奪う」
遂にアリエットは動きだす。
覚悟を決め、西グリニアという国を乗っ取るために魔族を連れて迷宮を移動し始めた。
◆◆◆
アリエットは魔族を引き連れ、迷宮を移動していた。どこへ向かうかは勘に任せている。しかしながら彼女は正しく意味のある道を進んでいた。
ただの勘というわけではない。
彼女は密かにダンジョンコアから影響を受けていた。元から迷宮魔力を宿していることもあるが、迷宮内であれば夢回廊によって如何様にも操ることができる。精神コントロールというほどではなく、あくまでも誘導の一種だ。
「見つけた」
偶然にも見える必然によってアリエットは探索者の集団を発見する。
彼らはアバ・ローウェルで最大にして唯一のギルド、戦士の塒に所属する探索者である。ここはアバ・ローウェルの地下迷宮出入口からすれば奥にあたるので、彼らも休憩していたのである。地下迷宮はその多くが洞窟型の通路だが、各所に広い空間が点在している。それらの空間は大小様々で、中には人間が棲むのに適した場所すらあるほどだ。例えばアリエットとフェイが逃げ込んでいた樹海の摩天楼も、整備すれば都市国家くらいにはなる。
ここもそうした広間の一つで、幾つか泉のある休憩に適した場所となっていた。
丁度良く油断もしている。
だからアリエットはそこに魔族を突撃させた。
「なっ! 何者だ!?」
休憩していた探索者は戸惑い、警告の意味も込めて武器に手をかける。しかし魔族たちは容赦なく攻撃を仕掛け、戦闘態勢にない探索者たちはあっという間に無力化された。
特に豚鬼に似た巨躯の魔族は単騎で突撃して探索者たちを蹴散らしている。
「ボオオオオオオオオオオッ!」
吼えたその魔族は近場に生えていた大樹を掴み、いとも簡単に引き抜く。またそれを勢いよく振り回すことで探索者たちを薙ぎ払った。
猪のように鋭い牙を持つ豚頭が唸り、探索者たちは恐れを抱く。アリエットからボアロと名付けられたこの魔族は、手駒の中で上位に位置する強さだ。多くの強者を抱える戦士の塒ですら、この魔族の前に数秒と立っていられない。地を踏みしめるたびに亀裂が走り、振り回される大木によって暴風が巻き起こされる。
勇敢な探索者がボアロに挑もうとしていたが、近づく前に吹き飛ばされて動かなくなってしまう。
「こいつら魔物か!?」
「何なんだ!? 喋っている奴までいるぞ!」
「はぁ!? 魔物が喋るわけないでしょ!」
全体的にレベルが下がった現代では、言葉を理解し、操る魔物の存在が知られていない。だから魔族が言葉を操って連携までするのを目の当たりにして驚愕していたのだ。
また意外なことに魔族に襲われて殺された者はほぼいない。
当たり所が悪くて死んでしまった者はいたが、意図的に殺された者はいない。また反撃した探索者も魔族の異常な防御力に阻まれて驚いている間に気絶させられた。
「うわああああああ! 逃げろ! 逃げろ!」
「くそ! 咎人を囮にしろ。俺たちは情報を持ち帰るんだ!」
聡い者は仲間にすら見切りをつけ、逃亡に使える協力者同士で固まって逃げようとしている。当然だが咎人は囮だ。
ただアリエットはそれに気付きながらも放置していた。
寧ろ側に控える炎を纏った青年、フェレクスに命じる。
「あいつらはわざと逃がすのよ」
「よろしいので?」
「咎人の確保を優先して。そっちの方が使えるわ。その理由はあなたなら分かるでしょ?」
「ええ、勿論ですよ」
フェレクスはかつて咎人として使い捨てにされ、死にかけていたところをアリエットに拾われた。そして炎を操る鳥の魔物と融合し、一命をとりとめたのである。魔物としての特性を得たことで魔力による自己回復が可能となり、彼は生き残った。
何より咎人の呪いたる罪印を消してくれた。
魂を縛られているということ以前に、彼はその恩によってアリエットに仕えている。かつての名を捨て、フェレクスという新しい自分を見出したのだ。忠実な魔族フェレクスとして彼はその力を振るう。
彼の両腕に炎が集まり、翼のようになった。そこから炎が溢れ出て逃げようとする探索者を追い立てる。探索者たちは咎人を盾にしていたが、フェレクスの巧みな操作によって咎人に炎が及ぶことはなく、動けないように炎の中へと閉じ込めた。
「アリエット様、確保しました」
「そろそろやってもいいわね」
契約の鎖を背中より射出し、右往左往している咎人を中心として捉える。そしてアリエットが保有する魔物の魂を送り込み、迷宮魔力と混ぜることで融合を開始した。
また同時に宵闇の魔剣を抜き、膨大な魔力に任せて《反転呪》を発動する。罪印が剥がされた咎人たちは契約の鎖を通して新しい主を得る。咎人たちが奥底に持つ恨みの心に作用し、復讐の力を得る代わりにアリエットの下僕となるのだ。
悍ましい色の魔力が彼らを包み込み、融合が進行する。それはまるで卵だ。数秒ほどで亀裂が走り、その内側から魔を受け入れた者たちが現れた。肌の色が青白かったり、体の一部が魔物の特徴を受け継いでいたり、元の人間の姿をベースとしながらも人外であることが一目で分かった。
「ここは私たちの勝ち。放置された物資を確保して。ここを拠点にして次を攻めるわよ」
着実に、確実に、魔族の軍団は地上へ迫っていた。
◆◆◆
アンジェリーナがトラヴァル家次期当主として内定したことがきっかけとなり、西グリニアの軍事に大改革が行われた。まずはトラヴァル家の保有する固有戦力が正式に国家所属の軍となり、それに伴って大砲を始めとした古代兵器を研究し、扱う専門機関も設立された。
古代兵器の有用性が証明されたからである。
しかしそれは隠れ蓑でしかない。
彼女の本当の狙いは、古代兵器を扱う部門を隠れ蓑とすることである。
「やっぱり。餓楼がこの程度じゃないと思っていましたのよ」
「流石はアンジェリーナ様です。まさかこのようなことを予想されていたとは」
「使えるものは使う主義なの」
彼女は継承した魔装、餓楼を研究させていた。当主だけが閲覧できる餓楼についての資料を調べるのは勿論だが、魔装の専門家に協力を仰いで独自の分析も進めていたのだ。
餓楼は普段は影に潜み、まるで意思を持つかのように所有者を守る魔装だ。勿論、操り切れないわけではない。望めば好きなように動かせる。この飢えた獣はトラヴァルの正当な血筋にのみ従い、敵の前にそびえ立つことだろう。
だがアンジェリーナは餓楼を当主の護衛ではなく、もっと積極的に利用することを思いついた。このような強力な魔装を余らせておくなど勿体ないと思ったのである。
その結果はこの通りであった。
「餓楼は所有者だけでなく、他者にも寄生させることができます。分霊とでもいうべきでしょうか。そして餓楼が寄生された場合、オリジナルには劣りますが餓楼を扱えるようです。いわば外付けの魔装とでも言いましょうか。アンジェリーナ様を危険な戦場に立たせることなく、餓楼の力を実戦投入できる。これほどの革命はありません!」
「それに餓楼が寄生した者の情報は私も分かりますもの。裏切りはすぐ処断できるわ」
「ではアンジェリーナ様の私兵に?」
「いいえ。これは戦士の塒に使うわ。正確には売るのよ。外付け魔装を手に入れる権利をね」
「……そういうことですか」
強力な魔装は滅多にない。
現代ではその多くが廃れ、魔石に変える者も多い。また有力家系であれば先祖が使っていた魔石を継承して使っている場合もある。だから魔石は金さえあれば手に入れられるというものでもなく、運も必要となるのだ。魔装ともなれば完全に運頼みである。
戦闘に使える魔装を金だけで手にいられるとなれば、その需要は計り知れないだろう。
戦士の塒はますますアンジェリーナに依存するはずだ。
「魔装が金で買える時代ですか……」
「私たちであれば魔石も揃えられますわ。これからの時代は力すらも資本。魔装や魔術を得る手段も私たちが集約し、コントロールしますのよ」
「……あなたは恐ろしい人です。我ら聖堂神秘部はあなた様を支持しましょう」
男は大げさに跪く。
聖堂神秘部とは魔術や魔装といった魔力技術について研究し、その技術を管理する部門だ。そこがアンジェリーナの下についたということは、アンジェリーナの目論見が邪魔されることもなくなったということである。
いよいよ彼女は西グリニアでの影響力を完全なモノにしつつあった。
◆◆◆
戦士の塒ではここ十日ほどで探索失敗を連続してしまっていた。逃走した子供の咎人とそれを逃がした人物を捕獲するための探索であると同時に、古代遺物をより多く探し出すためである。特に古代技術に類する発掘はこれまでより深い場所での作業を求められた。
だから咎人すら利用して急速に奥深くへと潜らせたのである。
しかしその結果がこれだ。
行方不明者が三十名という報告書を目の当たりにしてザスマンは唸った。彼は戦士の塒ギルド長として探索者たちに対する責任がある。元より探索者とは危険を覚悟で迷宮に挑む職業であり、怪我も死も自己責任といえばそれまで。しかしだからといって犠牲を少なくする努力を減らすわけにはいかない。
「どうなってやがる。新種の魔物……やはり深層は早かったというのか?」
迷宮は未踏破領域が多く残っており、魔物についても知られていないことの方が多い。そして迷宮の奥に行けば危険な魔物が棲息していると予測はされていた。同時に、古代遺物というリターンも大きくなるだろうと言われていた。
そうして送り込まれた探索者は皆、口を揃えてこう言う。
化け物が出た、と。
「ザスマン様、目撃情報から分析しました。また聖堂から知識を借りたところ、彼らが出くわした敵というのは厄災クラスの魔物であるとほぼ断定されています」
「単騎にて国をも滅ぼしかねないとかいう奴か」
「ええ。未確認ですが。ただの予測ですが」
「こちらの想像を遥かに超える……アンジェリーナお嬢様からも遺物の発掘を要請されているというのに。こいつは厄介なことになりそうだ」
「しかしできないとは言えません」
「ああ。幸い、この程度の些事はローウェル一族の目にも止まらない。今の内に戦力を集め、攻略の糸口を探し出す。切り捨てられるわけにはいかんからな」
最高峰のギルドといえど、ローウェル一族からすれば吹けば飛ぶ程度の権力でしかない。アンジェリーナに役立たずの認定を受けたその瞬間、ザスマンはギルド長から追われることになるだろう。
今、西グリニアは転機を迎えようとしている。
ザスマンは自分の身に降りかかるであろう未来を視るばかりで、地下より迫る本当の脅威への警戒を怠っていた。彼は忘れていたのだ。どんな権力も、どんな大金も、絶対的な暴力の前には無力ということを。




