399話 聖守スレイ③
いつも誤字報告ありがとうございます。
結構見直してるつもりなんですが、意外と多いですね…
気付けば武装した集団に囲まれていた。
逃げ場所もなく、隠れる隙間もないだだっ広いだけの所でだ。だから戦おうとした。迫る武装集団を切り刻み、圧し潰し、破壊し尽くそうとした。
急に景色が変わる。
目に映るのは自身の足。
水溜まりに両足を突っ込んでおり、波紋が広がっている。
不意に目を上げた。
そこには全身を切り刻まれ、宙吊りとなって、流血し続ける■■■がいた。
足元にあるのは血だまりだった。
◆◆◆
アリエットは目を見開き、勢いよく体を起こす。
全身にびっしりと汗をかいていたのが分かった。張り付く衣服は気持ち悪く、すぐに水浴びしようとして立ち上がる。古代遺跡の摩天楼は頑丈で、野宿と比べれば泊まるのに不便はない。古代遺跡の摩天楼から出てすぐそこにある泉へと向かい、服を脱いだ。
当然だが魔力感知をしているので油断はない。
脱いだ服は岩場へと置いて泉の中へと入る。程よい冷たさが肌に染み込み、嫌な汗ごと洗い流した。
(夢、だったのよね)
珍しくはっきり覚えている夢だった。
夢を認識した始めは洞窟のような通路を歩いていた。自分の意思に反して進み続け、その先で嫌な景色を見せられた。
どっと汗が噴き出る。
折角流したのにもかかわらずだ。アリエットは体を沈め、泉の中へと潜り込んだ。それから数十秒後、飛沫と共に顔を出す。
「ふぅ」
大きく呼吸して新しい空気を肺に送り込んだ。
嫌な考えは吹き飛ばし、体もさっぱりとさせる。
だが夢の内容は徐々に這い上がり、再びアリエットの思考へと纏わりつく。
「大丈夫よ。敵対するなら、容赦しないわ」
所詮は夢でしかない。
そのはずだが、アリエットは何か大きな戦いが起こる気がしてならなかった。
◆◆◆
スレイ・マリアス率いる聖石寮の術師たちは、遂に魔物たちの主と見えていた。無数の赤鱗蛾が舞っていた空は随分と開放的になり、その代わりとして太陽のように暗い空を照らす一匹の蟲系魔物がいた。
その名は朱閻炮蛾。
災禍級に属する赤鱗蛾系統の進化種だ。その周囲には三匹の紅炎鱗蛾が舞っており、まるで王を守る衛兵のようだ。この紅炎鱗蛾は高位級に属するので、現代の基準と照らし合わせれば充分に脅威となる。
「聖守、様……」
「よく戦った。ここからは私が全て請け負う。もう休め」
「は、い――」
もう術師たちの体力と魔力は尽きている。
ほとんどが気を失っており、どうにか保っている者たちも戦えるほどの力は残っていない。スレイが張った聖なる光の結界に入り、そこで休む。
聖なる光は反魔力という通常の魔力の反物質に相当するものだ。だから魔力で構築されている魔物は侵入しただけで身体を分解され、魔導を発動することすら叶わない。後にも先にも聖なる光ほど対魔物に優れた力は存在しないだろう。
「終わらせる」
スレイは念動力の魔装を発動した。それによって朱閻炮蛾を中心に紅炎鱗蛾たちを寄せ集める。続けて樹海の魔装を発動することで木々の内側へとそれらを閉じ込め、放出される魔力を喰らい始めた。
樹海の魔装はただ木々を操るものではない。
魔力を養分として成長する封印性能の高い、退魔に特化した魔装なのだ。また生木というのは意外と水分を含んでおり、相当な熱量を以てしても燃えにくい。災禍級の朱閻炮蛾ですら逆に魔力を吸われて火力を低下させる有様である。
そうして大人しくすることさえできれば、もう終わりだ。
「消え去れ」
ぐっと拳を握ると、樹木は一気に締め付け内部の魔物を粉砕してしまう。僅かに火の粉が散り、それが魔物の滅びを知らしめた。
スレイにとって厄介だったのは数だ。
それさえ解決すれば、強いだけの魔物など簡単に処理できる。仮にも彼は古代において最強クラスに位置付けられた男だったのだ。それこそ『王』でもない限り、スレイに勝てる魔物は稀だ。
これにより蟲系魔物の暴走は阻止された。
シュリット神聖王国に迫る危機は取り払われた……と、ここにいる誰もが思った。
◆◆◆
翌日、スレイは茫然とした表情で眼前の景色を眺めていた。
そこは聖都シュリッタットから北にある開拓都市フラエッテという場所である。魔物からの襲撃に備えて柵が張り巡らされているのだが、それらはすっかり破壊されていた。保温を意識したレンガ造りの建物はすっかり崩れ去り、独特の匂いと焼け焦げた匂いが残っている。
そして周囲には泣き崩れた人々が死体を片付けていた。
「これは……まさかそんな」
「申し訳ございません聖守様。奴らです。西グリニアの奴らが私たちを嗅ぎつけたのです」
蟲魔域からやってきた魔物と戦っている間、フラエッテとその近郊の開拓地は滅ぼし尽くされていた。開拓地から避難した者たちはフラエッテまで逃げるも、追撃してきた西グリニア軍がフラエッテまでも攻撃したのである。
その結果がこれだ。
聖教会の老神官は悲痛な声で報告を続けた。
「奴らは見たこともない金色の兵器を持っておりました。轟く音が聞こえると兵器が火を噴き、私たちの街を破壊したのです。爆発を利用して金属塊を飛ばすものだと分かったのですが、対処する術はなく、術師の方々がどうにか応戦し……」
倒壊した建物は百を超え、死傷者は千人を超える。その多くは家族を守るべく戦った若い働き手であり、人数以上の損害がある。
聞けば聞くほどスレイは顔が青くなった。
聖石寮はフラエッテにもある。聖石を操る術師はそれなりに所属しており、本来ならば魔術により抵抗できるはずだった。しかしスレイが魔物討伐のため術師を集めた結果、フラエッテを守る術師が不足していたのである。
たったの三名。
普段の三分の一未満の人数で守護することになった。その三人は聖石寮の術師としてフラエッテを守るために戦い、大砲により粉砕されてしまう。幾らかの被害は与えたのだが、結果として彼らは犠牲となった。
「遺体は?」
「あまりにも損傷が酷く、すぐに燃やしました」
「そう、か」
スレイの脳裏に浮かんだのは蘇生魔術である。
たとえば光の第七階梯《蘇生》は綺麗な遺体さえ残っていれば魂を再構築し、蘇生させることができる。ただそれは生前の記憶と人格を再現した別の魂であるため、生き返ったというよりは作り直すという方が正確だ。
しかしそれは古代において、冥界という仕組みが実装されていなかった時代の話。
現代では魂が煉獄に留まっている間だけ有効となる。一時的に煉獄を漂う魂を捕らえ、再び肉体へと戻す魔術に変化しているのだ。そして魂が既に冥府へと送り込まれている場合は対象となる魂をサーチすることができず、失敗する。これは禁呪クラスの蘇生魔術も同じである。
終焉戦争当時では冥王シュウ・アークライトが冥界の仕組みを実装したことで一時的に蘇生系魔術が機能しなくなり、後に馴染むことで今の形へと変化した。
ただ、どちらにせよスレイは蘇生の禁呪を扱うことができない。そもそも《蘇生》すら使い方を知らない。魔術の知識は知っているが、かつては扱うのにソーサラーリングを介するだけでよかったので自力習得していなかったのである。
(どうしていつも……いつも奴らは奪っていく。何も悪いことをしていないというのに。なぜ考え方の違う者たちを認められない。なぜ躊躇いなく命を奪い、住む場所も奪うのか)
グリニアという国の本質は変わっていなかった。
憎悪という暗い感情がとめどなく溢れる。すぐにでも単騎突撃して西グリニアとやらをこの世から消し去ってやりたいと思ってしまう。だが聖守としての立場が彼を圧し留めた。
シュリット神聖王国はスレイという柱を求めている。
聖守はこの国の人にとって拠り所だ。聖教会はその名前に教会とあるが、宗教というよりも軍隊の側面が強い。魔装の力を持つ者に洗礼という名の魔石生成儀式を行い、聖石と称してその使い手を育てている。そうして魔術により人々を守り、開拓して住みやすい国を作っているのだ。
だからこそその長としてスレイは復讐に走ってはならない。西グリニアを潰すことを優先すれば、この国の人は聖守から心を離してしまうだろう。彼らにとって必要なのは仕返しではなく、目の前の生活なのだ。
「すぐに建て直そう。西グリニアを警戒し、私が直接指揮する」
悼む姿は見せても、悲しんだり怒ったりする暇はない。
魔装を発動し、大地より樹木を生み出して編み込み、簡易的な屋内を作り出す。寒さを凌ぐには足りないが、それでも屋根のある場所が早急に必要だ。かなり大きめに空間を作ったので、一時的な仮住居としては充分な広さとなっているだろう。
「彼らが残した聖石は?」
「回収しております。ですので」
「ああ、継承者を選び、術師を選定しよう。きっと彼らの遺志は継がれる」
「はっ」
魔装と違い、聖石は誰にでも使える魔術道具だ。
だから一人の絶対的な力に頼ることなく、力を受け継がせることもできる。魔神教が支配していた時代は禁制品だった魔石も、現代においてなくてはならないものになっていた。
時代は変遷する。
同じように、魔神教に支配される世界も変えてみせる。それがきっと復讐になるのだと考え、スレイは復興に尽力した。
◆◆◆
シュリット神聖王国が大きな被害を受けていた一方、西グリニアでは一つの盛り上がりを見せていた。その理由がアンジェリーナ・トラヴァルによる追放者たちの発見である。
かつて罪人や疫病保有者を隔離していた追放者の街が独自に迷宮へと潜り、戦力を蓄えていたことは周知の事実。察知した聖堂が戦力を送り込み、殲滅し損ねた。本来ならばその情報は握り潰され、追放者は殲滅したことになるはずだったが、生憎と西グリニア内部の勢力によって阻止された。勢力争いの結果、追放者たちは追われる立場となったのである。
追放者たちは地上ではなく、地下迷宮を利用して逃亡した。
故にその後を追い切ることはできず、それからおよそ五十年。夢回廊により大まかな方角しか分かっていなかった追放者たちの国がついに発見されたのである。これが功績と言わず、何というのか。
「存外、上手くいくものだな」
「久しぶりの暗躍でしたねー」
追放者断罪すべしという世論が轟くアバ・ローウェルでは、一種の特需が巻き起こっていた。仮にも追放者は国家を形成しており、その規模はちょっとした集落のレベルを超えている。だからこそ、戦争を起こすつもりでなければならない。
戦争を起こすとなれば兵站の確保だけでも需要が大きく高まる。その結果、アバ・ローウェルだけでなく周辺の街にまで好景気が広がっていた。
この状況を意図的に作り出したシュウとアイリスからすれば笑いすら込み上げてくる。
「ここからがダンジョンコアとの勝負になる。西グリニアの脅威を知ったシュリット神聖王国、そして内側にはアリエットという爆弾、あとは暗躍する俺たちのことも分かっているはずだ」
「こんな分かりやすい挑発に乗ってくるとは思いませんけどね」
「やらないよりはマシだ」
これだけ国を掻きまわしているシュウだが、そこに大きな意味はない。より正確にはダンジョンコアをおちょくり、怒らせるという以外に意味はない。この作業によってダンジョンコアが何かしら直接的動きを見せてくれるなら良しというだけの話だ。
西グリニアやシュリット神聖王国の人々からすれば迷惑極まりないのかもしれないが、それ以上のことを千三百五十年前に行っているので今更だ。
またシュウのやっていることは他にもある。
「俺がこの国……山水域に留まっているだけでダンジョンコアからすれば最悪だろうからな」
「今も煉獄を広げているんですよね?」
「まぁな。ちょっとずつ押し返してはいるぞ。気を抜いたらまた取られるけどな」
こうしている間にも死魔法を駆使して煉獄を広げ、ダンジョンコアの迷宮魔法を押しのけていた。空間を切り取るという性質上、迷宮魔法の性能には劣ってしまう。しかし力をこの辺りに集中させることで出力により押し切り、少しずつ取り返しているのだ。
それだけでダンジョンコアからすれば焦る理由になる。
「ダンジョンコアは支配領域で死んだ奴らの魂を利用して復活を図っている。魂の大部分を切り離した状態からの復活だし、俺に領域を奪われるのは嫌がるだろ」
「まぁ本来はシュウさんの領分ですから、何もおかしくはないんですけどね」
「ああ。勝手に魂の養殖場を作られるのは困る」
軽く目を閉じ、死魔法へと意識を集中させる。
今も迷宮魔法を侵食し、殺し、煉獄を広げている最中だ。そしてダンジョンコアは逆探知されないよう、低出力かつ大量の迂回路を使って迎撃するしかない。有利なのは明らかにシュウだ。
「このまま嫌がらせは継続する。そしてダンジョンコアが選んだ迷宮魔力の担い手にして使徒、アリエット・ロカとスレイ・マリアスもこっちが奪い取る」
ただの欠片すらダンジョンコアには残さない。
そんな意図を言外に語っていた。




