398話 聖守スレイ②
西グリニアで活動を広げるシュウは、主に裏社会に食い込む形を取っていた。昔から使っていた手段でもあるのでノウハウがあり、また暗殺や破壊工作などシュウの得意分野で戦えるというのも利点だ。既にフリーの暗殺者を八人始末して乗っ取り、邪魔になる勢力の拠点や財源を潰すことによってシュウが望む勢力図になるようコントロールしていた。
あれだけ複雑怪奇だった勢力関係もシュウの尽力によりかなり整理されている。
霊系魔物としての透過特性を活かして侵入し、秘密の契約書類を持ち出して開示したり、ワンマン経営者の商人を殺害することで経済コントロールしたり、違法の証拠を捏造して失脚させたり、割とやりたい放題である。
(まぁ、やり過ぎたからこうなるよな)
そして当の本人は魔術で透明化し、アバ・ローウェル大聖堂へと潜入していた。
色々と裏で暴れまわった結果は当然ながら表にも伝わる。結果として法王を始めとした聖堂の権力者から目を付けられることになったのだ。ローウェル一族は魔神教の支配者として様々な勢力を監視し、場合によってはコントロールしている。そんな彼らの意思に反して勢力図が大きく塗り替わり、何かに導かれたかのように整い始めたのだ。
混沌としていた勢力図だったからこそ拮抗していた。
それが崩れた今、突出する者が現れ始めている。
「色々と問題があります。例の咎人騒動とは別に、有力者が次々と失脚する事態です。しかも失脚した者を埋めるように、ある者が手を伸ばしています。その名はアンジェリーナ・トラヴァル。トラヴァル家の次期当主に最も近いと言われる人物です」
カストール法王は皺を寄せつつそう告げる。
元よりアンジェリーナは才能を見せつけており、ローウェル一族の中でも有名であった。女性当主になるかもしれないという噂も拍車をかけていたのだろう。しかしここまで突出した力を持っているわけではなかった。
彼女が明らかに頭角を現し始めたのは最近である。同時に最大ギルド、戦士の塒の内部にあった抗争も落ち着きを見せ、アンジェリーナへと偏り始めた。どうにか挽回しようと他のローウェル一族も地下迷宮へ逃れた咎人を追いかけ、処刑しようとしている。
ただ、この流れすらアンジェリーナにより演出されたものに見えて仕方ない。
「法王聖下、ここ最近の変死事件は暗殺によるものでしょう。しかしそれがアンジェリーナ嬢の仕業であると決定づける証拠はなく、ただ運良くアンジェリーナ嬢の利となっているという風にしか言えません」
「まるで神に愛されているかのようですね」
「巷ではそのような噂もあります」
ここでは言わないが、犯罪の証拠を捏造してアンジェリーナを追い落とそうとする者もいた。しかしそれを試みた者は全員が不審死を遂げ、捏造した証拠もどこかへ消えてしまった。
言わずもがな、シュウの仕業である。
彼らの議論を張本人が聞いているとも知らず、彼らは白熱していく。
「今となっては安易に潰すこともできませんな。アンジェリーナ嬢を潰せば、彼女の下に就いていた者たちが宙ぶらりんになる。大混乱が起こります」
「何より彼女がトラヴァル家というのも痛いな。おそらく現当主……ジルバーン様は餓楼の魔装をアンジェリーナ嬢に渡すと決めているでしょう。そんな話を伺いました」
「その話は私も聞きました。これは牽制でしょうね」
「ええ、彼女を潰す気なら、トラヴァル家そのものが相手になるということでしょう」
トラヴァル家はローウェル一族の中でも武力に傾倒した分家だ。当主が代々継承する魔装、餓楼は決して失われるべきではない。そしてトラヴァル家が管理する独自武力は西グリニアにおいて大きなものとなっている。そう簡単に潰すとか、解体するとか、そんな真似はできない。
(やはりアンジェリーナとやらを選んで正解だったな)
シュウはそう確信した。
武力という分かりやすい力の在り方、手回しを怠らない用意周到さ、決め手を常に用意する慎重さ、そして野心。時代の覇者となるに相応しい才能の持ち主である。
(だからこそ、操り甲斐がある)
西グリニアは夢回廊という方法によってダンジョンコアに操られているとみていい。
制御され、複雑化して拮抗した勢力図の中でも少しずつ成長を見せていた。だからシュウが不確定要素として参入し、崩してやったのだ。夢回廊によって操られているといっても、そのままの意味ではない。欲望を刺激し、利益という餌を目の前に吊るすことによって操っているのだ。
だからこそ、シュウはそのバランスを崩せる。
より大きな利益をたった一人に示し、邪魔者を排除することで強大な一人を生み出せる。ダンジョンコアが理想とする形からかけ離れた勢力図は簡単に作れる。
(あと少しで一強時代になる。その一つ頭を潰せばこの国は終わりだよ)
面倒ではあったが、ようやく未来が見えてきた。
先にダンジョンコアが侵食していたので遅れもあったが、やはり表立って――といって良いかは定かではないが――動けるシュウの方が強い。
そして西グリニアを崩壊させ、新たな秩序となる者は力を付けているところだ。
(あとはアイリスの方か)
そしてもう一人の覇者となり得る存在にも手を出していた。
◆◆◆
蟲魔域と呼ばれる迷宮区域は蟲系魔物が無数に増殖し、常に共食いし、次々と覇権が入れ替わる無法地帯である。アイリスはここで闇魔術を使い、精神に指向性を与えることで凶暴な魔物たちをある程度コントロールできていた。
そもそも魔物などコントロールする必要性がない。特に蟲系のように刺激に対して反射するだけの生命体は容易い。攻撃性の増加、食欲の増加など、とにかく暴れるよう精神コントロールを仕掛ければ良い。
「んー……七色大蛹に進化条件を与えて目的の進化をさせる術式。成功率は九割三分ってところですか。環境ノイズがどうしても介入しますし、精度が高い方かもしれないですね。赤への進化はほぼ確立と言っていいと思いますが……」
元から蟲系魔物は蛹の状態からランダム進化によって七種に分かれる。周囲に同じ系統の進化種が多ければ同じ系統に進化することだけは分かっていた。例えば炎を操る赤鱗蛾の系統が多くいる場所では七色大蛹から進化して赤鱗蛾になりやすくなる。
このことから妖精郷の研究者は蟲系魔物に隠された進化条件があると考え、それを術式化した。その実験成果をアイリスが試しているのである。
大量の七色大蛹へ術式を当てはめ、進化傾向を強制的に操った実験例はなかったので、これも映像記録として保存されている。
「赤系に進化しなかった個体は即座に捕食されてなかったことにされますね。群れの数と純度が高まるに従って加速度的に進化も進む。そして数が増えすぎたら共食いでまた数を減らし、増える。この仕組みを関数化したら蟲系魔物の進化速度を算出できるかもしれないですね。だとすると手遅れにならない程度の規模で蟲系魔物を増殖させ、暴走させる方法も確立できるかもしれないのですよ」
魔物を自然環境で増殖させ、暴走させる新しい魔術の足掛かりだ。
蟲系は比較的単純なので関数化もしやすく、実験から定数さえ導き出せば微分方程式を組み立てて時間依存の増殖関数と進化関数を算出できる。
「っと、本来の目的は違いましたね」
蟲魔域の一画を苗床にしたアイリスは、そこで蟲系魔物の赤系統を増産し続ける。
シュリット神聖王国の英雄を生み出すために。
復讐者アリエットとの分かりやすい戦いを演じさせるために。
◆◆◆
「いったいどれだけ数がいるんだ! ふざけるな!」
そんな声が戦場で響く。
シュリット神聖王国の東開拓地で聖石寮の術師たちが休むことなく戦っていた。彼らは開拓村や街を目指す赤鱗蛾の群れを相手に善戦していた。術師が五十人程度であるのに対して、赤鱗蛾の群れは常に百以上もいる。後続が途絶えず、戦いは一向に好転しないのだ。
スレイが大部分を受け持ち、殲滅していなければ今頃は瓦解していた。
「喋っている暇があれば魔力を捻りだせ! 聖石を信じろ!」
「ああ! ああ! 分かっているさ!」
赤鱗蛾は火の粉を振りまきながら飛び回っている。空を居場所としているので思ったほど密集してはいないが、油断すれば簡単に包囲されてしまうリスクもある。弱点となる水属性魔術を駆使して撃ち落とし、優位性を保つ戦い方を心掛けていた。
しかし終わりの見えない戦いはモチベーションの低下を招く。
一方でスレイは手元から光を放ち、それを赤鱗蛾に当てて消滅させていた。今は失われた聖なる光である。元はロカ族の選ばれた継承者だけに与えられた力で、終焉戦争以前はその力で魔物を次々と消滅させることから神聖なものとして扱われていた。
かつてですらその扱いだったのだから、今となってはまさに神の如き威光となる。
「聖守様に続け! 俺たちは討ち漏らしを潰していく。一匹も通すな!」
「私たちで国を守るのよ!」
「奴らは許しちゃいけない敵だ! 怯むな! 殺せ!」
術師たちの多くは喋る元気もなく、魔力を絞り出して機械的に魔術を撃っている。聖石のお蔭で術式を構築する必要はないが、魔力は自力で捻出している。元から聖石に蓄えられた余剰魔力などもう使い切った。苦痛の声や気合の叫びが各所から聞こえてくる。
集中力が途切れ、犠牲者も現れ始めていた。
「くそ! もうこいつは駄目だ! 下げろ!」
「そんな暇あるかよ!」
「治療する魔力だって足りないのよ!」
「すまねぇ。俺も余裕がないんだ」
誰かの命は諦めざるを得ない。
倒れたらそれまでだ。
スレイは闇の孔や聖なる光をメインで行使して赤鱗蛾を塵も残さず消滅させる。樹海や溶岩などの物質を生み出す大規模魔装は味方への被害が大きいので全く使わなかった。
(数が多すぎる。いったい何が起こっている……?)
数や魔物の質は全く問題にならない。
スレイの実力なら容易く生き残ることができる。しかしそれはあくまでもスレイがただ一人生き残ることを考えるならばの話だ。
あまりにも魔物の数が多く、どうしても見逃しがある。かつてであれば遠距離から銃撃により撃滅することもできたが、今はそんな技術などない。またスレイは銃という兵器を知っていても作り方までは分からないので用意できない。そもそも剣や鎧を準備するのも困難な文明レベルでは望むべくもない。
だからこそ、聖石というものに頼っているのだから。
魔装という一点特化型の優秀な能力を捨て、魔術による万能を求めたのには理由がある。
「もう少し! もう少し耐えてくれ! おそらく統率する個体がいる。それさえ倒せば勝てるはずだ!」
スレイも無暗に戦い続けているわけではない。
蟲系魔物とはいえ、これだけの数が群れを成している時点で統率個体がいると考えられた。こうして魔物を討伐し続け、統率個体が出現するのを待っていたのだ。本来なら別動隊を動かして統率個体の捜索と討伐を任せたいところだが、そこまで戦力的余裕がない。
だから防衛力を一点に集めて地道に撃破しているのだ。
長く苦しい戦いはまだ続く。
◆◆◆
アンジェリーナ・トラヴァルにとってここ最近は良いこと尽くめだった。裏から手を回すこともあれど、彼女の仕事で最も大きい部分は交渉事である。ただ最近は多くのライバルが次々と失脚し、邪魔者は排除され、宙に浮く者たちが増えてきた。アンジェリーナはそれを上手く掬い取るだけで簡単に勢力を拡大することができたのだ。
また支援している工房が夢回廊に入れたのも僥倖だった。
お蔭でオリハルコンの加工技術に革新が起こり、大砲を現代に蘇らせることができたのである。そして今は聖堂に喧嘩を売った咎人のことで騒ぎになっているが、アンジェリーナは興味を持たない。咎人を逃してしまったことで発生した責任の所在は既にはっきりしている。そんな咎人の一人や二人を捕らえた程度で出世に影響することなどない。
彼女の本命は魔神教に反発した追放者たちである。
追放者が逃亡した先で興したらしい国を滅ぼし、魔神教の正当性を明確なものにすることこそがアンジェリーナの目標だった。
例外などあってはならない。
その点では咎人も逃してはならない存在だが、国としてすでに確立している追放者だけは放置しておけない。
「まさか本当にあったなんて。追放者の国」
「ああ。なら滅ぼさなければな」
トラヴァル家が保有する軍団は山水域から南東に進んで極寒の地へと赴き、シュリット神聖王国を探していた。実を言えば西グリニアは追放者たちが国を作っていることは知っていても、それがどこにあるかは大まかな位置しか知らなかった。なぜなら、追放者たちの現状を知った理由が夢回廊だからである。
ある日、聖堂の神官が夢回廊に入ってそれを聞いてしまった。
かつて叛逆を企てた追放者を軍によって攻撃した際、彼らは地下迷宮を利用してどこかへ逃れたとされている。ただその後のことは分かっていなかった。追跡のやりようがなかったからだ。そこで唐突に知らされた追放者たちの行方とその後には聖堂も騒然となった。
何の情報もなかったことでシュリット神聖王国の正確な位置を割り出すこともできず、何十年と経過した。しかし断片的な夢回廊の情報を集め、アンジェリーナの勢力はシュリット神聖王国の場所をほぼ正確に特定するに至っていた。
「街としては小さめですね。どうしますか?」
「決まっている」
勢力を率いる人物は後ろに配置したソレに目を向けつつ、続きを語る。
「大砲を使い、灰燼に帰すのだ」
古代兵器は罪なき民へと向けられようとしていた。
他ならぬ、彼らを罪人と定めた西グリニアによって。




