答えは1.2.3
選ばれた主よ
あまりにも、長い空白を埋めんとする主よ
欲したものは何か、答えは出たか
そのために力が必要ならば――――――
謎の聲が脳に響いたと同時に、俺は叫んでいた。
「いっっってええええええええええ!!!」
「圭吾っちぃぃぃ!」
「な、中代くんんんん!?」
「「な、中代ぃぃぃ!!」」
めっちゃ手のひら痛ええええ!!! 血が出たんじゃねえのかってくれえ痛えええ!!
なんか聴こえたけどそんなんどうでもいいくれえ痛ええええ!!!!
「中代くん大丈夫!?」
「な、なんとか平気っす……」
真っ先に駆けつけて心配してくれる平山さんは優しさの化身やでぇ。
っていうか何? 岩が爆発したんですけど? どういうこと? 何が起きたの?
「びっくりしたわー。圭吾っちが触った途端、でかい音たてて岩が崩れたもんなー」
「本当に呪われていたんじゃ……」
「たんに老朽化していたんだろう……でもそれにしては崩れ方がおかしすぎるか」
お前らはもうちょい俺の心配してくれや。
とはいえ、ウッチーの言う通りかもしれん。
まるで俺に吹き飛ばされたかのように崩れたのだ。ウッチーですら怪しむこの現象、昨日今日と現実的じゃない事続きの俺には嫌な予感しかしない。
仕組まれている。
昨日風呂場で考えていたことが頭をよぎった。
「圭吾っちー、手に汚れついてるぜー」
水野の指摘通り、あれに触れた右手のひらには、岩についていた模様のような汚れが写っていた。
……擦っても落ちねえ。どういうことや。
「呪い……」
「う、うっせえぞ竹下ァ!」
こいつ調子に乗りやがってからに! お、俺は信じねえからな! きっと石鹸で洗えば落ちる! そういうタイプの汚れ!
「しーっかしとんでもない事になっちゃったなー」
「これ僕ら怒られないよね?」
「ウチら以外は見てないし大丈夫だろ……多分」
学生特有の先生達からの呼び出し説教を恐れている間にも、立ち込めていた土煙が少しずつ晴れてくる。
散らばった岩屑の中、横たわる少女がそこにはいた。
「!? あれって……」
「え、だ、誰?」
「人……?」
水野達が謎の少女に困惑する中、俺と平山さんは別の意味で驚きを隠せない。
「な、なんで―――私が、いるの?」
隣にいる幽霊と同じ顔、同じ制服の少女が倒れていた。たった今眠りについたような少女には、あの爆発で舞い上がった土煙や岩の破片が全くついていない。
まるで彼女を避けたように……
ふらふらと自らの体へ近寄っていく平山さん。呆気にとられていた俺は、しばらく水野達と同じくただ彼女の脱け殻を眺めていたものの、我に返る。
――――――明らかにおかしい。
なぜここにあったんだ?
冴沢さんはこれを知っていて俺達を案内したのか?
そもそも誰がこんな手の込んだ仕掛けを?
嫌な汗が頬を伝う。焦り、とっさに平山さんを呼び戻そうとした。
「ひ、平山さ――――――」
その声が届く前に。
「――――――えっ?」
思わず目を閉じてしまうほどの、急な突風が吹き荒れる。轟音が鳴り響く風に皆が腕で顔を隠す中、俺の目に映る。
漆黒の影、赤黒い鎌が嵐を纏い現れた。
それは見覚えのある姿で。
心の芯まで悪寒がするほどのプレッシャーで。
一瞬風の音が止むと聴こえた声。
「これでゲームは第二ラウンドだ」
死神が放った鎌の一閃は、容易く幽霊の体を切り裂いた。
か弱い少女はその衝撃に耐えられるわけもなく。
「平山さん!!」
再び突風が他の音をかき消してくる。この声が届いていたかはわからない。
しかし、倒れる間際、平山さんはこちらへ目を向けていた。
何も理解できていない表情だった彼女は、最後の最後に――――――申し訳なさそうに涙を流した。
ごめんなさい
その唇はそう呟いていて――――――。
俺は膝をついた。あまりにも無力だった。
なにも、できなかった。
「用事で近くを通りかかったら、あんな爆発が起きるとはね。おかげでこうしてボクがここにいるわけだけど」
周りで風が吹き荒れる中、わざわざこちらへ来てまで話しかけてくる死神。
「あの子はボクから見ても異質だったんでね。できればさっさと終わらせておきたかったんだ」
顔を上げるが、話を遮られたくないのか死神は待てと手を向け「それよりも」と続ける。
「君、おかしいと感じていなかった?誰か協力者がいるんだよね?」
頭によぎった白髪の死神。怪しさとしては目の前の死神と同じくらいある。
「よく考えてみなよ。その協力者がなんであんな子を救おうとするのか、それに何のメリットがあるのか――――――分からないよね?」
それは……考えていた。あのじいさんが何を企んでいるのか、結局俺には分からない。
「もしかしたらあの子にはとんでもないモノが秘められていて、それを狙っている――――――とかね。実は凄い力が~なんて」
理由としてはあり得ないわけではない。
そうでもなければ、他人に暴力どころか暴言すら振るえない少女の手助けをするメリットなど、ないはずだから。
「君も手を引いた方がいいんじゃない? ボクも若干引いちゃったくらいにはヤバそうだし。そうだ、後味が悪いってんなら記憶を消してあげようか?」
そういうこと出来るんだよねと死神は笑う。
……奴の言う通りかもしれない。
そもそも俺は平山さんのことを知らなすぎる。
彼女は過去にとんでもない事件を起こしていたかもしれない。
優しい顔は見せ掛けで、本性は悪女なのかもしれない。
実はじいさんと結託していて、甦ったら大変なことをする可能性もある。
「決断は早い方がいい。わざわざ苦労する必要なんてないんだよ。忘れよう、ね?」
下手な真実なら、知らないくらいがいいのに。
見ず知らずの他人を、わざわざ己の命を燃やしてまで助ける必要はあるのか?
失敗に終わればただただ悲しみにくれるだけ、誰も慰めてはくれないだろう。
そう。今見捨ててしまえば、無かったことにできる。
俺が忘れれば、平山さんという存在はなにもかも消える。
彼女が存在した真実が、彼女は存在しなかったという真実へ変わる。
でも何故だろう、何故、何故――――――何故、俺は……
「――――――気付けば、遠くへ来すぎたんだな」
「でも大丈夫さ。その辛さも過去も、なくしてあげるよ」
「断る」
こんなにも、彼女を助けたかったと高鳴るのか。
「……へえ、ハッキリと言うね」
「その提案は確かに魅力的だ。忘れてしまえば、救えなかったことを後悔しないで済むだろうよ。でも、断る」
「その理由は?」
「目の前の命を見ない振りして生きられるほど、俺は強くないんだ」
俺の手が彼女をすり抜けてしまっても、俺の目は彼女の存在を確かに証明していたんだ。だとするなら。
たとえ忘れられるとしても、そう決断した自分を俺は許さない。
助けられなかったら自責の念に呪われる。
だが――――――見捨てたら、自責の罪を背負い続けるんだ。
俺が平山さんを助けたかったのは……そんな厄介な思いをしたくなくて、平山さんが美人だからで、ヒーローっぽいことをしたくて――――――つまりは。
「後悔する選択を選ばされるよりも、後悔する選択を選ぶのがいい」
誰かを助けるのに、俺は理由をつける。
「だから、その提案には乗れない」
これが俺の生き様だから。
俺はただ自分の選んだ生き様へ、生きていくだけだ。
「……そうか! いやーよかった! それでこそ楽しみがいがあるってものだよ!」
一時沈黙した死神は、待ってましたと言わんばかりに喜びを露にした。
「…………」
「ボクは命が大好きだ。命のために必死になる生き物たちを何度も見届けた。どれも一つ一つ命の輝きがあったよ」
思い返すように目を閉じ天を仰ぐ死神を睨むも、どこ吹く風と無視される。
「ボクは見たいんだ。自分のために一生懸命頑張る人間もだけど、他人のために一生懸命な人間も」
身長のお高い死神様が俺を見下ろす。
お前に期待しているとばかりに、にこやかな笑顔で。
「宝探しといこうよ。彼女がどこにいるか、昨日約束した時間までね」
命懸けのゲームを持ちかけてきた。
「どういうことだ」
「ボクはゲームが好きでね。ギリギリの勝負ってのに憧れていたんだ。分かるかな? だってまだお昼じゃないか。こんなに早く決着がついちゃ面白くないだろ」
それは、平山さんはまだ死んではいないということか!?
「彼女の魂をどこかに隠す。君はそれを昨日決めた時間内に見つけて彼女を助ける。簡単だろう?」
己の鎌を撫でながら死神はそんなゲームを提案した。
俺たちにとっては大事でも、奴にとってはお遊び感覚らしい。それは奴が死神という、人の死に際に何度も立ち会った存在だからなのだろうか。
「協力者だろうとなんだろうと好きにしたまえ。楽しみにしているからね」
いっそ清々しいほどの笑顔で手を軽く振った死神は、更なる強風と共に姿を眩ませた。
後に残ったのは、片膝ついた不格好な俺と、傷一つなく眠り続けている平山さんの脱け殻の体だけ。
現時刻、午後二時。
残りは、もう三時間。
死神の気まぐれで始まったこのゲーム――――――終わるのは、何?