4.旅立ちっ
士官学校での3ヶ月間は、非常にキツかった。勉強や実習みたいなものの指導が厳しいというより、本来1年かけてみっちりやるところを士官不足で3ヶ月に短縮しているせいだった。
なんじゃそりゃ、と林原は思ったが、入ってしまった以上戻ることもできず、忙しい日々を過ごしていった。
大谷とは、週に一回くらいのペースで会っていた。宿舎が分けられていたが、女子側と学校側からの許可が下りれば会うことが許可されていた。いったい何度、周りの男子の視線を気にしながら大谷に会いに行ったことか…。
夏になり、セミのうなり声が聞こえ始めたこの頃、同期入学生が集められた。いよいよ、士官学校卒業試験である。
卒業試験には面白い制度があった。300満点中、八割にあたる240点以上で合格、卒業となるわけだが、別に180点というラインもある。180点以上240点未満のものは兵隊として扱われるのだ。そして270点以上で中尉、300点で大尉スタートもできるという実力次第で飛び級可能な制度もある。
入学時の生徒番号がそのまま受験番号となるため、林原と大谷は隣同士だった。
「どう?自信の程は?」
大谷が声をかける。
「全然ですよ…、ああ、ちょっとトイレいってきます。」
林原が緊張しているのが目に見えてわかった。顔が青くなっている。あのままトイレから帰ってこれないんじゃないかと大谷が心配するほど、立ち上がったときもフラフラだった。
説明が一通りあった後、用紙が配られる。大谷はクスッと笑った。大谷は女子のクラスでやっていたが、成績は常にトップだった。周りの女子がガチガチになっているのを見て、得意げになっているらしい。
「試験開始!」
合図と共に、問題用紙をめくる音があちこちで聞こえる。大谷も問題用紙をめくって問題を解きはじめた。
試験が終了し、昼休みを迎えた。林原と大谷双方とも久々に向かいあう。
「まあ240は取れたから大丈夫かな。問題にも特別難しいものもなく…」
といって林原の方を見ると、箸が止まっていた。
「…大丈夫?」
と言って覗き込む。大谷が見た中で、一番ポケーっとしていた。
「え?あ、はい。」
ハッと我に返った林原。
「どうしちゃったのよ?」
「いえ頭が混乱してまして…、もうホント試験中なんて何も覚えてないんですよ。」
困ったように林原が言う。
「少しは自信を持って。大丈夫だから。」
相変わらず林原はポケーっとなっていた。だめだこりゃ…
ところが、意外なことが起きた。
「合格者を掲示したので、掲示板にて確認せよ。」
昼休み後、もう合格発表だ。いまだにポケーっとしている林原を連れ、掲示板の方へと向かった。
「え~っと、257、257…」
大谷が自分の番号を探す。10秒と経たないうちに見つけた。
「ま、ちゃんとあってよかったわ。…296点!」
周りがドサドサ落ちてる中で、296点である。よく見ると女子合格者は大谷ともう一人だけだった。
「林原君は?」
隣でつっ立っている林原に聞くが、やっぱり返事は返ってこない。
「えっと、林原君は114番だから…」
程なく見つかった。何しろ4、35ときて114だ。
「点数は…300点!?」
なんと満点であった。
「ちょっとちょっと。」
掲示板の前の人ごみから林原を連れて脱出する。
「ほへ?」
「林原君しっかりして!合格してるわよ、それも満点で。」
「…はい?」
意識がとんでたのか、信じられないといった顔つきだ。
「も一回見てきます。」
人ごみの中に入ってゆく林原。30秒と経たないうちに、
「よっしゃあーー!」
と叫び声が聞こえてきた。さっきまでの緊張感が一気に爆発したようである。
「先輩っ!俺満点ですよ満点!」
ものすごい興奮している。今度は大谷がついていけない。
結局、受験者263名中、合格者はわずか9名。男子7名女子2名で、270点以上は大谷ともう一人。もちろん満点は林原ただ一人だった。
翌日、卒業式がとりおこなわれた。入ってわずか3ヶ月、今までで最も短かった学校生活である。式自体は、校長や海軍士官数名の下におごそかに行われた。
「大谷 美香殿、其の者が日本海軍幹部候補生学校を卒業したことを証明する。」
大谷が壇上で卒業証書を受け取る。すぐ後に林原が壇上に立った。
「林原 勇人殿、其の者が日本海軍幹部候補生学校を卒業したことを証明する。」
卒業証書を受けとるとき、校長が言った。
「我が学校創立以来、5人目の満点首席卒業です。ぜひ、その力を存分に発揮して下さい。」
卒業式も無事終わり、軍籍登録の為に基地の方へと移動した。いよいよ海軍軍人として、その配属先が決まるのである。3ヶ月前、あんなに嫌がっていた林原も誇らしげだ。
講堂から出て驚いた。周りは記者ばかりだ。フラッシュが眩しくて前がほとんど見えない。
「満点合格、おめでとうございます!感想を一言お願いします!」
記者がインタビューにくる。インタビューなんて受けたこともない林原は、
「あ、はい…。えと…と、とにかくよかったです。」
と答えるのが精一杯だった。
「大谷さん、こっちへお願いします!」
別の記者が大谷を誘導する。てっきり林原のインタビューの邪魔になるからどかされたのかと思いきや、
「女性で初の快挙らしいですが、それについて一言。」
「え?快挙?」
女子での卒業生ですら貴重なのに、270点を越える点数なぞ過去2回あったかどうからしい。296点は、女子最高点だという。
軍人が間に入り、なんとか軍籍登録へと向かった。
「そんなに!?いやー凄いね。」
長屋に帰ると、矢野が赤飯で出迎えてくれた。3ヶ月振りの長屋は、我が家のように感じる。
「もう記者に囲まれちゃって。ここまで来るのも大変でしたよ。」
大谷が興奮気味に話す。
「そういうのを聞くと、現代の教育水準はものすごくレベル高いんだなってことが実感できるでしょ。」
この世界では、まだ格差が色濃く残ってるのもありほとんどが初等教育のみしか受けないらしい。横須賀の方では、合格者が0人という悲劇が発生したようだった。
「まあ不思議じゃない。この前は二校合わせて合格者2人だったしね。とにかくおめでとう。」
「ありがとうございます。」
よく朝、今度は矢野さんに送ってもらい再び呉へと戻った。軍籍登録が終わり、勤務地が決定するのだ。
この世界では、勤務地は多少自分で選ぶことができる。求人票のようなものを見て行きたい船や場所を選び、先方から了解されればそこへ行けるというシステムである。大艦巨砲主義の真っ只中なので、誰もが戦艦勤務を希望するようであるが…
先日――
「私はここにしよっと。」
と、大谷が選んだのは「駆逐艦 雪風」である。
「え、そこにするんですか?」
林原が驚く。あれだけ海軍に憧れていたので、てっきり戦艦にするのかと思ったのだ。
「うん。私はここ。」
林原は別のどの艦でもよかったが、大谷と別れるのは心細かったし、何よりこの世界へきてしまったからにはなんとかしてゆこう、と海軍へ入ったのである。結局同じ艦を選んでしまった。
今日、それが通っていれば晴れて雪風勤務である。まあ戦艦に行ってる分、他の艦種は簡単に希望が通るらしかった。
「大谷 美香殿、貴官を駆逐艦雪風通信長に任命する。」
階級は少尉である。男尊女卑が抜けない軍隊で、女性は少尉スタートが最高である為だ。
「はい、精一杯がんばります。」
そういって敬礼をした。林原には、久々に見た大谷の凛とした姿に見とれた。
「林原 勇人殿」
言われて振り返る。今度は自分の番だ。
「貴官を駆逐艦雪風副長に任命する。」
「え?副長?」
思わず出てしまった言葉だった。
「我が海軍は士官不足にあえいでいる。特に駆逐艦、巡洋艦の士官不足は深刻である。大変だと思うが、満点首席卒業の力でがんばってもらいたい。」
近くにいた校長がそう言った。
「はい、がんばります。」
そう言って、大尉の階級章を渡された。大したものではないと言ってしまえばそれまでだが、林原には重く感じた。
「それでは、これより駆逐艦雪風へと行ってもらう。二人の健闘を祈る。」
「はい!」
「はっ!」
二人揃って敬礼した。