3.幹部候補生として
「やあ、どうだったんだい?」
長屋に帰ると、矢野が鍋をかき回していた。おいしそうな匂いがあたりに立ち込めている。
「そろそろ帰ってくる頃かなと思ってね。」
囲炉裏の周りに座るようにジェスチャーした。
「ええ、二人とも合格はしましたが…」
座りながら、林原が答える。
「うん、簡単だったろう。この世界の教育水準は格差が凄いからな。士官不足であえいでいる分もあるんだろう。」
鍋の中身をとりながら、矢野が言う。
「矢野さん、兵学ってなんですか?初めて聞いたので何にもわからなくってそれで…」
鍋の中身が入ったお椀を受け取りながら、大谷が訊く。
「兵学ってのは、要するに戦争の時に必要な知識の学問ってのだよ。君たちは当然、戦争経験者じゃないから言葉も知らないだろうがね。」
「でも、私たちは全然できなかったのに合格しちゃって…」
「あっはっはっは。」
矢野が笑い出した。きょとんとする二人。
「大概は周りもできてないよ。一般人が兵学を勉強する手段はないからね。あれはおまけでつけているようなものだ。」
そう言って、林原にもお椀を渡す。
「それにこの世界では栄養状態が現代ほどよくないってのもあるんだ。見た目では筋肉質でも、実際は体が丈夫じゃなかったりするからね。特に女性なんかは、身体測定でよく落とされるらしいよ。」
あっ、と思い出したように矢野が座りなおす。
「君たちは、入学先はどこになってるのかな?」
「えっと、私は呉市の基地と…」
会場で覗いた林原がサッと答える。大谷は茶封筒をガサゴソやっていたが、
「あ、私も呉市海軍基地になってる。」
よかった…同じだと林原は胸をなでおろした。もちろん、同じ試験会場で同じ入学先への試験をやったのだから当然だろうが…
「呉市か、じゃあ当たりだな。よかったじゃないか。」
「当たり?」
林原が不思議そうな目で尋ねる。
「合格しても、不安材料があると兵隊へと回されるんだ。行く先でそれがわかるんだけど、呉は間違いなく士官学校のあるところだね。」
そんなこともあるのかと、林原は今さらになって怖くなってしまった。
「とにかく、明日の準備をしなくちゃね。明日からは広島で寮生活だ。」
ああ、明日から軍隊か…、と林原は心が重くなった。
午前4時くらいだろうか。現代と時間軸が違うせいなのか、今この世界は4月の上旬だ。冬がとんでしまった林原たちにとっては、不思議な感じだった。
その4月の午前4時なのだからまだ暗い。だいたい、なぜこんな時間に二人は駅のホームなんかに…
ここはとある駅のホーム。広島県呉市にある海軍士官学校、そこに程近い基地で入学式が行われるのだ。
ところが、ここから呉市まで5時間ほどかかる。距離としてはもの凄く遠いわけではないのだが、途中に山があったり路線が古かったりして電車が鈍いのだ。その上、本来の始発は午前7時。これでは間に合わないため、特別に列車を運行してくれるそうだ。
「ふぁぁ…、林原君眠くないの?」
あくびをしつつ、隣に座っている林原を見ると、既に落ちている。
「林原君っ!寝ちゃダメよ、もうすぐ列車くるよ。」
「むにゃ…」
ポーっという汽車の汽笛の音がした。黒煙を上げながら、機関車がホームへと滑り込んでくる。
「あなた方ですね、どうぞお乗り下さい。」
運転手のおじいさんが、機関車から顔を出して言った。
「あ、はい。」
大谷が林原をおぶって後ろの客車に乗る。
「ふ~…」
女子が男子をおぶって乗るという逆パターンで客車に乗り込むと、席に倒れこむ。人の苦労をよそに、林原は気持ちよさそうに寝息をたてている。大谷は怒る気力もなく、自分もそのまま寝てしまった。
ガタンガタンと、汽車はひたすら走り続ける。広島県呉市にある呉軍港。現代と同じく、横須賀港と共に日本海軍の拠点港としてその名が知られている。
「うう…」
窓から入ってくる朝日で、大谷が起きた。何気なく車窓から外を見ると…
「すごい…」
呉軍港が見えた。大きな軍艦が2隻停泊している。戦艦だろうか。
「ふぁ~、ああ、先輩ずっと起きてたんですか?」
「林原君っ、外外!」
大はしゃぎの大谷。林原も車窓を見て
「おおっ」
この一言。
「あのでっかいのは大和ですかね?」
「なんか平べったい船もあるわね…、一体何に使うのかしら。」
二人とも軍艦をこの目で見たのはこれが初めてだ。思い思いの感想が自然と漏れる。
「あれが士官学校…?」
白い屋根の広い建物いくつも並んでいるのが見える。運動場もあるようだ。
「ひろーい…うちの大学の2倍はありそう。」
そう言った瞬間、林原のお腹がグーとなった。
「…」
「…おにぎり、食べよっか。」
大谷がかばんからおにぎりを二つ出して、一つを林原に渡す。
「朝に作ったんだから。ちゃんと食べてね。」
なぜか恥ずかしくて顔があげられず、半ばうつむいたままおにぎりを口の中へと放り込んだ。
30分ほどして、汽車は呉駅のホームの隅へと止まった。
「着きましたよ、お二人さん。これからがんばって下さいね。」
「ありがとうございます。」
礼を言って、駅から一歩出ると
「…たくさんいますねー。」
入学生だろうか、多くの人で駅前はごったがえしていた。親に連れられてきた人もいれば、一人でやってきた人もいた。
「海軍士官学校入学予定者は、こちらにきて入学手続きをしてくださーい。」
大声で叫ぶ人がいる。学校の職員だろうか。
「さっさと済ませましょ。中にいたいし。」
大谷に先導され、入学手続きをしている場所へと行った。
基地内にも結構な人数がいた。矢野さんが士官学校が呉と横須賀にしかないと言っていたから、全国の士官学校入学生の半分がここにいることになる。そのまま講堂へと案内される。
講堂はとにかく広かった。天井まではゆうに15mはあるだろうか。指定された席へ座ったが、どうも落ち着かない。
「…どうしました?大谷先輩?」
隣で大谷がモゾモゾやっているのに気がついた。
「あのね…」
大谷が耳打ちしてくる。
「え?ああ、トイレならあっちですよ。」
「そうじゃなくて…不安だから付いてきてよ。」
「はいはい…」
と言って大谷の方を見ると、顔を赤らめた大谷が可愛く見えて、林原まで赤くなってしまった。そのまま講堂横のトイレへと付いていった。
トイレから戻ってきて、すぐに入学式は始まった。入学生は263人。全国半分集めて263人とはいやに少ないなと思ったが、入学試験での合格率を見れば仕方ないのだろうか。ちなみにあれだけいた入学予定者と思われた人達は、その大半が見送りらしかった。
「諸君らは、伝統ある我が日本海軍幹部候補生として、本日、その身を学校に…」
学校職員が形式ばった演説をする。ここでは、「大日本帝国」ではなく「日本国」らしかった。聞きなれているので大して気にはしなかったが。
入学式後、全員でいよいよ学校へと向かう。「呉市日本海軍幹部候補生学校」とかかっている門をくぐると、列車から見た白い宿舎があった。
教室や、練兵場、運動場などを見学した後、宿舎へと案内された。どうやらここで制服に着替えるらしい。
「制服なんて高校以来だ…」
白い長袖長ズボンの日本海軍士官制服。帽子は警官のものを白くしたようなやつだ。
「どう?似合う?」
着替えて出ると、女子更衣室から出てきた大谷がいた。同じように白い制服を着ている。
「いつもと雰囲気違いますね。大人びて見えます。」
「えー、じゃあいつもの私は子供っぽいように見えるの~?」
「いえ、そんなんじゃないですよ~」
「じゃあどういうことよ~」
冗談を飛ばしあう。周りでも、お互いの制服姿を見せて子供のようにはしゃぎまわっている。こうして、二人はめでたく海軍士官学校へと入学した。
なお、入学者263名の内、女子は12名である。(この世界において女子入学者過去最多)




