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Together  作者: 天城孝幸
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2.そんな…

 矢野の話はどのくらい続いたのだろうか。3時間か4時間か…。

 信じがたい内容だった。林原は何度質問をしたかわからない。大谷も、いつになく真剣に話を聞いていた。

 あの霧によって、二人はパラレルワールドへと飛ばされた。この世界では現代と同じような歴史をたどっていたのだが、約120年ほど前から徐々にずれ始め今はまったく別の世界となりはてている。

 わかりやすく言えば、技術や文明などが1941年レベルだが状況は冷戦に近い。日本を中心とする陣営と、イギリスを中心とする陣営に分かれて対立しているらしい。さらに、なぜか航空技術の発展がほとんど見られず使っているのは複葉機が中心という有様だった。

 時代背景をさらっと言えばこんなもんで、あとは女性も軍隊へ行ってるだとか、年功序列の概念がなく実力主義の世界だとか、この建物は日本陸軍基地で東京だとか、隅々まで説明された。まあ三割くらいは林原と大谷の質問だったのだが…

「ちなみに、私は一年前に君たちと同じようにこの世界へとばされてここにいる。元は陸上自衛隊管轄の技術研究所のメンバーだったんだ。」

この世界の日本陸軍は驚くほど弱く、現代の日本の技術を教えているのだそうだ。それでも、世界の中で屈指に弱い陸軍のままらしいが…


 次の日、研究室で一晩過ごした二人は問題なしとして釈放された。基地からは釈放されても、現代に戻れる目星があるわけでもない。

「大谷先輩、これからどうしますか?」

「う~ん…。とにかく、ゆっくり考えましょ。」

基地近くの長屋の一室へと向かった。本来は矢野の自宅らしいが、研究室に泊まりこみなので月に一回くらいしか帰らないそうだ。どうせ泊まるとこなどないだろうと、矢野が気を利かせてくれたのだった。

「まずは働くところを決めないとね。」

3つの畳が縦に並ぶという、今まで見たこともない不思議な居間に座り、二人は話し合い始めた。

「1941年って、どんな仕事があったかしら…」

「現代なら戦争の時代ですからね…。軍隊しか出てきませんよ。」

困った顔をして、林原が返す。

「ねえ、二人で海軍入りましょうよ!」

「…はい?」

大谷が、なぜか目をキラキラさせて言う。

「ほらぁ、矢野さんも言ってたじゃない。冷戦期だから、海軍はそんなに戦わないんじゃないかって。女の子も入れるらしいじゃない。」

「いやそう言われましても…」

いきなり海軍に入ろうと言われても、いまいちピンとこないというか、厳しいんじゃないかという想像が頭の中に浮かぶ。

「それにさぁ、海ってなんかかっこよくない?いかにも男って感じで。」

憧れているかのような言い方だ。正直いって、林原には大谷の考え方がよくわからなった。

「そ、それに海軍はどうはいるんですか?どうするのかまったくわかりませんよ?」

とりあえずこの海軍まっしぐら状況から脱出すべく、入隊の仕方がわからないことを理由に話を一旦切ろうとしたのだが…

「じゃあもう一回矢野さんのところへいきましょ!海軍の入り方くらいすぐにわかるわよ!」

腕を掴んで立ち上がらされて、グイグイと引っ張られる。よくよく考えてみれば入り方がわからないなど言い訳にもならない。大谷先輩がこんなに興奮したのを見たのも初めてだと思いながら、矢野さんのところへと連れていかれた。


 ということで海軍入隊の手段を矢野に聞いた。矢野は突然押しかけてきたことと、海軍に入りたいという大谷の興奮している姿にびっくりしながら

「とにかく落ち着いて。この世界でも日本の陸軍と海軍は仲が悪いんだ。陸軍基地で海軍海軍なんて叫んでると…」

そう注意し、教えてくれた。

 海軍は徴兵制はなく、採っているのは陸軍だけらしい。海軍の一般兵志願者は一ヶ月に一回海軍基地で行われる採用試験のようなもので採用されるという。本来はこれが普通なのだが、君たちは大学生だから将校になれるだろうと幹部候補生志願を教えてくれた。

 幹部候補生には一年に一回行われる士官学校(海軍兵学校に相当)入学試験で合格すれば入れるという。

「こちらの世界の入学試験は簡単でね。大学生レベルであればいとも簡単に入れるんだ。」

それならみんな士官学校にいっちゃうのではないかと尋ねると、卒業時に卒業試験なるものがありこれに合格しないと士官になれないらしい。

「おまけにこの試験は一回こっきりでね。ほとんどが士官になれっこないと始めから入らないそうだよ。」

一通り説明を聞いて、林原は「はぁ~」とため息を一つついた。

「さて、どうします大谷先輩?今から勉強しますか?」

半ば冗談交じりに訊いた。

「…!?」

大谷はかなり真剣な目をしていた。

「あの~先輩?」

「…決めた!」

すっと大谷が立ち上がった。

「海軍に入るわ!いっしょに入りましょ。」

ええええええ~、とびっくりした顔で林原は大谷を見た。

「お、大谷先輩、まだ別の道もありますし、ここで決めてしまうのはちょっと…」

「いいのっ!他の道って何があるのよ!?どうせ乞食みたいなものでしょ!?」

「いや乞食じゃないですけど…」

「いいからついてきなさいっ!」

なんでこんなに海軍に固執するのか、林原には全くわからなかった。特に目をキラキラさせているあたりが…

「まあ…この世界では女性士官もいることだし…いいことだと…私は思うよ…」

あまりのけんまくに引いている矢野の言葉を背中に受けながら、大谷に引っ張られるように林原は基地を後にした。


 「日本海軍士官学校入学試験会場」とうやうやしく書かれた看板が入り口によりかかっている基地では、多くの人が押し寄せていた。

「すごーい…、こんなにいるんだ…」

田舎の出身だけに、人の多さに驚く大谷。

「う~、緊張する~」

試験前でガチガチの林原。受験票を握り締めたまま周りをキョロキョロしている。

 ここは広島県のとある海軍基地。今日各地で同じような試験が行われているはずだ。

「士官不足って矢野さんは言ってましたけど、こんなに会場に集まってるのにおかしいですよね?」

「ほんとよねー、いっぱいいるじゃない。」

海軍は士官、とりわけ指揮官クラスが不足しているという。しかし会場のにぎやかさを見るかぎり、そうは思えなかった。

「受験予定者は、受験票に示された部屋に入りなさい。」

案内係だろうか、腕に腕章を巻いた軍服姿の男数人が大声で言う。軍服といっても、陸軍が茶色で地味だったのに比べ、白くて派手に思える。兵隊と士官の違いなのだろうか。

 林原は大谷についていき、部屋に入った。木造2階の建物、部屋の中には50ほどのこれまた木製の机と椅子が整然と並べられていた。もう既に何人かの受験生らしき人がおり、大学受験を思い出させる。

「…ねえ、林原君」

「え?何ですか?」

大谷が耳打ちしてきたので、顔を近づける。

「なんか、みんなさ、こっちジロジロ見てない?」

そう言われると、余計にそう見えてしまう。薄々気づいてはいたが…

「きっと、大谷先輩みたいな女の子がめずらしいんですよ。」

さっきから、女子は数えるほどしかいない。今部屋にいる女子は大谷一人だけである。やはりこの世界でも女性に軍隊というのは、なかなか敷居が高いのかもしれない。

「あら、私を心配してるれるの?取られちゃまずいから?」

からかうように大谷が訊く。

「ち、違いますっ!…い、いや、全部違うわけじゃないですけど、えっと…」

顔を真っ赤にして林原は返した。

「受験予定者は、指定の席に着席しなさい。」

部屋に他の軍人が入ってきた。後からもう2名入ってくる。

「それでは、受験票の確認をするので、受験票を机の上に置き、待ちなさい。」

部屋の空気が少し下がる。緊迫したムードになりつつあった。

受験票の確認、書類への書き込み、説明ときて問題用紙が配られ始めた。

「10時より開始します。それまで静かに待ちなさい。」

林原は軽く周りを見渡した。後姿しか見えないが、大谷の他に女性が2名いるようだ。学生なのか、制服を着ている。

「始め。」

問題用紙をひっくり返す音があちこちで聞こえる。林原も、問題用紙と向き合った。


 「…それでは、30分の昼休みとします。午後は身体測定を行います。」

あちこちから息を抜く音が聞こえる。林原も大きく伸びをした。

「先輩、どうでした?」

小声で訊く。なぜ小声かと言えば…

「なんかやけに簡単だったね。…ひとつ除いては。」

大谷が返す。問題は高校生一・二年生レベルであった。特に問題数が多かったわけでもなく、基本の問題ばかりであった。

「兵学ですよね?あれは全然でした。」

教科は3つあった。国語と数学と…兵学。兵学という単語を聞いたこともなかったし、実際受けてもほとんどわからなかった。

「やっぱり無理なのかなぁ…なんだか自身なくなってきちゃったな。」

大谷が漏らす。

「でも兵学以外はできたんでしょう?なんとかなりますよ。」

林原が励ます。どうせ自分も結果は似たようなものだ。先輩が落ちてれば、自分も落ちるだろうと考えていた。

 昼休みも終わり、身体測定のため別室へと向かった。当然男女別々である。大谷先輩としばしの別れの後、脱衣所に向かった。

 脱衣所で周りを見るなり、林原は驚いた。みんな凄い体をしている。ここにいるのは20歳前後らしいが、それに似合わないくらい鍛えてある。幾人か自分と似たようなごく普通の体つきをしていたが、もう軍人じゃないかというくらいとんだ光景であった。

 身長、体重、座高を測った後、視力、聴力、血液検査とかなり細かいものまでやった。人数が多い割にはスムーズに進んでるなぁと内心思っていたが、

「受験番号23、27、28、こちらへ来なさい。」

始めはなんで呼ばれてるのかわからなかったが、あれは落ちた者が呼ばれているのだとわかった。周りの人数が徐々に減ってゆく。

最後の肺活量を測り終わったところで、服を着て部屋へ戻った。既に大谷が待っていた。

「林原君終わった?」

「はい、今終わったところです。」

そういって部屋を見渡すと、50人もいた受験者は片手で数えられる程しかいなかった。帰ってきていない者もいるだろうが、こんなに減るのかとびっくりした。

「女の子は私だけみたいよ。途中でみんな帰っちゃった。」

どうやら身体測定時の不合格者除外は、女子のほうでも行われていたらしい。

 午前中、説明をした男たちが入ってきた。手には何枚かの書類を持っている。

「ここにいる、男子3名女子1名は、このたび日本海軍士官学校入学試験に合格した者たちです。」

静かに合格が伝えられた。あんなにいた受験者たちは、そのほとんどが不合格者として帰ってしまったのか…

「明日、呉市の基地にて入学式を行います。詳しくは今から配布する書類に載っているので、必要事項を記入の上、時間に遅れないように集合しなさい。」

大きな茶封筒がわけられた。中を覗くと、3・4枚ほど書類が入っていた。

「では、特に質問等なければ終了といたします。試験、ご苦労様でした。」

 こうして、士官学校入学試験は終わった。

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