第1話 仕事は自分で楽しくするもの
帝国騎士団第五師団所属、オルディアーノ中隊の朝は、慌ただしくはない。
午前8:30~9:00 朝礼 兼 引継ぎ 兼 雑談
何事もなければ比較的まったりな時間が流れる。
彼らの任務は国境の町であるここメラルの町の治安維持と護衛、そして国外に生息する野獣の生態調査である。国外には野獣と呼ばれる小型から大型の様々な動物が生息しており、時たま町の方までやってくる。それを討伐、もしくは追い払うことが役目だ。
国境沿いの町に配属される隊の仕事は主にこんな感じである。
しかし、このオルディアーノ中隊はちょっと違うところがある。人数の少なさだ。隊員は約60名。中隊としては小規模で、皆が一丸となって仕事をしないと回らない。
所謂一つのカツカツ状態。
俗に言えば、有給なんて使う余裕はねぇ。
その長たる中隊長も、通常業務でもはや忙殺だ。
「やってられませんわ~」
《御主人! 伯爵令嬢の第一声がそれじゃ読みに来てくれたお客さんが帰っちゃうの!》
「シンディ、いきなりメタ発言はよしなさい。迷走しながら書いている作者の力量が露呈します」
《お前こそ作中で作者を貶すな》
「なら別のところで貶しますわ」
《主役はいわば作者の分身。作者を貶すことはお前自身も貶すことになるんだぞ》
「自分を貶したところで何も変わらなくってよ。
新しいことは増えれば押し付けられ、規定が変わっても他の部署は確認せず現行のままっていうか規定自体知らず、なんですか? それ? なんて返される始末。
挙句の果てに陳情を出しても笑ってスルーされるんですもの。騎士団なんて滅べばいいんですわ」
《シリウス、もうダメなの。まるで数年前の作者のような荒れっぷりなの》
《やる気スイッチはどこだ?》
「二人でもダメか…」
ため息をついたのは金髪碧眼に黒縁のスクエア眼鏡をかけた男性。机に突っ伏して動かない上官を嘆くのは久々だ。
普段はとても頼りになるはずの上官にしてこの物語の主人公。
ルクシア・オルディアーノ(36)独身、婚約者なし。伯爵家のご令嬢であるが帝国騎士団第五師団中隊長の肩書をもち、国境を守る任に就いている。
生まれて間もなく闇の精霊に加護を与えられた影響で薄茶色の髪の先だけが黒くなったとか。散髪するとこの黒が一日だけ消失するため「中隊長、髪切ったんだ」と皆にバレる。翌朝には黒に戻るため、茶髪の中隊長はレア。
そんな中隊長の日々を助ける副官がこの男性。
ジェラルド・セシル(32)既婚者。男爵家の長男で責任感が強い故に、仕事一辺倒だった彼が婚約者に愛想をつかれるのではないかと心配したルクシアと後輩のローラ(35)のお節介によって、婚約者とは良好な関係のまま結婚。無事に子供も生まれた。
金髪碧眼、眼鏡、料理上手の三種の神器を持ったイケメンである。
野営の時でも彼のおかげで美味しいご飯が待っている。中隊の「オカン」である。父親だけど「オカン」である。
そのジェラルドが当てにしていた「二人」が、ルクシアの従魔であるシンディとシリウスであった。
生物学上の単位で言えば、一匹と一頭が正確なのだろう。しかし、中隊の仲間たちはそんな単位を使わない。
シンディはボルトスパイダーと呼ばれる雷を操る蜘蛛の野獣。
好きなものは御主人とお酒。
バレーボールくらいのサイズ感で女性でも片手で抱えられる。ふさもふの体毛に魅了された者は数知れず。隊の仲間たちとは仲良しである。
手のひらサイズのころから従魔をやっているため、主人以外の言葉を理解するだけでなく文字まで読み書きできるハイスペック従魔。
事務仕事まで手伝っちゃうスーパー従魔。
独りでバーまで行って常連になるアグレッシブ従魔。
対してシリウスはノワールウルフと呼ばれる影を操る狼の野獣。
好きなものはルクシアと肉。
高い知性を持つノワールウルフは従魔に向かないと云われているが、二人は対等な関係を結んでいる。
彼も人間の言葉は理解しているものの、シンディほど隊の人間と親しくはない。
影を操る能力はルクシアの闇の精霊魔法と相性がよく、主に戦闘でサポートしている。
そんな御主人大好きな二人が声をかけても、とうのご主人のメンタルは沈んだままだ。
どうしよう、と言いたげな眼差しで二人はジェラルドを振り返る。
ジェラルドは言葉が解らずとも、感情は読み取れた。同じ気持ちである。
すると、ルクシアがのっそり起き上がった。深くでかいため息をつきながら、机の端に置いてあった書類を手に取り目を通し始める。ただ、そのひまわり色の目は虚無感が支配していた。それでもきちんと仕事はしている。
シンディは心配そうにルクシアを見上げつつ、事務仕事のポジションに移動した。シリウスは机の横で丸くなった。
仕事モードに移行した中隊長を確認したジェラルドは、そっとシリウスに歩み寄って片膝をつく。
「今日は午前上がりだから、ゆっくり休ませてやってくれ」
彼の小さな声に、シリウスは尻尾をパタパタと振って応えた。そのリズムからイエスの意であることジェラルドにも伝わった。彼が去った執務室には、紙をめくる音と判子を捺す音が静かに繰り返された。
「あああぁぁぁぁぁっ!!」
「って、砦の屋上から叫びたいですわ」
ダンッと力任せに判子が振り下ろされた。もちろん綺麗に捺されていないので再チャレンジである。
《やめておけ。今日は学校でテストがある。騒音を出すな》
「あら、今日でしたの?」
シリウスが提供した情報にルクシアは目を丸くする。どうしてそんな情報を彼が知っているのか、なんて野暮なことは聞かない。
《テストはいつもドキドキするの》
ふふふと楽し気に笑うシンディ。反対にルクシアは肩を落とした。
「ドキドキしていたのはこっちですわ。あなたより低い点数を取った人は漏れなく『虫以下』のレッテルが張られるんですから」
ルクシアが学生時代にシンディは一緒に授業を受けており、テストも受けたいと言い出した。まず担任の教科を受けさせたところ優秀な成績を修めたのである。
他の教科も受けたところ、学年の中間くらいの成績だった。
シンディ以下の点数を取った生徒は文字通り『虫以下』となるため、その学年は座学が優秀になったといわれている。
ただし、これはニンゲンの言葉が解る、読める、書けるができるシンディだからこそ可能な芸当である。他の従魔にやらせようとしてもできない。
そんな会話をしながら書類の確認を進める。
各人から上がってきた日報。そこには討伐数の報告、野獣調査の途中経過、町の様子などそれぞれの視点から報告があがってくる。
これらは朝の雑談でも共有されるが、すべてを話すわけではない。
ルクシアはそれらをすべて読んで頭に叩き込んでいる。野獣の動向、町の細やかな様子、それらが繋がることもあるので簡単に捨て置くことはできない。
様々な報告書を確認し、もう少しで書類の山もなくなりそうだったその時、野獣の接近を知らせる鐘が鳴り響いた。
砦にいた全員に緊張が走る。仕事の時間だ。
「あと少しで終わりましたのに……!!」
悔し気にルクシアは立ち上がった。荒々しくドアを開けて屋上への階段を駆け上がる。
屋上には見張りをしていた隊員たちの姿があった。彼女の姿を見た途端、ピシッと背筋を正す。ルクシアは「解いて結構」と軽く片手をあげて現状報告を促す。
「どこぞの商人が群れを刺激したのでしょう。ホーンラビットが追いかけてくるなんて、相当ですよ」
ルクシアに双眼鏡を差し出しながら隊員の一人が伝えた。礼を言いながら双眼鏡を受け取ったルクシアは遠くの様子を確認する。
馬車が猛スピードでこちらへ近づいてきている。その後ろをこれまた猛スピードで追撃する一角の生えたウサギの群れ。パッと見ただけで20はいそうだ。
ルクシアはふぅと息をついて一言。
「今日の夕ご飯はホーンラビットのお肉ですわね」
「たいちょー、俺、丸焼きがいいっす」
「私、シチューが食べたいですー!」
どうやってルクシアのつぶやきを聞き取ったのか、城壁の上から次々とリクエストが巻き起こる。
そこへやってきた副官の一言で中隊長の采配は決定した。
「中隊長、まだフォレストバイソンのお肉が残っていますが」
「よろしい。追い払いましょう」
ルクシアが宙に手をかざすと、光が煌めいた。光が消えた後には鉛色の筒状の塊が重厚な存在感を放っていた。ルクシアお得意のバズーカ砲である。
「一撃で終わらせますわ。皆さんのお手を煩わせるまでもありません」
「いやそれこっちのセリフ」
「中隊長早まらないでください! 干し肉にしておやつにしたい!」
「わぁー! 待って待って!」
部下たちの悲痛な叫びはバズーカ砲の砲声によってかき消された。学校のテストへの気遣いも消えていた。
発射された数発のミサイルが見事に走る馬車とホーンラビットの間に着弾する。威力は弱めていたのか、着弾の爆発音は見た目より小さい。
土煙に邪魔されたホーンラビットの速度は落ち、その間に馬車は城壁の門を通過することができた。
ホーンラビットたちは城壁の上を睨みつけたが、バズーカ砲を担いだ女傑の覇気に圧されて身を翻した。
「よし、終わりましたわ」
ホーンラビットの撤退を確認したルクシアはバズーカ砲を光の塵と霧散させて執務室へ足を向ける。部下たちのブーイングがあったが聞いていないフリをする。
彼らとて本気で、否、一部本気のようだが、文句を言っているわけではない。信頼あってのやり取りである。
ただ、遠距離の場合はすべてバズーカ砲で事を済ませてしまう中隊長のせいでほかの隊員の出番がないのはまた事実。『武具創造』という武具の女神の祝福で得た魔法のある意味無駄遣い。
というかなんでバズーカ砲なんだよ他にもあるだろ、という疑問は未だに隊員たちの中にあった。
答えは簡単。自分で持ち上げられて威力の調節も簡単だから。
それを伝えても納得してくれないことにルクシアは納得できない。
隊員からすれば、細身の彼女にバズーカ砲ほど不似合いな武器はないのである。
一方、城門では商人たちが取り締まりを受けていた。
「で、あなたたちはホーンラビットの子供を捕まえようとしたわけですね」
小柄で長い金髪の女性が商人たちをきつく睨みつけている。その迫力に、商人たちは背丈で勝っていても気圧されていた。
それもそのはず、この小柄な女性はオルディアーノ中隊結成時に副官を務めていたローラだ。
今は結婚を機に副官の職をジェラルドに譲り、事務職として中隊を支えている。レイピアを握らせればルクシアに勝るとも劣らないオルディアーノ中隊の女傑の一人だ。
商人たちは食料にしようとホーンラビットの子供に手を出したが、怒った大人たちによって追い回されていたのだ。
ホーンラビットの角は小さいが殺傷能力が高く、小柄な野獣だからと甘く見ていると大けがをする。
「子供の野獣の近くには必ず親がいる。被害が馬車だけで良かったな。馬鹿につける薬は持ち合わせていねェ」
ローラの隣で細身で背の高い壮年男性が鼻で笑った。ローラは咎めるように彼を小突く。彼は知らんぷりして明後日の方を向いた。
彼は中隊の医師、ラルフ・ベルガー(38)である。強面であるが美形のため、町の奥様方やお嬢様方に人気があり、子供に何かあると診てもらおうとするが、当の子供は強面だからあまり近づきたがらない。
「まぁ、お説教はこのくらいにしますけど、今後は気を付けてください」
ローラはきつい口調は変わらずに、商人たちを解放した。商人たちはホッとした様子で頭を下げて町へ入っていった。
その背を一睨みしたラルフは砦を見上げた。
「ま、少しはルクシアのストレス解消にはなったんじゃねェか?」
「だといいんだけど」
ローラは肩を落とした。適度な運動もストレス軽減には欠かせないとはこのことだ。
中隊長の任に就いて以来、ルクシアは何かと気づく性格の故に色々なことが見えて神経をすり減らしてきた。
それを何とか軽減しようとローラは奔走したが、ルクシアはすり減る一方で一時期は体調不良でダウンしかけたほどだ。
ラルフが定期的かつ強制的に光魔法で気絶させて休ませるという強引な手法を取らなければ今頃どうなっていたか。
こうして今日の騒動は終わり、学校のテストも滞りなく終了したとのことだった。
こんな日々がのらりくらりと続いていた、そんなある日のことだった。
「中隊長ぉー!!」
朝礼を終えてそれぞれの勤務に就いた頃、適度に雲がある晴れの空を切り裂く悲痛な声が砦に響き渡った。
つづく




