第27話 ニセカレ
物語の中ではついに10月にはいり、草壁の大学の授業も始まりだした頃のこと。
とは言っても、草壁の生活自体はあんまりそれまでとも変ることなく、日々をのんべんだらりんと過ごしていた。
たとえば、授業を終えてひまわりが丘の商店街を歩いていると、まっすぐ帰ればいいというのに、なんとなく喫茶アネモネに顔を出したりすることなんか、もう生活の一部みたいに今ではすっかりなっていた。
「彼にさ、この前、アトリエまで出前持ってってもらったら帰ってこないんだもん、勘定持ち逃げしたのかと思ったよ」
「たかが数百円、持ち逃げしてなんになるんです!」
そんなことをカウンターで草壁とマスターが喋っている横では、ゆかりが一人でフライパンを持って調理していたりする。
「そういえば、草壁さん、あのときスーツ着てましたけど、なにかあったんですか?」
「履歴書の写真用です。バイトに応募するから。ところで、なんでマスターが突っ立ってる横で、ゆかりさんが料理作ってるんですか?」
聞けば、この喫茶店の定食メニューの一つである「卵焼き定食」なるものの注文が入ったときには、ゆかりが得意の卵焼きを焼くのだそうだ。
「なかなか好評だよ。これはゆかりちゃんがいるときだけの限定メニューだから」
「そんなのやってるんですか?」
話を聞いて驚く草壁。彼の場合あんまりフードメニューをここで頼まないので、今まで知らなかったようだ。理由は簡単で、お金。
しょっちゅう顔は出すが、そのかわりドリンクしか頼まないのがこの男の常だった。
「私が出ているときには『ハンバーグプレートできます』って張り紙をお店の前に張ってあるの、草壁さん気づきませんでした?」
「あやちゃんとゆかりちゃんの得意の定食がうちの密かな看板メニューだったりするんだよ」
マスターと草壁の話しに入ってきたのは、ゆかりの隣で、卵焼き定食に付ける白身魚のソテーを焼いているあや。
彼女が出ている時には、ハンバーグに辻倉あやお得意のポテトサラダを添えた、ハンバーグプレートが定食メニューに顔を出すのがここのシステムらしい。
そして、本日はツートップそろってのご出勤のアネモネである。
「それはそうと、マスター、バイトに料理作らせて、自分は作らないんですか?」
「二人がいるときは任せることもあるんだ。客の希望でそうなることもあるし、何より、二人とも料理が僕より上手だし」
「マスター、得意げに全然自慢にならない話しないでくださいよ。バイト様々って店としてマズイんじゃないんですか?」
「そうなんだよなあ。二人がいなくなったら、うちどうしよう?」
「僕にそんなこと聞かれても知りませんけど」
そんなやりとりが交わされている店内だが、別に今はお昼どきというわけでもなかった。
どちらかというともう夕刻に近い頃。外を見ると学校帰りの学生服の姿もちらほらと見えるような時間帯。
たまたま店の片隅に座っていたなじみ客から、フードメニューのオーダーが入ってこうなっているだけだが、今現在の客と言ったら、その客とカウンターの草壁ぐらいしかいないのだ。
そして、オーダーの定食を作ってしまうと、やはり手持ち無沙汰になるウエイトレス二人にマスター。
いつものことだが、草壁もこの店大丈夫か?と密かに心配していたりする。
と、そんなときである。
一人の客が店にやってきた。
「いらっしゃいませ……」
客を見て声をかけたマスターだが、見るとちょっと驚いたような顔をしている。
草壁も気になったので、チラッと背後の出入り口扉に目を向けてみた。
入ってきたのは、ブレザー姿の学生だった。背格好からすると高校生だろう。地の人間じゃない草壁にしてみたらどこの学校の制服とかはわからないが、ときどきこの服の学生が近所を歩いているのは目にしていた。
マスターが驚いたのは、そんな学生が一人でフラリとこんな店に入ってくるなんて珍しいことだったからである。もちろん、その彼は一見さんのご新規客だ。
紺のブレザーにグレーのスラックス。胸のところにエンブレムの刺繍のあるなんていう、最近では詰襟を駆逐して、却ってありふれたザ・男子高校生みたいな格好のヤツだった。
だが、パッと一目見て、ちょっと普通と違うという印象もした。
要は着こなしと服の手入れ、そしてサイズのチョイスである。
見た目、随分、パリッとしているのだった。
だいたいの人が毎日のように着まわしている学校の制服のブレザーだ。大抵のやつはきちんと着ててもどこかヨレッとなっていたりするものだ。あるいはわざとラフに着崩していたりするやつもいる。
それが、こいつの場合、ブレザーはまるでおろしたてみたいに皺一つ見当たらない。スラックスのほうも、毎日アイロンでも当てているのか、プリーツが綺麗に立っている。
それどころか、仕立て直したのか、それとも既成のサイズが体にたまたまぴったりなのかわからないが、だぶつかず、窮屈すぎず、きちんとボタン止めしたブレザーが体にジャストフィットしている。
ネクタイの結び目も、まるで今から卒業式でもやるみたいに、白く眩しいカッターシャツの襟元でキチンと綺麗な三角形を作っていた。
通学途上の学生にしては几帳面な着こなしである。
サイドへ大きく分けたツーブロックの髪型は、毛先の動きの少ない大人しめの印象。本人特別イケメンというわけではないが、清潔感はある。
幅広のスクエアの黒縁メガネのせいもあるかもしれないが、ちょっと真面目そうな印象もパッと見する。
ブレザーの着こなしと相まって、なんとなくイングリッシュトラッドな雰囲気。
かと言ってイングリッシュトラッドってじゃあ、何?と言われても答えられない。雰囲気だけの話であるが。
慣れない店に入ってきた未成年高校生のわりには、店員たちの注目を浴びながらも堂々としている。目に妙に力が入っているような力強い印象。黒目がやや大きく見えるのは、メガネのレンズのせいかもしれないし、その影響かもしれないが。
そのせいか、若干、不敵にも見える。
で、コイツが、マスターとゆかり、あやと、草壁の注目を浴びながら、カウンターまでやってくると、平然と草壁から一つ席を空けた隣に腰掛けた。
一見さんの喫茶店で、こんな若造がいきなりそんな場所に、さも当たり前のような雰囲気で腰を落としたのもちょっと注目を浴びた。
「いらっしゃいませ」
と、目の前に座ったこの学生服にマスターがお冷を出すと、この高校生が露骨に嫌な顔をして
「ええっ!!」
と眉をしかめた。なんでそうなるかな?とでも言いたげだが、喫茶店に来て水を出されて何が気にいらないんだ?
すると、この学生、カウンターの隅で立っているあやを指差して。
「彼女に持ってきて欲しい」
いけずうずうしいことを平気な顔をして言った。
しかたないので、一旦だしたお冷をあやに手渡すマスター。
「ご指名かかったから、あやちゃんお願いね」
お盆の上にそれを受けるあや、チラチラッとそのブレザーを見ながら受け取ると、カウンターを出て、その学生のとなりまでやってきて、
「ご注文、お決まりですか?」
ちょっとぎこちなく、注文をとった。
ゆかりと並んで、お店の看板ウエイトレスである。たまに男性客から声をかけられることはあるのだが、それは大抵、このかわいいウエイトレスさんと友達として仲良くなりたい、っていうぐらいの軽いノリの人ばかりである。
だから、声をかけられても軽く応じられたが、このブレザー最初から、本気モードで口説きに掛かろうという気マンマンな雰囲気を出している。
基本、色恋沙汰にはオクテなあやにしてみれば、戸惑うのも無理は無い。
ちなみに、このブレザーの学生、名前を田村隼人という。
現在、近所の学校に通う高校3年生。というわけで、家もひまわりが丘の近郊だったりする。
たまたま通りがかったこの店を覗いて、あやの姿を見つけて飛び込んできたのだった。
この田村、注文をするかわりに、随分真面目腐った顔をして言った。
「ここに来たら、いつもあやさんに会えるんですか?」
間違いなく、ナンパ目的だ。あやのほうは半歩ほど足が引けていたりする。
「……えっと……大学が終わって空いてたら、だから、そんなにしょっちゅうは……」
あやの言葉を聞いて、軽く微笑む田村。
「大学?僕、高校生かと思ってました」
「残念でした。年上だったんです」
あやもちらっと笑った。高校生が大学生をナンパするとなったら向こうも腰が引けちゃうかな?なんて思ってた。が、田村のほうは、堂々としたものだった。不思議そうな顔をしてあやに切り替えした。
「ボクは全然、残念じゃないけど、あやさんにとっては残念なんですか?」
そう言われて、しばらく言葉に詰まるあやだった。
「最近の高校生は積極的だねえ」
「あやちゃん、年下にぐいぐい押し込まれてますね」
カウンターのマスターとゆかりが、それを見ながらこんな言葉をヒソヒソと交し合っていた。
でだしから、かなりマジな雰囲気であやに迫った田村。
が、注文のドリンクを飲んでいる間はどちらかというと大人しかった。あやとはあまり会話を交わさず、むしろ気を使ったマスターから聞かれるままに、自分のことを適当に話すと、あやとは2,3言ここのシフトのこととかを聞いたあと、「いきなり生意気なこと言ってすみませんでした。また来ていいですか?」と今度は神妙な顔してから、滞在時間ものの15分ほどで店を出て行った。
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そんなことがあった翌日のことである。時刻は夕刻近く。
商店街の「ひまわりが丘ピアノ教室」では、長瀬ゆかりが、ハンドモップでピアノの上をなぞっていたりしていた。
と、そこへ辻倉あやが顔を覗かせた。
「こんにちわー。あのゆかりさん、今忙しいですか?」
生徒がやってくるまではまだ時間がある。かなり余裕をもって教室の準備をしたのは、一人でピアノでも弾こうかというつもりだったゆかり。
しかし、こうして親友がなにか話したそうに顔を見せた以上は、あやにお付き合いだ。
教室の片隅にある応接セットにあやを座らせると、簡単に緑茶を淹れて、ゆかりとあやは向かい合わせに座った。
「なんか、今日も来そうな気がするんですよ」
あやが軽く眉を曇らせた。
やっぱり横で見ていた手ごたえどおり、積極的な田村に比べて、完全に腰が引けているあやだった。
「昨日の彼?いやなの?」
ゆかりとしては若干意外な反応とも思えたのだ。何より、おおげさ。
あやちゃん、モテそうだけど、女子高出身のせいか異性とのお付き合いにはまだ慣れていないのだろうか?
「なんとなく、好きになれないんですよね……正直迷惑……」
「積極的だけど、真面目そうな子じゃない?」
「カバン見ました?真面目そうな割には随分軽そうなカバンでしたよ?」
「良く見てるわね」
思わず苦笑するゆかり。
けど、あやちゃんなんだかんだ言ってしっかり彼のこと観察してるんだ。
「それに、昨日の口説き方、手馴れてる気がしません?」
「まあ……でも、女の兄弟が多くて女性なれしてるだけかもよ?」
「なんで、向こうの肩を持とうとするんです?」
ゆかりの受け答えが暢気というか、軽い。
どうせだったらお付き合いしちゃえば?とでも言いたげにも聞こえるものだから、あやのほうはちょっとイライラしている。
微妙に昨日の高校生の肩を持とうとしているみたいでもあるのが気にいらない。
一体、どっちの味方なの?っていうところだ。
「べ、別に、そんなつもりじゃないわよ」
そんなあやにジロっと睨まれて、あせっていたりするゆかり。
「それでね、ゆかりさんに相談があるんですけど」
「まだ本題じゃなかったの?」
そして、やっと言いたいことを口にするあや。聞いてみたら、ちょっとびっくりするようなことを言い出した。
「断りの理由として、彼氏がいるからっていうのが、一番だと思うんです」
その言葉を聞いて驚いたのがゆかりだった。なんと回りくどいやりかた!
このコ、恋愛経験があんまりないから、普通にナンパを断るのにも、理由の一つでもつけなきゃいけないとか思っているのかしら?
思わず、笑ってしまうゆかりだった。
「私が思ったより、固いわ、あなた。けど、断りたいなら、はっきり『お付き合いできません』って言ってしまえばそれでいいでしょ?」
ゆかりの言っていることは多分正論。
あやだってそれぐらいのことは分かっているのだ。ただ……。
「なんとなくなんですけど、昨日の彼、一度狙いをつけたら結構しつこそうな気がするんですよね」
よっぽど、逃げたいらしい。まだはっきり告白されたわけでもないのに、本人昨日一晩、そんなことをずっと考えていたのだ。
もう、あやちゃん、考えることが大げさで、ちょっと子供みたい。まるでスズメみたいに臆病なんだから。ある意味、微笑ましく思ったりしているゆかりだった。
すると、目の前であやが「あっ」と言いながら、脇に置いてあった練習用のスコアを顔の正面で大きく開いた。
なんか、顔を隠そうとしているみたいだけど?と思ったら、開いたスコアの向こうであやの声が響いた。
「やっぱり、彼来た!」
ん?と思って横を振り向いてみる。開けっ放しのカーテンの向こう、アーケードの通路を挟んでちょうど教室の正面にあるのが喫茶アネモネである。
そのドアを今まさにくぐろうとする、昨日のブレザー学生の姿がそこにあった。
「ゆかりさんも、早く、楽譜かなにかで顔を隠してください!」
言われて仕方なく、ふたりして、楽譜を顔の前に立てて顔を隠した……、っていうか――
「こうすれば、済む話でしょ?」
そう、教室のカーテン下ろしちゃえばいいわけだ。
立ち上がって教室のカーテンを引いてしまえば、ガラス張りの教室の中はオモテから見えなくなる。
しかし、あやのほうは、「そのカーテン透けたりしませんか?」なんて、すっかり逃亡者かなにかみたいになっている。
ちょっと大げさな反応。おぼこいわ、このコ。
そして改めてゆかりがソファに腰を下ろすと聞いた。
「でも、あやちゃん、彼氏って言うけど、いないんでしょ?お付き合いしてる人。それでどうやって彼氏見つけてくるの?」
「だから、草壁さんに彼氏になってもらおうと思ってるんです」
この言葉には、ゆかりのほうが飲んでたお茶を噴き出した。
あやは冗談みたいなことを平然と言った。
「ゆかりさんにその許可をとろうと思って来たんです」
「許可ってなによ!許可って!どっから突っ込んでいいか、わからないわ、もう……」
あやが随分と持って回ったことを考えて、ゆかりが否とも言えず、なんとなくそれに引張られることにより、事態はすっきりするどころか、実は余計にもつれたりするのだが……。
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そんなことがあっての喫茶アネモネである。
あやのほうは、田村が来たらいつでも切り札を出そうと待ち構えていたが、あれ以来しばらく彼はアネモネに顔を出さなかった。
そのかわりカウンターには、商店街のスナック「momo」のママ、ミミの姿が代わりにあったりする。
30代半ばという割りに、見てくれの若いママだった。紫色したレースのマフラーをゆらせてコーヒーカップを傾けている姿は、見た目ちょっと派手だが、有閑マダム風。
そして、このママがたまに顔を出すと、ちょっと嬉しそうなのがこの喫茶店のマスターだった。
客としてうれしいのか、それとももっと別の何かがあるのかはわからないが。
互いにちょうど年も近いはずだ。
「最近、ママよく来てくれてうれしいよ」
なんて、おべっかなのか、口説いてるのかよくわからないことを言うのだが、ママのほうはちょっと素っ気なかったりする。
「礼ならあやちゃんに言って……時々、こうやって催促にこないと、この子うちに顔出さないんだから」
ミミのほうはというと、まるでマスターの言葉をまるっきりお愛想程度にしか受け取っていないようだった。
ミミが顔を出すといえば、必ずといっていいぐらいあやの出ている時を狙ってやってくる。
そして、前来たときから、もうひと月以上ご無沙汰じゃないの?常連さん、あなたに会いたがってるから、今度ゆかりちゃんといっしょにおいでなさいな。なんて言って、あやの次のスナックのシフトを強引に入れようとする。
田村も困るが、このママさんにもちょっと閉口しているあやだった。
そんな時である。
ヤツがとうとうやって来た。
あの高校生、田村隼人である。
本日もブレザー姿。
扉を開けて店の中に入ってきたときから、前の時と同じく真面目腐った顔をしながら、視線だけは他のものに目もくれず、じっとあやのほうを見据えたまま、ゆっくりとカウンター近くまで歩み寄ってきた。
マスターとミミが、そんな様子をジッと見つめていた。
両手を後ろに回したまま、スッとカウンターの前にやってきた田村。ミミをすぐ左手に見下ろすようなところでピタッと止まる。
明らかにただの客としてやってきたのではない様子をしていた。
マスターが声をかけてもそれが全く聞こえないようにずっと無視していると思ったら、軽く一つ深呼吸をしたあと、後ろにまわしていた手をカウンターの中にいるあやのほうへと差し出した。
手には、花束が握られていた。
「これ、ボクの気持ちです」
一瞬、静まり返る店内。一同に注目されているあやは差し出された花束を目の前に、凍り付いていた。
沈黙を破ったのは、ミミの妙に明るい声だった。
「うわー、やるわね、この高校生!!」
一人、このシチュエーションを恋愛映画の一場面でも見ているみたいにして楽しんでいた。
ところで、この田村、どんなヤツかというと。
だいたいあやの危惧していた通りのヤツだった。
ゆかりは、ちょっと真面目そうだと暢気なことを言っていたが、素顔は全く違う。
とにかく女と見るとすぐ口説こうとする。これは!と思った子には見境なくナンパでも告白でも平気でできるような男だった。
ただ一言で「ナンパ」と言っても、求めるものは人それぞれ。
単に、一夜の、いや一時の快楽だけ得られたらそれでいいっていうタイプもいれば、きちんとしたお付き合いを求めるタイプもいる。
コイツの場合、恋人が欲しいというタイプ。
そう聞くとそれなりに真面目そうに思えるかもしれないが、この男、恋人がいっぱい欲しいという男だった。
そういう意味では、かなりタチが悪い。つまり、付き合っている女子がこっちにいたら、あっちでも別に欲しいとか思っているのだから。
しかも、狙いをつけたら、それなりにしぶとい。
女性に照れとか気後れとかをあんまり感じない。つまり厚顔無恥。女の子に振られることなんて大してなんとも思っていない。
だから、女の子に花束のプレゼントなんていうのも、少しの照れもなくできるのだが、照れているような様子だけはしっかりと演じれる。
とてもストレート、かつ大げさな告白方法も、彼なりに手ごたえをつかんでのこと。
言葉だけじゃインパクトが弱いし、凝ったことをすると慣れてると思われる。
というわけで、ちょっとぐらい野暮ったくても、そのかわりどストレート勝負っていうのが功を奏す可能性が高いという経験則に乗っ取っての、近頃の常套手段だった。
相当、場数を踏んでいる様子だ。
あやは目の前でまるで清水の舞台から飛び降りるみたいな目をしてじっと自分を見つめる田村と彼が差し出した花束をじっと交互に見る。
いきなりの不意打ちみたいな告白にやっぱり驚いている。しばらく気持ちを落ち着けるように間をとってから、田村に向かって言った。
「ごめんなさい。その花束は受け取れません。私付き合ってる人がいるんです」
驚いたのは田村よりも、その話をいっしょになって聞いていたマスターとミミの二人だった。
(ウソっ!あやちゃんそんな人いるなんて今まで全然聞いてなかったけど!いたの?!)
怒ったような眼差しでこっちをジッとみながらあやにそんなことを言われた田村だって驚くには驚いた。が、コイツの場合、そんなことは日常茶飯事なんで、正直精神的にはそれほどショックはあんまりなかった。またか!程度のものだったが、一応驚いたフリはした。
「えっ!ウソでしょ」
「ホントです。この前、そこのカウンターに座ってた人です。覚えてませんか?」
「居たのは覚えてるけど、僕があやさんに声掛けても、あんまり反応してませんでしたよね?目の前で彼女が口説かれてるの聞いて、普通黙ってます?」
「田村君もはっきり、それらしい言葉を言わなかったからです」
「本当ですか?なんか信じられないんですけど……」
「今度連れてきてちゃんと紹介します。ソレ見たら納得してくれますか?」
「わかりました」
その夜のことである。
さっそくあやが連絡を入れたのは、草壁ではなく――。
「――というわけなんで、明後日の夕方、草壁さんの貸し出し、よろしくお願いします」
「だから、あんでなんで私にそんなこと言うのよっ!?」
いきなりあやからそんなことを言われて受話器の向こうでゆかりが叫んでいた。
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ここでちょっと話が変るのだが、以前、草壁が応募したバイトのことを今回はちょっとだけ触れておく。
あのとき草壁が応募したバイトというのが、とある旅館の洗い場のバイトであった。
夕食後に客が食べ終わった食器が、番重、つまりプラスティックでできた幅広で底浅のトレーに満載になってやってくるのを次から次へと洗って片付けるという仕事であった。
で、場所というのが、ひまわりが丘から電車にゆられて数駅というところにある「双葉荘」という名前の温泉旅館だった。
この双葉荘についての詳しいことは後にゆずるが、ちょうどその頃、、草壁はそのバイトを始めたのだった。
このバイトの時給というのが、他の飲食店の洗い場や厨房と比べて割りとよかったというのは前にも書いた。
しかし、報酬の高さは、仕事内容のキツさと引き換えである。簡単に皿洗いと言っても、旅館ともなるとなかなかに体力のいるキツイ仕事だった。
まあ、草壁のバイトの話も今は置いておく。
慣れないバイトを終えて、疲れた体でトボトボと夜道を歩いて家まで帰るそんなとき、彼のところに、件のニセカレの依頼が舞い込んだのだった。
しかし、電話に出た彼を驚かしたのは、そのとんでもない依頼の内容よりもその話を持ち込んできた人物である。
携帯の向こうから聞こえてきたのは、あやではなく、ゆかりの声だった。
「なんで、そんなことゆかりさんが頼んでくるんですか?」
「なんかあやちゃんが、そうしてほしいって言うから……」
あや曰く、『そうしないと、草壁さんが可愛そうな目にあいそうだから』だと。持って回った気の使い方をする子であった。
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その翌日、つまり草壁のお披露目式の前日である。
ひまわりが丘の商店街に田村がやってきていた。
「イテテ……」
色々あって、腰を痛めた田村。
たしかこの商店街に整骨院があったようなので、そこで腰を診て貰おうと思っていた。
商店街の整骨院、といったらあの今木恵の実家「今木整骨院」のことである。別に田村はこの整骨院と繋がりがあったわけではなかったが、偶々喫茶アネモネに出入りするときに目にしていたこの整骨院をふと思いついたので、痛む腰をサスリサスリしながら、ここまでやって来たわけである。
元々、恵の両親が二人で治療師として働いている整骨院だが、助手のような人は雇っては居なかった。
患者の受付などは、二人のうち手の空いているほうがすれば、大抵は事足りたし、まれに二人とも施術中という場合は「現在、施術中」という小さなボートを出入り口にかけておくのが常だった。
が、娘の恵の手が空いている時などは、彼女も受付に座って簡単なお手伝いをすることがあった。
要は、受付のカウンターに座っているだけの話だ。
ここ最近はこの手の整骨院なんかも競争が激しい。そんななか、ただ座っているだけでも、受付に誰かの姿があるだけで、ひとの印象も違ってくるらしい。
そんなわけで、恵も暇なら白衣を付けて、いかにも整骨院の助手みたいな姿になって受付に座ることがちょくちょくあった。
その日、田村が訪れたときにも、ちょうど恵が受付に座っていたのだった。
このときの田村がどういう行動に出たか?かいつまんで言うとこんな調子だった。
最初、「ご予約いただいておりましたでしょうか?」と恵に聞かれてもしばらく、ぼんやりと恵を見つめているだけで、彼女の言葉が聞こえてないみたいな様子をしていた。もちろん芝居だ。
「あの……ご予約ですが?」聞き返されて、初めて我に返ったようになりながら。大慌てを装って「ごめんなさい、予約はないんですけど、今急に飛び込んだものですから……あっ、もちろん痛いんですけど、受付を見て……いや、そうじゃなくて、はい、予約ないです、すみません。思い立ってここに入ったんで、すみません」って感じでシドロモドロ。
「あっ、いえ、一応ご予約のお客さまを優先させてもらってますが、ただいまから治療させてもらいますから」恵が、このちょっと変った初心そうな若者にちょっと笑いながら応対した。
そして治療を終えたあとである。
「それでは、田村様、この次のご予約の予定どういたしましょうか?」と聞かれた田村。「予定はどうなっているんですか?」「はあ?何のでしょうか?」「あの、め、恵さんのご予定は?」「……」「あっ、す、すみません」
平気でそんな芝居を打って、初回の治療を終えたのだった。
そしてその翌日である。あやのニセカレ、草壁のお披露目は、喫茶アネモネで行われた。
打ち合わせの時間より、少し早く店に到着した草壁。もうすでにエプロンをつけてウエイトレスとしてカウンターに入っていたあやに迎えられると、いつもの席に着席した。
目の前では、裏の事情を知らないマスターが
「二人とも本当にお付き合いしてたの?」
というふうに、驚きの眼差しで、隣に立つあやと、目の前にカウンター席に座る草壁を交互に見やっている。
「はあ……まあ……」
ウソを突き通すには、真実を知るものは少ないほうがいいに決まっている。というわけで、マスターにも事実は伏せたままで、照れたようにあやと草壁が言葉を詰まらせている。
付き合っているというだけのことだし、あんまり大げさな話ではないのだが、マスターとしてはなんとも神妙な顔にならざるを得なかった。
良かったね、と言っていいのか、それとも、なんと言っていいのか分からない状況だ。
普通なら、笑っていればそれでよさそうだが、どうも笑ってもいられないような気がする。とても気を使う。というのも、草壁から3つも席を開けて、無表情に座る客の姿をこの際、無視できなかった。とりあえず、そっちに話を振ってみた。
「そうだったの……けど、そっちはそのこと知ってたの?」
そう、始終、仏頂面で無口にコーヒーを飲んでいる長瀬ゆかりがそこにいたのだ。
彼女、今日は店にやってきたのはいいけど、なんでエプロン着けようしないんだろう?色々と聞きたいけど、なんか踏んじゃいけない地雷がそこらにありそうで怖い。
「まあ……」
恐る恐る、ゆかりの様子を探ろうとするマスターに、ゆかりは素っ気無く答えてじっと黙りこむだけだった。
あやちゃんと草壁クンも、なんか様子が重い。
思えば、草壁クンが絡んでくると、ちょっとしたことで店の雰囲気が変る。というか、なんでこの売り上げにあんまり響かない常連にこんなに店が振り回されなきゃならないんだ?
仕方ないので、沈黙に付き合いながらそんなことを思うマスターだった。
「というわけで、こちらがお付き合いしている草壁さん」
それからものの5分もすれば、時間通りにアネモネにやってきた田村に向かって、あやがなんだか訳のわからない彼氏紹介を行った。
「どうも、辻倉さんとお付き合いさせてもらっている草壁です」
田村が店内に入ってくると、いらっしゃいませの言葉もなく、いきなりあやが草壁を指差して紹介をしたと思ったら、草壁のほうも立ち上がって田村に向かって軽く会釈した。
まるでとってつけたような紹介である。事実、とってつけたようなものだが。
それにしても、こういうことは、お互いの両親や家族を前にして行うというのならわかる。
なんで、ちょっと顔を合わせただけの、どこの誰ともよくわからない高校生相手にそんなことをしなければならない?
事情を理解している草壁も、頭の中が「?」マークでいっぱいにしながらの変な芝居だ。
「あっ、そうですか……」
言われた田村だって、言葉に詰まるだけだ。
いろんな振られ方をしてきたが、こんなに変な振られ方は初めてだった。さすがの恥知らずもここでは言葉に詰まらざるを得なかった。
静かな店内。
互いに何と言っていいのかわからないまま黙り込む一同。
付き合いきれなくなったマスターは、呆れた顔して、カウンターの隅の椅子に座って一人スポーツ新聞を広げた。
互いに突っ立ったまま見合う、田村と草壁。
恋敵同士の鉢合わせ、というとなんかちょっと殺伐とした雰囲気も漂いそうだが、どうも恋敵同士とも言いがたい。
田村は彼氏持ちと知らずに口説いて、普通に振られただけの男。草壁は彼氏、だという触れ込みで引っ張り出されたただの友達。しかも、向こうがしつこく食い下がるなら反発もしようが、田村がなんとも言えずに言葉に詰まってるので、草壁もなんと言っていいかわからない状態。
それを見ている、この馬鹿げた芝居の主催者である、あやもその奇妙な雰囲気をどうとらえていいのか分からない。
ゆかりはというと、気になって様子を見に来たら、この猿芝居っぷりに、マスターと同じく呆気にとられていた。わたし、そろそろピアノ教室の時間だから、もう帰ろう。
その場に居る全員が、こう思っていた。
「なんだ、これ?」と
そこで最初に言葉を発したのは田村だった。
「そ、そうだったのか……」
ようやく、気を取り直したこの男、わざと気落ちしたような弱気な笑顔を浮かべながら、小さく呟いた。
と、同時に、カウンターの隅で、こっちに背中を向けてコーヒーを飲んでいるゆかりのほうをチラッと確認する。
「な、なんか、ボクばっかり一生懸命で、ちょっと恥ずかしい……」
がっくりと肩を落としながら、フラフラっとカウンターに歩み寄ってゆく。
「ごめんなさい、そういうことなんで」
と、あやから声を掛けられて
「いえ、いいんです。振られるのが怖くて告白なんてできないし……あっ、せっかくだから、お茶飲んで行ってもいいでしょ?」
「あ、はい」
見てると、ゆかりの隣に座った田村だった。
「なんか、すごいかっこ悪いですよね?これって。みんなの前で思いっきり振られるなんて、ハハハハ」
力よわく、独り言のようにそんなことを口走ったあと、自嘲の笑みを浮かべていた。
うわっ、このコ、あやちゃんに振られたとなったら、今度私にちょっかいだすつもり?
そのバイタリティーにゆかりが目をむいていた。が、こっちはあやよりは少し手ごわい。
今、この男子に慰めの言葉なんかでも掛けようものなら、絶対、それを足がかりにこっちに擦り寄ってくるに違いないのだ。あやちゃん、大正解。
ゆかりは田村の言葉を無視するようにして、だんまりを決め込んでいる。
田村は気づいていなかったが、となりのゆかりは嫌いな男の子とダンスさせられているみたいな顔をして固まっていた。
それを見たマスターが思わず田村にこう言った。
「君、今日はもう帰ったら?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
という訳で、田村はあやには振られた。
が、未練がないわけではなかった。彼女、普通にかわいいし。
そういう彼女が居れば、自慢にもなる。と思っている。
もはや、彼にとっての恋愛は、コレクター趣味みたいなものだった。どうせトレーディングカードの収集をするなら、プレミアのつくレアカードが欲しい。
しかし、彼氏持ちを口説くというのは彼の趣味ではない。というより、それで痛い目には色々あってるから。
そして、そんな田村の次のターゲットはというと、あやに粉をかけつつ、さり気なく様子をさぐっていた、もう一人のほう。
整骨院の娘、恵である。
「最近、良くこられますね?」
「早く、腰をなおして、部活に戻りたいから」
「まだ、お痛みありますか?」
あれから、3日に置かず整骨院に通ううちに、軽く恵とも話すようになっていた田村である。まだ、ちょっと初心な年下を装っているが、ソロリソロリとフレンドリーな様子も見せたりしている。
そして、こんな会話の流れの中で。
「正直……ちょっと……痛いです……なんって……」
そういいながら、自分の胸を軽く押さえて、照れ笑いを浮かべる。
「あっ、はあ……」
目の前でそう言ってぎこちなく笑う年下に、恵もちょっと心がぐらついていたりする。
彼女の場合、年上でなきゃダメと思って今まで生きてきたが、最初から年下とは積極的に接触してこなかったというのもあった。
高校生だというだけで、最初はなんとも思ってなかったが、田村にそれとなくくすぐられてみると、悪いふうには思えない。
それに、なんとなく真面目そうだし。
恵には意中の人がいた。そう、あの草壁である。
しかし学校で時々いっしょになって、それなりにモーションかけるが、お兄ちゃん、どうもピアノの先生が好き見たいだ。
なんて思うと、気持ちがぐらつくことも正直に言ってあった。
目の前で、じっとこっちを見つめているこの年下を、受付に座った恵が見上げながら、とりあえず心の中を落ち着けて、仕事に戻って言った。
揺れているのはちょっと自分でも自覚した。自然と話しかける口調が少し砕けてしまっていたから。
「と、ところでこの次のご予約、いつにします?」
そのとき田村が今までになく、真剣な顔でこう聞いた。
「恵さん、この次、いつ受け付けに出られますか?」
言葉はそれだけだったが、その目が何かを訴えていた。勘でわかった。
彼、次に告白してくるに違いない、と。
悩む、と言ってもそれほど大げさな話でもないのは確かである。
たとえ告白されたとしても、いやなら断ればいいだけの話。
恵としては、悪い気もしないから、もし誘われたらデートにぐらい一度お付き合いしてもいいかもしれないぐらいには思っていた。
けど、そうなってもしお付き合いでも始めるとしたら、草壁(お兄ちゃん)を諦めるということなる。フリーの身の上としてはデートのひとつぐらいどうってことないかもしれないが、そこからお付き合いとなると話は別だ。決断はしないといけない。
お兄ちゃんの面影のある、年上の彼と、年下だけどいい子っぽいあの田村君。
そんなふうに恵が悩んでいるとき、さらに彼女の悩みを深めるようなとある話を聞いた。
「恵ちゃんは知ってたの?」
草壁を追いかけるうちに、ちょっとした顔なじみとなった喫茶アネモネでマスターからいきなりこんな話を聞かされた。
「何をですか?」
「草壁クンがうちのあやちゃんと付き合ってたこと」
いきさつを聞いた恵は、フラフラと眩暈のようなものを感じずにはいられなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
どう聞いても、訳がわからない。
自分の見る限り、お兄ちゃんの本命はあのピアノ。この前、ショッピングモールでタコヤキをめぐってマジゲンカやらかしていたのを見ても明白なはず。
それが、いきなり飛び出してきた辻倉あやと出来ていたという、衝撃の急展開だ。
おかしい。なにかが、絶対におかしい。
しかし、喫茶店で堂々と二人の交際宣言が飛び出したのも事実だという。
いや、絶対におかしい。どうしてピアノじゃなくて、辻倉さんなの?
あの二人、つい最近までそんなそぶりなかったじゃないの?なんで急に?
「こんにちは」
草壁とあやがお付き合いをしているという話を聞いてから、ずっとそんなことを悩んでいる恵だった。その日、受付に座っていても、仕事そっちのけで上の空の様子であった。
それに、今日は田村君の受診の日。
彼から何か言われたら、返事もちゃんとしてあげなければいけないし。
お兄ちゃんと辻倉さんのことも、気になって仕方ない。
と、そうやって受付にぼんやり座っている恵の目の前に現れたのが、スナックmomoのママのミミである。
「どうしたの?ぼおっとして」
不審げに顔を覗き込むミミに慌てて、意識を仕事に戻す恵。
「い、いえ、なんでも。それより、よく見えますね」
「夜遅くなったり、飲みすぎたあと、ここで鍼うってもらうと楽になるの」
実はこのスナックのママさんもここのクライアントだったりする。言葉のとおり、鍼灸治療を時々受けにきていた。
水商売、夜は遅いし、生活も不規則になりがちだが、なんと言っても体が資本。
だから、昼のうちは、適度な運動も心がけ、サプリを飲んだり、こうして鍼を打ってもらって体調管理はかかせないのだった。
「あと10分ほどで、ご案内できると思います」
「そう、じゃあ、ちょっとここで待たせてもらうわね」
恵の座る受付の目の前は小さな待合室になっている。ミミはそういうと、マガジンラックから適当な雑誌を手にとって、待合室の椅子に静かに座った。
ミミが待合室で静かに雑誌をめくりはじめて、ものの数分もしただろうか?
診察予定どおり、田村が診療所に姿を現した。
彼の行動は、だいたいいつかあやに告白した喫茶アネモネでの繰り返しだった。
おそらく、テンプレートどおりの行動だ。
固い顔して、後ろ手に用意していた花束を恵の前に差し出して、一言。
「これ、ボクの気持ちです」
しばらくの沈黙。言葉だけかと思ったら花束のプレゼントなんていう意外なオマケつきに、ちょっとだけ感動しながら恵はおもわず、差し出された花束に手を伸ばした。
しかたないか……デート一回ぐらい付き合ってあげても。そっからあとは……もうわからないわ。
そのときである。
「あら、この色男っ!!この前も、あやちゃんに同じことしてたでしょ?」
雑誌から顔あげたミミが、ニヤニヤしながら田村に声をかけた。ミミの存在に気づいていなかった田村、不意にそばから聞こえてきたその言葉に、ギョッとしてそちらに注意を逸らした。
そのとき、恵は事態を瞬時に飲み込んだ。
コイツっ!!
「おかしい、おかしいって思ってたら、オマエが引っ掻き回してたのかっ!!」
「イテッ!」
恵が手にしていた花束を勢いよく振り下ろすと、田村の頭の上で盛大に花びらが砕け散った。
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その後、いろいろあって恵と田村はなぜか、二人で駅前のドーナツショップで話しこむことになった。
つまり、こういうことだ。
田村にしてみたら、二股がバレた、そこで女の子が怒って花束でぶん殴られた、というところまでは理解できる。
よくあることだった。
しかし、そのとき、恵が「あんたのせいで色々と面倒なことになったんじゃないの!」と言われても、どこがどうややこしくなっているのかさっぱり分からなかった。
で、治療後、田村と恵との間にこのような会話が交わされた。
”あんたが、辻倉さんにしつこく言い寄るから、話がややこしいことになってるんでしょ?”
”どういうこと?よくわからないけど、詳しい話聞かせてよ、お茶ぐらいおごるから。”
”なに?”
”ねえ、駅前でドーナツ食べるぐらいだったらいいでしょ?ね、いいでしょ?それぐらいなら、僕、先行って待ってるから。30分後、大丈夫?いい、いい?うん、いいよね?じゃあ、待ってるから!”
素顔がバレたとなったら途端に軽くなった田村。
相手の顔を見て、軽く迫るか、真面目を装うか使い分けれるなんて朝飯前。もちろん、こちらが彼の素顔である。もはや相手のことなんか考えずに無理矢理約束を取り付けてしまうと、さっさと整骨院をあとにした。
言われた恵のほうも、呆れもしたし、腹もたったが、コイツから詳しい話をもっと聞いておいたほうがいいかもと思って、田村の言葉に乗った。
ドーナツ、散々食ってやる。
という訳で、駅前のドーナツショップ。
それは、淋しげな駅前南口にすぐ隣接している、某チェーンの店舗である。
華やかな北口、つまり商店街のある方とは反対側とは違って、この手のお店は北口にはあんまりなかった。というわけで、競争相手が比較的少ないせいか、それなりには流行っているみたいだ。
夕暮れ時に近い頃、学校帰りみたいな学生もけっこういるし、オシャベリに夢中の中年主婦たちの姿や、スーツ姿が静かにコーヒーを飲んでいたりと、結構、騒がしい店内。
固い木の椅子はちょっと座り心地が悪かった。
ドーナツ程度で長居はご遠慮ください、という店の経営方針が透けてみるようだ。
「ちょっと見は真面目っぽいと思ったけど、実際はただのスケベじゃない、あんたって」
約束どおり、田村に支払いをさせて買ったドーナツは、期間限定発売のちょっと大きめのクロワッサン生地にたっぷりチョコレートの掛かったヤツ。そんなの3つも食べたら、カロリー的にヤバイか?と思ったが、半分やけ食いしたい気分の恵は、もうあんまり細かいこと考えずに、でっかい口を開けて、そのドーナツを一口で半分ほど口の中に押し込んでしまった。
おいしいけど、激甘。
「恵ちゃんも、意外と口悪いよね……」
驚いたことに、素顔がバレたとなった途端、この年下高校生が、恵相手に完全にタメ口を聞きだしたことである。
この手の年下が一番嫌。やっぱ、年上しかないわ。私には。
ついさっきまで、草壁と両てんびんにかけてたモヤモヤが完全にどっかに吹き飛ぶと同時に、田村のツラの皮の厚さに呆れもしていた。コイツ、ついさっき振られたばかりの相手と、よく平気な顔してそんなふうしにしていられるもんだ。
「どうでもいいけど、年下のくせして、いきなりタメ口にならないでよ!」
「一つ違うだけじゃないか」
「一つでも下は下でしょ?」
「一つぐらいの年の差、交際の邪魔になるの?」
「あんた、まだ私を口説くつもり?言っとくけど、私、年下ダメなの!ましてアンタみたいな恥知らずと付き合うつもりないから!」
油断するとすぐ口説こうみたいなことを言い出すこのバカにちょっと呆れる恵だった。
そんな恵から、あやと草壁の交際はどうもウソらしいという情報を聞き出した田村は、一人でニヤニヤしていた。
事情がわかったから、もういいでしょ?私も残りのドーナツさっさと食べて、こんなバカとはさっさとおさらばよ。
恵は、草壁の前では絶対見せないような大口で残りのドーナツをパクつきながら、すっかり気を弛ませながらこんな言葉を呟いた。
「おかしいと思ったのよ。辻倉さんとお兄ちゃんがいきなりくっつくなんて……」
田村の前で、草壁のことを『おにいちゃん』と呼んでしまった!
ハッとなる恵。
そんな顔をめざとく見逃さないのがこの田村だった。
「何?その『おにいちゃん』って」
ヤバイ!嫌なヤツに嫌な言葉を聞かれた……。苦りきった顔をしながら、田村の視線を避けるように横向いた恵。
「うるさい!なんでもないわよ!ほっといて」
「何?何?その『おにいちゃん』って、ねえ、恵ちゃん。ねえ、ねえ」
「あんたには関係ないから」
「あっそう!教えてくれないんだ……じゃあいいや、あの草壁って人に直接聞いちゃお!『ねえ、なんで恵ちゃんは、そちらのことをお兄ちゃんって呼んでるですか?』って」
「ちょっとぉっ!」
「何?聞いちゃダメなの?なんで?」
「……」
仕方ないので、ちょっとだけそのことを田村に話す恵だった。先輩がうちのお兄ちゃんにちょっと似てるからよ、と。
すると、変なところだけ勘のいいこの男、それなりに恵の思いを感じ取ったようだ。
「あああん……似てるんだぁ……あっ、へえぇぇ……それで、草壁って人には言えずに心の中だけでずっと『おにいちゃん』なんて思ってるの?はあぁ、そう……」
「うっさい!なにその作った声で、『おにいちゃん』とかって?気持ち悪いから」
「恵ちゃん、その人のこと好きなんでしょ?だから、その人と辻倉さんが付き合っているということに敏感だったんでしょ?それでおかしいと思ってたんでしょ?」
「……ほっといてくれる?あんたとはこれ限りで、無関係になるから、私のことはほっといて」
「なんだよ、ただのブラコンかよ」
「笑うな!あんた本当に失礼なヤツだよね?」
今度は木刀かなんかでドタマをぶちのめしてやりたい。
「しかし、恵ちゃんの言うとおり偽彼氏なら、付け入る隙はあるな……」
口の周りを砂糖だらけにしながら、ほくそ笑む田村を見て、恵があざ笑った。コイツ、バカだろ?
「バカじゃない?偽の彼氏まで仕立てて、断ってるのよ。脈なんかあるわけないでしょ?」
普通はそう思うだろう。が、そう思わないのが田村だった。
「一度や二度断られたぐらいで諦めて、恋なんかできると思う?」
なぜか分からないが、自信たっぷりな顔している。
もはや見ていると、男っていうより、珍獣みたいな気がしてくる不思議。
「その面の皮の厚さが、見ててムカツクわ」
そして、その珍獣、食いさしのドーナツを皿に置くと、恵をジッと見てこんなことをぬかした。
「共同戦線を張ろうよ」
「手を握るな!その砂糖だらけの手で!」
「そんなことは置いといて、あやちゃんの彼氏のことは、お互いのためにはっきりさせといたほうがいいと思わない?」
「だから、手を放せって言ってるでしょ!触んないで!」
しかし。
そのとき恵にも恵なりの計算は働かせていた。
この目の前の恥知らず、嫌なヤツだけど、行動力はある。使い方次第では便利ではないだろうか?と。
かくて同盟締結となる。
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ちょうどそのころの喫茶アネモネでは、ゆかりとあやの二人のツートップのご出勤となっていた。
そして、まるで3人目のバイトみたいにして、草壁の姿もカウンターにあったりする。
そして相も変らず他に客のいない店内は、なんともいえない静寂感がただよっていた。
というのも、未だに草壁とあやのお芝居の舞台裏を知らされていないマスターがこの3人相手にどう接していいかよくわからずに一人悩んでいたのだ。
あやちゃんとゆかりちゃん、一応、普段みたいに仲良さそうにしているけど、ゆかりちゃん内心穏やかじゃないんじゃないだろうか?
それどころか、恋敵と職場がかぶるなんて事態に嫌気が差して、バイトやめるとか言い出したら、おおごとだぞ。
草壁クンもえらいことしてくれたよなあ……。
ってな具合である。
「ねえねえ、ゆかりさん、今日のマスター無口だとおもいません?」
「かもね……まだ、ウソだって言っていないんでしょ?」
「また田村君来るかもしれないから、しばらくはこのままの設定にしておいたほうがいいと思うんですよ」
「知らないわよ、私は」
あやが勝手に自分の思惑だけで事態を進めようとするので、ゆかりも呆れて苦笑するしかなかった。
「けど、そうなったら、そうなったで、このウソをどういう形で落としたらいいか悩むんですよ」
「私に聞かないでよ、あなたが自分で絵を描いたんでしょ?」
そこへ、同盟締結直後の田村と恵が二人連れで喫茶店に飛び込んできた。
「ちょっと、お話したいことがあるんですけど、先輩と辻倉さん、いいですか?」
恵がこんな怖い顔を草壁に見せるのは多分初めてだろう。
それから、どうなったか?
マスター以外の5人は話し合いの場をもつべく、喫茶店窓際のボックス席へとゾロゾロと移動してそこに腰を落ち着けた。
「おーい!あやちゃん、お仕事中だよ……」
エプロン姿のままカウンターを出てゆくあやの背中にマスターが声をかけたら、あやはちょっと決まり悪そうな顔をしながらも
「す、すみません、すぐに話を終わらせますから」
と言うだけで、事実上マスターの言葉を無視した。
もはや喫茶店じゃなくて、どっかのサークルの部室みたいなもんだ。
5人のうち、恵と田村が並んで座り、その対面にあやと草壁が並ぶように座った。
そして5人目のゆかりである。考えてみたら、この場にゆかりの同席がなぜ必要なのかはよくわからないが、彼女もさも私も関係者ですからみたいな顔をして、4人にくっついてきた。
事情を知らない田村だけが、えっ、なんで?みたいな顔をしていたのだが、恵が無反応で受け入れている様子なので、そこを突っ込むのをやめた。
一同が陣取った窓際のテーブル席というのが4人がけ。ということで、ゆかりは通路に椅子を置いてそこに着席。
「おーい、ゆかりちゃん、君は関係ないだろう?」
カウンターからは、ただのバイトに気を使いながら恐る恐る声をかけるマスター。
しかし、こっちのバイトも雇い主を完全に無視。そして堂々と職場放棄宣言。
「いいじゃないですか、今、客はいませんし」
雇い主に一瞥もくれることなく、そっけなく言い放つゆかりを見て、マスター、もはや絶句するしかなかった。
一同が着座すると同時にもう話しが始まったので、田村は結局、ゆかりがなぜ付いて来たのかよくわからないままだった。
「改めて聞かせてもらいたいんですけど、先輩、辻倉さんと付き合ってるなんてウソですよね?」
恵は入ってきたときから、ずっと怖い顔のままだ。今ここで、草壁たちのウソ芝居の全容を一気に暴き立てるつもりなのだから。
「そ、それよりも、なんで彼と恵ちゃんが一緒なの?」
「モトカ……」
田村が恵の隣で、とんでもないことを言い出しそうになるのを、咄嗟に遮って恵が言った。
「知り合いなんです。昔からの」
机の下で田村の足を蹴飛ばす。フザケンナ!
「そんなことより、先輩、話を逸らさないでください。本当のことを聞かせてください。私、田村君から聞いてびっくりしてるんですから」
「そうそう、あやちゃん、本当はどうなの?」
向かい合って座る田村と恵から、怖い顔して睨まれている草壁とあや。
それだけじゃなくて、脇でじっと黙ってこっちを観察しているゆかりの目もちょっと痛い。
ウソがばれたらしいことは明白としても、こうなったら、逆に後に引けない、あや。
「ちゃ、ちゃんと付き合ってますよ……」
完全に押され気味なんで、言葉が弱い、語尾が力なく消える。するとそこへ食い気味で田村の言葉がかぶさってくる。
「ボクは、ウソだけは絶対にいやなんです!」
実に威勢がいい。さっさと追い込んでやるつもり。だが、田村の言葉を横で聞いていた恵は心の中でこう突っ込んでいた。あんたこそ、ウソだらけのくせに!
「本当にお付き合いしてるから……」
「そんなそぶり全然見えないんですけど!先輩、やっぱりウソなんでしょ?」
「僕らの付き合いに口出さないでくれないかな?」
「やれやれだよ。あの連中、人の店で恋愛サークルごっこ始めちゃったよ……」
もはや、言葉もなく、カウンターの隅に座ってタバコをくゆらせるしかないマスター。
本当は一杯引っ掛けたいぐらいだが、タバコで我慢だ。あんまり店で吸わないほがいいだろうけど、それぐらいしないとやってられない。もう、今日の営業はどうでもいいわ。
「本当に付き合ってるというのなら、ここでキスしてみてください」
恵が厳しい口調でそう迫った途端である。
さすがのマスターもタバコにむせて咳き込んだ。
と、同時に、ガタッと乱暴な音をたてて、椅子が床に転がった。
その椅子に腰掛けていたゆかりが、勢いこんで立ち上がったからだ。
「バカなこと言わないで!」
思わず、テーブル席の4人から注視を受けるゆかり。
そのずっと背後では、未だに咳き込んでいるマスター。喫煙歴も長い、タバコにむせるなんて高校生のとき以来だ。
田村やあやの視線に、急に我に返ったゆかりは、ちょっと照れくさそうにしながら、椅子をもどして座りなおした。
「してみる?」
場所をわきまえずに軽いことを言う草壁。机の下では、隣と斜め前の双方向からの足蹴を受けた。
「肩ぐらいは抱けますよね?」
田村からそう言われた草壁、乗っていいかどうかわからなかった。だが、あやはだんまりを決め込んで俯いているだけだし、それぐらいはしないとこの場は逃れられない雰囲気。というわけで、あやの肩を抱いた。
「これで、いい?」
結局、その場は、「付き合ってます」というウソを押し通すことで田村と恵の追及からは逃れられた。
が、二人の疑惑は残ったままだし。草壁の足には、ものすごい力でゆかりに踏んづけられたためにできた青アザも残ったままとなった。
その日の帰り、草壁はマスターから「どうして君が絡むとこんなことばっかりなんだ?」と真顔で聞かれたがそんなことこっちに聞いたって知るかと思った。
それとは別に、辻倉あやは、これからどうしよう?と思っていたし。
長瀬ゆかりのほうは、ピンヒール履いてきたらよかった!と思っていた。
第27話 おわり




