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姉様の幸せのために  作者: 藤崎珠里


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48 魔力切れと決意の改め

 十一月に入って少し経った。

 カレン様のお誕生日パーティーは先週末に行われた。カレン様の希望で、ごく親しい人しか呼ばないということだったので、私は安心して姉様と一緒に参加してきた。

 色んな人が参加するパーティーは、その、めんどくさいからね……。狐って女性からすごく人気があるし。あと一応、王女とばれるのも避けたい。この国の伝統で、王女は五歳以降はあまり表に出ないようになっているのだが、面影で気づく人もいるかもしれないから。……まあ私は、そのころはまだ誰かに挨拶ができるほどの精神状態じゃなかったから、姉様よりも会ったことのある人は少ないのだけど。


 思っていたよりもずっとアットホームな雰囲気のパーティーだったのでとても楽しかったのだが、狐は少し落ち込んでいる様子だった。というのもパーティー当日、カレン様は狐が買ったイヤリングではなく私が買ったほうを身につけていたからだ。「きっとドレスに合うものを選んだだけですよ」と慰めても、「そんなことはわかっています」というすげない返答。……これは拗ねてるな、とほんのちょっぴり申し訳なくなった。私だってもし姉様に同じことをされたら、その日は一日中落ち込んでしまうだろうし。最悪月単位で引きずる。

 でもカレン様は私のプレゼントにすごく喜んでいて、満面の笑顔でお礼を仰ってくださったので、狐には申し訳ないが頬が緩むのを止められなかった。やっぱりプレゼントを喜んでもらえるのって嬉しいよね。カレン様は私の誕生日には必ず何かプレゼントすると約束してくださったので、それも楽しみだ。



 さて、今は魔法学の授業中である。この前ルナ様にお会いしてから何度目かの授業だが、幸いにも姉様も私も魔力の暴走は起こしていなかった。正直かなり不安だったのだが、少しだけ安心。このまま油断をせずに、完璧にコントロールできるようになりたいものだ。

 魔法コンクールが終わってからは、魔法学の授業は応用が中心となった。まあ、コンクールが応用中の応用って感じだったんだけど、それはともかく。先生に「こうこうこういう感じで」と言われたイメージでいくつかの魔法を組み合わせて使ってみたり、指定された魔法を好きなように改変したり。もちろん基礎的な魔法の復習もするが、大体はそんなところだ。


「では、少し早いが今日はこの辺りにしておこう」


 ラウナ先生の言葉に、ありがとうございました、と頭を下げる。他のグループはまだ終わっていないところが多かった。うーん、あと十分くらいあるし、自主練してようかなぁ。テランス君も残るみたいだし。

 姉様はどうしますか、と訊こうと口を開いたときだった。


 ――誰かの魔力が大きく膨れ上がる。


 それを感じて、私は即座に『風の盾(ヴェ・キリー)』を使った。姉様と私の周りしか囲めなかったが、姉様の魔力暴走に比べれば規模は小さく、先生方の魔法も間に合ったようだ。多くの人が、何かしらの魔法で守られている。

 盾越しに、濁流が暴れているのが見えた。……火じゃないことに、ほんの少しほっとしてしまった。魔力の操作をミスしないように、目をつぶって集中する。


 暴走は数秒で終わった。大きな魔力が消えるとともに目を開けると、辺り一面水浸しになっていた。うわぁ、と思ってしまったが、豪雨が降ったのとそれほど変わらない。これが姉様や私の魔力暴走だったら、もっとひどかっただろう。

 被害は小さそうだな……とぐるりと訓練場を見回して、一人の女の子がぐったりと倒れていることに気づいた。あの子が今回魔力暴走した子のようだが……魔力切れを起こしているらしい。自然と顔が険しくなるのを感じた。


 魔力がある人にとって、魔力切れは致命的だ。体のあらゆる器官の働きが鈍くなっていき、そのまま何もしなければ一時間ほどで死に至る。魔力のない人とは、体の仕組みそのものが違うのだ。


「ミリア!」


 聞き慣れた声。保険医であるラウナ先生が血相を変えて駆け寄るより先に、小さな人影がすごい勢いで女の子のほうへ向かう。――ルカ君だった。

 目を凝らして女の子の顔を確認して、そういえば、と思い出す。あの子、花火の日ルカ君と一緒にいた子だ。


 ルカ君が彼女の名前を必死に呼びながら揺さぶる。

 追いついたラウナ先生は、応急処置として自分の魔力の一部を彼女に移すことにしたようだった。ルカ君を離れさせると、真剣な顔で彼女の手を握る。直に触れ合ってさえいれば、他人に魔力を移すことはそれほど難しいことではない。

 魔力切れを起こした場合、治療法は主に二つ。いや、方法的には結局同じといえるか。他人が魔力を移すか、特殊な魔石から魔力を移すか。軽い魔力切れならば、他人からの魔力を移すだけでも自然回復を待てる程度には回復するが、今回のように魔力暴走の結果のことだと魔石を使わなければならない。人が他人に渡せる魔力量には限度がある。


「だ、大丈夫かな……」

「設備も整っていますし、おそらく大丈夫だとは思いますが……」


 心配げな姉様に、そう答える。明日普通に学校に来られるくらいには、身体は回復するはずだ。……精神的にはわからないけれど。もしもこれが初めての魔力暴走だったとしたら、トラウマになる可能性もある。

 ラウナ先生は魔法で彼女の体を固定したまま浮かび上がらせ、保健室のほうへと運んでいく。ルカ君は泣きそうな表情を浮かべて、それについていった。

 他の先生が、今日はもう解散するようにアナウンスする。この授業が終われば昼休みなのだけど……姉様と顔を見合わせる。


「……行かない?」

「行きますか?」


 やっぱり気になりますよね……。女の子のほうは名前も知らないから(先ほどルカ君が『ミリア』と呼んだのを聞いたから、厳密に言えば知らないわけではないが)、ただの野次馬だと思われてしまうかもしれないけど、ルカ君が心配だ。

 エリクと合流して、三人で保健室に向かう。少しでも迷惑そうな顔をされたらすぐに教室に戻ろう。


 保健室に入ると、こちらに気づいたラウナ先生が小さく首をかしげた。


「……ん? どうした、ディアナ・ルーナ、セレネ・ルーナ……あー、エリク・オリオール」


 エリクの名前で突っかかったのは、魔法学の授業で担当している生徒ではないからだろう。それでもちゃんと、家名も名前も出てくるのだからすごい。

 保健室には、ベッドに横たわった女の子とルカ君、そして女の子の友達らしき子が二人いるだけだった。被害が小さそうだとは思ったが、どうやら軽傷者も出なかったみたいだ。


「お前たちもミリア・アフレの知り合いだったのか?」

「いえ、私たちはルカくんが心配になって……」


 姉様の声に、ルカ君がのろのろと顔をこちらに向けた。鼻をすすっているところをみるに、少し泣いたらしい。

 姉様はベッドに近づき、心配そうに眉を下げながら女の子を覗き込んだ。


「ミリアちゃん、っていうんだね。……先生、もう大丈夫なんですか?」

「ああ、今はただ眠っているだけだ。数日は体調不良が続くだろうが、この子は元々それほど魔力が多くないようだから、それも軽いもので済むだろう」


 先生の返事を聞いて、姉様はほっと表情を和らげた。

 よかった……。そのくらいで済んだのは不幸中の幸いだろう。


「さあ、そろそろ昼ごはんを食べてこい。ゆっくり眠らせてやりたいからな」


 行った行った、と追い出されるようにして、保健室を出る。ミリア・アフレさんの友達らしき二人は、私たちにぺこりと会釈をして教室に戻っていった。

 残ったのは、姉様とエリク、ルカ君、そして私。ルカ君は戻るタイミングを失ってしまったのか、気まずそうに私たちの傍に立ち尽くしていた。

 昼休みの廊下は、生徒たちの声で騒がしい。その空間に四人で無言でいるのは、なんだか不思議な感覚だった。


「……大丈夫だった? あの子」


 最初に口を開いたのはエリクだった。姉様と私がどう切り出したらいいものかためらっていたのを察したのだろう。


「あー、うん、大丈夫そう」

「そっか。……ルカ、あんまり気に病まないようにね」

「気に病んではない、かなぁ? まあ、ありがと」


 二人の気安い会話に、思わず目を瞬いてしまう。なんだか仲が良さげだ。クラスも別だし関わる機会は少ないと思っていたけど、知らない間に親しくなっていたんだろうか。そういえば今思い返してみれば、魔法実技の授業でグラニエが出た日の保健室でも、こんな感じの雰囲気だったような……?

 ……姉様のこともエリクのことも、知らないことがどんどん増えていくなぁ。


「ミリアとは、魔法実技のグループが一緒なんだ」


 ほんの少しの沈黙の後、ぽつり、ルカ君が話し始める。


「ボクってさ、こんな見た目でしょ。だからいーっつも、あいつに子供扱いされちゃうんだよね。ボクもれっきとした同い年だっていうのにさー。授業中ボクを守ろうとして怪我したりとかあって。まあ、それからはボクが守ってあげてるからいいんだけど……いや、守れてないなぁ。向こうの感覚が変わらないことには、ボクがどうにかしようとしたってムダなんだよね。……ああごめん、話がすっごい逸れてる。とにかく、今回のことは仕方なかったってちゃんと思ってるよ。だって違うグループだし、遠かったし? 防ぎようがないよね」


 変なとこ見せちゃってごめんごめん、と軽く笑ったルカ君は、すぐに笑うのをやめた。言い訳をしている時点で、気にしていると自白しているようなものだと気づいたんだろう。

 ……守りたいのに、守らせてくれない。種族という、自分ではどうにもならない理由のせいで。それはきっとすごく、悔しいことだ。

 ルカ君は心底苦々しげな顔で、「なんかさ」と続けた。


「……小人なんて嫌になるよねぇ」


 その声音だけで、わかってしまった。ルカ君は、ミリア・アフレさんのことが好きなんだろう。

 なんて声をかけたらいいのかわからなくなった。そうだよね、と同意を返してしまえば、彼の存在を否定してしまうことになる。しかしそれは違う、なんて他人が言ったところで、なんの慰めにもならないだろう。

 ルカ君はにぱっといつものように明るい笑みを浮かべた。


「なーんてねっ! みんなはどこでごはん食べる? ボクも一緒に食べていい? あいつのこと心配してたらおなかぺっこぺこだよ。起きたら文句言ってやらなきゃなー」


 空元気だというのは一目瞭然だった。もしかしたら、勢いで言ってしまったけれど本当は私たちにここまで言うつもりはなかった、ということなのかもしれない。


「私たちは、っていうか私は教室で食べるつもりだったよ」

「僕は食堂かな」

「私は教室、ですかね。クラスの子と食べるつもりでした」

「なんだー、みんな違うんだ。このメンバーちょっと珍しいし、一緒にお昼食べてみたかったんだけどなぁ」


 残念そうに言ったルカくんを見て、姉様がエリクと私にちらりとアイコンタクトをする。言いたいことはわかったので、二人でうなずきを返す。


「じゃ、僕は購買でパンでも買ってくるから、三人は……どうしようか、誰の教室で食べる? 中庭はもう寒いもんね」

「うちのクラスでいいんじゃない? 結構食堂使ってる人多いから、空いてる机は借りやすいと思うよ」

「では私もお弁当を持ってきますね」


 私たちの会話に、ルカ君は目を丸くした。


「ルカくん、一緒に食べよ! お弁当はある?」

「え、うん……ある、けど」

「じゃあとってきて、Cクラス集合ね。僕が戻ってくる前に食べてていいからね」


 早足で私たちと別れたエリクの背をぽかんと見送ってから、ルカ君は私たちの顔を見比べる。その顔がとても可愛らしかったので、こういうところも守ってあげたくなる要因なんだろうな、とミリアさんのほうに共感してしまった。

 姉様がふふっと笑う。


「行こう、ルカくん」




 先に食べていていいとは言われたものの、時間がないわけでもないので、エリクが来てから食べ始めることにした。戻ってきたエリクは、待ってなくていいって言ったのに、と少し笑った。

 姉様の近くの人から席を借りて、四人で机をくっつける。ヘルガはルカ君とそれほど面識がないため、申し訳ないが他の友達と食べてもらっている。

 最初の話題は、何がきっかけでエリクとルカ君が仲良くなったかについて。


「別に仲良くはないよ」


 ちょっぴり顔をしかめてみせたエリクに、「えーっ、エリクひどい」とルカ君が唇を尖らせる。


「んー、まあ、きっかけってほどのことはないよね? しいて言うなら、やっぱり最初に保健室で会ったときかなぁ。ね、騎士(ナイト)くん」

「それ、セレネが笑うからやめてほしいんだけど」

「わら、ふ、笑わないよ、さすがにもう、ふふふ」

「ほら笑ってる」


 呆れたように言われる。う、だって最近その呼び名を聞いてなかったんだから仕方ないじゃないか。私もなんでこんなにツボなのかわかんないんだから!


「で、そのとき面白いなーって思ってね。わかりやすすぎて。だからちょくちょくちょっかい出すようになったんだよ」

「……何が?」

「えっ、まさか無自覚? うっわぁ。ディアナ、どう思う」

「んー……ルカくん、ちょっといい?」

「うん、なになに? …………へー、ほうほう、そうなんだ? へぇー!」


 姉様に何か耳打ちされたルカ君は、にやにやした顔でエリクを見る。ちらっと私のことまで見てきたので、姉様はいったいなんの話をしたんだと身構えてしまう。そ、そんな顔をされるようなことはしてな……いや、してる、だろうけど、今の話の流れには合わないようなことだし!

 エリクは「ああ、そういう……」と嫌そうな納得の声を出したので、どうもわかっていないのは私だけのようだった。


「いやいやー、それがそういうんじゃないんだなー?」

「……じゃあ何」

「教えなーい」


 そんなふうに和やかに会話は進んでいった。

 けれど、四人とも食べ終わったところで、姉様が声を潜めて切り出した。


「ねえ、ルカくん」

「……ん、なーに?」


 さっきのことには触れないでほしい。ルカ君の笑顔がそう訴えていたが、姉様は気にせず……いや、本当は気にしているのだろうけど、それを表に出さずに続けた。


「――ミリアちゃんのこと、好きなんだね」


 あっさりと微笑みながら言った姉様に、ルカ君だけでなくエリクと私まで唖然とした。

 そりゃあルカ君はわかりやすかった。わかりやすかった、けど、それにしたって! あの姉様が……という気持ちでいっぱいになってしまう。

 わざわざこんなふうに言うということは、姉様が言った『好き』は恋愛の意味での好きだろう。恋愛についてこれっぽっちも知らなかった姉様が、他人のそういう気持ちに気づけるようになるなんて。


「きゅ、急に何言ってるの、ディアナ」

「うん、急にごめんね。……好きだから、色々考えちゃうんだよね?」


 相手が姉様だからか、ルカ君は怒るに怒れない、という複雑な表情をしている。


「ミリアちゃんのことは今日初めて知ったし、人間の私から言われたって納得できないかもしれないけど……でもきっと、ミリアちゃんはルカくんのこと『小人だから』とか考えてないと思うよ。私も最初はルカくんのことかわいいなって思って見てたし、つい小さい子に対するように接しちゃったりもした。でも今はちゃんと、ルカくんが同い年の男の子だってわかってる。それでもかわいいなって思っちゃうけど、そこはルカくんもたぶん、わざとなんだよね?」

「わざとって……」

「ふふ、私、意外とそういうのわかっちゃうからね! うん、とにかく、ミリアちゃんももう、ルカくんが小人だってことは意識してないと思うんだ。ミリアちゃんがルカくんを守ろうとするなら、それはルカくんがかわいいからで、ルカくんのことが好きだからだよ。少なくとも友達として、すっごく大切に思ってるんだと思う」


 静かな、穏やかな声音で姉様は話す。


「だから、小人なんて嫌になるとか、できれば思ってほしくないな」


 あ、と。理解してしまった。

 友達ではあるが、すごく仲がいいわけではない。そんなルカ君相手に、姉様がここまで踏み込んだ理由が、わかってしまった。

 ――私のせい、だ。

 ルカ君、と思わず名前を呼べば、ルカ君は苛立たしげに私のほうを見る。


「……私も、どうして私は人間に産まれてこなかったんだろう、と思ったことはありますよ」


 はっと、姉様が小さく息を呑むのが視界の端に映った。

 私のせいなのだとわかってしまったら、口を開かずにはいられなかった。きっとルカ君からすれば、私が過去にどう思っていたかなんて関係ないだろう。私もこんなふうに思ってたんですというただの自分勝手なアピールに思われて、さらに不愉快な気分にさせるかもしれない。

 それでも、一度開いた口は止まらなかった。止めたくなかった。


「別に人間が普通の種族、というわけでもないですが、やっぱり数が多いですしね。姉様とエリクも人間ですし」


 それに、と少しうつむく。


「この目も、この耳も、このしっぽも……嫌だって、思っていましたから。人間として、産まれたかった」


 昔、私がただただ子供で、何もかもを怖がっていたときに。姉様にもエリクにも、この気持ちをぶつけてしまった。姉様が今ルカ君に踏み込んだのは、きっとそのせいだ。

 正直今だって、あのころの気持ちは残っている。新しい私を受け入れてはいるけど、でも私は、人間だったから。これが私なのだと理解したときの絶望は、はっきりと思い出せる。


「それでも、姉様とエリクが傍にいてくれて、私を肯定してくれたから、今はもうほとんど気にしていないんです」

「……だからボクにも気にするなって?」


 むっとしたように言われ、「そう、ですね」と返事に詰まる。

 伝えたかったのはそういうことだけど……ああ、よくわからなくなってきてしまった。今ルカ君のことを思っている感情と、昔抱いていた感情がごちゃ混ぜになっている。

 つまり、と頭の中を整理する。

 ……私が、獣人であることを受け入れられたのはなぜか。その理由がきっと、私の言いたいことだ。


「私の考えを押し付けるつもりはありません。……ルカ君がルカ君だから、私たちはルカ君のことが好きなんです。私はただ、それを伝えたかったんです」


 気を悪くさせてしまったらすみません、とルカ君の目をまっすぐに見つめる。

 彼は私の謝罪を聞いて拍子抜けしたように表情を緩めた。


「別に、謝らなくていーんだよ? セレネもディアナも、ボクのこと考えて言ってくれてるのはわかってるもん」

「だとしても、あまり言われたくなかったことでしょうから」

「……うん、まあ、そうかなぁ」


 おかしそうに笑って、ルカ君はお弁当の蓋を閉めた。

 授業が始まる十分前になって、私はルカ君と一緒にCクラスを出た。AクラスとBクラスでは階が違うから、一緒に歩くのはごく短い時間なのはありがたかった。ルカ君は気にしていないそぶりだとはいえ、やっぱり少し気まずいし……。

 階段のところで、では、と別れようとして、「ちょっと待って」と引き止められる。


「ありがとね、セレネ」

「……お礼なら、先ほども聞きましたよ?」


 教室を出る前にも、ルカ君は私たちにお礼を言ってくれたのだ。なのに、と不思議に思って首を傾げれば、「なんとなく、もう一回言いたくて」と微笑まれる。


「よーし、見ててよ、ルナキュルテまでに絶対ミリアと恋人になってみせるから!」


 勢い込んで、しかし内容的に大きな声では言いたくないのか、小さな声で宣言された。

 ルナキュルテ、とは、この世界のクリスマスのような日のこと。ルナ様の生誕を祝う日だとされているが、前の世界でのクリスマスのようにその意味は薄れ、ルナキュルテもここ最近では恋人の一大イベントとして認識されていることが多い。まあもともと、ルナ様が生まれた日でもないらしいのだけど。

 ルナキュルテはクリスマスと同じく、十二月二十五日。あと二ヶ月もない。いや、ルカ君は二ヶ月もある、って考えてるのかなぁ。


「……応援しています」

「うん、ありがとー」


 ほんの少し、何かを吹っ切ったような笑顔だった。それを見て、なんだか私のほうがちょっとだけ救われたような気持ちになった。

 また魔法学の授業で、とルカ君と別れ、自分の教室へ向かう。


 私でも()でも、たぶんそんなのどっちでもよくて。……そう、どっちでも、いいのだ。姉様やエリクは、どっちでも受け入れてくれるし、どっちも好きになってくれる。

 だって、こんなの私じゃない、と自分自身のことを否定した過去の私に、それでも肯定を返してくれた二人だから。

 それを改めて強く感じて、そして改めて、強く思う。


 この世界に生まれた以上、私にできることは何か必ずあるはずだ。

 バッドエンドになんて、絶対にさせない。姉様にも――エリクにも、幸せになってほしいから。






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