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姉様の幸せのために  作者: 藤崎珠里


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44 姉様の憂いとおかしな質問

 姉様が魔力を暴走させた日からしばらく経った、ある日のことだった。

 今日も姉様はセルジュ先生と訓練をしていて、エリクと私は図書室で待っていた。そして時間になったため、訓練場まで迎えにきたのだが。

 ……出てきた姉様の顔は、いつになく沈んでいた。表面上は明るく、いつものようにセルジュ先生に笑顔でお礼を言っていたのだが、どう見ても落ち込んでいる。

 前に元気がなかったのは、セルジュ先生がお兄さんと仲直りしたことを聞いて、お母様のことを思い出してしまったからだった。しかし、今回もそう、とは考えにくい。セルジュ先生のほうもなんだか気まずそうにしているので、何かあったことは確実なのだろうけど……。


「……ではセルジュ先生、さようなら」

「さ、さようなら!」

「ああ。気をつけて帰れ」


 先生を問い詰めたい気持ちを抑え、挨拶をして帰路につく。

 さて、何があったのか、姉様に訊いてもいいものか。エリクとこっそり顔を見合わせて、視線で相談する。うなずかれたので、セレネが訊いて、ということだろう。……どうしようかなぁ。

 私たちにばれないようにか、姉様はものすごく小さくため息をついている。


「……姉様」


 そっと声をかければ、「……うん? 何?」とちょっと間を空けて返事がくる。にこっと笑う姉様に、私はためらいがちに言葉を続けた。


「セルジュ先生と何かありましたか?」

「えっ?」


 目を丸くした姉様は、あー、とすぐに苦笑いを浮かべた。


「やっぱり、気づかれちゃうよね」

「姉様のことですから」

「そうだよねぇ」


 姉様は困ったように小首を傾げる。どう言ったらいいものか迷っているようだった。


「何かあった、っていうのとは違うんだけど……セレネは知ってた? セルジュ先生が、私たちのこと知ってるって」

「……それは」


 私たちが王女だということを、ということだろう。

 はい、と答える私に、姉様はうつむく。

 私がエリクから聞いたのは、確か一回目のテストの後、姉様が追試を受けにいっているときだった。こちらから尋ねればエリクも普通に教えてくれたが、姉様は今まで疑問に思ってこなかったのだろう。だから今日初めて、しかもセルジュ先生本人の口からその事実を聞いて、動揺した。

 そうか、姉様は……怖く、なったのか。


「もしかして、今まで気にかけてくれてたのってそういうことだったのかな」


 眉を下げ、姉様は悲しそうにつぶやく。

 今までのセルジュ先生の優しい行為が、自分が『王女だから』ということに起因するのではないか。そう思い当たって、怖くなってしまったのだろう。だってどういう意味にしろ、姉様はセルジュ先生のことが好きなんだから。

 好きな相手から返される好意が、自分の身分に対してのものだったのかもしれない。そうだと決まったわけではないけれど、そう思ってしまった時点で、泣きたくなるような気持ちになるのも無理はない。


 そうではないと思います、とは答えられなかった。私たちが王女だと知っている以上、そこに何らかの感情が入ってくるのは当然だ。

 セルジュ先生の人柄からして、おそらくは王女だとか気にせず、自分の生徒として丁寧に接してくれている。しかしそれは『おそらく』であり、今の姉様に言い切ってしまっていいのかわからなかった。


「大丈夫だよ、ディアナ」


 口ごもる私と違い、エリクはきっぱりと言った。


「客観的に見て、セルジュ先生は君を特別扱いしてない。放課後の訓練についても、担任の対応としてはおかしくないよ」

「そう、かな……?」

「うん。セルジュ先生はちゃんと、ディアナのことを見てる。安心しなよ。あの先生はちゃんと、『ディアナ』に優しいんだよ。……まあ、もしかしたら、これから特別扱いするようになる可能性もなきにしもあらずだけど。少なくとも今は、大丈夫だ」


 エリクの微妙な言い方に首を傾げながらも、姉様はほっとしたように微笑んだ。

 ……く、悔しい。私だって同じようなこと言えたはずなのに! しかし言えなかったのは事実なので、大人しく敗北を認める。別に勝負していたわけではないけど。


「よかった。エリクがそう言ってくれるなら、きっとそうなんだね。……でもこ(・)れ(・)か(・)ら(・)ってどういうこと?」

「さあ、どういうことだと思う?」


 あ、そこは言わないんだ。はぐらかすように笑みを浮かべたエリクに、そう思ってしまう。

 エリクが言いたかったのはおそらく、セルジュ先生が姉様のことを恋愛的な意味で好きになってしまう可能性のことだろう。言ったところで今の姉様はありえないと否定するだけだろうが……姉様に気持ちの自覚を促してしまうかもしれないから、言わないでおいたのだろうか。

 ずき、と痛む胸を無視して、私も姉様に声をかける。


「そのうちにわかってくるはずですよ、姉様」

「そう、なの?」

「はい。……それから私も、セルジュ先生の優しさは純粋に姉様に向けられたものだと思います」


 だから安心してくださいね、と結局エリクと同じようなことしか言えない私に、姉様は「うん、ありがとう!」と大きくうなずいてくれた。その笑顔に、無理をしている様子はない。

 晴れやかな表情になった姉様に、私は胸をなでおろした。心の奥底の不安は簡単には消えないだろうが、それでも姉様の不安の大部分を取り除けたのならよかった。

 とりあえず、今は別の話題に変えたほうがいいだろう。


「そういえば姉様、ミミル先輩とは授業以外でもよく会うんですか?」


 この前訊きそびれたことを訊いてみる。


「うん、移動教室のときにね。最近はほぼ毎日かなぁ。でもどうしたの、急に。ミミル先輩が何か言ってた?」

「はい。この前図書室でお会いしたとき、姉様によく会うと仰っていたので少し気になって」

「そっかー。まあ、話しても二、三分だし、会うってよりはすれ違うって感じかな。でもだんだん仲良くなれてきて嬉しいよ!」


 ……知らない間に、やはり不思議さんとの仲が進展していたらしい。いや、進展といったって、単に先輩後輩として仲良くしているだけだろうけど。


「ディアナ。前にも言ったけど、妖精は人に狙われやすい。注意するのは忘れないでね。ないとは思うけど、学院の外で、なおかつ僕がいないところではミミル先輩に会わないこと」

「わかってる、大丈夫だよ」


 真剣な顔のエリクに、姉様も真剣にうなずく。

 そっか、不思議さんは妖精なんだっけ。私のほうがその事実を忘れかけていた。今まで一度も羽を見ていないし、基本的に人間とまったく同じ見た目だから……なんて、言い訳にしからないのはわかっている。反省しなくては。

 私は姉様ほどには不思議さんと仲良くなっていないとは思うし、不思議さんとどこかへ遊びにいくとかもないだろうとは思うけど、絶対とは言い切れない。注意すべきは私も同じだ。

 ……妖精だからという理由だけで、そういう意識を持ってしまうのは申し訳ないけれど。昔に比べて人々は種族の差を気にしないようになっているが、それでも違う種族に悪意を持っているひとはいる。妖精に関してはまあ、単に羽目当てなのだろうし、それとはちょっと違うが。


「あっ、そうだ。あのね、ミミル先輩、ヘルガと同じ誕生日なんだって! 昨日知ってびっくりしちゃった。当日にお祝いできなくて申し訳なかったなぁ……」

「え、そうなんですか?」


 今週の魔法実技の授業はすでに終わってしまっていた。せめて一週間以内にはおめでとうございますと言っておきたかったが……仕方ない、次の授業のときに言おう。もし廊下とかですれ違えたら、そのときでもいいし。

 そして今気づいたが、私、マリーちゃんたちの誕生日を把握していない。明日の朝一番に訊こう……! 過ぎてしまっていたら申し訳ないが、遅れてでもなんでも何かはプレゼントしたい。

 というか私、姉様とエリクの誕生日しかまともに覚えてないなぁ……。一応、狐の誕生日とかも訊いておくべきだろうか。近づいたらカレン様が手紙で教えてくださりそうな気がするけれど。


 ……私の誕生日は、ええっと、十二月。十二月十四日。よし、ちゃんと覚えてる。

 二人が覚えてくれてるなら私は忘れてもいいや、なんて思っていたけど。今年こそは、祝われる前に自分で気づきたいなぁ。サプライズが成功した! と毎年喜ぶ姉様は可愛いが、しかし純粋に喜んでいるわけではないのもわかっている。


「ここで問題! セレネの誕生日は何月何日でしょう?」


 笑いかけてくる姉様にどきりとする。……これは姉様が、時折してくる質問だ。頻度としては半年に一回くらいだろうか。

 今のタイミングで訊いてきたのは、たぶん私がそっちに思考を飛ばすのを見越して、ということなんだろう。


「十二月十四日です」


 苦笑しながら間をおかずに答えれば、「せいかーい!」とにっこりと人差し指を立てる姉様。確か以前ヘルガに訊かれたときには咄嗟には答えられなかったから、姉様からしたら私がちゃんと覚えていたように感じたのかもしれない。実際は、単にその前に数秒かけて思い出していただけなのだけど。


「ふふっ、今年はサプライズ失敗しちゃうかもなー」

「ディアナの誕生日と一ヶ月も離れてないし、自分の誕生日は頭から抜けちゃうんじゃない?」

「……むぅ、もうちょっと早く生まれたかったな」


 和やかに会話をする二人に、なんだか申し訳なくなる。

 私がなぜ自分の誕生日を覚えていられないのか、その理由を二人は知らない。しかし何も訊かず、心配する素振りも見せず、ただ普通に接してくれる。――それがとてもありがたくて、とても申し訳ない。

 ごめんなさい、と心の中でひっそりとつぶやく。

 今年の十二月十四日。私は、石月千湖の年齢を追い越す。そうなればきっと、ちゃんと覚えていられるから。ちゃんと覚えていられるように、頑張るから。どうかそれまで、待っていてください。


 歩みが遅くなっていた私に、姉様とエリクが揃って振り返り、「セレネ?」と名前を呼んでくれる。謝ってやや駆け足で二人に追いつき、早く帰りましょう、と私は笑顔を浮かべた。

 ……悩むな、ぐるぐる考えるな、私(・)。

 今はとにかく、そう、魔法コンクールのことを考えることにしよう。もちろん、姉様のことを一番考えるのは変わらないけれど。


     * * *


 翌日、城内の訓練場で、私はいつものように魔法の朝練をしていた。昨夜は魔法コンクールのために、もっと効率のいい構成にできないか考えていたので少し寝不足だ。まあ、魔法に支障がない程度なので大丈夫。

 傍で魔法の練習をしているエリクにちらりと意識を向けながら、私も練習をする。結局いい構成は思いつかなかったので、ひとまずは当初の予定どおりでいくつもりだ。朝一番から難易度の高い時魔法を練習するのは不安なので、今は風魔法と光魔法を同時に使う練習をしている。

 眩しくない程度にキラキラ輝かせるのが難しいんだよなぁ。光量の調節ってどうイメージしたらいいんだろう。現実でそんな光を見たことがないから、いまいちイメージしにくい。昔読んでいた漫画なんかを思い浮かべてはみているのだが、現実に反映するとなると上手くいかないのだ。


 私の周りを飛ぶ、少しばかり強すぎる光に目を細める。目指しているのはもっと繊細な光。今のままだとなんというか、豆電球がいくつも宙に浮いているだけみたいだ。

 うーん、何度も練習してコツをつかんでいくしかないかなあ。

 意味もなく杖を左右に振り、ひらひらと揺れるリボンをぼんやり見つめる。ちなみに実を言うと、杖は基本的に様式美的なものであり、魔法を使う際には必要なかったりする。まあ、魔法用に作られた杖ならちゃんと魔法の補佐をしてくれるから、必要ないわけでもないのだが。


 ふわああ、と出たあくびを手で隠す。……やっぱり寝不足は駄目だな。あとちょっとしたら今日の朝練は終わりにしよう。

 だとしたら、得意な風魔法単体の練習がいいよね。姉様が魔力を暴走させたのは風魔法だったが、それは姉様が苦手な魔法を練習していたからだし。

 無詠唱で小さなつむじ風を発生させてみる。うん、安定している、大丈夫そうだ。このつむじ風をだんだん大きく、速くさせて――


「っセレネ!」


 あ、と思うより前に、エリクの声が聞こえた。

 ぼん、と体の中の何かが小さく爆発したような衝撃に、思わず咳き込みながら尻餅をつく。


 それはもう、ちょっとした竜巻だった。

 高速で回る風が高い天井にまで達し、訓練場全体を揺らす。咄嗟に目をつぶる。エリクが私の手を引っ張って走り、仰向けに押し倒すようにして覆いかぶさってきた。

 薄らと目を開けると、どうやらエリクは竜巻の進行方向と直角の方向に逃がしてくれたようだった。いつの間にか私たち二人を囲むように『風の大盾(ヴェ・グホン・キリー)』ができている。エリクの魔法だろう。

 竜巻はどんどん大きくなりながら、訓練場の天井を壊しそうな勢いで進んでいる。いくらこの訓練場が魔法で発生したものに耐性があるとはいえ、このままでは本当に壊れかねない。――エリクがこれを打ち消すような魔法を使うより、私が消したほうが早い、かな。


 エリクが近くにいるおかげか、今まで魔力が暴走したときよりも冷静でいられている。焦ったら余計に状況が悪化するのは経験からわかっていた。

 竜巻から目を離さずに、荒れ狂っている体内の魔力をなんとか治めていく。それに伴って、竜巻の勢いも徐々に弱まっていった。魔力を落ち着かせるだけでは竜巻を完全に消し去ることはできないので、竜巻に込められた魔力を操り、ゆっくりと拡散させていく。イメージは魔力が空気中に溶け出していく感じで。


 そうして一分ほど経った後、竜巻はつむじ風に戻り、自然と消えていった。巻き込まれたらしい杖だ(・)っ(・)た(・)ものが、地面に落ちる。……リボン、は。

 どこに飛ばされたのかと確認しようとして、身動きが取れないことに気づいた。


「……あっ、エリク、怪我ない!?」


 我に返ってエリクの顔を見て、その近さに固まる。……いや、その、あの……こっ、この体勢で、私よくあれ消せたな!? 自分で自分が信じられない。冷静だったようでいて実質冷静じゃなかったってことか! エリクが上手く覆いかぶさってくれているおかげで、圧迫感は感じないけど!

 抜け出そうと身体に変な力を入れたところで、エリクが私の上から退く。


「大丈夫。セレネは?」

「わ、私も大丈夫だけど……」


 倒れたときにほんの少し手のひらをすりむいた程度だ。これくらいなら後でベルに消毒してもらうだけでいいだろう。

 しかし。

 ……うぅ、エリクが平気な顔をしているのが悔しい。そりゃあ私を押し倒したところで、相手が姉様じゃない限りエリクは動揺なんてしないってわかってるけど。


「そっか、ならよかった」


 ほっとしたように微笑んで、エリクは私に向かって手を差し伸べた。少し迷ったがその手をつかみ、立ち上がる手助けをしてもらう。別にそれがなくても大丈夫なんだけど、わざわざ断るのも申し訳なかったから。

 それから、エリクは軽く髪の毛を払う。それを見て私も自分の髪の毛にさわってみたが、砂と小石のせいでごわごわしていた。『風の大盾(ヴェ・グホン・キリー)』自体風でできてるしね……こういうものは防げない。

 ……学院に行く前にお風呂入らなきゃな。幸いにもまだ時間はあるから、髪の毛もしっかり洗えるだろう。けれどまず、それより先にやるべきことがある。


「……エリク、巻き込んじゃってごめん」


 うつむいて、ぎゅっと手を握り締める。擦りむいた手のひらがひりひりと痛みを主張する。

 エリクのとった行動は素早く的確だった。私はただ、守られただけで、迷惑をかけただけだった。

 何が『まあ、魔法に支障がない程度なので大丈夫』だ。全然大丈夫じゃなかった。油断してはいけないと何度も思い知ってきたはずなのに、私はまた間違えたのだ。


 ふ、とエリクが笑う気配。

 顔はまだ上げられず、次に放たれる言葉をただ待つ。


「いいんだよ、そのために僕はいたんだから」


 いつものように手が伸びてきて、私の頭をなでようとした。しかしそれは寸前で止まって、ためらうように動いた後、結局何もせずに下ろされた。

 ……どうしたんだろう。別に待っていたわけではないが、普段ならおそらくなでられていただろう場面だ。

 思わず顔を上げ、小さく首をかしげる。


「……エリク?」

「……ううん。こっちこそ、今日は暴走させる前に気づけなくてごめん」

「普段より予兆が少なかったから、気づけるわけないよ。エリクは悪くない」


 何かを誤魔化されたことには気づいた。……でもエリクは、変わらず笑顔だったから。訊いては駄目なのだろうと、そのまま会話を続けた。

 そして、不自然な間。

 沈黙が少し気まずくて視線をさまよわせると、遠くに白く細長いものが落ちているのが見え、「あ!」と声を上げる。急いでそれのもとへ向かえば、やはり私の杖に結ばれていたリボンだった。安堵しながら拾い上げる。……姉様とエリクとおそろいのリボンなのだ。できることなら、これからも使っていきたい。

 両手で少しずつ持つ箇所を変えていって、損傷がないか確かめていく。汚れてはいるが、それだけだった。

 よかったぁ……。杖は新しくしなきゃいけないにしても、これはまだ使えそうだ。んー、しばらくは予備用の杖に結んでおこうかな。


「あのさ、セレネ」 


 気づけば隣にいたエリクが、おそるおそる、というふうに私の名を呼んだ。


「全然関係ない変なこと訊くんだけど、あー、その……僕に触られるの、どう思う?」


 珍しくはっきりしない口調で、小さな声で発せられた問いに、ぱちぱちと目を瞬く。……これはもしかして、私がさっき訊きたかったこと?

 しかし、触られるの、ってどういう意味だろう。頭なでられる以外も含めて? しょ、正直に答えるのはかなり恥ずかしいんだけど。


「……嫌いではないけど」

「けど?」

「……だ、だから、嫌いではない! あ、でも、頭なでるついでに耳触るのはやめて!」


 好きとか言えるわけがない。嘘は言ってないからいい、はず。

 私の答えを聞いたエリクは微妙にショックそうな顔をした。……ごめん。


「ちなみに、シャルル先輩に触られるのは?」

「え、なんでそこでシャルル先輩?」

「いや、なんとなく」


 そもそも狐に触られたことないしなぁ。でもまあ、訊かれたからには一応想像してみる。

 もしも狐に頭なでられたら……なで、られたら? ううーん、まったく想像できない。あの人カレン様の頭なら普通になでそうだけど、他人の頭はなでたりしないだろう。

 ぶつかる、とかも触るに入る? 入らないか……。じゃあ手を繋ぐとか、は本当に絶対有り得ないしな。

 むむむ、と眉根を寄せる。


「ごめん、想像できない……。万が一頭なでられたりしたら、高熱でもあるんじゃないかって思うかな」

「……そっか。じゃあ、テランス・ティモケ・フィーランドさんは?」

「今度はフィーランドさん? 二人三脚したときは、まあ恥ずかしかったし緊張したけど……どう思うって訊かれても、それ以外は」


 エリクはもう一度「そっか」とつぶやくと、何かを考え込むような仕草をする。

 ……え、今の質問何? 最近のエリクはなんだか不自然な言動が多い気がする。花火大会の日に私にシャルル先輩を勧めたときとか、庭園で握った手をなかなか離してくれなかったときとか。どうしたっていうんだろう。

 とりあえず、このままだとお風呂に入る時間がなくなる。


「ごめんエリク、髪とか洗いたいから今日の朝練はここまででいいかな……?」

「あ、うん、それはもちろん。無理しないで。あと今日の魔法学の授業は念のため見学だけにすること」

「……はーい」


 ただでさえ魔法コンクール用の魔法が未熟な状態なのに、とちょっぴり落ち込む。しかしこれ以上他人に迷惑をかけるわけにはいかない。

「じゃあまた後で」と別れようとして歩き出し、ふと足を止める。……言い忘れてた。今更感があって恥ずかしいけれど、気づいたからには言わないわけにはいかない。

 振り返って、エリクの顔からちょっと目を逸らしながら口を開く。


「……守ってくれてありがとう」


 それじゃ! と今度こそ別れる。逃げるように早足で。お礼はもっとちゃんと、できれば目を見て言いたかったのだが……。今更感プラス、ほら、あの守られ方が、ね? 素直にお礼を言うには恥ずかしすぎた。

 私の部屋近くで控えていたベルに、リボンの洗濯と姉様への伝言を頼んで浴室に向かう。


 ……本当に、さっきの質問はなんだったんだろう?






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