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姉様の幸せのために  作者: 藤崎珠里


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34 保健室での手当てと神様の約束

 学院に戻ってすぐ、私は姉様を連れて保健室へ行った。正確には、エリクが姉様をおんぶして、私はただついていっただけなのだけど。狐と不思議さんは、すでにそれぞれの教室に帰っていた。

 授業を終えるのが私たちが一番だったというのもあり、保健室には私と姉様、エリク、ラウナ先生しかいない。


「ありがとうございました、ラウナ先生」


 ソファに座りながら、姉様はラウナ先生を見上げた。ラウナ先生に手早く手当てしてもらって、姉様もやっと人心地ついたようだった。

 私とエリクも、ほっとしながら「ありがとうございました」とお礼を言う。怪我人でもないのにソファに座るのは申し訳なくて、私たちは立ったままだ。


「私はこれが仕事だからな。気にするな」


 私たちの言葉に、ラウナ先生はふっと笑って答えた。相変わらず格好いい先生だ、と惚れ惚れしそうになる。

 しかし先生はすぐに顔を曇らせ、もごもごと口を動かし始めた。


「あー、その……。いや、何でもない。しかし、グラニアに遭遇するとは運が悪かったな。セレネとエリクは怪我はないか?」

「私たちは大丈夫です」

「そうか……それはよかった」


 よかったと言いつつも、その顔は曇ったままだ。

 こっそりエリクと顔を見合わせる。そして、姉様へと同時に視線を移した。それを受け、姉様はきょとんと首をかしげる。

 ラウナ先生がこんなふうに煮え切らない態度を取るのは、十中八九セルジュ先生関連で訊きたいことがあるときだ。きっと、というか絶対、姉様の訓練のことだろう。


「……先生、訊きたいことは遠慮せずに訊いてください」

「うっ……いや、いい。訊いたってどうせ、自分の情けなさを実感するだけだからな」


 その言葉どおり情けなく笑いながら、けれど先生は私たちを真っ直ぐに見てくる。

 情けない自覚はあるんですか、なんて、一瞬少し厳しいことを思ったけど。うつむいたり視線が泳いだりしていないから、言うほど不安ではないのかな、とも思う。

 姉様が魔法を暴走させて保健室に来たとき、ラウナ先生の目は思いっきり泳いでいた。そのときに比べれば、嫉妬心はあるにしても、それほど大きなものではないのだろう。


 まあ、姉様に嫉妬してしまうのは仕方ない面もある。これだけの美少女が、自分の好きな人と毎日二人で過ごす時間があるのだ。たとえ年が離れていたって、何かあるかもとは思ってしまうだろう。

 とはいえ、やっぱり年の差が結構あるし、教師と生徒だ。不安になる必要はない、と思うのだが。

 ……私が言えた話じゃないですね、ごめんなさい!

 い、いや、私はほら、セルジュ先生が攻略対象の一人だって知ってるわけだし、不安になってもおかしくない、よね? うん、おかしくない。(ということにしておこう)

 ……ここは現実なんだから、姉様とセルジュ先生がそういう関係になる可能性は低いんだろうなぁ。それがわかっていても不安になるのだから、やっぱり私はラウナ先生に何も言えない。


 私とラウナ先生の会話に、エリクは苦笑ぎみだった。

 ……エリクはどうとも思ってないんだろうか。立場的には、ラウナ先生と同じようなもののはずなのに。

 ちらりと目を向ければ、何? というふうに首をかしげられた。曖昧に笑って誤魔化しておく。

 エリクが姉様を好きだってことに間違いはないんだろうけど、その気持ち以外は、実は正直よくわからないのだ。そういう感情を隠すのが上手いんだろう。

 姉様にはできればエリク以外を好きになってもらいたい、と思ってしまっている私だから、エリクの気持ちがわかりやすかったらそれはそれで苦しくなるんだろうけど。それとも、わかりやすいほうが諦めがつくのかな。


「……だが、いつまでもこんな感情を持っているほうが情けないな。とはいえ、ディアナ相手では訊き方も考えなくてはならないか」

「間接的に訊いても、通じないと思いますよ」

「以前は大分直接的だったと思うぞ?」

「……姉様ですし」


 そうか、とラウナ先生は微妙な顔でうなずいた。納得はしてくれたらしい。

 姉様は私とラウナ先生の顔を見比べて、え、え、とあわあわしていた。微笑ましく見守っていれば、私のそんな視線に気づいたのか、姉様は唇をちょっと尖らせた。


「なんか、馬鹿にされてる気がする」

「ふふ、そんなことありませんよ。姉様は可愛いですね、と話していただけですから」

「うそでしょー」


 唇を尖らせたままではあるものの、声には少し笑みが混じっていた。私につられて笑ってしまったんだろうな、と思うと可愛い。

 でもラウナ先生、と姉様は首をかしげる。


「私に訊きたいことって何ですか? 難しい質問だったら、答えられる自信はないんですけど……」

「難しい質問ではないが、そうだな。私にとっては、訊くのが難しい質問だ」

「そうなんですか?」

「ああ。……やっぱりやめておこう」


 急に気弱な表情になる先生。


「自分の気持ちは、自分で整理をつけるよ。気になる言い方をしてすまなかった」

「いえ、なんとかなりそうならよかったです」

「そう言ってくれるとありがたい」


 ほっとしたように、先生は微笑んだ。……ラウナ先生って、格好いいけどやっぱり可愛いよなぁ。会うたびに同じ感想を抱いてしまう。

 保健室内の空気が和やかになったところで、ドアが開く音がした。視線をそちらに動かせば、小さな見知った姿――ルカ君がいた。

「せんせーい」と可愛い声で言ったルカ君は、私たちを見て目をぱちくりとさせる。他に人がいるとは思っていなかったらしい。

 しかしすぐに、にぱっと笑って近づいてきた。……あれ、服の袖が少し焦げてる。もしかして、誰かの『火の玉(フ・バーロ)』が当たってしまったんだろうか。

 ……昔のことを思い出して、ちょっとだけぶるりと寒気がした。幸いなことに、姉様には気づかれなかったようだけど。

 よく見ると、ルカ君の袖は濡れていた。ちゃんと服の上から水で冷やしたらしい。

 私の探るような視線にはたぶん気づいているのに、ルカ君は普段どおり可愛らしく口を開いた。


「わー、セレネとディアナだ! 保健室来てよかったー」

「僕もいるけど」

「知ってる知ってる」


 エリクと軽いやり取りをして、ルカ君は私の横に立ってラウナ先生を見上げた。

 そして服の袖をめくると、甘えるようにこてんと首を傾げる。


「先生、やけどしましたー」

「……流水で冷やしたんだろうな?」

「もちろん。薬とかお願いしまーす」

「怪我の原因くらいは言ってほしいんだがな」


 呆れた口調で言いながらも、ラウナ先生は私たちに一言断って、ルカ君の手当てを始めた。ルカ君はその間も、なぜ火傷をしたのかは言わなかった。「この前ね、ちょっとおしゃれなカフェに行ったんですけどねー」とか、怪我に関すること以外は話していたのだが。

 どうしたんだろうね、と姉様が心配そうにこっそりと訊いてくる。答えが返ってくるとは思っていないのだろう、その視線はルカ君を向いたままだ。

 手当てが終わると、「ありがとうございましたー」とルカ君はぺこりと頭を下げた。


「じゃあ三人とも、またね!」


 にこっと笑って、ルカ君は手を振った。

 思わず「えっ」と少し声に出してしまった。ルカ君はお喋りで、会ったときには必ずと言っていいほど色んな話をしてくれる。だから今日も、もう少し保健室にいるつもりだと勝手に思っていたのだ。

 私の声に、ルカ君はきょとんと首をかしげた。


「なーに、セレネ。何か用でもあった?」

「あ、いえ、そういうわけではなく……。ちょっとびっくりしたんです。いつもは、もっと色々お話してくれますから」

「……ふふーん。そっかー、セレネはボクとお喋りしたかったんだね!」

「ルカ君と話すのが楽しいのは確かですが、そうではないんです。なんというか、いつもと様子が違って心配、と言うべきなんでしょうか」


 きらきらとした目で言われてしまって一瞬言葉に詰まったが、訂正を入れておく。

 ルカ君はその答えに「なーんだ」と言ってから、にこっと笑った。


「心配してくれてありがとー。でもだいじょうぶだよ。ただ同じグループの子の魔法よけれなかっただけだから!」

「やっぱりそうなんですか!?」

「やっぱりってなにさ。まあ、悪いことばっかりでもないんだよ。ひりひりするけどねー」


 悪いことばっかりでもない……?

 ふと思い出したのが、茜が出てきた夢。あれはあくまでも夢だから信憑性は薄いが、茜はルカ君が腹黒だと言っていた。……魔法を当てられたことを盾に、何かするつもりかな。この可愛い笑顔の裏でそんなことを考えてるとは思いたくないけど。(ぶるっ)


「それじゃ、昼休みは友だちとお弁当食べる約束してるから、ばいばーい」

「あ、はい。さようなら」


 今度こそ、手を振ってルカ君を見送る。

 うーん……まあ、心配の必要はないのかな。私が今心配すべきなのは姉様のことだろう。帰るときにはまたエリクにおんぶしてもらって……でもせめて、ここから教室までは私が支えて一緒に歩こうかな。

 そんなことを考えながら姉様へ視線を戻せば、姉様は微笑ましそうに私を見ていた。目が合うと、えへへ、と笑いかけられる。


「ごめんね、ルカ君のことは心配だったんだけど、二人を見てるとかわいいなーって思っちゃって」

「そんな! 姉様のほうがよっぽど可愛いです!」

「もう、セレネはいっつもそうだよね。私が褒めたら、絶対褒め返してくる。そうしてほしいわけじゃないんだよ?」

「うー……すみません、私がそうしたいんです。私だって褒められたら嬉しいですが、それより私が褒めて、恥ずかしそうに笑う姉様を見るほうが嬉しいんです」


 素直に答えれば、姉様も流石にちょっと呆れた顔をした。エリクは言わずもがなだし、ラウナ先生も「セレネ、それは……」と微妙に引いているようだった。

 ……す、素直に言いすぎたかな。やっちゃった? でも事実のわけだし……それでももっと間接的な言い方のほうがよかったんだろうか。

 

「ディアナも褒めたくて褒めてるんだから、たまにはちゃんと受け止めてあげなよ」

「……別に受け止めてないわけじゃ」


 エリクの言葉に、ぼそぼそと言いわけじみたことを返してしまう。

 私だって、迷子にならなかったときにすごいと言われたら喜ぶし、お菓子を美味しいと言われたときだって喜んだ。そのときには褒め返したりしなかったはずだ。

 何か考えるような素振りをしたエリクは、真面目な顔で口を開いた。


「セレネは可愛いよ。すっごい可愛い」

「――っな、何!? 急にどうしたの!?」

「あはは、可愛い可愛い」

「え、え、何? 何なの!?」


 エリクに可愛いと言われたことは、まあ。何回かはあるけど。……こんなに連呼されたのは初めてだよ!?

 混乱する私に、エリクはくくくっと笑いながら可愛いを繰り返している。ちょっとエリクさん、なんだかキャラ変わってないですかね? いや、変わってないか。割と普段どおりだ。

 エリクはたまーにこうやってふざけだすから困る。


「セレネかわいいー!」


 あ、姉様も可愛い攻撃に加わった!? 何笑っているんですか姉様! というか、やっぱり姉様のほうが可愛いんですが!


「……お前たち、一応ここは保健室だからな? 他に怪我人がいないからいいが、あまり騒がないように」

「は、はい、すみません!」


 慌てて謝る私に続き、姉様とエリクも「すみません」と謝る。顔は笑ったままだ。むー……なんだったんだ一体。

 納得がいかなくて少し膨れっ面をしていたら、姉様がソファからそっと立ち上がって、えいっと私の頬をつついた。


「……なんですか、姉様」

「ううん、なんでもないよー。私たちもそろそろ行こっか。あんまり長くいるとラウナ先生にも迷惑かかっちゃうし」

「そうですね。では姉様、私が教室まで送ります!」

「うん、ありがとう」


 くすっと笑って、姉様は私の肩に手を置いた。


「姉様、もっと体重をかけてくださっていいですよ」

「だいじょーぶ! それじゃあラウナ先生、ありがとうございましたー。さようなら」

「ああ」


 三人でラウナ先生に挨拶をして、保健室をゆっくりと出る。

 ……思えばこの状況、体育祭で捻挫したときみたいだなぁ。姉様と私の立場が逆だけど。ああ、どうして私は姉様を守れなかったんだろう。


 ――ねえ、セレネ。強くならせて?


 ふいに、先ほどの姉様の言葉が頭に蘇る。

 姉様は、どんなことからも私を守りたいとは思っていない、と言っていた。それが不可能だとわかっているから。

 ……私だって、姉様を全てのものから守るのは無理だと思っている。でも、姉様のようには割り切れないのだ。私はその分、姉様より未熟なのかもしれない。

 ゲームのことを知らない私には、守れないときもあるだろう。……ヘルガがCクラスになってしまったことを考えると、強制的に何かが起こってしまう可能性だってある。なぜゲームをやらなかったんだ、といつもと同じような思考に陥ってしまって、こっそりと息を吐く。そんなこと、悩んだって仕方ない。


 けれどもし――夢で茜が言っていた、デッドエンド、というものになってしまったら?


 そうなったら、悔やんでも悔やみきれないだろう。姉様が死ぬ、と考えただけで、体の底からぞくりと寒気がした。

 ……どうしよう。やっぱり、全てを捨てる覚悟で姉様の傍にいる……いや、でもそれだと姉様が強くなれない。強くなりたいという姉様の思いは、尊重したい。


「……セレネ?」


 姉様の心配そうな声にはっとする。

 そうだ。姉様の体を支えているというのに、こんなにぼんやりしていたら駄目じゃないか。


「すみません姉様、少しぼうっとしていました」

「それならいいんだけど……。もしかして、本当はどこか怪我してるんじゃない?」

「それとも、さっきのディアナの言葉を気にしてる?」


 耳がぴくっと反応してしまって、エリクに「やっぱり」とため息をつかれてしまった。


「僕はディアナに、強くなってほしいよ。それはセレネだって同じだよね?」

「も、もちろん」

「そんなに色々悩んでたら、またルナ様に何か言われるよ」


 そう言われて気づく。そっか、今日は満月だ。

 ちょうどそのとき階段に差し掛かって、姉様の体重がより肩にかかる。重いとは全然感じないのに……心が、重くなった気がした。


     *  *  *


 七月は夜でも暑い。ぱたぱたと手で仰いだりしながら、私たちは庭園へ向かった。

 庭園に用意された椅子には、まだルナ様の姿はない……と思った次の瞬間には、いつの間にかルナ様が疲れた表情で座っていた。


「来たわね。今日も手短にさせてもらうわ」

「ルナ様、疲れているなら無理に来てくれなくてもいいんですよ……?」


 気遣う姉様の言葉に、ルナ様は首を横に振った。


「だめ。あんたたちと定期的に会うことだって、私の仕事なんだから」


 ……私たちの魔力量が、それだけ異常ということだろうか。

 ルナ様は立ち上がりながら、「まあ、そろそろ会う時間も削らなきゃいけなくなりそうだけど」とわざとらしく肩をすくめた。そしてすぐに、怒りに燃える目で拳を握った。


「ほんっとにあいつが面倒なことやってくれたおかげで……あー、悪いわね、愚痴言って。それじゃさっそくディアナ、こっち来なさい。あ、怪我してるんだっけ。もうついでにセレネも来て」


 ちょいちょい、と手招きされて、私は姉様を支えながらゆっくりとルナ様に近づいた。

 ルナ様はまず姉様と額を合わせ何かをつぶやくと、ついで私と額を合わせた。

 ……三回目だけど、この軽くなるような感覚には慣れないな。姉様を支えながらというのもあってか、体がふらつきそうになる。しかしここでふらついたら姉様までバランスを崩してしまうかもしれないので、ぐっとこらえる。

 隣の姉様に目をやると、姉様もつらそうな表情はしているものの、特に問題はないようだった。

 私たちが無事に耐えたのを見て、ルナ様は満足げにうなずく。


「よし。じゃあ、そうね……今日は一人ずつ何か言ってあげる。ディアナはその足じゃ一人で立ってるのはつらいかもしれないけど、ちょっとで済むからセレネは離れて」

「……わかりました」


 しぶしぶとルナ様に従う。忙しく時間がないにも関わらず、わざわざ会いにきてくださっているのだ。ごねて煩わせるようなことは避けたい。

 そしてルナ様は、少しの間姉様の耳元で何かを囁いた。姉様はそれを、真面目な顔でうなずきながら聞く。しかし次第に、よくわからない、という顔になっていった。


「ま、わかんないならわかんないでいいわ」


 にっと笑いながら姉様から離れると、ルナ様は次に私を手招きした。


「前も言ったけど、悩みすぎよ」


 小さく言われた言葉に、思わず押し黙る。またそのことか。エリクの言うとおりだった、ということだろう。

 ……悩みすぎと言われたって、少なくとも学年が上がるまでこの悩みは解消できないのだ。どうしようもない。

 私の不満が伝わったのだろう、ルナ様は私の額を小突いた。


「私は、全知全能の神じゃない。未来がわかるわけじゃない。そんじょそこらの神よりは力が強いけど、所詮その程度よ。……はっきり言えなくて悪いわね。だけどもし、あんたたちに――ディアナに危険が迫ったら、全力で助けてあげる。だからあんたは、安心しなさい」


 ぽん、と肩に手を置かれる。

 ……本当は、何もかも知ってるんじゃないかと、そう思ってしまう。そんなに私はわかりやすいだろうか。あんたたち、をディアナと言い直したのも、そのほうが私が安心できるとわかっているからだろう。

 私は、どうしてこの神様が好きじゃなかったんだろうか。人間に点数をつけてしまうところなんかは、正直今でもどうかとは思うけど……そういう面ばかりを気にして、ルナ様が私たちのことをどれだけ気にかけてくださっているか、気付けなかった。

 急に申し訳なくなって、私はうつむくことしかできなかった。そんな私の耳に、ルナ様は笑みが混じった声で囁く。


「それから、セレネ。あんたは一途でいなさい」

「……え?」


 それだけ言って、ルナ様はエリクに近づいていった。私の番は終わり、ということだろう。

 一途……? それは、何に対してなんだろうか。

 困惑しながらなんとなくエリクのほうを見ていれば、ルナ様に何か言われたエリクはちょっと苦笑いしていた。わかっています、というふうに、何度かうなずく。

 目標に向かって一途、ということなら、姉様を幸せにすることだけ考えろ、ということなのだろうけど。もしかして……エリクだけを好きでいろ、ということだったりするのかな。それとも、両方?

 ……でも、もし姉様がエリクを好きになったら、私はこの気持ちをちゃんと捨てなければいけない。だからきっと、一途というのはエリクに関してのことじゃないんだろう。


「セレネ、大丈夫?」


 姉様の声にはっとする。そうだ、すぐ姉様を支えなきゃいけなかったのに!


「す、すみません姉様、つかまってください!」

「立ってるだけならそんなに痛くないから平気だよ。それより私は、セレネのほうが心配なんだ。……最近は、何かに焦ってるような感じだし」


 心配の眼差しで見つめてくる姉様に、思わず言葉に詰まった。

 私は焦っている、のだろう。前世の記憶なんてまったく役に立たなくて、それどころか無力さを痛感させられるばかりで。

 だけど、と先ほどのルナ様の言葉を思い出す。姉様に危険が迫ったら全力で助けてくださると、そう仰った。神様の約束ほど、心強いものはない。


「心配しないでください」


 安心させるように微笑んでも、姉様の瞳に宿る感情は変わらなかった。


「でも、」

「ちょっとルナ様の言葉の意味を考えていただけですから。姉様は、一途でいなさいってどういうことだと思いますか?」

「え、ええっと? たぶんそれは……ううん、なんでもない」


 なぜか微妙な顔で答えた姉様に、首をかしげる。姉様が思いつくようなことはない気がするのだが、何か思いついたのだろうか。

 少し気になったが、姉様がなんでもないと言ったのだ。深く聞かなくていいだろう、と気にしないことにした。


「それじゃ三人とも、それぞれ言われたことをちゃーんと意識すること! いいわね?」


 エリクへの話が終わったらしく、ルナ様は腰に手を当てて私たちに笑いかける。その顔からはやはり疲れが窺えるが、とても頼もしい笑顔だった。

 私たちがうなずくのを見届けて、ルナ様は消えていった。エリクが息を吐きながら、しみじみとつぶやく。


「なんかもう、全部お見通しだよね、ルナ様」

「そうだった? 私はなんだかよくわからなかったんだけど……」

「ルナ様は結構遠回しに仰りますもんね」


 少し残念そうな姉様に、そうフォローを入れる。まあ、神様が個人にあまり肩入れするわけにもいかないのだろう。私たちはすでに随分贔屓していただいているが。

 ……一途でいなさい、か。

 姉様たちと歩きながら、これからのことを考える。これから、と言ったって、私にできることなんて本当に少ない。

 隣を歩く姉様をそっと窺う。細かいことは考えずに、姉様の幸せを第一に考えるべきなのだ。


 そこに、私の幸せがなくたっていいから。







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