第26話 それからどうした
「はぁ~、体型はあちこち崩れてるし、化粧水のノリは悪いし、肩は凝るし、やっぱり若いカラダとは違うわね。」
ベッドの上で母が肩を抑えながらボヤいている。
「お母さん、ほんっとズルすぎっ!美紀だって真紀のカラダにほんの少しぐらい、先っぽだけでもいいから入りたかったのに。」
向かいのベッドで美紀が愚痴をこぼす。
っていうか、まだそれ言うか。
いったい何の先っぽなのよ。
以前に母が真紀の顔でしていた蔑みの表情をより増幅して美紀に視線を向けてやったわ。
「や、やめてよ、真紀…そんな目で見られたら…。」
何、顔赤らめてるのよ。キショいわ。
どうやら美紀にとってはご褒美でしかなかったようね。失敗したわ。
あれから半年ぐらいしてワタシ達の脳はそれぞれ元のカラダに戻るための手術を行ったの。
最初の脳移植が行われた時みたいな、手術後にカラダをうまく動かせないといったことはなく、こうやって半日もせずに普通に喋れている。
でも、それまで半年馴染んだカラダとの違和感は少しあったかしらね。
その辺りを士郎に話したら、相変わらずの調子で全員に聞き取りをしようとして母にこっぴどくやられちゃっていた。全く懲りない人ね。
「それで真紀は士郎さんをどうするの?」
あー、それね。
結局、士郎から謝罪らしい謝罪は受けていない。
一発蹴り上げてすっきりした気はするけど、前にも言ったように士郎との結婚生活を続けられるとは到底思えない。
なので、改めて母に「どうするの?」と聞かれても…。
「あぁ、聞き方が悪かったわね。離婚するしないって話じゃなくて、どう償わせるつもりかってことよ。」
相変わらず、母は察しがいい。というか、実務的と言えばいいのかしら。
「お母さんとしては、伊達先生にはこのままうちの病院で働いてもらうのは大前提よ。ただし、勤務条件とかに文句を言わせるつもりは一切ないけどね。これからも事あるごとに美紀と入れ替えてもらうつもりだから。」
「うっそ。お母さん、それだけは許してよー。病院の仕事なんて、もう耐えられないよ~。」
「何、甘いこと言ってんのよ。これからいっぱい親孝行してもらうわよ。覚悟しなさい。」
美紀、ご愁傷様。
お母さん、リアルガチで言ってるわよ。
っていうか、まだ脳の入れ替えするつもりだったのね。
で、そのために士郎をこき使うと。
お母さんを本気で怒らせちゃうとこんなことになるのね。
絶対に逆鱗に触れるようなことはしないと思わずにいられないわ。
あ、でも美紀のカラダの不都合なところをお母さんに…教えなくていいか。
お母さんならなんとでもしちゃう気がするし。
で、士郎のことだったわね。
「うーん、お母さんがそういう風にするんだったら真紀も籍は抜かないで、良いとこ取りさせてもらうことにするわ。」
「そう、せいぜい尻に敷いてあげなさい。彼、そんなのも好きそうだし。」
え゛、そうなの!?
あー、言われてみればそうなのかも、と思ってしまった。
「士郎さんの脳移植に対する情熱だけは本物よ。それと真紀への想いは判ってあげてね。」
どういうつもりか、美紀はフォローするように真紀にそう言った。
「真紀への想い」って所には少し引っかかるけどね。
「…わかったわ。」
その時、病室のドアを開けて士郎が部屋に入ってきた。
「皆さん、お加減はいかがですか?調子の悪いところがあれば包み隠さず仰ってくださいね。」
「伊達先生。」
士郎が目をキラキラさせて術後のデータを取ろうとするのを母が牽制するので、叱られた犬みたいにしゅんとしてしまう。
そろそろ限界点を覚えなさいよ。頭はいいはずでしょ、全く。
「士郎さん。一つだけ約束して。もう二度と真紀の脳を勝手にいじらないって。」
「もちろんだ。もう二度としないよ。君の脳に誓う。」
はぁ~、やっぱり脳なのね。
「…絶対よ。」
もう、こんな経験は懲り懲りだ。
真紀は心からそう思った。
でも、この経験を通して真紀は美紀の気持ちや、士郎の情熱、そして母の愛を知ることができた。
それを踏まえて、美紀との距離感については適当に調整し、士郎とはこれまでとは違う夫婦の在り方を模索していくのだろう。
退院後の自宅にて――
「真紀脳。」
士郎が以前のように小首をかしげて真紀を呼ぶ。
「なによ。」
「愛してるよ。」
士郎の言葉に、真紀の心はドキっとした。
どうせ脳しか見てない気もするけど。
「…ワタシもよ。」
そう言って、真紀は士郎にキスをした。
人生で二度目のキスは、最高に甘い味がしたわ。




