おそらくこれは作れない
シャーリーも初めてこのカントリーマダムを食べた時、腐っていると勘違いしていた事に気づくはずもなく、私はシャーリーの話を信用して一口、この柔らかいクッキーを口に入れてみる。
そして口の中に広がる、程よい甘さと、しっとりとした食感。
普段食べているクッキーとは違う味と食感に初めこそびっくりしてしまうのだが、シャーリーの言っていた、もう元のクッキーには戻れないという意味を理解してしまった。
確かに良い、普段食べているクッキーも美味しいのだが、このクッキーは最早別物。
美味しさもさる事ながら、このような食感にクオリティーの高い味はこのカントリーマダムでしか味わったこのが無いのである。
これが私が普段食べているクッキーと、カントリーマダムとの決定的な違いであろう。
普段私が食べているクッキーを食べたいと思った場合、いつも購入している販売店のクッキーの買い置きが無かったとしても、最悪料理長へお願いすればそれっぽいクッキーを作ってくれる。
それは確かにお菓子作りの職人が作るクッキーと比べれば多少は劣るかもしれないのだけれども、それでもクッキーを食べたいという欲求は間違いなく満たされるだろう。
しかしこのカントリーマダムはどうだ?
このカントリーマダムというクッキーを食べたいと思った時、私はどうすれば良いのだ。
料理長に頼んでも、おそらくこれは作れない。
そもそもこんなに美味しいクッキーを料理長が作れたのならば、すでに私に試食なり何なり一度は提供していたはずである。
そして、私が一度も食べた事がないということは、料理長はこのカントリーマダムに似たようなクッキーは作れないという事である。
では、店で買えるのかというと、先程の料理長と同じで、これ程美味しいクッキーを作れるのならば既に店頭に並んでいるはずである。
先程の馬鈴薯を揚げた物はまだ似たようなものを再現できるかもしれないが、このカントリーマダムに関しては、シャーリーから融通してもらうしか今のところないという事である。
その瞬間、私はゾッとした。
今ここに様々なお菓子が並べられているのだが、そのほとんどが再現できないようなお菓子類であればどうなるか。
ここでこのお菓子を食べてしまった貴族はそのこ事におそらく気づくであろう。
シャーリーの機嫌を損ねてしまっては今日出されたお菓子は二度と食べることができなくなる、と。
やられた。
まさか、シャーリーを罠に嵌めたつもりが、わたくしの方がシャーリーの罠にハマっていたとは。




