第一話 拉致
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「要約すると、お前はおれにお前の住むなんとかってところで起きている戦争だかを止めて欲しいってことだな」
「そういうこと」
この球体は説教のついでに泥棒に来た理由なども話しだした。人を泥棒しに来るとは、肝の据わったやつだ。
「良く分かった。寝る」
「はい?おかしいでしょ。なぜそうなったの」
おれは、はあ、とため息を一つつくと折り畳みのベットに腰かけた。
「いいか?おれは眠い。だから寝る。以上、それだけ。」
掛け布団にもぐり、速攻で寝る態勢に入る。しかし球体は往生際悪くも突進攻撃をしかけてきた。見事に腹にくいこみ、ふたたび悶絶した。
「もう、これじゃあ拉致があかない」
と球体がつぶやくと、考え込んでいるのかしばらく沈黙が続き、
「まあ、しょうがないか」
といきなり回転しはじめた。腹をおさえていたが、何を始めたのかと、球体を凝視した。突然球体のうしろの何もないはずの空間に裂け目が現れた。
「……これは」
現れた裂け目はギザギザと雷を思わせる形を表し、徐々に開いていった。奥は井戸の底をのぞいたような闇が広がっていた。続けざまに球体は何か呪文のようなものを口ずさんだがよく聞き取れなかった。
途端、おれは意識を失った。
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目を開けるとおれは大理石に伏していた。起き上がって周囲を見渡すとかなり広い、おそらくおれの住んでいるアパートが二十軒は立つであろう広さがあった。これをシックというのだろうか。全体的に西洋風なデザインだ。左右に整列するように並んでいる窓の、外の景色は見えず、目線を奥へとしむける。最奥に幅広く構える台座と壁の絵は存在感があり、そういう意味で目が離せない。しかしあの台座、なにか足りないような気もする。それにしても特に置物がなくどことなくさびしい。天井を見上げると天使ともとれるなにかが戯れている絵が描いてあった。
天井から光が差してきた。光は台座全体に降りそそぎ、光はやがて塊を形成していった。神秘的な光景だった。身構えることすら忘れていた。部屋全体が歓喜しているような、ざわざわとした雰囲気が漂った。やがてその塊は人の形を形成していき、まとわりつくようにしていた光の粒子が霧散していった。現れたのは女神だ。慈悲を携えた微笑みに、他のものを退けるような圧倒的な聖を秘めた後光。確信を持って言える。いや、例えそうでなかったとしても、新たな女神として迎えられるだろう。彼女は話しかけてきた。
「あなたが大波達也さんですね。突然のことで驚いていらっしゃるでしょうが、火急の事態でして、どうかお許し願いたい」
「あなたは」
「重ね重ねご無礼を。私アグライヤと申します」
アグライヤ、か。まったく理解できない。なにもかも。ここはそもそもどこなのだろうか。日本、アメリカ、それともほかの……。
「なるほど、アグライヤさん。まずお聞きしたいことがあるのですが」
彼女は安心するような笑みで言った。
「ええ、わかっています。全て説明いたしましょう」
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「事の発端は、人族の内乱でした。ある国に新しい王が即位したのです。その王はとある宗教を信仰していました。その王が最初に行った政策が、国内にいる魔族の撲滅、文字どうり、皆殺し」
憂いた目で、こちらを見つめてきた。何かを伝えようとしているのが見てとれた。しかしおれはここに連れてこられた理由を聞いたつもりだったが。
「魔族と仲の悪い人族ですが、さすがに他国の人族が止めに入りました。そのようなことをすれば戦争が起こりかねないからです。しかしその王は執拗に魔族の撲滅に執着しました。やがて、止めに入った他国の軍と争いをおこしました。たくさんの人が亡くなりました」
今にも泣きそうな顔をしていた。心底辛いのだろう。
「悲しいのでしたら無理に話さなくてもいいですよ」
「悲しくはありません。いえ、悲しいのですが、これは人々の悲しみです」
人々の、悲しみ。
「続けましょう。その情報は魔族にも伝わりました。人族より多少優勢であるとはいえ、彼らもまだ戦争を起こすわけにはいきませんでした。そこで彼らはその王の暗殺を行いました。仲間内で争っている王は簡単に殺されました。しかし、これで平和が訪れることはありませんでした」
彼女は一息ついてまた話し始めた。
「狂気は続いていたのです。王の残した無慈悲な魔術によって」
ここで、聞きなれたようで聞きなれない単語がでてきた。
「魔術、とはなんですか」
「ええ、それは後程説明します。この魔術はそうですね、使えば国一つ滅ぶようなものだと認知してください」
「それは、凶悪ですね」
国一つ、想像もつかない規模だ。
「そうです。そして今、それを悪用しようとしている者がいます。両者ともその存在に殺気立っていて今すぐにでも戦争が起こりそうな状態なのです」
なるほど、得心した。それでおれを拉致してきたわけだ。
「馬鹿げていますね」
彼女は怪訝な顔をした。
「馬鹿げていますか」
「ええ、なにも戦争が起こることが馬鹿げているんではありません。おれがそれに関してどうにかできると思っているところが馬鹿げているんです」
「できませんか」
「本当にできると思っていたんですか」
当然だというように彼女は微笑んだ。
「ええ、少なくともあなたは最後まで話を聞いてくれましたし、心配までしてくれました。魔族だの魔術だの、ただの夢かもしれないのですよ」
「頭が追い付いてないだけです」
「いいえ、あなたはお優しく、疑うこともしなかった。あなたのような方が覚悟をお持ちになればできないことなどありません」
「赤の他人に関して覚悟なんて持てません」
「そんなことはありません。その世界へ行けば赤の他人などいませんよ」
喰い気味に言ったが聞いてくれそうもない。どうするべきか迷っているとどこかで聞いた声が聞こえた。
「そんなこと言わずにさあ、ね、お試しで行ってみるだけでもいいから」
声のする方を見ると、いつぞやの球体、ではなかった。声は明らかに球体なのに人の形をしていた。碧髪のショートヘアに華奢な体つき、緑を基調にした、いかにもラフな格好で球体の声の主は現れた。
「お前か、拉致したのは」
「ええっとまあ、なんというか、そうというか、違うというか」
「頭突きしたのもお前だな」
「頭突きというか、突きというか、まあ」
間髪入れずにアグライヤが弁明した。
「本当に重ね重ね申し訳ありません。この子はそそっかしいと言いますか、回りくどいことが嫌いなものですぐにこういう行動に出てしまうのです」
「まあ、今後気を付けてもらえれば」
言いかけて意識が遠のいでいくのを感じた。
「こら、なんてことを」
「え、でも今度はゆっくり気絶させるよ」
「そういう問題ではありません」
会話が不毛過ぎる、薄れる意識の中でそんなことを思っていたら、ごめんなさい、最後にそんな言葉が聞こえた。なんだか今の雰囲気にそぐわない、まるで憐れんでいるように聞こえた。




