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メガロポリス未来警察戦機◆特攻装警グラウザー [GROUZER The Future Android Police SAGA]  作者: 美風慶伍
第2章サイドB『魔窟の洋上楼閣都市』第6部『決戦編』
140/147

サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part54 『決戦・1VS10』

戦場に立つ二人の男――

そしてそれを見つめる者は――


『決戦・1VS10』


スタートです

 3月初頭の東京湾上空――

 漆黒の闇夜の中を一機の小型ヘリが飛ぶ。

 機体は濃紺に塗られており、旋回するローターからも、テール内に仕込まれたダクテッドファンタイプの尾部ローターからも音らしい音は一切しない。当然ながら機体そのものにも識別番号や所属組織を表すような物は何一つ描かれていなかった。

 そしてさらに、可能な限り夜の闇に溶け込むようにその機体はとある特殊装備を備えていた。

 ヘリは4人乗りだった。卵型のシンプルなキャビンのフロントには1名のパイロットと中年男性が、後部席には一人の若い女性が乗り込んでいる。

 フロントのコパイロットシートに座しているのは分厚いフライトジャケットと耳あて付き帽子をつけた剣呑な視線をたたえた厳つい男だった。名前は中村尚宏と言う。

 中村がパイロットに問う。

 

「ステルスは?」

「静音装置は順調作動、地上からの視認妨害の光学ステルスシールドも順調作動してますよ」


 パイロットは歳の頃30だろうか? 頬に向こう傷がある事からとても堅気な人間には見えない。だが、身につけている服装や装備は一通り、ヘリパイロットとしては当たり前の物だった。ただ、危険な世界を渡り歩いたであろう事はその冷酷そうな目つきがすべてを物語っていた。

 

「おし、コレをこのまま維持して東京アバディーン上空へと侵入してくれ」

「へいへい、解りましたよ。まったく中村の旦那じゃなきゃこんな無茶やりませんよ」

「わりぃな。鹿目(しかめ)

「いいっすよ。その代わり今度あそこのメインストリートに連れてってくださいよ」

「東京アバディーンのか?」

「ええ。いっぺん、アソコのメキシカーナと遊びたかったんすよ」

「スキだなお前」

「何言ってるんすか、英雄、色を好むって言うでしょ?」


 鹿目と呼ばれた男性はニヤニヤと笑いながら答えていた。それを呆れつつも中村は承諾する。

 

「あぁ、信頼できる店に連れてってやるよ。危ない橋渡ってもらったからな」

「ありがとうっす! っと地上からのハッキング干渉だ。わりいけど高度上げますよ!」


 ふざけた口調で喋りながらも、周囲に対する警戒の鋭さや、ヘリ操縦の旨さは確かなものがあった。後部席に座っていた長髪の若い女性・面崎椰子香は呆れつつも非難めいた言葉は口にしなかった。

 

「しかし、中村さん、すごいとこにコネあるのね。学術用だっけ? このヘリ?」

「ああ、表向きはな」

「金さえもらえばなんでもやるっスよ。国境侵犯、密輸、逃亡幇助、盗品運搬――、学術研究支援って使用名目は法律登記上の〝言い訳〟みたいなもんすから」

「――だそうだ」


 中村が相槌を返せば、鹿目が実体を打ち明ける。鹿目がさらに実態を打ち明けた。


「まあ言ってみれば空の白タクみたいなもんす。今時普通にヘリパイロットなんかやったって小遣い銭にもなんないですから」


 そう言い切る彼の言葉に面崎は半ば呆れていた。だが彼の語る言葉に同意する部分があるのも確かだった。


「すごい思い切りね」


 面崎は鹿目の言葉を褒めそやす。


「まあそのくらいの覚悟がなければ今から行く場所の上空なんて乗り込めるわけないものね」


 面崎の言葉に鹿目は言う。


「こりゃどうも」


 そして面崎はシンプルに問うた。


「で? あなたの背後は?。」


 当然の質問だった。これだけの装備を持ちつつ危険極まる仕事を矢継ぎ早にこなせるなど一般社会の中に身を置く普通のヘリパイロットではありえないからだ。それなりの組織的バックボーンがあると見るべきだろう。

 鹿目の口元がいやらしく歪む。


「いいんすか? それ言っちゃって。ねえ旦那?」


 中村がドライに返す。


「かまわん、言ってやれ」


 鹿目がさらに答えた。


「俺の上司の名前って『ガトリングのエイト』って言うんすよ。姉さんくらいの人なら聞いたことあるっしょ?」


 その言葉に面崎の顔は思わずこわばる。それほどの驚きをもたらす名前だったからだ。


「まさかあなた――」


 思わず息を呑んで言葉を続ける。


「――〝サイレントデルタ〟?」


 面崎が驚きの声を漏らすが、ヘリパイロットの鹿目は冷淡に告げた。


「シリアルコードは855、第二階級のダブルっす。中村の旦那とは利害がいろいろと一致するんで仲良くやらせてもらってるんですよ」


 サイレントデルタ、あのシルバーフェイスのファイブが所属していた組織だ。メンバー一人一人にナンバーが振られていて、ナンバーレス、ふぞろいのアンマッチ、二つ数字のダブル、そして、三つ数字のトリプルと組織内のランキングが明確になってるのが特徴だ。そして最大の特徴が――


「姉さん、覚えといた方がいいっすよ。デルタのメンバーって意外なところであっちこっちにはびこってますから。何しろネットワーク化と気軽に関われるのが最大の売りの組織ですから」


――各々のメンバーが互いの素性も正体も知らないままに関わってるということだ。そう、サイレントデルタとは究極のアバター組織なのである。

 面崎もさすがに絶句せざるを得ない。覚悟と諦念を滲ませながらこう答えたのだ。


「分かったわ、オフレコにしとくわ。その代わり――」


 面崎は仕返しとばかりにこう突きつけたのだ。


「――危険エリアギリギリまで迫ってもらうわよ」

「そうきますか姉さん?」

「当然でしょ? 話しちゃいけないことを抱えるって、しゃべって伝えるのが本分のマスコミにとっちゃかなりのストレスになるのよ? その代わり満足できる画が取れたら、一晩デートしてあげるわ」

「おお? まじっすか?」


 鹿目が思わず興奮して言う。面崎も自らを取引や報奨として使えるほどには人様に自慢できるルックスは持っていた。


「で? どうなの?」

「もちろん契約成立って事で」

「ホテル代そっちもちよ」

「わかってますよ。じゃこっからは操縦に専念します」


 鹿目はそう答えると沈黙し冷静な面持ちで操縦桿に意識を集中させ始めたのだった。そして、面崎の言葉は中村へと向いた。


「旦那、あんたまさか?」

「ばか、勘違いすんな。デルタの幹部の一人と特別お知り合いだっただけだ。あんなおっかない組織のメンバーになんかなる気はねえよ」

「そう、ならいいわ――」


 面崎はそれ以上は問わなかった。ジャーナリストにとってコネクションとニュースソースは秘匿することが許される最大の財産なのだ。根掘り葉掘り聞くのは無礼なだけである。

 だが今度は中村が面崎に尋ねる番だった。


「しかしよ。椰子香、ビジュアルハンターのお前がなんで今更あそこに乗り込んでく? 映像はもうすでにネットにばらまかれてる。リスクを冒す旨みはないように思うんだがな?」


 だが今度は面崎が鼻で笑う番だった。


「甘いわね。あの程度の隠し撮り映像。すっぱ抜いたうちに入んないわよ」


 あの程度の映像とは、あのクラウンが自らネットに流した戦闘状況の映像のことである。


「正直、余計な要らないもんまで写ってんのよ、あれ」

「クラウンの事か?」

「当たり! しかも耳障りな長口上。売り物映像にするにはああいうのが一番邪魔なんだよね。だってマスコミが欲しいのはあんな正体不明の愉快犯じゃなくて、日本警察様の謎の新戦力の方なんだから! わかるでしょ旦那」


 面崎の語る言葉に中村も苦笑しつつ頷かざるを得ない。


「ちげえねえ、どう見たってピエロなんかより正義の味方の方が絵面もいいしな」

「でしょ? それに――、これは私の勘だけどクラウンが流したあの映像、意図的に編集と加工が入ってる」

「何?」

「あの映像は、警察の新戦力であるグラウザーってやつを〝いかに正義の味方に見せるか?〟ということに目標を絞ってる。だから映らない真実ってやつがあのカメラフレームの外に絶対あるのよ!」


 それはスクープ映像を獲物として日夜事件現場を駆け抜けるビジュアルハンターと言う〝狩人〟のごとき者たちの本能と言うべき感性だった。


「その〝映らないもの〟ってやつこそがあたしらみたいなのには金になるのよ!」

「野生の勘ってやつか」

「ええ」

「そいじゃ――」


 中村はシート脇にしまっておいたA4サイズ版のスマートパッドを取り出す。そして自らが蓄積しておいたデータベースを作動させる。


「――撮影した映像情報の確認は任せな。普通のマスコミじゃ名前もかすらないようなレアな連中が必ず出てくるはずだ」


 中村の自信ありげな言葉に面崎も満足げに笑みを浮かべる。


「頼むわよ、情報に対するあんたの〝鼻〟これでも結構頼りにしてるんだから」

「おう!」


 ビジュアルハンターとアンダーグラウンドジャーナリスト。二人は絶妙なコンビネーションを発揮していた。彼らは光でも闇でもない。ただ――事実を知る。そのためだけに彼らは危険な戦場へと足を踏み入れるのだ。

 二人のやり取りに耳を傾けていた鹿目もまた二人のノリに付き合うようにこう告げたのである。


「そいじゃお二方、しっかりつかまってくださいよ! 警察と闇組織の二重の警戒網、突入しますぜ!」


 そして、その漆黒のステルスヘリは東京アバディーンの上空へと飛び込んでいったのである。



 @     @     @



 そこは洋上の埋立地だ。

 そもそもは大都市東京から排出される廃棄物を集積するための区画だったのだ。それが埋め立て終えた後に開発が始まり、様々な紆余曲折が重なり、オリンピック会場を経て再開発され、さらに不明瞭な土地転売が行われて多国籍企業の資本が大規模に入る事となった。そして、行き場をなくした不法在留外国人の逃げ場となり、いつしかそこは警察が介入を放棄したとまで言われるようになった。


 東京湾中央防波堤外域埋立地――またの名を『東京アバディーン』

 その名に重要な意味など無い。語源となった遠くイギリスの漁師町とは何のゆかりもないのだ。

 ただ人々は様々にその島を呼ぶ。

 

 屍街

 デッドエンドタウン

 絶望の町

 

 だがひとつだけ誰もが知っている別名がある。

 

――ならず者の楽園――


 たしかにそこは楽園である。

 力さえあればなんでも叶う場所だ。

 だからだろう。そこは様々な犯罪組織・闇組織のるつぼと化していた。

 今まさに大都市東京はかつての新宿歌舞伎町すら比べ物にならないくらいに、東京アバディーンから広がる不法行為により、治安は急速に悪化していったのである。

 

 今――

 そこでは長い長い戦いが行われていた。

 初春の夕暮れ時に始まったその事件は、急速に混乱の度合いを拡大し、東京アバディーン西南エリアの未開発地域を戦場と化して、闘争と殺戮と粛清と報復と救出と正義の執行が繰り広げられていた。

 そして、戦いは終幕へと近付こうとしていた。

 

 多くの戦いが雌雄を決し、情勢が終焉へと収束しようとしている今、残された戦いは2つだけだ。

 

 そのウチの一つが――

 日本警察の正義の執行のシンボル――特攻装警の第7号機グラウザーと、

 警察戦闘力の歪みと暴走の権化――武装警官部隊・情報戦特化小隊隊長『字田(あぎと)』との、

 

――〝譲れない正義〟の戦い――


 法を犯す犯罪者は地上から滅すべきと殺戮を容認する狂気の正義と――

 人は過ちを犯す。だが警察はその過ちから人々を救うためにこそあると信じる無垢なる正義――

 

 2次武装装甲プロテクタースーツをまとったグラウザーの前に、

 武装サイボーグボディの字田が大型の蜘蛛型外装機体を身にまとって立ちはだかっていた。

 

 それはまさに――

 

『正義のヒーロー』と『異形の蜘蛛型のメカニックモンスター』


――の構図。とても警察組織の主要戦闘要員同士の戦いとは思えないものであった。

 

 だが、その戦いこそが寒空の下で繰り広げられた数多の戦いの最後の趨勢をきめる重要な【決戦】に他ならなかったのだ。

 

 グラウザーは叫んでいた。

 魂の底から、己が心に宿した確信を言葉にして――

 

「人ははじめから犯罪をなすために生まれてくるわけじゃない! ましてや、生まれた民族や、階級や、職業や、戸籍の有る無しや、帰るべき家庭の有る無しで、犯罪者として運命づけられるわけじゃない! どんな人生を歩いていても、どんな境遇に陥っていても、決して諦めずに前を向いて必死に生きている人は大勢いる! だれだってはじめから息を吸うように犯罪を犯すわけじゃない! 人は〝過ち〟を犯すからこそ犯罪に手を染めるんだ。だがな――」


 叫びとともにグラウザーはその両手を固く握りしめる。それは決意と怒りの拳だ。

 

「その過ちから〝救い出す〟ために! 僕たち〝警察〟があるんじゃないのか?! その警察が人々を救うという意思から手を離してしまったら誰がこの世界を守るんだ!! 人々を切り捨てて! 街を切り捨てて! その後に何が残る! 瓦礫と化した街に平和な暮らしはやってこないんだよ! なぜそれが解らない!」


 警察組織が運用するアンドロイドとしてこの世に生まれ落ちてはや2年――

 その2年の時間の間にグラウザーは多くのことを学んでいた。

 そう――、たとて人工的に作られた人間もどきの存在だったとしても、人とふれあい、時には閉ざされた心を開かせて、過ちから救い出すことはできるのだと、信念を勝ち取れるほどに。

 だがその叫びの言葉を真っ向から受けるべき男は――、グラウザーの持つ献身的な正義の思いとは、全くに相反する醜悪な存在だったのだ。

 字田は否定した。グラウザーのその言葉を。

 

「そうマデ言うノならグラウザーよ」


 字田は醜悪なる人食い蜘蛛の如き外観を晒しつつ、耳障りな電子合成音の声を漏らしながらグラウザーに突きつけた。

 

「お前ノ正義を示してミロ――そして、俺ヲ止めてミロ! 俺は――俺は――」


 字田は一機の二重反転ローター仕様のステルスヘリから降下してこの地にたどり着いていた。その彼を運んできたステルスヘリが字田の頭上へと再び飛来する。二重反転ローターの武装ヘリ――10人乗りの筐体を持ち、その機外に豊富な武装とオプションマウントラッチを装備するその機体。その異様を字田は頭上にあおぎながらこう叫んだのである


「俺は全力ヲもってお前ノ〝正義〟を否定スル!! 俺ノ持つ全ての力でェエエ!!!」


 字田の壊れた叫び声は血にまみれた戦場と化した洋上のスラム街の荒れ地の上でこだましていた。

 その叫びを耳にしても同意するものは誰も居ない。無線に応じる者すら無い。そもそも彼の思想は、日本警察の公安部の急進派ですらも受け入れかねる物だったからだ。

 

 

 §     §     §



 その二人を囲むように多くの視線が集まっていた。

 

 ある視線は東京アバディーンの戦場と化した荒地の片隅から向けられていた。ロシアンマフィア〝ゼムリ・ブラトヤ〟、その精鋭戦闘部隊『静かなる男たち』の戦闘指揮官『ウラジスノフ・ポロフスキー』、かつてはロシア軍にて特殊部隊に所属していた男でスペツナズにも在籍していたステルス戦闘のエキスパートだ。彼の息子もロシア軍に在籍し国境警備部隊に配属され、そして、あの狂える拳魔のベルトコーネに遭遇し命を落としているのだ。

 ウラジスノフは、老いた身体をサイボーグ手術で強化して極東ロシアンマフィアの一団にその身を投じていた。そして独自に鍛え上げた戦闘部隊を指揮して息子の仇をとれるその日を待ちわびていたのである。その彼が驚きと怒りと侮蔑を込めて吐き捨てる。


「なんと――、なんと醜い男だ。こんなヤツが国の護り手だと言うのか? 信じられん!」


 それは、ロシア軍人として最前線に立ち続けた彼だからこそ、搾り出せる言葉であった。そして彼の息子もまた国の守り手として戦場に立ち命を落として行ったのだ。護るために落とす命がある――、それを知っているからこそ、この〝字田〟と言う男を心底醜いと感じるのだ。



 §     §     §



 また、ある視線は東京アバディーンの中華系住人の多いエリアの片隅の煤けたビルの屋上から注がれていた。

 ちょうど緊急の救命手術を終えたところの医師のような姿である。全身をくまなく覆う滅菌スーツ。口元には医療用ナノマシンを無用に吸わないための防塵フィルターマスク。かつての二十世紀の医師の手術着姿とは似ても似つかぬ特異なものであった。だが彼は無免許とはいえれっきとした医師である。

 同時に、東アジア最強の電脳犯罪者と言われる彼の名は『神雷』――シェンー・レイ、あるいは『神の雷』と呼ばれる男だ。

 彼は口元のマスクを外すと、憤りを隠さぬままに力強く叫んだのだ。


王八蛋(ワンバーダン)! ふざけるな! お前が10人殺すあいだに、俺たち医師は一人二人を救うのがやっとなんだよ! この世界には満足に医療も受けられない、生まれたことすら祝福されない、惨めで哀れな子供達がどれだけ溢れていると思っているんだ! 人の命はな! お前のくだらないゲームの〝駒〟じゃあないんだよ! 勝手に取ったり捨てたり! 切ったり貼ったりできるものじゃぁ無いんだよ!」


 今もまた、彼はひとつの命を救おうとしていた。帰るべき(よすが)のない孤児の少女、ロシア系の白い肌のその少女・カチュアは〝狂える拳魔〟と呼ばれるテロアンドロイドに殴打され瀕死の状態であった。神雷はたった今その命をかろうじてつないだところだったのだ。彼が憤るのは無理からぬことだったのである。



 §     §     §



 さらなる視線が東京アバディーンの荒れ地の片隅から向けられている。

 朽ちかけ廃ビルを手直しして作った鉄筋コンクリート製の即席シェルター――


――生き延びたい――


――そう願う孤児たちが必死の思いで作り上げた命繋ぐ場所である。

 騒乱が終幕へと近づいてきた事でシェルターの周囲は落ち着きを取り戻しつつあった。半地下の部屋の中から孤児の子どもたちが姿を現してくる。下は1歳2歳の乳飲み子、上は13~14の思春期の子らまで。その十数人以上の子どもたちを纏めるのは、ロシアンマフィアとも渡り合ったラフマニ少年と、かつてテロアンドロイドであったローラ、そして黒人系の混血のオジーに、アルビノの少女アンジェリカ、そしてパキスタン系の混血であるジーナである。

 だがラフマニは医師に運ばれていき、ローラはカチュアの看病へと向かったところだ。残されたジーナたちが子供らの面倒を見るしか無いのだ。

 ジーナは、半地下のシェルターから子どもたちを誘導しながら、1歳になったばかりの乳飲み子を抱いて立っていた。

 服装はスカーフにパキスタン伝統のシャルワール・カミーズ、とあるパキスタン系のコミュニティから彼女に送られた物である。

 困難な状況でも彼女たちは必死に生きてきた。幼い乳幼児たちの世話は8歳の頃から見よう見まねでこなしてきた。

 ローラが乳母として関わってくれるようになった今でも、ジーナは子供らの世話を続けている。ローラ一人ではこなし切れないのは解りきっているからだ。とあるパキスタン人夫婦から養女の申し出を受けたこともある。だがジーナは『自分だけが幸せになる訳にはいかない』と告げて、孤児たちのところに残ったのである。

 今もジーナは、不安に怯える赤ん坊をなだめて寝かしつけたところである。彼女の胸の中でひとりの乳飲み子が寝息を立てていた。そんな彼女も、街中に響いた字田の言葉に憤りを隠せずに居たのだ。

 

「あなたには分からないでしょうね。抱きしめてくれる家族の腕を求めて涙を流すこの子たちの寂しさは――

 一日三回の食事にすらありつけない事もある。何の変哲もない風邪を引いただけであっけなく息を引き取る事もある。大人になっても、学校にすら通った事のないこの子らでは、就ける仕事にすら限りがある。微笑みかけてくれる家族も居ない、同胞として守ってくれる民族もない。帰るまともな家すら無い。そればかりか薄汚い欲望のために鶏の首を締めるように、この子達を刈り取ろうとする人たちまでいる!

 私達はただ、平穏に暮らしたいだけなのに! 安住の地が欲しいだけなのに!

 それでもあなたはこの国の〝法〟に守られていないこの子達は死ぬべきだと言うのですか?」

 

 ジーナが思わず口にした言葉は字田には届くこともないだろう。だが、彼女と同じ憤りを抱く者たちはこの洋上スラムの街には数多く溢れていたのである。

 


 §     §     §


 

 同じ頃、首都高速道路を走る一台の車があった。独国製の高級セダンのBMW、ハイウェイスポーツを意識した高速モデルである。

 羽田空港から出発したそのBMWは一度は東京郊外へと向かおうとしていたが、臨時に関わることとなった案件のためにルートを変えたのである。

 首都高湾岸線を大井JCTをかすめて一路、お台場有明へ、さらに有明で1000mビルを貫いて通過すると、辰巳JCT手前でとあるパーキングエリアへと停車する。


〝辰巳第1パーキングエリア〟


 首都高湾岸線を千葉方面へと走る際に入ることのできる簡易型の駐車施設である。

 普段なら長距離トラックやハイウェイランナーを気取る改造車などで賑わっていたが、今夜に限っては洋上のとある街で勃発した事件故に人影もまばらだった。そこに青い鈍いメタリックのBMWは停車する。そして可能な限り車を東南方向へと寄せると、そこからとある方向を眺め始めたのである。

 

 車内に居たのは3人の男たち――

 自らをコソ泥と卑下する飄々とした人柄の『栗田東作』

 自由こそが自らの価値観である凄腕の電脳ウィザード『メモランダム』

 そして若干16歳の天才英国少年『アルト・ノーマン』

 車両から降りると銘々に降り立ち、そのまま南西にある見晴場へと足を踏み入れた。

 そこからはとある場所を眺めることができるからだ。

 

――東京湾中央防波堤外域埋立地――

 

 俗に東京アバディーンと呼ばれる洋上の埋立地に生まれた史上最悪の都市型スラムである。

 またの名を『ならず者の楽園』

 彼らの視線はそこへと向いていたのである。


 3人の中のひとり、BMWのハンドルを握っていた東作が告げる。

 

「ここでお呼びがかかるまで待機だ。適当に時間つぶししてくれ」


 そう告げれば、フード付きのロングのマントコートを羽織ったメモランダムが言う。

 

「いいだろう。ここなら目的の場所にもアクセスしやすいし、何よりあそこが眺められる」


 メモランダムのつぶやきにアルトも相槌を打つ。

 

「あれだね? 洋上のハイテクスラム――東京アバディーン」


 その言葉に東作が頷き返す。

 

「あぁ、そしていま、最悪の事件が起きている場所だ」

「これだな?」


 メモランダムが所持している電脳装備を展開して空中にヴァーチャルスクリーン投影する。するとそこにはあの洋上スラムで繰り広げられている血で血を洗う凄惨な戦いが映し出されていたのだ。高度なハッキングスキルを持つメモランダムのことだ。街頭カメラや、他の者が運用していた撮影用ドローンを乗っ取ったのだろう。いとも安々と遠く離れた地の映像を手に入れてみせたのである。

 それを目の当たりにして東作がつぶやく。

 

「しっかしまぁ、よくこんだけ糞ったれな連中が集まったもんだぜ」


 アルトは何も答えない。メモランダムは頷いている。

 それに東作はこう告げた。

 

「日本ヤクザ、ロシア、チャイニーズ、メキシカン、ブラック――その他諸々、世界中のタチの悪い連中が砂糖に群がるアリみたいにうようよしてやがる。そしてそこに落っこちた火種が2つ。人形屋のディンキー爺さんお手製のローラちゃんと、ベルトコーネくんだ」


 それに対してメモランダムが言う。さらに返すのは東作だ。

 

「ローラの方はおとなしくあの街の片隅にて暮らしている。孤児たちの乳母となり慎ましくな。だが、ベルトコーネは違う。未だなお、ディンキー老の思想に対して頑強にしがみついている。否、依存していると言っていい」

「英国人の抹殺、そのための手段としての暴力の執行――そして、いとも簡単に切れちまう沸点の低さだ」

「あぁ、やつは簡単に暴走する」

「身の回りの連中を手当たり次第にぶっ殺してな――」

「あとに残るのは――」

屍山血河(しざんけっか)、瓦礫の街さ――」


 メモランダムと東作のやり取りをそっと耳にしていたアルトもまた言葉を吐き始めた。

 

「ベルトコーネの暴走は世界中に悲劇をもたらしている。東欧諸国も、ドイツも、フランスも、イギリスも、中東諸国も――、必ず一度はディンキー一味の活動を目の当たりにしている。そしてあまりの被害の酷さに最後は必ず極秘事項扱いにして封印するんだ」


 メモランダムが言う。

 

「テロリストの成果を世界中に喧伝させる訳にはいかないからな」

「そのとおりだ。今まで日本が、ディンキーのような重大なアンドロイドテロリズムに合わなかったことのほうが不思議なくらいだ。強いて言えば――」


 アルトの言葉に東作が続ける。


「――1年半前の成田事件か。子供の身体を使い、頭の中に大人の脳みそを突っ込んだ偽装サイボーグテロリストが日本アフリカの友好親善の訪日グループを装って成田空港ビルで立てこもり人質事件を引き起こしたやつだ」


 メモランダムが補足する。

 

「特攻装警のエリオットが姿を表した事件だったな」

「あぁ、思い起こしても胸糞悪くなるぜ。だが――」


 東作は苛立ちを抑えるように無煙タイプの電子シガースティックを取り出す。そして、スイッチを入れながら吐き捨てた。

 

「〝あそこ〟でそれに匹敵する事件が起きてる」


 その言葉を吐きながら、東作は海を隔てた埋立地の街へと思いを馳せていた。

 

「黒い盤古の野郎――、余計なことしやがって!」


 苛立ちと怒りが頂点を越えたのか、東作は手にしていた電子シガースティックを指先でへし折ってしまう。そしてそれをそのまま放り投げる。

 

「あそこは――、あそこは――」


 苛立ちが絞り出すような声に変わる。そしてそれは東作と東京アバディーンと言う土地の因縁の始まりのようなものであった。

 

「俺の親父が眠っている街だぞ!」


 その言葉にアルトとメモランダムの視線が集まる。二人とも東作の過去を知っているかのようであった。

 

「ステルスヤクザの下っ端のごろつき。すぐに暴力を振るうカスみたいなやつだった。でも、おふくろが病気であっさり死んじまった後は親として家族として最低限のことはちゃんとやってくれてた――、料理なんかできゃしねえのに、学校で弁当が必要な日は徹夜で頑張って作ってくれてたっけ」


 たとえヤクザだったっとしても親は親だ。短い言葉の端々に、東作の父への思いがにじみ出ていた。アルトが問う。

 

「味は?」

「そっれが、塩と胡椒がごってり入ってんでやんの! 親父酒飲みだからよ、酒のつまみの味付けそのままなんだよ。唐辛子まみれのソーセージなんて小学生が食うかっつーの!」


 東作は苦い過去を思い出しながらも、亡き父への憧憬をにじませていた。


「それはつらいね」

「だろ? 水飲みながらなんとか流し込むんだけど、最後は慣れちまった」


 そして苦笑いしながら東作は続けた。


「だからよ、未だに酒を飲むと思い出すんだよ。親父の最後を――、東京アバディーンでチャイニーズマフィア相手に〝切り取り〟仕事、これができれば下っ端から脱出できる。そう言う大勝負だった」


 切り取り――一般に金の貸し借りで貸し付けた借金の回収の事をさして言う言葉だ。メモランダムが東作に問いかける。

 

「首尾は?」

「8割がたはうまく言ってた。だが、土壇場で別の台湾ヤクザが横取りしようと介入してきやがった。揉めに揉めて、乱戦の撃ち合いになり、親父は流れ弾食らってあっさり死んじまった――」


 東作の声がしんみりとする。それは決して掘り起こしたくない過去へのモノローグだった。

 

「親父が帰ってこない――、俺は人づてに情報を集めて、その場所があの東京アバディーンにあると知って乗り込んだんだ。でも、人死なんか日常茶飯事のあの街で流れ弾で死んだ日本人なんて誰も気にもとめちゃいねぇ。親切なチャイニーズの人たちが、親父らしき人が撃ち合いで死んだことを教えてくれた。でも、亡骸はどこに行ったかわからない。諦めろとも言われた。流石にぶっ倒れるほど泣いたっけ――」


 そう語る東作の視線ははるか東京アバディーンを見ている。それは彼の父の墓標のようなものであった。

 

「でも、そんな俺を励ましてくれたのはあの街に暮らす人たちだった。見ず知らずの日本人の俺に、飯を食わせて、親父の骨を探す俺を気が済むまで寝起きさせてくれた。俺が親父を探すのを諦めた時には、弔いだけでも上げてやろう――って線香立ててくれたっけ。生まれや民族でその人の優劣が決まるわけじゃない。人はだれでも相手をいたわる気持ちを持つことができるんだと俺はあの街でそう教えられた。今じゃあそこは俺にとって第二の故郷なんだ」


 東作がそう告げた時だった。

 メモランダムが中継した映像の中に、グラウザーと、あの字田の蜘蛛型外装機が映し出されていた。そして二人の互いの正義を語る言葉が響いたのである。

 3人とも沈黙しながら字田の語る言葉に耳を傾けていた。到底聞き入れることのできない暴論以外の何者でもない。

 東作が吐き捨てるように告げる。


「言ってくれんじゃねーかよ、字田のだんなよ。あんたが殺した被疑者の中には、単なる疑いだけで証拠不十分のやつも含まれてたって言うぜ。とうとう公安上層部の急進派の連中もアンタのこと見限り始めたって言うじゃねえか!」


 メモランダムが補足する。


「あまりにあっさりと殺すんで隠蔽も効かなくなってきたらしい」


 アルトもまた言葉を吐いた。


「――それで今度は彼自身が排除が必要になったというわけか。あの〝黒い盤古〟と呼ばれる彼の」

「あぁ――」


 そして東作はその視線を、もう一人の警察としての存在に向ける。視線の先にいたのは誰であろう。6人目の特攻装警にして第7号機のグラウザーである。


「特攻装警のあんちゃんよ。後始末は頼んだぜ。何しろそこは――」


 東作はそう言葉を吐きながら踵を返して車へと戻ろうとする。


「――俺の親父が眠る〝墓標〟だからな」


 それを追うようにメモランダムも語る。


「行くぞ、〝ラウンドテーブル〟から連絡だ」

「あいよ。俺たちは俺たちで闇に落っこちそうになってるがきんちょを救いに行こうぜ」

「表の世界と裏の世界の橋渡し役だからな我々は――」


 その言葉を残しながら彼らは銘々に車へと戻っていった。そして、事後のことをグラウザーへと託すかのようにその場から走り去っていったのである。



 §     §     §



 そして、洋上スラムでのそのやり取りを遠くから見つめる者がまた一つ――

 東京品川・インターシティのとある高層ビルの一角のオフィスの一つ。とある野心的な実業家の個人的な隠れ家であった。

 オフィスの主はマイザーエンタープライズ最高経営責任者『聖蓮』

 

「やってるぞ天龍」


 聖のその言葉に耳を傾けるのは、首都圏下最大規模のステルスヤクザの筆頭若頭『天龍陽二郎』


「あぁ――」


 二人はそれぞれに革張りソファーに寛ぎながら、高級シャンパンを開けて喉を潤していた。そして、遠く離れた洋上の埋立地の街での出来事に思いを馳せていたのだ。

 二人の見つめる先には高さ2.5メートルほどの壁面いっぱいの巨大なモニタースクリーンが設置されていた。

 そして当然そこには、黒い盤古の隊長・字田と、特攻装警のグラウザーの姿があった。


「よりによってこの戦いのラストステージが警察と警察のぶつかり合いになるとはな――」


 聖が呆れるようにつぶやく。それに天龍が相槌を打った。


「まったくだ。呆れて物も言えん。だが――」


 一呼吸おいて天龍は言葉を続けた。


「――あれは単なる警察の内ゲバじゃない。法の原則に則り市民生活を守るために〝犯人逮捕〟を第一義とする『刑事警察』と、日本国家という巨大な枠組みをたとえルールを無視してでも断固として堅持しようとする『公安警察』との、絶対に譲れぬ意地と意地のぶつかり合いのようなものだ」


 天龍の言葉を聖が疑問を投げかける。


「〝蜘蛛のような化け物〟と〝変身する正義の味方〟とのぶつかり合いがか?」

「まぁ、そう思っても仕方ねぇさ。でもあの見てくれは奴らが何を考えているか? という事の結果でもあるのさ」

「確かに――」


 天龍の言葉に聖も同意する。


「醜悪なモンスターのごとき外見は〝周りにどう思われても構わない〟〝目標さえ殺せればそれでいい〟そう思われても仕方がない代物だ」


 その言葉に天龍が頷きながら補足した。


「それが奴ら『武装警官部隊・情報戦特化小隊』の理念と本質だからな。うちの緋色会でも組織の末端や、重要幹部が何人かやられてる。投降の意志を示しても問答無用だ」

「ひどい話だ」

「あぁ、話にならん。アンドロイドやサイボーグの犯罪が国境を越えて当たり前に横行するようになって公安警察が〝国体〟を守るためになりふり構っていられなくなったってことでもある」 


 天龍の言葉に同意しつつも、聖は呆れるように言った。


「だがあれじゃあ、世間様の支持は得られまい?」

「ああ、その通りだ」


 しかし彼らの視線は、日本の警察が生み出したもう一つの存在へと向いていた。

 そして聖が言う。


「そしてもう片方がアレか」

「ああ、日本の刑事警察様が渾身の力を込めて生み出した〝堂々たる正義の味方〟だ」

「〝特攻装警〟だったな」

「俺としてはこっちの方がやりづらい。何しろ、今までのおまわりさんの仕事の現場で〝特殊部隊〟をはるかに凌駕する戦闘力を抱えた連中が歩き回ってるんだからな」


 天龍の言葉に聖は思案しながら言葉を吐く。


「一人目がアトラスだったな」

「そのあと、センチュリー、ディアリオと続く。初めはどう見ても不格好のブリキのおもちゃだったが数を重ねるごとにどんどん人間らしくなっていきやがる。戦闘力も桁違いに強くなる」


 聖は天龍の言葉に、ビジネスマンらしい分析を付け加えた。


「これまでの特攻装警の中で、5人目のフィールが〝人間らしさ〟の頂点だとするのなら、4人目のエリオットは〝制圧性能〟の頂点と言えるだろうな」


 そして聖はグラスを手にした手で6人目の特攻装警を指差した。


「そしてあそこにいるアイツが、その〝人間らしさ〟と〝制圧性能〟を併せ持った〝究極体〟ってわけさ」


 聖の言葉に天龍が頷く。


「まさに完璧な正義の味方ってわけだ」

「やりづらいな天龍」

「あぁ」


 聖はグラスを軽く傾け喉を潤すとさらに言葉を吐いた。


「だが、もっと厄介そうな話がある。ハイテク関係の、特に軍事関係に噛んでいる会社の方面で流れている噂があるんだ」

「なんだ?」


 天龍の疑問の声に聖は視線を投げかけながら告げた。


「特攻装警の7人目が現れたらしい」

「――まさか、第8号機か?」

「いやそっちじゃない。配属先が違うんだ」

「もったいぶるな聖」


 天龍が苛立つように告げる。聖は速やかに答えを口にした。


「7番目は〝消防庁所属〟だ」

「〝レスキュー〟か?!」

「そうだ」

「と、言うことは女性型、フィールの応用形機体だろうな」

「あたりだ。正義のヒロイン・フィールの大活躍を目の当たりにして、消防庁でも空の領域を見据えた人命救助に使えるんじゃないかと即断したらしい。開発元の第2科警研でも、警察庁以外に支援元が増えるとあって大歓迎だそうだ」

「政府系の開発研究は予算が厳しいからな」

「そういうことだ」


 聖の言葉に天龍は思案気味につぶやいた。


「そうなるとあのアンドロイド警察官の開発研究に弾みがつくな。おそらくは――」


 天龍は聖の顔を横目で眺めながら、こう述べたのだ。


「――〝量産化〟を想定しているはずだ」


 その言葉に聖も頷く。


「それについてだが、詳細は未確定だが、次の特攻装警の配属先は【交通課】が想定されてるという噂もある」

「交通課――交通機動隊だな。となると目的は〝武装暴走族〟対策か」

「お前んとこの〝子分格〟だろう?」

「馬鹿、あんな傾奇者集団使い物になるか! 適当に使うだけ使って距離を置くのが妥当だよ」

「そんなもんかね」

「必要以上に目立つ連中ってのは案外使い物にならんもんさ」


 天竜が告げるその言葉は、彼自身が社会の裏側に潜伏する『ステルスヤクザ』であることと不可分ではない。社会から目立たない、そのことの重要性は彼自身が十分知っているのだから。

 そして天龍は再び思案気味にこう告げたのだ。


「そうなると問題は、その交通課の特攻装警とやらが〝単独で配属されるかどうか?〟ということだ。複数同時に配属されるのなら、それは間違いなく〝特攻装警の大量生産〟の開始フラグだ」


 天龍の言葉に聖も頷く。


「要注意だな」

「あぁ……」


 そう言葉を残したまま二人は再び沈黙した。モニターの向こうではグラウザーと字田の戦いがなおも続いていたのである。



 §     §     §



 東京湾の洋上スラム・東京アバディーン――

 その地で行われているグラウザーと字田との熾烈な戦い。

 それを間近から見つめる一台の防弾仕様の漆黒のベンツがあった。ガラスは4面ともスクリーン仕様で車内を伺うことはできない。だがそのベンツを見かけただけで、東京アバディーンに住むものであれば、それが誰の物であるのかすぐにわかった。


 そのベンツの主とは――

 極東ロシアに拠点を持つ歴史古いロシアンマフィアの一つ〝ゼムリ・ブラトヤ〟の首魁を務める一人の傑女だ。

 ゆったりした仕立てのレース地のサックドレスを身にまとい、その上に毛皮のコートを羽織っている。髪はミドルショートにまとめ上げてあり、首にはプラチナのネックレス。耳には極彩色の宝石をあしらったイヤクリップ。そして両手の指には、大粒の宝石をあしらったリングがはめてあった。

 歳のころからいけばそれなりの妙齢になる。体格も年相応に恰幅が良くなっているが、それでも身にまとった気配や、身のこなし、そしてシルエットや体型のそこかしこに若い頃からの美貌と色香は、なおも芳しいほどに漂ってくる。

 果実は時を経るほどに熟れてくると言う。まさに、そんな表現が通用するような美熟女と言える人物だった。

 

 彼女の名は『ノーラ・ボクダノワ』

 人は彼女を敬愛を込めてこう呼ぶ――『ママ・ノーラ』と。

 極東ロシア・ゼムリ・ブラトヤをまとめ上げる女ボスである。

 

 ママノーラは車上から、今この東京アバディーンの地で起きている事件の顛末をずっと見守り続けていた。

 車内に設置されたモニターガールのスマートパッドから、あるいは窓を開け古風なオペラグラス越しに、この洋上のスラムの街の真っ只中で起きていた事件をその目に焼き付けるかのように眺めていたのである。

 

 この一晩であまりにも多くの出来事が通り過ぎている。その一つ一つを思い出そうとするが、思い起こそうとするだけでも胸が詰まるような思いに囚われるのだ。


「なんだって――、なんだってこんなやつが世の中を守るはずのやつらの方についてるんだろうね」


 想いを絞り出すようにそう吐き出すが、その表情はいつになく切なそうであった。


「これじゃまるで、あのベルトコーネが暴れているのと何も変わらないじゃないか」


 そう語る彼女の視線の先には、あの黒い盤古の隊長・字田が操る蜘蛛型の異形の機体が聳えていたのである。

 そして彼女の思いは、過去の記憶へと繋がっていく。

 彼女が無事平穏な暮らしを捨てて、マフィアの女ボスとして父の名跡を継ぐきっかけとなった事件にもマリオネット・ディンキーの存在が関与していた。


「マフィアに暴力は付き物。それは分かってるけど――」


 マリオネット・ディンキーの配下、ベルトコーネによる殺戮行為の犠牲者の中には、彼女の弟も含まれている。

 彼女の腹心の部下であるウラジスノフも、ベルトコーネの暴走暴力によって愛息の命を奪われている。

 

「――いくらマフィアでもそこまではやらないよ。日本の警察の旦那」


 そしてノーラの視線はオペラグラス越しにグラウザーと字田の操る蜘蛛型機体を見つめている。そして彼女はどちらを応援すべきかを冷静に心得ていた。


「マフィアだろうが、軍隊だろうが、警察だろうが、人間様に作られたアンドロイドであろうが、絶対に無くしちゃいけないものがあるんだよ――」


 ノーラはオペラグラスを下しつつ言葉を続ける。


「人間は〝心〟があるから〝人間〟でいられるのさ。だけど馬鹿な人間はあっさり心をどこかに捨ててきちまう、なのにあのグラウザーってアンドロイドは、多くの人々が落としていた心のかけらをちゃんと拾い集めている」


 そしてノーラは、息子をいたわる母親のような目線でグラウラーへと決して届かない言葉を語りかけた。


「頼んだよグラウザー、あんただけが最後の頼みの綱なんだからさ」


 その言葉を残してもノーラはそこから動こうとはしない。ただ、責任ある者として最後まで見届ける覚悟を決めていたのである。



§     §    §



 そこは一般に地下病院と呼ばれる場所であった。

 この2040年と言う時代を象徴する出来事として挙げられるのが、世界中の闇社会で蔓延する〝違法サイボーグ〟だ。

 無論、サイボーグと言う物を露店で行うわけにも行かない。それなりの医療設備が必要となる。

 当然、地下化し、人の目につかない場所に隠れて施術が行われる事となる。

 倉庫の地下――

 所有者の曖昧な雑居ビル――

 打ち捨てられた様に見える廃建築物――

 あるいは権力のある者の個人所有の邸宅――

 様々な方策が考えられては大都市のいたるところにそう言う闇施設が設けられる事となる。

 一般にそう言う施設を【地下病院】または【アンダーラボ】と呼ぶのだ。

 

 そこは川崎近傍の倉庫街の一角にあった。

 外国籍の運送会社の物流倉庫に偽装していた。

 大規模な倉庫施設があり、その地下に広大な偽装医療施設が存在しているのだ。倉庫作業員を装った警備要員が常に周囲を警戒している。その倉庫へと一台のワゴン車――シボレーのアストロが入っていったところだ。

 それを運転するのは中南米系のマフィア組織、ファミリア・デラ・サングレの構成員だ。

 ボスであるペガソの直属の親衛部隊である『ペラ』女性ばかり5人の高性能サイボーグで構成された精鋭部隊である。その彼女たちが自らの〝命の恩人〟を担ぎ込んできたのだ。

 だが、その命の恩人の素性が問題であった――

 シボレーから降ろされた、その要救助者を目の当たりにして最初に難色を示したのは、その地下病院を掌握する人物で70近い老齢の白髪頭――皆から『院長』と呼ばれる男だ。面長の顔とアゴヒゲが特徴的な日本とドイツのハーフで世界中の闇社会で渡り歩いた猛者である。

 

「おい! なんてやつを連れ込んだんだ! こいつの素性がわかってるのか? すぐにそのへんの海にでも捨ててこい!」


 医者然としたスラックスにYシャツに白衣と言う出で立ちで、彼は運び込まれた男を拒絶していた。その院長に懇願するのはペラのメンバーで黒人の血が入ったメキシカン系のハーフのビアンカだ。

 

「そんな! お願い! 内蔵をやられてるの! 長く持たないんだよ!」

「そんなの知るか! この国の警察の手先――いや、装備品だぞ! アンドロイド・ポリスの特攻装警! そんなのを中に入れたら、この場所が警察にバレちまう! 絶対にだめだ!」

「頼むよ!」

「やかましい!」


〝院長〟はすがりつくビアンカに対して取り付く島もみせなかった。罵声を浴びせながら今にも殴り掛かりそうな剣幕である。その怒りは当然である。ペラの彼女たちが運んできたクランケはよりにもよって、日本警察の誇るアンドロイド警察官の特攻装警――その第3号機のセンチュリーであるのだから。

 そのビアンカの仲間のペラのメンバーたちも院長に対しては強く出る事ができないでいる。

 当然である。

 サイボーグである彼女たちにとって、こうした地下病院施設は命をつなぐ上で重要な拠点なのである。その地下病院施設を掌握する人物をこれ以上怒らせるわけには行かないのだ。 

 イザベル、マリアネラ、プリシラ――皆、誰も言葉を発せれない。院長に対して強硬に訴える事ができない。かと言ってセンチュリーを見捨てる訳にも行かないのだ。なぜなら――

 

 ペラのリーダーであるエルバが言う。

 

「じゃぁ、あたしらの命の恩人を捨ててこいって言うの? あたしらだってメンツがあるんだよ。警察って立場を捨ててまでマフィアの手先であるあたしらを身体を張ってボロボロになってまで〝警察自身〟から助けてくれたこの人を捨ててこいって言うの? できるわけ無いじゃない! いくらマフィアのあたしたちだってそんなに冷酷にはなれないよ!」


――センチュリーは彼女たちの命の恩人なのだから。

 院長も言葉を失う。苦虫を潰したような表情で片手で頭を掻き始めたのだ。

 

「糞っ!」


 完全に意地の張り合いだった。そしてどちらの言葉も理があった。だがそこに割り込むように言葉をかける物が居た。

 

「おちつけ、お前ら――」


 張りのある若い男の声がする。そしてその方に視線を向ければそこに居たのは、車椅子に乗り一人の老女医に押されて現れたペガソであった。マフィア、ファミリア・デラ・サングレのボスでエルバたちペラの女たちが忠誠を誓う男であった。

 手術を終えたところなのだろう。腹部と背後を覆うようにコルセット状の装具を巻いている。背面から脊椎を損傷し、その緊急治療を受けていたのである。

 

「ペガソ様!」


 エルバが即座に反応して声を上げれば、ペラの女たちは片膝をついて頭を垂れて忠誠の意思を示していた。無論、それはビアンカも同じである。老女医に押されながらペガソはストレッチャーの上のセンチュリーのところへと歩み寄っていた。そして、ストレッチャーの脇で片膝をついているビアンカにこう告げたのだ。

 

「話は聞いたぜ。五人揃って殺されかけたの助けられたんだってな?」


 その言葉にビアンカの肩がかすかに震えている。忠誠を誓ったボスであるペガソに対して恐怖を抱いているのは明らかだからだ。

 

「は、はい――」


 声も震えていた。このペガソという男は陽気さと残忍さとが同居した常識では計り知れないところがあるからだ。どんなにその人柄を分かっていると言っても、やはり巨大な組織を掌握するだけの人物である。その威圧感には抗いきれないのだ。

 ましてや組織の外の者で、なおかつ日本の警察に属する者の手を借りたとあればどんな叱責をうけるかわかったものではないのだから。

 だが、その後に続いたペガソの言葉は意外なものであった。


「生きて帰ってこれてよかったな」

「え?」


 ビアンカもエルバも思わず顔をあげる。野性味とサドっ気のあふれる普段からは考えられないほどの穏やかさである。

 

「理不尽な暴力で、仲間が皆殺しに合うのはもうゴメンだからな」

「ペガソ様――」

「なに不思議そうな顔すんだよ。無事に帰ってこれた。それでいいじゃねえか。俺も死にかけたがこうして生きてる。それでいいのさ。それより――」


 ペガソの顔がセンチュリーの方を向いた。その時のペガソの顔には敵意も恐れもない。ただ、感謝の気持ちだけがにじみ出ている。車椅子を寄せさせてセンチュリーにこう告げたのだ。

 

「よぉ、生きてるか?」


 朦朧としながらだったが、センチュリーはペガソの声の方を向く。視覚系がやられているので顔を識別することはできないが、その声から誰かがいるであろうと言うことだけは分かっているようだ。

 

「誰だ?」

「名乗るほどのもんじゃねぇ。ただ、ウチの女どもが助けられたって聞いてな。礼を言おうと思ってよ」

「そうか――」


 センチュリーは切れそうになる意識のギリギリのところで、見知らぬ相手と会話をしていた。

 

「俺が好きで暴れただけさ。助けられるはずの命を見過ごしておけねぇ性分なんでな」


 その言葉にペガソも思わず笑いを漏らした。

 

「俺と同じだな。助けられるはずの命をほったらかしにするのは後味悪いからな」

「そうだな」


 意外にもペガソとセンチュリーは、同じ価値観を共有できる相手だった。そしてペガソは告げた。

 

「礼をさせてくれ、お前のことをきっちり直してやる。外にも返してやる。ただ一つだけ守ってくれ」

「なんだ?」

「俺がいいと言うまで〝外〟とは連絡を取らないでくれ。位置信号もオフだ」


 当然の要求だった。そうでなければこの地下病院には入れないのだから。

 センチュリーもうすうす分かっていたのだろう。この声の主が誰であるのか。センチュリーが答える。

 

「わかった。絶対に明かさない。ここを出た後もな。約束する。そうでないとビアンカ泣かすしな」


 その言葉にペガソの顔に思わず笑みが漏れる。

 

「あぁ、こいつ意外と泣き虫なんだよ。寂しがり屋だから面倒くせえぞ?」

「寂しがり屋を慰めるのは慣れてるよ」

「そうか、じゃぁ後のことは任せてくれ。それまでゆっくり眠りな」

「あぁ――」


 それがセンチュリーの限界だった。本当に眠るように意識を閉ざしたのだ。

 ペガソが院長に告げる。


「院長も俺の顔に免じて認めてやってくれ。こいつが何かしでかした時は俺が責任を取る」


 それを言われてしまえば院長も二の句が継げない。相手は超大物のマフィアボスなのだから。

 

「あんたに言われちゃ仕方ねえな」

 

 院長が不承不承に同意する。その院長にペガソの車椅子を押していた老女医が名乗り出た。

 

「院長、そのクランケの手当は私にやらせてくれない?」

「パトリシア? できるのか? サイボーグじゃなくアンドロイドだぞ?」


 その老女医の名はパトリシアと言った。ブロンドのアメリカ白人系の女性だった。パトリシアは静かに微笑みながらこう答えたのだ。


「ちょっと彼の身体には心あたりがあるのよ。記憶が間違ってなければ治療は十分可能よ」

「心もとない言い方だが――まぁ、あんたのことを信じよう」

「ありがとう、ちゃんと治すから安心して」


 そしてパトリシアは言う。

 

「それじゃ、彼のストレッチャーを手術室まで運ぶの手伝ってちょうだい。今夜は手数が足りないのよ」

「私が行きます」

「あたいも」


 ビアンカが名乗り出てマリアネラも名乗り出る。そしてセンチュリーの横たわるストレッチャーを二人で運び始めたのだ。

 ペガソがパトリシア医師に言う。

 

「頼むぜ」

「任せて――」


 パトリシアは白衣のポケットから小型のスマートフォンを取り出し構内内線で呼び出しをかける。


「私よ。第5オペルームで緊急手術よ。準備急いで」

 

 待機中の補助医師に手術の準備をさせたのだろう。これからセンチュリーの緊急手術が始まるのだ。

 

「先行ってて。突き当りの大型エレベーターを降りて3Bフロアのセンター通路で補助の医師たちが待ってるから」

「はい」


 パトリシアの声にビアンカが答える。そしてセンチュリーを地下病院の奥へと運んでいったのである。

 そのやり取りを眺めながらペガソはエルバたちに声を掛ける。

 

「お前ら」

「はい」

「ちょっと頼まれてくれねえか?」

「何でしょう?」


 新たな任務だ。命の恩人が病院に受け入れられたのであれば、あとはする事がない。さらなる別任務に服するのは致し方ないことだ。冷静に受け答えするエルバたちにペガソはこう告げたのである。

 

「コレを見ろ」


 ペガソが車椅子の傍らに乗せておいたスマートフォンだ。そこにはあのクラウンが中継しているグラウザーと字田のやり取りが映し出されていた。彼もこの映像と言葉を見ていたのである。

 

「あのセンチュリーってやつの弟が命を張ってる。合法非合法の別け隔てなく、理不尽から命を守ろうとしている」

「〝彼〟の弟?」

「あぁ、グラウザーって言うらしい。その弟が口にしている〝正義〟ってやつがどれだけ本物なのか見てきてくれ。そしてそれが〝本物〟だったら――」


 ペガソは神妙な面持ちでこう呟いたのだ。

 

「――センチュリーのやつが目を覚ました時に『お前の弟は立派なやつだった』って聞かせてやってくれ。下手な薬より効くはずだからな」


 ペガソはマフィアだ。残忍でサディストの素養がある男だ。だが――

 

「解りました。速やかに」


――仲間と信じた相手にはどこまでも信義を通す漢だったのである。


「頼むぜ」


 ペガソはそう言い残すと踵を返してその場から去っていったのだ。あのパトリシア医師に押されながら。

 そのシルエットを見つめていたエルバたちだったが、思いを振り切るように歩き出した。

 

「行くよ――」


 シンプルにそう言い残すと彼女たちもそこから去っていったのである。

 

 

 §     §     §

 


 ここは東京アバディーンのメインストリートを隔てた北側地区、スラム街を形成している南側地区と異なり、高層ビルの立ち並ぶビジネス街や一般に開かれた商業地区が設けられている場所である。


 しかし同時にスラムの多い南側地区とはまた異なるベクトルで危険な要素をはらむ場所であった。


 何しろあのセブンカウンシルがあったゴールデンセントラル200もこちら側にあったのだ。

 東京アバディーン内で活動している大規模組織には、この北側地区に活動拠点を置いている組織も少なくなかったのである。

 黒人系人種を構成員の主軸とする、いわゆる〝カラードマフィア〟と呼ばれる系統のマフィア組織である彼ら【BLACK BLOOD】も北側地区に活動の主軸を置く組織だったのである。


 今もまた彼らは作戦行動中であった。

 高層ビルとペンシルビルがひしめき合うラビリンスのようなその場所で彼らはあるターゲットを追い詰めていたのである。


「アラクネ、ジニーロック、状況はどうだ」


 野太く荒々しいドスの効いた声が響く。

 物影の光の当たらない場所にその声の主は立っているため大まかなシルエットでしかその姿は分からない。だが、恐ろしく威圧的な大柄な体型であることはよくわかる。

 丸いレンズの黒いサングラスをかけているが、レンズに電子光学装置が仕込まれているため薄明るく反射光が放たれている。

 そのため、その人物の風貌はこの世の恨みを全て溜め込んだかのようなゴーストの如き恐ろしさを漂わせていた。

 彼ら二人の人物の名を問いかけた時、帰ってきた声は二つある。


〔モンスター、包囲網を展開成功。コンステレーションズをキーに、街路の主要箇所に警戒ポイントを敷設した。空でも飛ばない限り抜け出ることは不可能だ〕

「オーケイ、ジニーロック。コンステレーションズの包囲陣の統括はお前に任せたぞ」

〔オーケーオーケー! 任せてくれ。片目の野郎はこっちが完璧に抑えてやる〕

「任せたぜ。ジニーロック」


 モンスターと呼ばれた人物がジニーロックの名を持つ人物とやり取りを済ませれば、それと入れ替わるように声が返ってきたのは歳の頃で言えば13か14くらいだろうか、可愛らしさの漂う甘さを秘めたティーンエイジャーの少女の声だった。


〔こちらアラクネ、おじさま聞こえる?〕

「アリー、聞こえるぜ」

〔こちらの状況、現在アンドロイドポリスのナンバー5を追い詰めている。私の単分子ワイヤーで足止めに成功しているけど、さすがに装甲とパワーが強力で決め手に欠けるわね。どうする? おじさま〕

「オーケイ、アリー。今からそっちへ行く絶対逃すな」

〔分かった。待ってるねおじさま〕


 そう会話を交わすとアラクネという名を持つ少女は通信を終了した。

 暗がりに潜んでいたその人物の名は【モンスター】と言う。無論本名ではなくその人物に対する恐れを象徴化した称号のようなものであった。

 モンスターは再びあの野太い声でぼそりと呟いたのであった。


「別にお前らを捉える義理も依頼もないんだが、先に突っかかってきたのはお前らだぜ? いきなり俺を捕まえようったって無理ってもんだろ? 自分の身くらい守らせてもらうさ。それにベルトコーネの案件が、こっちにお鉢が回らなくなっちまった。おあずけくらった分け前の分はどっかで取り返さねえとな。悪く思うなよアトラス」


 そんな時だ。彼のかけていたサングラスに仕込まれた電子光学装置の仮想スクリーン映像に飛び込んでくる映像がある。


「なんだ?」


 クラウンのばらまいたウイルスによって誘導された中継動画映像である。

 今まさに、東京アバディーンの南側地区のさらに南側の荒地のエリアで展開されている最後の戦いの様相であった。

 そこでグラウザーと黒い盤古の隊長・字田とが戦いの火蓋を切ろうとしているところであった。

 そしてその映像を通じてモンスターの耳に聞こえてきたのは、字田の身勝手かつ傲慢な正義と、グラウザーの警察としての理想を投影した無垢なる正義。

 どちらの正義もモンスターには受け入れ難いものだった。


「けっ! くだらねえ!」


 サングラスを外し足元に落とすと右足で踏み潰す。サングラスは電磁火花を撒き散らしながら作動を停止した。


「強いやつが生き残る。弱い奴が死ぬ。それだけがシンプルでわかりやすい事実だ。そして正義の定義なんてものは、生き残った〝勝者〟によっていくらでも書き換えられるのさ」


 そしてモンスターは踵を返し歩き出す。


「勝ってこそ自分の腹のなかに宿したドグマを他人に押し付けられるんだよ」


 モンスターは戦いで向かい合う二人のどちらの正義も認めなかった。

 その言葉だけを残して彼のシルエットは消えていったのである。



 §     §     §



 そしてここは、東京湾洋上スラムから遠く離れた横浜の地、そのみなとみらい21などに代表されるような港湾都市として経済活動著しいエリアであった。

 その港公園の南端の一角、高くそびえる白磁のツインタワーマンションがある。その最上階近くは二つの建物を橋渡しするように複数のフロアが繋がっており、空にそびえる邸宅のような様相を呈していた。そのマンションの名は『バイシーズーパレス』と言う。 

 そして、眺望も美しいその天空の邸宅に住んでいるのは一人の華僑系実業家であった。


――伍 志承(ウーシーチェン)――


 それが彼の名前だ。

 広大なスペースのリビングで彼は夜を徹してとある者たちの帰りを待ちわびていた。

 一度に5人は座れそうな長大な革張りのカウチソファーに腰掛けじっと一点を見つめている。

 彼もまたクラウンが流した中継映像に視線を奪われていた。否、そこに映されていたものに重要性を感じていたと言った方がいいだろう。


 その映像に映る可能性があったものは三つ――


 一つが、特攻装警のグラウザー

 一つが、情報戦特化小隊の隊長字田

 残りもう一つが、彼が一命を賭して支援をすると誓った者達である。

 だがクラウンはそれを写さない。

 映すのはあくまでグラウザーと字田だけである。


「賢明な判断です、仮面の道化師殿」


 そう静かな笑みを浮かべながら彼は広大なリビングルームの壁面いっぱいに映し出された中継画像に視線を集中させていた。


「〝彼女たち〟は世間一般の通俗的な視線の前には晒されるべきではない。彼女たちには為すべきことがある。背負うべき運命がある」


 そして映像いっぱいに映し出される仮面の道化師・クラウンの芝居がかったまでのパフォーマンス。それを目の当たりにして伍も思わず皮肉混じりの笑みを浮かべた。


「それにしても、なかなかの役者ですね。裏の顔と表の顔、闇社会で犯罪請負を嘯く愉快犯のあなたと、アンドロイドだけで構成された新時代のサーカスパフォーマンスチームの団長としてのあなた――」


 伍はスクリーンから視線を外すと右手を振って何かを招き寄せる仕草をする。するとその仕草に呼ばれたかのように室内向けドローンのような直径20センチほどの球体状の浮揚装置が彼の前と移動してくる。

 伍はその浮遊装置に右手をかざすと人差し指で円を描く仕草を二回繰り返した。

 するとその装置は空中へと、まるでパーソナルコンピューターのモニター画像のようなスクリーンディスプレイの映像を空中に投影し始めたのである。

 そして、伍は両手を空中へと出すとキーボードをタイプするかのような動きを見せた。すると、空中のモニター画像に検索条件が打ち込まれていく。


【 検索:プレアデスクラスターズ 日本公演 】


 その後に検索を実行させると、空中のモニター画像にはとあるサーカスパフォーマンスチームのコマーシャル映像が浮かび上がったのである。

 4月の頭に日本公演をすると流されていたあのコマーシャル動画だ。そこにはまさにクラウンと瓜二つの、サーカス団長のピエロ型アンドロイドが映し出されていたのである。


「ここまで明確にビジュアル映像がさらされているにもかかわらずなぜあなたが逮捕も拘束もされずに活動していられるのか、甚だ疑問ではあるのですが――」


 そして伍は胸の前で両指を組むと神妙な面持ちで、クラウンがもたらした中継映像に再び注視しはじめたのである。


「――その混迷しきった場所をコントロールできるのはまさに〝死の道化師〟と呼び称されたあなた以外にありえないでしょう」


 今まさに中継映像の中ではグラウザーと字田とが互いの正義を主張しあってるところであった。

 そして伍はクラウザーの方を見つめながら言葉を漏らしたのである。


「日本という法治国家の守り手である〝特攻装警〟――今この場を守りきるのはあなたたち以外にありえない。あなた達が最後まで〝正義の味方〟でいられるのか私は見守らせていただきましょう。私が愛する〝ウノ〟とその仲間たちが戻ってくるまで――」


 そして彼はそれっきり沈黙する。ただ冷徹な視線だけが強い意志を表していたのである。



 §     §     §



 字田の叫びとともに、二重反転ローターヘリの機体下面に取り付けられている複数のコンテナが一気に切り離され投下された。そのコンテナは一つ一つは1メートル四方程度のサイズだが、地上へと到達するまでの間に〝変形〟し、いずれもが6脚の足を持つ昆虫的な機能性を持った自立型戦闘ロボットとして機能し始めたのである。

 その有脚型戦闘ロボットの総数――


――10体――


 一つ一つは強力でなかったとしても連携しあう事で状況を一気に字田の側へと戻すには十分すぎる戦力である。

 それはまさにワンマンアーミー、だれもチームメイトの居ない孤独な軍隊――

 それがどれほどまでに愚かなのかを指摘できるものは誰もいない。

 字田は自らの分身とも言うべき遠隔義体をもってして、たった1人のグラウザーを、10体もの手勢で包囲しようとしていた。

 だが――

 10の視線で包囲されていたのは字田もまた同じだったのである。

 グラウザーも、字田も、それを知らない。


「行くぞ!!」


 グラウザーが自らに気合を入れるように一気呵成に叫んだ。そして瞬時に状況を察すると包囲網をもともせず攻撃を開始した。

 今はただ結果を信じて戦うのみである。

次回――


第2章エクスプレスサイドB第1話〔魔窟の洋上楼閣都市55]


【決戦・怪腕と剛拳】


公開予定は12月28日金曜日よる九時

そして次回が年内公開のラストとなります。

(翌年からは1月11日を開始予定日とします)



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