13
「…相変わらず、窒息しそうな部屋でやってるんだね」
茶色いシミのついた白い壁を見て、私は苦笑した。
「探したよ。店の場所を変えたなんて、知らなかった」
そう言うと、部屋の中央に一人で座っていた少年が苦笑した。
「お前も相変わらずだな。…まだ、仕返し屋なんてやってるのか?」
「ええ。消去屋も」
そう言いながら、ドアの近くにあった大きな箱を漁る。大きなダガーを握ると、それを見た彼は何かを思い出したように微笑んだ。
「なによ?」
「別に。ただ、あんたのところの客になってもおかしくない奴に、この前出会ってさ」
「復讐の方?」
「ああ。自殺した弟の、な」
「ふうん…」
私はダガーを箱の中に放り投げると、彼の方に近づいた。
「やっぱり、あなたは年を取らないんだね。それに、死なない」
「そう言うお前も、成仏しないな」
「…後悔してる?」
「なにが」
「…悪魔と、契約したこと」
空気が、凍った。一瞬だけ時が止まった空間は、彼の笑う声で時間を取り戻す。
「お前と一緒だよ、多分」
彼はそう言うと、癖のある黒髪をかきむしった。
「…どっか連れてってやろうか?今日は結構客が来たから、金ならあるんだ」
私は首を振る。そして、目を細める。
「相変わらず、1回一万円で殺されてるの?」
「ああ」
「お金もらって、楽しい?」
そう尋ねると、彼は私の方を見上げた。
「お前こそ、対価は『丸一日遊ぶ』だったっけ?…そんなことして楽しいか」
「ええ」
「虚しくなるだけだろ、そんなことしたって。それはただの思い出になるだけだ。ずっと続くような話じゃない」
目を伏せたまま、彼が立ち上がる。私はそれを目で追いながら、言う。
「だけど、思い出にはなる。私が忘れない限り、楽しい思い出のままだよ」
彼は目を伏せ、黙ったままだ。だから私は、そのまま話し続ける。
「私は、この世界で生きてた時の思い出がほとんどないの。だからせめて、アリスとしての思い出はいっぱい作りたい」
「あっそ」
彼はため息をつくと、こちらを見た。
「有栖川…下の名前はなんだった?」
「覚えてない。…今はもう、アリスだよ。それでいいの。もう誰も、【私】のことを覚えてないから」
「…あっそ」
2回目のセリフは、少しだけかすれていた。
「じゃあね、殺され屋さん。気が向いたらまた来るわ」
私がドアの方へ向かうと、彼が後ろから声をかけてきた。
「これからどうする気だ?」
「んー。とりあえず、復讐しに行ってくる」
「仕事か」
「ううん、ボランティア。…いや違うな、動物園に連れてってもらったから、対価はもらってるし」
初めて見たゾウのことを思い出して、私は笑った。
「仕事はね、断られたの。だけど私が、復讐したくなっちゃったから。あの人たちに、ちょっとだけ情が移っちゃったのかも」
それを聞いた彼が、…アクマが、吐き捨てるように言った。
「…復讐をすれば、新たな憎しみが生まれる。復讐が復讐を生むんだ。…分かってんのか」
「もちろん」
私は彼の方を振り返る。そして笑った。それはまるで、
「だから、仕返し屋はなくならないの。私はずっと、一人ぼっちにはならない」
それはまるで悪魔のような、笑顔で。