序章
俺にだって、夢はあった。
仲間と共に追いかけ、掴みきれなかった夢。
掴んだと思ったら、それは指の隙間からこぼれてしまった。
いや、違う。
自らこぼしたんだ。
その夢がいざ叶うと知った時、それがとてつもなく怖かったからだ。
そう、俺はとんでもないことをしているのではないかと、ビビった。
自らが先頭を走っていたくせに、勝手な都合で足を止め、バツが悪くなって逃げるように離れてしまった。
そのことを思い出すたびに、胸の奥底から嫌な気分が湧き上がってくる。
苦味と痛みを伴った嫌な気分。
家に閉じこもっていても、その嫌な気持ちに押しつぶされそうになるのが嫌で、したくもないバイトを数年前から始めた。
人に極力詮索もされたくないため、倉庫整理や出荷作業など黙々と体を動かすバイトに就いた。
ありがたいことに、職場の同僚は余計なことを喋らず、事務的なやり取りのみで助かっている。
作業も単調で、そんな日々に満ち足りている訳ではないが、特に不満も無かったし、持つ権利もないと思っていた。
夢を追いかけていた時は遊ぶ暇もなく、細々と暮らしていける程度の貯金は蓄えていた。
早逝した両親が残した、一人で住むには広すぎる平凡な一軒家もあり、生活には困っていない。
同年代からしたら気ままな生活で、羨ましがられるだろう。
ただ、毎日が退屈で、明日にでも世界が終わってしまっても構わないとさえ思いながら、日々を過ごしていた。
そんな退屈で変わらない日が、今日も終わろうとしていた。
『やっぱ、車は欲しいよなぁ』
年季の入った自転車を漕ぎながら、そんなことを思った。
『でも、自転車で済んでしまうんだよな』
思わずため息が一つ漏れた。
買おうと思えば買えるが、金を使う気になれなかった。
こんな自分に使うと思うと、どうしても抵抗がある。
まだ三十代も半ばだというのに、勢いがないなと自分でも思う。
他の同年代の人達は様々な夢を持って、家庭を持って、日々を生きているのだろうか?
日々の生活を楽しんで生きているのだろうか?
それを振り払うように、頭を振った。
『あぁ、嫌だ嫌だ。んなこと考えても意味はないさ』
諦めを含んだため息を一つ吐いた。
『明日のことより、今日の飯。さて、何を食おうかな……』
そんなことを考えているうちに、我が家へと着いた。
住宅団地の一番奥にある、ありふれた二階建ての一軒家。
門柱には「結園」の表札が掲げられている。
小さな庭と、車二台がゆうに停められる駐車スペース。
その駐車スペースの隅に自転車を停めて、家へ入ろうと玄関へ向かった。
そこで、いつもの玄関先と違う違和感を覚えた。
玄関先に”なにか”がある。
その違和感の正体を探ろうと、目を凝らす。
玄関灯の薄明りにぼんやりと照らされる、存在。
その存在が俺の退屈な日々を終わらせることになるとは、その時はまだ知る由もなかった。
読んでいただき、ありがとうございます。
前作「名を奪う者」から少し世界観が変わる物語となります。
前作の主人公である「灯」は、足を震わせながらも勇気を持って進み、自らの成すべきことを抱えながらも走り抜けていきました。
今回の主人公である結園朔也は、目の前の事柄から逃げ、蹲り、目を逸らしている良くいる"大人"です。
そんな朔也が今後どのような物語を紡いでくれるのか。
その朔也の手を差し伸べてくれるのは、どんな存在なのか。
楽しみに読んでくれると幸いです。




