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3話【終】


 天気がいいので、城の屋上テラスで昼飯を食べながらこの数日のことを振り返る。

 アンは勇者ディアマンにすっかり付きっきりとなり、顔を合わせても心配してはくれなくなった。思えば、長期間の石化から復活した勇者の体調管理こそが医務官としての本来の仕事だったのだろう。城を訪れる人々の話題も勇者で持ちきりだ。


 俺は勇者を目覚めさせる仕事を果たした。

 あれ、まさか……もう用済み?


「お(にー)さん」

 声がした方を向くと、驚いたことに噂の勇者ディアマンその人が立っている。

「こんにちは。お昼ご飯をご一緒しても構わないかな?」

「俺は大丈夫、すけど……勇者様と一緒に食べたい人はもっとたくさん居るんじゃないですか?」

 すると、彼女(未だに男か女か判断できないが俺は美少女と信じぬくことにした)は眉を下げて苦笑した。

「みんなも誘ったのだけど、『恐れ多いです!』とか言われて気付いたら1人だった」

 俺は手早くテーブル上に彼女の昼食を置けるだけのスペースを作った。


 伝説の勇者といえど、食事は俺と変わらない、城内で作られたものらしい。

 あらかた平らげた頃に、堅苦しく呼ぶ必要は無い、ディアマンで構わないと前置きしたうえで話しだした。

「お(にー)さんは異世界から来訪者で、僕のために骨を折ってくれたと聞いたよ。それから天魔の標本(サンプル)を用意したのもお兄さんの発案だってね。役に立っているよ。感謝する」

「俺がしたのは……簡単な仕事だけです。標本はババリンダスが死骸を持ってきてくれた……本当にたくさんの人がディアマンさんの復活を心待ちにしていましたよ」

「ハハ、光栄だ。寝坊した分、期待に応えないとね。ただ……目覚める必要はなかったんじゃないかな?」


 予想だにしない言葉だった。

「え」

「隊員たちと共に戦ったが、彼らは勇者(ぼく)抜きでも戦える強さを既に持っている、と確信した。

それなのに、危機に瀕した時は勇者が助けてくれる、という信仰はかえって彼ら自身の可能性を狭めている気がするよ」

「君は?召喚の儀は可能性が低く回りくどい、一人の召喚、一人の勇者より大勢の戦力を増強するべき、とは思わない?」

 正直、召喚された頃思ったことがあったが誰にも言っていない。


「それにここだけの話だけど」

 わざわざそこで区切ると、テーブル越しに身を乗り出し、顔を近づけて囁く。

「天魔は元はといえば、僕のせいなんだ」

「まさかっ!? どういう意味ですか」

「天界にセレンスという……人間でいうと幼馴染が居たが、ある頃から溝が出来てしまった。彼女は僕が地上に降りたことを裏切りと捉えて……今でも許していないんだろうな。天魔は彼女の手下だよ」

 初めて聞く衝撃的な話だ。

「はあ……仲直りできると思う? いや、すまない。こんなこと聞かれても困るよな」

 ディアマンの言う通り、天界の存在の仲直りなんて俺の手に負えない。

 だが、一つだけわかることがある。

「戦っているうちは難しいでしょうね……仲が良かったなら話し合う余地があるんじゃないでしょうか……」

「向こうが応じるか不明だが……ま、決裂したら倒せばいいか。話し合い作戦、採用しよう」


 数日後、呼ばれたので霊廟へ赴くと、既にアンとババリンダス、そしてずいぶん覇気のないディアマンが椅子に腰掛けていた。

「この前話した"新しい作戦"だけど……」

 二人には作戦について話していないのか、小声だった。

「……あっ、うまく行きましたか?」

 彼女は首を横に振った。


 天魔の群れの真っただ中に単独でつっこむと、こう叫んだという。

『こんな事はもう止めるんだ!』

 奴らは言葉を理解したのか、一旦動きを止めた。

『お前達の主、セレンスの目的は僕だろう?!民たちを巻き込まずに一対一で決着をつけよう!』


「……決闘の申し込みみたいだなあ……」

「結局襲ってきたから返り討ちにしてやった」

 この勇者、意外と血の気が多いらしい。合わせて小声で返した。

「……本気で仲直りするなら、向こうの話も聞かないと、です。姿を見せずに手下だけ送り込んでるって、何か理由がありそうな気がしますよ」

「はあぁ難しいな、ひとおもいに倒してしまう方がずっと容易い……だが……次はもう少し堪えてやるか……とはいえ、ここ何日かずっと斬って殴って蹴り飛ばして、消耗したから今は、()()()()()()()()()


 その言葉にアンがさっと表情を変えた。

「えっ、それは再び石化するという事ですか!?……お待ちください!私たちにはまだディアマン様のお力が必要なのです!」

「慌てない慌てない、少しの休息をとってすぐ起きる。それに、君たちは力と知恵を合わせればちゃんと戦えるから心配は不要だ。……そうそう、お(にー)さんは既に十分君たちの願いに応えてくれたし、本来彼には帰るべき場所があるのだから、ちゃんとフォローを頼むよ」

 ババリンダスにも不安が伝染したのか、いぶかしげに尋ねる。

「しかし……もう一度同じことを実行して上手くいくとは限らないのでは?」

「大丈夫。僕を起こすにしても召喚の儀にしても、一度成功したことは大抵二度目も成功するものだ、ねぇ?」

 ディアマンが横目で視線を投げかけて、2人の視線も俺に向いた。

「例え向こうの世界に戻っても俺は、アンたちやこの国で出会った人、見たものを絶対に忘れません。もしももう一度召喚()ばれたなら、その時は喜んで協力します。……まあ、簡単な仕事しかできないかもしれないけど」

「ありがとうございます。あなたに出会たことはこれ以上ない幸運でした。儀式の準備が整い、時が来たら、責任をもって必ずあなたを元の世界に無事にお送りします」と、感慨深げなアン。

「あんたからすれば俺たちの国の事情なんて知ったこっちゃねえハズなのに、本当に人がいいやつだなぁ」と、褒めと呆れが半々のババリンダス。


 ディアマンがこちらへちょいちょいと手招きするので椅子の傍にかがむと、俺の耳元に唇を寄せ、

「お(にー)さんなら、またキッスで起こしてくれてもいいよ?」

「ぅえぇっ!!?」

 驚愕のあまり反射的に飛びのいてしまった。

 彼女が笑い声をあげているのとは対照的に冷や汗がどっと噴き出てきた。

「い、いつから……気づいて……?!」

「アハハハ!むしろ気付かないとでも思ってた?」

「何のことです?」

 アンが呆気にとられていたが、これは俺と勇者だけの秘密だ。

「ナンデモアリマセン……」

「それでは、諸君」ディアマンは俺たち3人の顔をぐるりと見渡すと、大仰に宣言した。

「戦いに向けて力を蓄えるため、あるいは素晴らしき再会を迎えるため、しばしの別れだ、友よ! おやすみなさい!」

 両目を閉じた勇者ディアマンの体はみるみるうちに凍り付くように灰色に変わったが、顔には楽しい夢でも見ているかのような微笑みを浮かべていた。




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