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1話


 部屋でゴロゴロしていると、不意に俺の目の前が光った。

「何だあ!?」

 視界を真っ白に塗り潰すほどに強く、明るくなっていく――


 光が収まり、目を開けたが薄暗い。

 まだぼんやりした視界はどちらを向いても壁……見覚えの無い景色だ。

「どうなっているんだ……?」

 不安を覚えたその時、失礼しますという声が響き、正面の壁の中央がゆらめいたと思うと女の子が現れた。

 そうか。わかれば何ということはない。壁と見間違えたのは布、というか大きな幕なんだ。

 彼女の年頃は20代、もしかすると10代かもしれない。ブレザーにスカート、ピンク色の髪の上に乗った帽子が白色で統一されているから制服、何らかの組織の人間だろうか。


「突然驚かせしまってごめんなさい。気分は悪くありませんか?」

 聞きたいことは山ほどあるが、まずは冷静に状況を確認したい。

「少しクラクラして寒いけど大丈夫、です。一体何が起きたんです?」

「よかった、言語は通じるようですね。事情はご説明します。でも先にーー」

 彼女は屈むと、座ったままの俺の顔を覗き込んだ。


 顔が近い。


「少し診せていただきますね」

 髪よりも濃いピンク色の瞳と目が合う。

 体のあちこちに触られている時間は数十分経ったようにも一瞬だったようにも感じた。動揺していることが悟られていないといいのだが……。

「直ちに致命的な症状は無いようですね」

 彼女は続けてテキパキと、俺を幕の向こう側へ案内し、上着と履物(不思議なことにそれぞれ浴衣とサンダルに似ている)を着せてくれ、あっという間に俺たちはテーブルを挟んで向かい合っていた。


「ご挨拶が遅れましたが、私は召喚の儀の執行責任者兼、医務官のアンと申します。此度の召喚に応じていただいたことに心よりの御礼と、歓迎を申し上げます」

「は、はぁ……どうも……」

 女の子にこんなに丁寧に頭を下げられた経験なんて無く、逆に恐縮してしまう。

 とにかく、彼女ことアンに疑問をぶつけた。

「そもそもここは何処で、なぜ俺は召喚されたんですか?」

「ここは王国の中心部に位置するお城の中。我が国を脅かす危機に打ち勝つべく救世主を必要としており、そのためにあなたを……異世界からの来訪者をお呼びしたのです」

 信じがたい情報が立て続けに出てきた。王国、危機、そして――救世主。

 それが、まさか俺?俺はこの王国の救世主となるべく召喚された?その展開は、異世界召喚とくれば次の展開は……特殊なスキル的な力が俺の中から覚醒するんじゃあないか?!


「あなたにはどうか、伝説の――」


 いや、それとも伝説の武器、いまだかつて誰にも使いこなせなかったような強力な武器が入手(ゲット)できる展開か?!

 本当にそんな展開があれば……!

『圧倒的な力を使いこなせるなんて驚きです!』

『あなたのような素晴らしい救世主様は居てくれてよかった!』

『やだなあ、それほどでもありませんよ!ハハハ!』

……


「――伝説の勇者様を目覚めさせるためにご助力いただきたいのです!」


 アンは再度頭を下げたが、思いもよらなかった内容に拍子抜けしてしまった。

「……へ? 俺の力……いや、俺が王国の危機と戦うわけじゃない……?」

「あなたは大切なお客人ですから、戦いに巻き込むわけにはいきません」

 目覚めるべきは俺の力じゃなく勇者だったか……。ささやかな妄想はしぼんだが、アンは気付くはずも無く、勇者様とやらの伝説を語りだした。

「遠い昔、王国が戦乱にみまわれた際、天より降臨された勇者様は民衆を救い、後に自らを石に変えて永い眠りについたと伝わっております。しかし、天魔に襲撃されている今、勇者様復活の時ですっ! そう、勇者様こそ! 救世主!」

 言葉に熱を帯びていく。だが、急にアンは肩を落とした。

「しかし……何をやっても勇者様は目覚めません。元々、天という地上と異なる領域のお方。なら、地上の私たちよりも異なる世界の人が接触すれば可能性がある、と見ています。そこであなたが必要なのです」

「……」

話を聞いて思うところはあるし、天魔というのが気になるが、必死な気持ちは伝わってきた。


「俺は納得できねえ……」

 不意にしゃがれた低い声が聞こえてぎょっとする。いつから居たのか、アンとは対照的な大男だった。デカい、厳つい、筋肉質の三拍子揃った体に纏った制服は黒色で、右胸のドラゴンを(かたど)ったエンブレムの刺繍が目を引いた。

「ババリンダス部隊長! いらしていたなら声をかけてくれてよかったのに」


「盗み聞きしたことは悪かった。だがな、あんた自分で喋っていてわからねえか? 戦局を変えかねない一手を託すのが石と他所のお客人とは、ずいぶん分の悪い賭けだ。今まで成果が無かった以上、勇者はもう二度と復活しないんじゃねえか?」

 眉間にしわを寄せ厳しい表情のババリンダスに対し、アンも引かない。

「異世界より客人が訪れた時、勇者様も目覚め互いに力を合わせた――そう古文書にも記録があるのです。見込みが無いわけでも無謀でもありません」

「フン、そういう事にしておく。だいたいな、あんたが一方的に喋るからお客人が口を挟めないだろうが! この人の意思を確認しないといけねえ!」

 ババリンダスは勢いよく首ごと回し俺を指さした。


「あんたもだぜ! 意思があるなら黙ってねえでハッキリ示しなッ!」

「わあ! すいません!」

 あれ。大声に気圧されてつい謝ったけど、謝る場面だったか?

「勇者の石化を解いて復活させる……その大仕事をやる気があるのか無いのか、どっちだ?!」

「や、やりますっ!」

 アンが目を見開く。

「本当ですか?! 部隊長はこう言ってますが、今この場で決断しなくても良いのですよ?」

「正直、勇者とかまだピンと来ないし、俺はただの一般人だけど、ここまで話を聞いたからには見過ごせません」

 彼女は俺の両手をバッと握ると何度も振った。「ありがとう!ありがとうございます!」

「ではアン執行、手通りお客人に見せていいんだな?」

 アンが頷くと、ババリンダスはため息をつき腰のベルトから鍵束を外す。鈍く光る鍵同士が軽く揺れて小さくチャリンと音を立てる。

いてきな」


 城から続く通路を歩く間にアンはババリンダスが天魔と戦う兵隊の一人である事や、この先は勇者の霊廟に繋がっている事などを教えてくれた。

 つき当りの大きな扉に鍵を挿して回す。ババリンダスが扉を押すとゆっくり重々しく開いていく。

「おぉ……広いな……」

 召喚された部屋よりずっと広く、天井も高く、ひどく静かでひんやりした空気が満ちている。あるのは段々重ねになった祭壇だけだ。5つの段の側面にはレリーフが彫られており、天面は光を反射するほどツヤツヤだ。アンはさっと登ったが俺は踏むのを少し躊躇した。


 舞台のような最上段に鎮座する立派な椅子に近づいて、思わず息を呑んだ。

 えっ、勇者様って女の子?


 大きな椅子に埋もれそうな華奢な姿は、伝説の勇者のイメージとは全く異なる。

 閉じた瞼を縁取る長いまつ毛、少しだけ傾いだ顔に影を落として肩へ流れる髪の曲線、うっすら微笑みを浮かべる口元……てっぺんからつま先まで全てが冷たい灰色でなければ生きていると勘違いしただろう。石像なのに硬さでなく柔らかさを感じさせ、優美で、勇敢さや猛々しさは想像できない。

「この方こそ我らが勇者ディアマン様。さあ、呼びかけてみて下さい」

 肘掛けに頬杖をつき、ほんの少しの間うたた寝をしているかのようで、今にも起きそうに見える。

 何かって、思いつかないな。

「おーい……?」

「もっと大きな声で!」

「勇者様、起きてくださーーい!」

 1秒、2秒。石像に変化はない。


 沈黙。


 失敗?


 やばいやばいもっと何かした方がいいか?ちょっと肩とか叩いてみても許されるだろうか?

 落胆に塗り変わっていく空気を感じて気まずい。

 誰か何か言ってくれ!

「……今回はここまでにしましょう。気を落とさないで。いままで休み無く連れ回してしまったことですし、ひとまず休息を取ってから改めて会いに来ましょうか」

 アンの声色に責めるような響きがちっともなかったおかげで、ようやく俺は一息ついた。無意識のうちに、息をするのを忘れていた。




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