第五章 偽物と本物と、どちらでもないもの 3
知らない子供の遺影と、小さな卒塔婆が、リビングに置かれていて、驚いたのを覚えてる。
確か、姉ちゃんの四十九日が終わったころ。そろそろ部屋の片づけをしないとなと言っていた母さんが、いきなり何も言わなくなった。
教育委員会も学校も、いじめに関してはなにも動いてくれなくて、そんな生徒はいなかったの一点張り。
あまりにおかしいと思って警察に相談してみても、反応は同じだった。
確かに一緒に暮らしていたのに。その後、疲れ切っていた両親が、何故か姉が死ぬ前の様に元気になったから、不思議になって聞いた。
姉ちゃんのもの、片付けなくていいのか、と。
「姉ちゃんの……? あら、瑠璃に使ってたものは、翔矢にも使ったもの以外は残ってないわよ?」
「そうだなぁ、ベビーベッドも親戚にやったっけか。まぁ、またの機会でいいだろう」
頓珍漢な言葉が返ってきて、酷く狼狽えた俺に、両親は逆に聞いた。
「って言うか、姉ちゃんって……そうね、あの子が生きてたら、そんな風に呼ぶわよね」
死んで一か月しか経っていないのに、まるで遥か昔に死んだかのように言うものだから、父さんも母さんも、別人に見えてしまった。
世界の全てが、信じられなくなった。
でも、嘘を言っているようにも見えなかった。
慌てて姉ちゃんの部屋に駆け込んで、中にあったものが、何もなかったから。
元からあった姿見以外、忽然と消えていたから、分からなくなった。
姉ちゃんは、確かにいたよな?
居た。確かに、いままで一緒に過ごしてきて、一緒に成長してきた。
これからも一緒で、俺はずっと、姉ちゃんが側にいるものだと思って。
大学に行くか、結婚するか。そんな人生の節目で、一旦分かれて。久しぶりに帰ってきて、近況を話し合って、その内甥っ子や姪っ子ができて。
子供ながらに、そんな幸せがやってくると、信じていたのに。
──怖い。
周りの人間は次々と姉ちゃんの事を忘れた。繋がりが遠い所から始まり、父さんも母さんも忘れてしまった。
──怖い。
覚えているのは俺一人。なら、次は俺も忘れてしまうのかもしれない。
──忘れたくない。
でも、どうしてそんな現象が起こっているのか、分からなかった。
──嫌だ、いやだ。
でも、きっと抗えないだろうことは、薄々気づいていた。それが、尚の事怖くて、怖くて。
──いやだ、おれは、瑠璃ねえちゃんの弟なんだ。
いやだった。
嫌だった。
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
──わすれるなんて、認めるか。
俺だけは覚えていると、決めたのだ。




