二通
朝八時二十八分。
港北の湿った風が廊下を抜けて、総務の夜間ポストの鍵が乾いた音を立てた。
蓋を上げると、白い封筒が二通、きれいに並んでいる。
どちらも件名は同じ——
> 優先確認対象(案)
提示系記録(Bellflower_∞)の検証運用移行について
片方は角がわずかに丸い。
もう一方は、紙の端が少し毛羽立っていて、封のところにホッチキスが斜めに二本入っている。
私は習いどおりに受領印を押す前に、中身を確認した。
丸い角のほうは、A4三部。余白が広く、本文は“整っている”。
回覧印影がすべて同じ濃さでくっきりしている。——写し?
斜めホッチキスのほうは、A4三部にレシート半片と小銭がテープで貼られ、
「市松 90/10」のプリントが一枚。隅に猫の白い毛が一本、テープの下に混じっている。
回覧印は黒くて、欠けていた。少し斜め。
あ、これ……押し直しますか? いや、ダメだ、これはそのままで受ける。教育でそう習った。
“面倒な証拠は、面倒のまま置く”。
システム端末を起動し、夜間ポストの照明センサログをひらく。
二時二十八分、点灯一回。二時三十分、消灯。
それだけ。差出人の氏名は記載なし。
私は電話の受話器を取る。
まずは情報管理室へ。内線を押す指が、ほんの少し汗ばむ。
「総務です。夜間ポストに同件名の草案が二通——どちらが正式ですか?」
言葉にした瞬間、胸のあたりが軽くなり、逆に指先が冷えた。
向こうの沈黙が一秒、二秒。
「……回覧印の欠けているほうを先に受領してください」
落ち着いた声が返ってくる。
「市松の添付がある場合、それは検証用の骨です。剥がさないで」
私は息を吸い直す。
机の上で、二通の封筒が自然に出会っている。
白く整った面と、雑音を抱えた骨。
受領印を——わざと少し斜めに押した。
記録簿に一行を書く。
> 8:34 受領 二通発見/照明ログ 02:28点灯
回覧印:欠け=先行受領 市松=添付あり(剥がさず)
備考:猫毛一本/レシート半片・小銭テープ
書き終えて顔を上げると、窓の外で港北の風が一瞬、強く鳴った。
紙がめくれかけて、また戻る。
——“普通”の朝の事務作業。
でも、たぶん今日は、それが骨になる。




