プロジェクト·B
人間の行動には、無数の“選択肢”がある。
だが、“本当に選んでいる者”は極めて少ない。
大半の人間は、予測可能な範囲で動く。
環境、感情、空気、期待。
あらゆる外的要因に反応して、決まりきった行動を取る。
Bellflowerは、そこに罠を仕掛けた。
「自分は選んでいる」と錯覚している者に、選択を迫る装置。
モニターには、#01〜#06までの記録映像が並んでいる。
#02と#04にはロックがかけられているが、解除コードは自分の手元にある。
#07はまだ収録されていない。
その理由も、彼らは知らないだろう。
“記録されていない”と信じている者ほど、扱いやすい。
観察に抵抗せず、操作にも気づかない。
だが時に、予測不能な逸脱が現れる。
それが、“B”と呼ばれる対象だ。
結城はフォルダを開き、特別扱いされている記録群を確認する。
そこには「正式分類外」とされた名前がいくつかあった。
芦沢圭(破綻済)
桑田仁志(フィルター化)
芦沢美咲(対象化済/#06)
前田智子(接触進行中)
そして——
高橋大輔(観察外扱い → 再分類申請中)
「……戻ってきたか」
結城は一人つぶやく。
この名前をリストに戻すことになるとは思っていなかった。
高橋大輔は、元々“対象外”として外された人間だった。
観察に適応しすぎていて、逆に反応がなさすぎた。
何を見ても、動じない。動かない。見て見ぬふりを続ける。
だが今、彼が再び映像に“干渉”し始めた。
対象ではなく、干渉者として。
それは、Bellflowerにとって最大のノイズだ。
結城は冷静に指先を動かし、#07の準備ウィンドウを開く。
記録者チームに、仮選定リストの展開を指示する。
まだ確定ではないが、新たな対象候補が必要だ。
対象の反応速度は高まっている。
もはや“観察”の段階ではない。
Bellflower計画の立案当初、上層部の間ではひとつの論争があった。
「記録は、倫理に反するか?」
「人間の選択を測るべきか、それとも守るべきか?」
結城は、その問いを退けた。
「記録とは、自然現象の収集にすぎない。
雷を観察するのと同じ。人間の内面も、行動も、単なる電気信号だ」
だからこそ、この計画には名前がつけられた。
Bellflower——
「記録されることを知らずに咲く者」と「知った瞬間に萎れる者」を見極めるプロジェクト。
選ばれる者と、選ばれなかった者の違いは反応だった。
結城はリストにある“再分類申請中”の文字をクリックする。
そこに、記録者の誰かが残した簡単な報告が添付されていた。
【対象:高橋大輔】
状況:観察映像に自発的アクセス。
内容:Bellflower_01〜05の記録を参照し、#06の存在に言及。
備考:対象の反応パターンに変化。現状維持では危険と判断。
「変わったか……」
結城は小さく笑う。
“変わらなかった者”が、“反応を始めた”という事実。
それは計画にとって最も価値のある局面だ。
「プロジェクトB、フェーズ3に移行する」
結城はモニター越しに記録者チームへ命じる。
音声記録、環境音、非可視域データの再収集を許可。
そして、映像記録の新規生成——Bellflower_07の開設指示。
誰がその対象になるのかは、まだ決まっていない。
だが、対象の周囲に“記録の歪み”が発生しはじめた以上、
“全員が対象になる可能性”が浮上する。
特定の誰かではない。
関係した時点で、記録は始まっている。
画面の中に浮かぶ、新しいファイル名。
Bellflower_07.mp4(予約)
その隣に、結城は一文だけを添えた。
「観察は終わらない」




