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君のカンパニュラ  作者: 9どう?亜依


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12/52

記録の断面

 動画を再生するたびに、

 自分の中の何かが少しずつ削れていくのを感じていた。


 Bellflower_02。

 その映像だけは、他のどれとも違っていた。


 映っていたのは、ある男。

 カメラを向けられていると気づいた瞬間、彼は正面を見据えた。

 そして、まるでレンズの先に“撮影者”が誰か分かっているように、微笑んだ。


 その微笑みが、どうしようもなく——

 俺の中の“記録者としての倫理”を壊していった。


 Bellflowerに関わったのは、ちょうど一年前。

 社内の観察プロジェクトの一環として、いくつかの人物の行動ログと映像記録をまとめていた。

 目的は「職場環境の改善」とされていたが、裏では一部の社員が“行動特性”を数値化する実験に使われていた。


 俺は記録側だった。

 清掃や書類配送の名目でオフィスを巡り、設置したカメラやICタグのデータを回収する。


 正直、罪悪感はあった。

 だが、それでも“これは安全なラインだ”と思い込める範囲だった。


 あの映像を見るまでは。


 #02の映像には、明確な“敵意”があった。


 対象者の視線、立ち振る舞い、言葉の節々。

 彼はただ記録されているのではなかった。

 こちらを“試して”いた。


 その男が、今も何をしているのかは知らない。

 だが映像のラスト、男が手のひらに広げたのは——青い紙片だった。


 #02だけは、“観察されること”を逆手に取っていた。

 だから怖くなった。

 その日を境に、俺はBellflowerから完全に手を引いた。


 ガタ、と玄関の扉が開く音がした。

 廊下を抜けて、リビングのドアがノックされる。


 「お兄ちゃん、いる?」


 ……来たか。


 「入っていいよ」


 ドアの隙間から、美咲が顔をのぞかせた。

 目元に疲れがあるが、意志ははっきりしている。


 「話があるの。仕事のこと——Bellflowerについて」


 その言葉で、すべてを察した。


 「誰に聞いた?」


 「大輔さんと……智子さん。それと、自分でも調べた」


 「……そうか」


 俺はノートPCの電源を落とし、ふぅ、と息をついた。


「お兄ちゃん、本当は何をしてたの?」


 美咲の問いは真っ直ぐだった。

 けれど、俺の答えはぐねぐねと濁っている。


 「観察、記録、分類……最初はただの業務の延長だったんだ。

  社員の行動パターンを分析して、業務効率を高める……なんてね。

  でも途中から、明らかに“目的が変わった”。」


 「どう変わったの?」


 俺は少しだけ黙ってから答える。


 「“見張る”ことが目的になった。

  それも、誰に言われたわけでもなく、自然と。

  たぶん、映像って……見てるうちに麻痺してくるんだ。

  その人の中身まで分かった気になって、操作したくなる」


 美咲は静かに頷いた。

 俺の言葉を責めるでも、逃がすでもなく、ただ“受け止める”態度。


 それが、一番つらかった。


 「ねえ……#02の映像に、誰が映ってたの?」


 その言葉に、思わず手が止まった。

 俺は目を逸らし、答えなかった。


 だけど、美咲はそれでも訊いた。

 まっすぐに、怖がらずに。


 「私はもう巻き込まれてる。だったら知りたいの。#02に何があったの?」


 俺はしばらく沈黙したあと、ぽつりとつぶやいた。


 「……俺だよ」


 「……え?」


 「Bellflower_02に映っていたのは、俺。

  カメラは気づかないふりをしてたけど、最初から分かってた。

  俺は、記録されていたことに途中で気づいた。

  で、その後……“青い紙片”を使って逆に警告したんだ」


 美咲が、初めて目を見開いた。


 「どういうこと……?」


 「記録されるってことは、“利用される”ってことだ。

  対象になると、人間は変わる。

  俺は、自分を試したんだ。

  どこまで監視に耐えられるか、どう反応するか——」


 「でも、崩れかけた」


 「……ああ。

  だから俺は手を引いた。

  そして、#02の映像を“封印”扱いにした。

  誰かがあれを再生すれば、俺が何をしてきたかバレる。

  俺自身が、“実験体だった”ってことも含めて」


 部屋の空気が重たくなる。


 でも美咲は、逃げなかった。


 「……教えてくれて、ありがとう」


 その一言で、俺の中の何かが崩れた。

 涙じゃない。ただ、心が緩んだ。


 「じゃあ次、何をするつもりなんだ?」


 美咲は迷いなく答えた。


 「#01のファイルにアクセスしに行く。

  桑田さんたちは“順番”に意味を持たせてた。

  なら、最初が何だったのかを知りたい」


 「美咲、お前は——」


 「もう止めないで。

  だって私は、“見ようとする子”だから」


 そう言って、彼女は立ち上がった。

 背中には、もう少女の頃の弱さはなかった。


 その足取りは、記録ではなく、選択された者のものだった。

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