表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君のカンパニュラ  作者: 9どう?亜依


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/52

繋がる点と、濁る線

 呼び鈴が鳴ったのは、夕方六時を少し過ぎた頃だった。

 大輔と芦沢美咲が並んで立っていたのを見て、私は自然に笑みがこぼれた。

 でも、それはほんの一瞬だけ。大輔の表情が、妙に曖昧だったから。


 「おじゃまします」

 「おじゃまします……失礼します」


 美咲は緊張していた。背筋を伸ばして、手土産の箱を抱えて、きょろきょろと部屋の中を見回している。

 大輔はというと、無言で部屋の隅に腰をおろし、さっそくノートパソコンを開き始めた。


 まるで、何かを言いに来たのではなく、“何かを見せに”来たような態度だった。


 テーブルの上に広げられたのは、USBメモリと、小さな紙袋。

 袋の中から取り出されたチャック袋には、折りたたまれた紙片。うっすらと青。


 「これ、以前あなたが拾った紙片と、同じ種類だと思います」


 美咲が言う。私はそれを手に取り、指の感触で確信する。あの日、倉田さんの机の下に落ちていたもの。

 でも今回は、文字が書かれていた。


 「#05 / BL / T.N」

 美咲が紫外線ライトで浮かび上がらせたとき、私は一瞬でそれが“自分”を指していると悟った。


 「T.N は……私のイニシャル」

 「BL は、Bellflower の略だと仮定しています」


 「Bellflower……」

 私はつぶやく。大輔が無言でUSBを差し込んだ。

 画面にひとつだけ、動画ファイルが表示される。


 Bellflower_05.mp4


 私はその瞬間、自分の中にある“拒絶”と“好奇心”がせめぎあうのを感じた。


 「再生は……してあるの?」


 私は問いかける。

 大輔はわずかに間をおいて、首を横に振った。


 「してない。いや、“できなかった”が近い」

 「なんで」

 「俺が見ても、あんまり意味がない気がしたんだ」


 「意味がない?」


 私は少し怒っていた。

 怒っているのに、その理由がよく分からなかった。


 「……私が、何かに巻き込まれてるかもしれないのに、見なかったの?」


 「そう。俺が見たって、誰が撮ったか、なぜ撮られたかまでは分からない。

  でも、君が見れば分かるかもしれない。だから……そのときが来るまで、止めておいた」


 美咲が静かに口を挟む。


 「私も、まだ見ていません。見るべきなのは、智子さんですから」


 私はUSBを見つめた。

 こんなに小さな物に、こんなに大きな“何か”が詰まっているなんて。


 私は覚悟を決め、無言のまま再生ボタンを押した。


 映像は静かに始まった。

 画面いっぱいに広がるのは、見覚えのある社内の会議室。

 天井のライトの色合い。壁のポスター。机の配置。間違いなく、〇△メディアの会議室。


 そして——画面中央にいるのは、私だった。


 無防備な表情で資料を見つめている。誰かと話している。笑っている。

 その会議は、数ヶ月前にあった定例ミーティングのはず。


 でも、映像には明らかに“不自然な違和感”があった。


 画角。

 ズームの速さ。

 揺れのなさ。


 これは手持ちのスマホじゃない。

 監視カメラの映像でもない。

 意図して、誰かが撮った動画だった。


 数分間、私は息を止めるようにして映像を見た。

 そこに“犯罪性”のようなものは映っていない。でも、だからこそ怖い。


 これは記録じゃない。

 観察だ。

 私という存在を、ただ“映すためにだけ”撮られた映像。


 私の動き。しぐさ。会話。笑い声。


 それらすべてが、

 まるで “愛情のない愛” のように切り取られていた。


 再生が終わっても、誰も何も言わなかった。

 私はUSBをゆっくり引き抜いて、テーブルの上に置いた。


 「……気持ち悪いね」


 それが、精一杯の言葉だった。


 「誰が……撮ったの?」


 私は、大輔と美咲を交互に見た。

 大輔は言葉を探すようにうつむき、美咲が代わりに答える。


 「まだ断定はできません。でも、桑田という清掃業者の男が、複数のUSBを保管しているのを目撃しました」


 「社内の?」


 「はい。今日、私と大輔さんでカフェで会っていたとき、偶然彼が現れました」


 偶然。……いや、違う。


 「彼、撒いてるのよ。わざと見せてる。USBも、紙も、全部“見つけさせるため”のもの」


 口に出して、自分でもゾッとした。

 誰かが仕掛けている。誰かが、私たちを試してる。


 「じゃあ、Bellflower_01〜04 も、誰かが……?」


 美咲が小さくうなずく。

 大輔は黙っていた。

 たぶん、何かに気づいている。でも、まだ言葉にできない段階。


 私は立ち上がり、カーテン越しに外の景色を見た。

 街灯が揺れている。風が強くなってきた。


 「私、もう巻き込まれたくないって、ずっと思ってた」

 「……でも、もう無理みたい」


 背後で、椅子のきしむ音がした。


 「見るよ。全部。残りの動画も、紙も。やらなきゃいけないんでしょ?」


 大輔が少し目を丸くする。

 でもそのあと、いつもの調子で言った。


 「今日の君、世界でいちばん綺麗だよ。……ただ、やっぱ面倒な話だなぁ」


 私は吹き出しそうになって、それでも笑った。


 美咲がカバンからもう一枚、別の紙片を取り出す。


 「これ、#03 って書かれてました。今のところ確認できているのは、#03と#05の2つです」


 「……じゃあ、#01〜02、#04は?」


 「それが問題です。誰かが持っているか、廃棄されたか。

  でも私、気づいたことがあるんです」


 美咲はそう言って、スマホを取り出した。

 画面には、社内の古いバックアップサーバのディレクトリ画面。


 Bellflower_01.mp4

 Bellflower_03.mp4

 Bellflower_05.mp4


 抜けている。#02と#04。


 「これは……」


 「誰かが、“抜いた”んだと思います。意図的に」


 私はそのディスプレイを見つめながら思う。


 点が線になっていく感覚。

 でもその線は、真っ直ぐじゃない。

 どこか濁っていて、踏み込んだら足を取られそうな、不安定な泥濘。


 でも私はもう逃げない。


 これは、私自身の過去と未来に関わる問題だから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ