古き友の言の葉 ~宝石の国~
お久しぶりのアズマさんです。
《蒼白銀晶の賢者》様については、
『物書く賢者と風の精霊』
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を読んで頂ければ、どんな人か分かります。
〝宝石の国〟レルーヴァ王国が上空。
そこにある浮遊陸地へと、アズマは再び転送魔法を発動し、降り立っていた。
「っと。――ん、今は居ないか」
木々に囲まれた周囲を見回し、アズマはそう呟くと、ゆったりとした足取りで前方へと向かう。
アズマが向かった先には、蔦で包まれ自然と同化した、樹の館があった。
長い年月を経てきたのであろうその館は、この浮遊陸地の主である、《蒼白銀晶の賢者》の家。
ふと、その館を見つめていた空色の瞳が、懐かしげに細められた。
――と。
「おや?」
そんな穏やかな声音が、唐突にアズマの後方から響く。
無言のままくるりと振り返ったアズマに、穏やかな声の主は小さな微笑みを浮かべた。
「誰かが来たと感じて帰って来たのだけれど。あなただったか――《デイーストの所有者》」
「……いきなり帰ってくるから、こっちは逆に驚かされたよ。――久しぶりだな。《蒼白銀晶の賢者》」
その呼び名が示すとおり、蒼白銀の髪を揺らす青年に、アズマは素の態度のまま肩をすくめて見せる。
そこに、鈴のように可愛らしい声が加わった。
『おひさしぶり?』
「おう。リネステも久しぶりだな」
《蒼白銀晶の賢者》の後方から、幼さの残る少女がひょっこりと顔を出す。ふわりと浮かぶ銀の髪は、少なくとも彼女がただの人族ではないことを、如実に表していた。
「まぁ、折角来てくれたのだから、立ち話はここまでにしよう。――中へどうぞ」
『どうぞ』
優雅な微笑みと、くすくすと響く無邪気な笑み。あるいは、優雅な所作と、可愛らしい所作。
その本来並ぶと若干の違和感を与える二つが、不思議とこの二人では実に自然に見えて、アズマは思わず苦笑する。
それでも、こうして先触れもなしに訪れた自らを、あたり前に迎え入れてくれる二人を、改めて好ましく思って嬉しげに微笑み直した。
「あぁ。――お邪魔させて貰うよ」
そうして、示された中へと誘われるまま、アズマは数十年ぶりにその館の中へと入って行った。
「【ぽつり、ぽつりと音が響く。透明な雫が、世界から零れる音。――慌しくも物静かな、降雨の音――】」
館に入り、《蒼白銀晶の賢者》が飲み物を用意している傍ら、アズマは樹の机に置かれた紙をのぞき込み、そう読み上げた。
不思議と上品に見えるその言葉たちは、《蒼白銀晶の賢者》が綴ったもの。
「変なところがあるかい?」
飲み物を用意し終わった《蒼白銀晶の賢者》が、そうアズマへと問う。
それに、アズマはいいや、とかぶりを振った。
「相変わらず、詩人みたいな言葉を、よく思いつくものだと思ってな」
「あぁ、そういうことか」
感心半分、呆れ半分で答えたアズマに、《蒼白銀晶の賢者》は納得したようにうなずいた。
その淡藍の瞳が、ふと窓の外――遠い空の彼方を見つめる。
ふと呟くように紡がれた言葉は、アズマにも身近である、悠久の時を感じさせた。
「私は、皆が評価してくれるほど、上手い表現を書けているとは思っていないけれど……ただ、それでも。――綴る文字と過ごした長き時は……その姿を、隠しはしないのだろうね」
そして、それは。
「それは、あなたにも当てはまることではないかな? ――アズマ」
静かな瞳の問いかけに、アズマは一瞬苦笑めいた表情を浮かべた後、ひょいっと肩をすくめてみせた。
つと細められた空色の瞳が、古き友を映して、やわらかく瞬く。
「流石はアルフィス――ってとこだな」
紡がれた言葉は、確かに、強い親愛を乗せて。
温かな樹の部屋に、そっと満ちた――。




