第四十六話
エピソード早苗Ⅲ
早苗は今、街の上空付近で辺りを見回していた。何故かというと、霊夢の話によればこの前の戦いのときに、ここに自分が探している神獣がやって来たと聞いたからだ。その話が本当なのであれば、この辺りに神獣が住んでいる可能性があるという事だ。
吹いてくる風に頬と翡翠色の髪を撫でられながら、風に流されてくる匂いを感じながら早苗は辺りを見回した。出来るだけ目を凝らして、注意深く、探した。
しかし、どんなに探してもこの位置からは何も見えない。あの神獣の姿など、どこにもない。
(神獣様……)
早苗は両手を頬に当てた。そしてそのまま目を閉じると、神獣に触れていた時の感覚がふと頭の中に蘇ってきた。神獣に会うのが三回目になった時から、早苗はよく神獣の身体を触れさせてもらった。神獣の毛は白金色で、とてもふかふかで触ると気持ち良かった。そんな毛を独り占めして、寄り掛かりながら、その週の見た事、遊んだ事、楽しかった事、勉強した事を沢山話す。神獣はどんな話でもゆっくり楽しそうに聞いてくれるし、たまに笑ってくれたりもするし、辛かった時は穏やかで優しい鳴き声を出して慰めてくれたり、眠くなれば毛に寄りかかったまま眠らせてくれたりしたから、早苗は神獣と会うのがとても楽しくて、神獣の事が大好きだったのだ。勿論、それと同じような事をしてくれる神奈子と諏訪子も同じく大好きだったが。……その大好きな神奈子と諏訪子は今守矢神社にいるが、神獣はいない。
(どこにいるんだろう……)
もしかして、ここにはいないのではないだろうか。大賢者の紫によれば神獣は今この幻想郷に住んでいると言っていたが、どこにいるのかまでは全然教えてくれなかったし、それに第一神獣は外の世界にいた頃は、向こうから自分へ会いに来てくれるだけで、普段はどこにいるのか、どうしているのか教えてくれなかった。……というよりも、神獣は犬や猫と同じように鳴くだけで喋らなかったから、聞くことそのものが出来なかったのだが。
しかしよくよく考えてみれば、もっと注意深く接していればそんな神獣からでも色々な事を知る事が出来たはずだ。あれだけの年数接して、あれだけ仲良くしたというのに、自分は全くと言っていいほど神獣自身の事を理解していなかった。だからこうして、神獣を探すのにも苦労して、未だに見つけられていないのだと、早苗は思うと、きゅっと眉を寄せた。
また……逢いたい。
あの毛に包まれたい。
あの穏やかな声を聞きたい。
また、いっぱい話がしたい。
思うと、早苗は目を開き、街から南の方にある広い草原を見た。そこで、思い付いた。
(もしかして……)
神獣は初めて会った時、人に囲まれそうになるとすぐさま飛び立っていって、その後も人のあまり来ない場所を選んで降りてきていたし、人があまり来ない場所を教えてやったところ喜んでそこに降りるようになった。これから察するに、神獣は人混みや人が沢山居る場所が苦手なんじゃないだろうか。
つまり、あぁいう人のいないところに神獣は住んでいるはずだ。もしかしたら、今度こそ見つけられるかもしれない。
(……逢えますように……)
早苗は胸の中で小さく呟くと、びゅんっと街の南に位置する草原を目指して飛んだ。
やがて草原の上空へ辿り着くと、早苗はすたっとその中心部に降り、辺りをくるっと見回した。草原はとても広く、南には鬱蒼と生い茂った森が、北の方には遠くに街が、西と東には大きな山が見えた。勿論、人の気配などどこにもないし、妖怪の気配すらも全く感じない。少し鼻を効かせてみれば風に乗って草花の匂いがして、耳には鳥のさえずりが届いてくる。だが、本当にそれだけだ。どこを見ても、どんなに感じ取ろうとしても、神獣の姿は見えないし感じない。ここに……神獣はいない。
吹いてくる風に撫でられている自分の髪の毛をくしゃっとかきあげると、早苗は小さく溜息を吐いた。
「やっぱりいないか……」
もうここに神獣はいない。さっさと守矢神社に帰ろうと思って飛び出そうとしたその時、耳に声が届いた。
「……早苗さん?」
声が聞こえてきたのは背後だった。何かと思って振り向いてみれば、そこにはきょとんとしたような表情を顔に浮かべてこちらを見ている黒い服を身に纏った明るい茶髪の少年、懐夢の姿があった。早苗は懐夢を見るなり、その名を小さく呟いた。
「懐夢くん……?」
名を呼んだ途端、懐夢の顔はぱぁっと明るくなった。
「やっぱり早苗さんだ!」
懐夢はこちらまで駆け寄ってきて、顔に笑みを浮かべた。
「おはようございます」
「こちらこそ、おはようございます。まだ十時だというのに、元気ですね」
懐夢はえへへと笑った後、尋ねた。
「早苗さん、ここで何してるんですか?」
言われて、早苗は思わず「あっ」と呟き、思い付いた。懐夢は霊夢の話によればチルノ達と遊びに出て子供が行動できる範囲で幻想郷の様々な場所を行っていると聞く。そんな懐夢ならば、もしかしたら神獣に会った事があり、尚且つ居場所も知っているかもしれない。
早苗は思い付くなり、姿勢を落とし、目線を懐夢の目の高さまで下げて、尋ねた。
「あの、懐夢くん」
懐夢は首を傾げた。
「なんでしょうか?」
「懐夢くんは、神獣様を見た事がありますか?」
懐夢はきょとんとした。
「神獣様……っていうと、前に早苗さんが見せてくれたあれですか?」
早苗は頷く。
「はい。霊夢さんから訊いたんですけど、懐夢くん、幻想郷の色んな所に行ってるみたいじゃないですか」
懐夢は頷いた。懐夢によると、やはり霊夢から聞いた通りチルノ達と色んな所に行っているらしい。と言っても街とかチルノの家とか魔法の森とか、本当に子供が行ける範囲内だけらしいが。
それを聞いた早苗は表情を変えずに再度尋ねた。
「そうですか。ではその中で、神獣様を見かけたりはしませんでしたか?」
聞かれて、懐夢は考えた。
先ほども言った通りチルノ達と様々な場所を飛んだ。その中で色んな妖怪に会ったり、時に未確認妖怪に出くわして襲われた事もあった。だがそんな中で、早苗の言う神獣に会う事はなかった。
前に紫から幻想郷に神獣がいると言う話を聞かされてから、一度行ける範囲内で神獣を探してみた事もあったが、その時も神獣を見つける事はできなかった。
懐夢は考えを一旦止めると、しょぼんとしたような表情を顔に浮かべた。
「すみません、一度も見つける事はありませんでした」
早苗は残念そうな表情を浮かべて俯いた。
「そう……ですか」
懐夢は表情を普通な形に戻した。
「そもそも早苗さん。なんでいきなりそんな事を聞くんですか」
早苗はきょとんとして顔を上げ、懐夢と目を合わせた。
「え?」
「ですから、なんでいきなり神獣に会った事があるかとか、聞くんですかって」
聞いた途端、早苗は顔に悲しげな表情が浮かばせ、俯いた。
その早苗の顔を見て、懐夢ははっとした。この顔は、空から来た指笛のような音を聞いた時のと同じ顔だ。自分が母を求めた時のものと同じような、家族みたいに大切な人と会う事を渇望しているかのような顔。神獣の話を出されてこんな顔をするという事は……。
(早苗さんと神獣は……)
きっと、自分と母や父のような立場、つまり家族なのだろう。そして、早苗は自分と同じように今それに会いたくて仕方がないと思っているに違いない。相手を思い出すだけで腹の辺りがきゅぅっとして、泣き出したくなるくらいに、会いたがっている。そうでもなければ、こんな表情を顔に浮かべたり、こんなに神獣の居場所を聞いたりしないはずだ。
懐夢は思い付くと、小さく口を開けた。
「早苗さんにとって神獣は……」
早苗は「え?」と言って顔を上げた。
懐夢は続けた。
「僕で言う、おかあさんやおとうさんみたいなものですか」
懐夢はこの前霊夢から聞いた事を、早苗に伝えた。
それを聞いて、早苗はきょとんとした。
「私の今の顔が、懐夢くんがお母様やお父様を思い出した時の顔によく似ている……?」
「はい。霊夢によれば、『大切な人を求める顔』らしいです。そういう顔をする時って、大好きな人になかなか会えない時とか、ずっと会えない時とかなんだそうです」
早苗はまた俯いた。
「……神獣様が、お父様やお母様みたいなもの……ですか」
呟いた後、早苗はフッと笑った。
「確かに……そのとおりといえば、そのとおりです。神獣様は、私を育ててくださった人の一人ですから……家族に等しい存在……いいえ、家族ですね」
早苗はそう言った後黙った。同時に懐夢もしばらく黙ったが、やがて口を開いた。
「僕は……」
早苗は顔を上げて懐夢と目を合わせ、懐夢は胸の前で手を合わせた。
「みんなに、みんながいるから寂しくないって言ってますけど、本当は寂しいです。おかあさんとおとうさんに会いたくて、泣きたくなって仕方が無くなる事、何度もあります。早苗さんも、もしそうなら、僕、早苗さんの気持ち、すごくよくわかります」
早苗は黙った。しかしすぐに顔に苦笑を浮かべて口を開いた。
「……はい。懐夢くんの言うとおりです。神獣様に会いたくて仕方がないです。寂しくて、泣き出したくなるくらい。だから、ずっと探してるんです」
早苗が口を閉じ、少し経った後、懐夢が再度早苗へ声をかけた。
「あの、早苗さん」
早苗は顔を上げ、もう一度懐夢と顔を合わせた。
「僕も神獣を探すの、手伝っていいですか?」
早苗はきょとんとした。
「え……?」
懐夢は顔に笑みを浮かべた。
「早苗さん一人じゃ探すの難しいと思うから、僕も探します。
ううん、僕だけじゃない。霊夢や魔理沙や文ちゃん、チルノ達やレミリア達みんなにも声をかけて、神獣を探してもらえるよう頼みます。みんなで探せば、きっと見つかるはずだから」
早苗はまたきょとんとしてしまった。まさか、懐夢の口からこんな言葉が飛び出すとは思っても見なかったものだから、思わず口を開けて驚いた。
懐夢は続けた。
「みんなで探して、もし神獣を見つける事が出来たら、頭を下げて頼みます。早苗さんに会いに行ってくださいって。早苗さんは今守矢神社に住んでいますからって」
懐夢はぱぁっと表情を明るくした。
「そうすれば、早苗さんは神獣とまた会えます。それで、一緒にいられます!」
直後、それまでじっと懐夢の話を聞いていた早苗が懐夢へ口をはさんだ。
「あの」
懐夢は言葉を区切り、黙った。懐夢が口を閉じた事を確認すると早苗は、表情を少しだけ険しくして懐夢へ尋ねた。
「何故、懐夢くんはそこまで私の事を気にかけるんでしょうか」
懐夢は「へ?」と言ってきょとんとした。
早苗は続けた。
「私が神獣様を探していたり、求めていたりするのは貴方にとっては関係のない事、他人事のはずです。首を突っ込まなくたっていい事のはずなのに、どうして貴方はそこまで他人であるはずの私を気にかけるんです」
懐夢は俯いた。しかしそのすぐ後に顔を上げた。
「放っておけないんです。大好きな人に会えなくて悲しい思いをしてる人を」
「え?」
懐夢は顔を険しくした。
「僕、おかあさんとおとうさんにもう永遠に会えなくなって、すごく辛い思いをしました。悲しくて、いつも泣いていたくなるくらいの。そんな思いを、他の誰かにしてもらいたくないんです」
懐夢は胸に手を当てた。
「だから早苗さん、僕に神獣探しを手伝わせてください。何度だって何度だってこの幻想郷を飛びますし、もしその中で神獣を見つける事が出来たら、早苗さんの元に行くよう何度だって頼みます!それで、神獣に早苗さんの元にずっといてもらえるよう何度だって頼みます!もしうまくいかなくたって、上手く行ったとき早苗さんが寂しい思いを、悲しい思いをしなくなるんなら、上手く行くまで何度だって繰り返します!」
それを聞いて、早苗はきょとんとしてしまったが、直後に思わず吹き出した。
「懐夢くん、「何度だって」言い過ぎです」
懐夢は「あぅ」と言った。しかし、その中で早苗は心が温かくなっていくのを感じた。そして何より、この懐夢を信じようという気が出てきた。
「何度だって」を何度も行っていた時、懐夢は本当に物事を成し遂げようとしているかのような、強くて健気な表情を顔に浮かべていた。任せてみたら、この子は本当に神獣を見つけて、連れてきてくれるかもしれない。
早苗は思うと、顔に笑みを浮かべて懐夢の頭に手を乗せた。
「でも貴方は、本当に優しくて素直な子なんですね。そんな貴方にここまで言われたら、頼みたくなっちゃいます」
懐夢はきょとんとして早苗の目を見た。早苗は顔を懐夢の顔へ少し近づけた。
「神獣様探し、よろしくお願いいたします」
そう言った途端、懐夢は顔を思い切り明るくし、笑った。
「はい!任せてください!」
懐夢から言葉を聞くと、早苗はそっと懐夢の頭から手を離し、やがて尋ねた。
「そういえば私はここに神獣様を探しに来ていましたが、懐夢くんは何故ここに来たんですか?」
「あ、そういえば話してませんでしたね。実は……」
懐夢はこの草原に来た理由を話し始めた。何でも、リグルや大妖精と同じ感染症に感染し、症状を発症して別な妖怪へと変化してしまったと思われるルーミアをチルノ達と共に探すべく、チルノ達の住む家を目指して飛んでいたらしい。その途中で早苗を見つけ、ここに降りてきたそうだ。
「ルーミアさんも同じ感染症に……ですか」
懐夢は頷いた。
「そうかもしれないから、皆で探してるんです。放っておいたら、街とか周辺の村とかを襲うかもしれないから……」
早苗は懐夢の言葉に納得した。確かにあの感染症に感染したリグルは人を無差別に食い殺していたし、大妖精に至っては実際に街を襲撃して街に住む人と妖怪を瘴気で全滅させようとしていた。もしルーミアが同じ感染症に感染して発症していたならば、今頃どこかで暴れ回っていて、やがては街を襲おうと画策し、実際に襲うだろう。
「確かにその危険性はありますね。でも、まだ街を襲おうとしていないならばどこにいるのか見当が付きませんね」
懐夢はまた表情を険しくした。
「早く見つけないと……誰かを襲って殺して食べるなんて、ルーミアは望んでいないはずだから」
それを聞いて、早苗は思わず首を傾げた。
霊夢や魔理沙から聞いた話によれば、ルーミアは人間を襲って捕食する事を好む妖怪であるという話だ。だのに、今懐夢は「人を捕食する事をルーミアは望んでいない」と言った。明らかに、霊夢や魔理沙達の話と矛盾してしまっている。
「あの、懐夢くん」
懐夢へ尋ねようとしたその時、大きな音が聞こえてきた。どこから飛んできたのはわからなかったが、音はどこか獣の咆哮によく似ていた。
早苗は辺りを見回し、音の根源を探したが、どこにもそれらしきものは見当たらない。だがあの大きさからするに、かなりに近くに発生源があるに違いない。一体何が発した音なのか……。
そう思っていると、音を聞いて慌てたのか、懐夢が声をかけてきた。
「早苗さん、今のって!?」
早苗は首を横に振った。
「わかりません。でも、動物か何かの鳴き声のようでしたね」
直後、早苗は素早く懐夢に指示を下した。
「懐夢くん、私から離れないで。何が来るかわかりませんから」
懐夢は頷き、早苗に近付いた。しかしその直後、懐夢は鼻に違和感を感じた。
先程から感じる匂いは、草や花、風に乗って流れてきている木や葉の匂いだったが、今はこの場にもう一つ、草花でも、草木でもない匂いが混ざっている。感じ取った直後は早苗のものではないかと思ったが、早苗の方へ注意を向けて匂いを嗅いでみたところ、早苗から流れてきている匂いとは違っている事に気付いた。
(この匂い……)
匂いの大部分は穏やかで柔らかい、女性が持つ特有の匂いだ。それに特殊な魔力を持つ者が出すような不可解な匂いと獣の持つ毛皮や甲殻の匂いが複雑に混ざり合って一つの匂いを形成している。その「女性の持つ特有の匂い」の部分を嗅ぎ取って、懐夢は気付いた。……この匂い、嗅ぎ覚えがある。
「女性の匂い」といっても個人差というか、人それぞれによってパターンがある。この匂いに混ざっている匂いのパターンは自分にとってかなり身近なものが出していて、自分も何回も嗅いでいるパターンだった。
誰の匂いだったろうかと考えて、やがてそれを思い出した瞬間、懐夢は叫んだ。
「ルーミア!!」
「懐夢くん!?」
叫んだ直後に早苗が吃驚したのか、声をかけてきたが、懐夢は無視して辺りを見回した。
間違いない、この匂いのパターンはルーミアのものだ。それも匂いの濃さからしてかなり近くにいる。どこかに、ルーミアはいる!
そう思って目を凝らし、草原だけではなく森や空にまで気を配り、注意深く見回していると、また早苗がこちらを向き、声をかけてきた。
「どうしたんですか懐夢くん。急にルーミアさんの名前を叫んで……」
懐夢は顔に焦りを浮かべて早苗と目を合わせた。
「いるんですよ!この近くにルーミアが!」
早苗は目を見開いた。
「えぇっ!?この近くにルーミアさんがいるんですか!?」
懐夢は頷いて、鼻を利かせながらもう一度辺りを見回した。
「……ルーミアの匂いがします。間違いなくこの辺りにルーミアがいます!」
やがて早苗は焦りの表情を顔に浮かべる。
「で、でもルーミアさんは確か今、リグルさんと大妖精さんと同じ感染症に感染して、凶暴化してるんじゃ……」
懐夢は鼻を更に利かせて匂いの根源であるルーミアの位置を特定しようとした。その時、ふとある事に気付いて懐夢はハッとした。……匂いがどんどん濃くなってきている。まるで匂いの根源が、こっち目掛けてやってきているかのように。そして匂いの濃さが思わず鼻を摘まみたくなるくらいまで濃くなったとき、ようやく懐夢は確信を抱いた。
(……違う!)
いや、来ている。本当に、匂いの根源がこっち目掛けてやってきている!
その方向は、自分達の立っている位置からして森のある方、西だ。
懐夢は思うと、早苗に声をかけた。
「早苗さん西!西の方からルーミア来てる!」
「えぇ!?」
懐夢は早苗と共に西の方へ視線を向けた。その直後、大きな獣か何かが走ってくるような音が聞こえて、やがてその音と独特のにおいを発している「もの」が、姿がはっきり見えるくらいにまで、距離を詰めてきた。
それを見た早苗と懐夢は思わず言葉を失った。
ルーミアといえば、金色の髪をショートボブにまとめあげ、頭の左側の髪に赤いリボンのような布を結び、白黒の洋服を身に纏った深紅の瞳の少女だ。
しかしやってきたのはルーミアではなく、黒銀に光る鎧のような甲殻を纏った獅子や虎のような体つきで、獅子の顔と金色の鬣と毛並みを持ち、鬣の周囲に闇の剣を二十本ほど浮遊させ、二本の鹿のような角を頭から生やし、背中の甲殻の間から黒光りする鋭く湾曲した棘を二本生やし、肩からどす黒い色をした大鷲の物のような翼を生やした獣だった。