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東方幻双夢  作者: クジュラ・レイ
遠呂智編 第伍章 風雲
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第四十五話

「―――――!!」


 霊夢は悲鳴を上げながら飛び起きた。何事かと思い辺りを確認して見たところ、場所が真っ黒で何もない空間ではなく、どこかの家の部屋みたいな場所に変わっていた。


(ここは……)


 身体を動かそうとしたその時、霊夢は身体に違和感を感じ、自らの身体を見た。いつの間にか、寝間着のような白い服を身に纏っていて、更にびっしょりと汗をかいていた。


「お、起きたのか霊夢」


 いきなり違うところにいたり、いつの間にか服を着ていたりしていて戸惑っていると、右隣から声が聞こえた。誰かいるのかと思ってその方を見てみれば、そこには黒と白を基調とした服を纏った金髪のセミロングで顔の右の方から三つ編みを垂らしている少女の姿があった。

 その少女の姿を見るなり、霊夢は目を見開いた。


「魔理沙?」


 それは間違いなく魔理沙だった。魔理沙はいかにもこちらに驚いているような表情と姿勢をしてこちらを見ており、一声かけると大きく溜め息を吐き、それに答えるように言った。


「びっくりしたぜもう。いきなり大声上げて飛び起きるもんだからさ」


 魔理沙は姿勢をただして胡座をかくと、表情を引き締めた。


「大丈夫か霊夢?寝てる間、ほぼずっと魘されてたぜ」


 霊夢は少し苦い表情を浮かべた。


「寝てた……?魘されてた……?」


 魔理沙は首を傾げる。


「おい霊夢、まだ夢の中か?」


 霊夢は顔を上げて、魔理沙に尋ねた。


「ねぇ魔理沙、ここはどこ?」


 魔理沙はきょとんとしたような顔をした。


「何言ってんだよ霊夢。ここは博麗神社の寝室だ。お前の家で、お前がいつも使ってる部屋だろ?」


 魔理沙は焦ったような表情を浮かべた。


「まさか霊夢、瘴気がまだ身体に残っていて、そのせいで頭が少しおかしくなってるんじゃ……!」


 言われて、霊夢はようやく今自分が置かれている状況を把握した。あれは夢だったのだ。自分しか物質の存在しない真っ黒な空間は、自分の夢で、あの孤独は全て夢の出来事だった。あの恐怖も、悲しさも、寂しさも、全て夢で現実に存在するものではなかったのだ……。

 何もかも夢であって、やれやれ安心できると思ったその時だった。あの夢の内容が突然頭の中に鮮明に蘇ってきた。何もない空間に放り出され、孤独と恐怖と寂しさと悲しさに襲われ、母を見つけて抱き付いて泣いてたら母は突然消え、また嫌な感情に襲われ、懐夢を見つけ、今度は大丈夫だと思って抱き付き、抱き締めたら懐夢もまた消え、黒い空間の中に閉じ込められ、そこでようやく目が覚めた夢が。

 蘇ったのは夢の映像だけではなかった。その時に抱いた孤独感、恐怖、悲しさ、寂しさが一つとなった感情もまた蘇り、まるで水が樽を満たすように心の中にめいいっぱい広まって、腹の底から震えが込み上げてきて、胸の辺りから冷や汗が、瞳からは涙が噴き出してきた。

 そのうち、魔理沙の焦ったような声が聞こえてきた。


「お、おい霊夢大丈夫か!?」


 魔理沙の声に霊夢は反応を示せなかった。心を満たす感情のせいで、ろくな答えも思かず、この気持ちを思い切り吐き出したくて仕方がなかった。だけど、どうすればいいのか、全然わからなかった。

 その時、霊夢はある存在を思い出した。……懐夢だ。懐夢はあの時は消えてしまったがあれは夢だ。つまり懐夢は消えてなどいない。


(懐夢……)


 懐夢に会いたい。

 思い切り抱き締めたい。

 抱き締めて、泣きたい。


 霊夢は思うと、俯いたまま魔理沙に声をかけた。


「魔理……沙……」


「な、なんだよ?」


「懐夢……どこ……?」


 尋ねたその時、魔理沙とは正反対の方向、左隣から声が聞こえてきた。


「懐夢ならここにいるわ」


 霊夢はきょとんとして、すぐに越えの聞こえた方へ身体を向けた。

 そこには紫と、紫の膝に頭を乗せて、頭を撫でなられながら、くぅくぅと穏やかに呼吸を繰り返して眠っている懐夢の姿があった。

 その懐夢の姿を見た途端、霊夢は呆然とした。

 あの時は消えてしまった懐夢が、いる。自分のすぐそこに、ちゃんと存在している……。


「懐……夢……」


 霊夢が一声かけると、紫は懐夢の頭をぽん、ぽんと軽く叩いて、声を出した。


「懐夢。ほら、霊夢が起きたわよ」


 懐夢はうーんと一回声を出すと、ゆっくりとその瞼を開けた。

 寝ぼけ眼ではあったが、懐夢の紅藍の目と自分の目が合うなり、霊夢はいても経ってもいられなくなり、出来る範囲の速さで身体を動かし、布団から出ると紫の膝元に寝ている懐夢に手を伸ばし、そのまま力を込めて抱き締め、その髪の毛に顔を埋めた。

 懐夢の髪の毛からする匂いと、身体から発せられる温もりを感じた途端大粒の涙が瞳からあふれ出てきて、霊夢は嗚咽しながら泣いた。心の中にたまった黒々とした不快な感情をすべて吐き出すように。


(れ、霊夢……?)


 その様子を魔理沙は呆然と見ていた。

 ―――信じられなかった。あの霊夢が……あのぶっきらぼうで、無愛想で、ほとんどの時無表情で、茶ばかり飲んでいて、ケチで、異変の時は鬼のように強くなる博麗の巫女の霊夢が、あんなに泣いている。あんなに、前に出し過ぎだと言えるくらいに感情を出して、泣いている。

 いったい、どうしたというのだろう。一体全体、何があってあのような事になっているのだろうか。どんなに考えてもその答えなど、出るはずなかった。


(ん……?)


 ふと紫の方を見て、魔理沙は少しきょとんとした。紫がこれまで見た事が無いほど物悲しそうな表情を顔に浮かべて、懐夢を抱いて泣いている霊夢の事をじっと見ている。


(なんで……)


 何故紫はあのような表情を浮かべているのだろうか。どうして紫はあんな顔をして、無く霊夢を見ているのだろうか……。


 考えていると、それまで何も言わなかった懐夢が霊夢の胸の中で声を出した。それは霊夢の胸に顔を押しつけているせいなのか、くぐもって聞こえたが、はっきりと聞き取れた。


「むぐぐ……ちょっと痛いよおかあさん」


 その言葉を聞いて、懐夢を除く全員がきょとんとして、目を点にしてしまった。

 懐夢は今霊夢に抱かれているというのに、何故か『おかあさん』と言った。きっと寝ぼけていて、霊夢と母親を間違えてしまったのだろう。

 それに気付いた紫はそれまで険しくしていた表情に苦笑を浮かべ、懐夢へ声をかけた。


「懐夢、顔を上に上げなさい。その人は『お母さん』じゃないわよ」


 言われて、懐夢は霊夢の胸の中で「ふぇ?」と呟いた後、頭を動かして上を見た。

 そこには、きょとんとしたような表情を浮かべた霊夢の顔があった。


「あれ……霊夢……?」


 懐夢は霊夢と目を合わせるなり、ぱぁぁと顔に笑みを浮かべた。


「霊夢……目、覚めたんだね!」


 霊夢は懐夢とじっと目を合わせたまま答えなかった。その時になって、懐夢は初めて霊夢が目に涙を浮かべていた事に気付き、霊夢と同じようにきょとんとして、声をかけた。


「あれ……霊夢、どうして泣いてるの?せっかく目が覚めたのに」


 その時、霊夢の口が動いた。


「ない……消えない……?」


 懐夢は霊夢に抱かれたまま首を傾げた。


「……消えない?何が?」


「懐夢……消えない……」


 懐夢はまた首を傾げる。


「消えるって僕が?なんで?なんで僕が消えるの?」


 その次の瞬間、霊夢は何も言わずに懐夢を再度強く抱きしめ、その髪の毛に顔を埋めて、泣き出した。


「よかった……よかった……」


 強く抱きしめられて、背中の辺りに軽い痛みを感じながら懐夢は少し戸惑った。


「何がよかったの……」


 その時、懐夢は前にあった事を思い出した。この前、夜中に霊夢が悪夢に魘されて起き、自分を抱き締め、落ち着くまで泣いた事があった。もしかして今も同じように、悪夢に魘されたのではないだろうか。

 そう思うと、懐夢は霊夢に抱かれたまま、声をかけた。


「霊夢、また怖い夢見たの?」


 霊夢は嗚咽を混じらせながら小さく「うん」と答えた。


「ごめんね……また……ちょっとの間でいいからこのままでいさせて……」


 懐夢は小さく頷くと、霊夢の背中に手を回して、優しく擦った。

 その時だった。手と背中に、何か温かい物が当たるのを懐夢は感じた。手から感じる質感からして、衣服らしい。

 何だろうと思い、右を見てみたところ、白い長袖の服に包まれた腕が見えた。そこで鼻を効かせてみると、霊夢の匂いに交じって紫の匂いが流れ込んできた。どうやら背中と手に当たっているのは、紫の身体らしい。紫が霊夢と自分の身体を触っているようだ。それで何をしているのかは、全然見えないのでわからなかったが、懐夢は気にせず、霊夢の気が済むまでその背中を撫で続けた。


 しばらくすると、霊夢の嗚咽が止まった。懐夢は嗚咽をやめた霊夢に、小さく声をかけた。


「霊夢、落ち着いた?」


 霊夢は答えなかった。

 どうしたんだろうと思っていると、霊夢の穏やかな呼吸の音が耳に届いてきた。どうやら、泣き疲れてそのまま寝てしまったようだ。懐夢は霊夢が眠ってしまっている事を確認すると、霊夢の背中から手を離し、霊夢から離れようと動いた。自分の事を抱き締めていた霊夢の腕はするりとはずれ、霊夢から少し離れてみたところで懐夢は驚いた。

 眠る霊夢を、紫が背後から抱き締めている。それも、自分を霊夢が抱き締めていた時のように強く、だ。

 すぐ近くを見てみれば、魔理沙も自分と同じように驚いたような表情を浮かべ、言葉を発さずに霊夢を抱く紫を見ていた。どうやら魔理沙からしてもこれは意外だったらしい。


「紫さん……?」


 その時、懐夢は気付いた。紫の口がかすかに動いている。声を出さずに、何かを言っている。

 内容が気になって、懐夢は紫に気付かれないようにその口を凝視し、何を言っているのか理解しようとした。紫の口は少し複雑に動いていて、何と発しているのかわかりにくかったが、どうやら定期的に同じ言葉を発していたらしく、最初が『お』行の言葉、次が『え』行の言葉、次が『ん』、次が『あ』行の言葉、次がもう一度『あ』行の言葉、最後に『い』行の言葉を発したのがわかった。これらを全て繋げると『おえんああい』という言葉になった。


(おえんああい……?)


 心の中で呟いて、懐夢はこの言葉が何なのかわかった。それは、自分も色んな人によく言う言葉だった。


(ごめんなさい……?)


 ごめんなさい。紫は今こう言っている。いや、これは自分の憶測でしかないから、違うかもしれない。だがもしこの憶測が本当なのだとすれば、紫は今眠っている霊夢を抱き締めて謝っている。

 何か、霊夢に悪い事を、霊夢が怒るような事を紫はしたのだろうかと懐夢は思ったが、それは違うとすぐに気付いた。何故ならば霊夢を抱く紫の顔に、今にも泣き出してしまいそうなほど、悲しい表情が浮かべられていたからだ。紫の事は慧音やその連れの妹紅、命蓮寺の白蓮以上に知らないから何とも言えないが、あんな表情を浮かべる紫は初めて見る。

 懐夢は咄嗟に、隣で驚いている魔理沙の方を向き、小さい声で話しかけた。


(ねぇ魔理沙、紫さんってよくあんな顔するの?)


 魔理沙は首を横に振った。


(わからないよ。私だってあんな顔をした紫初めて見たぜ。あいつとは何回も会ってるのに)


(じゃあさ、何であんな顔をしてるのか、魔理沙わかる?)


(わかるわけないだろ。だけど、ただならぬ事情ってのがありそうだなあれ)


 懐夢は頷いた。


(僕もそれだけはわかる気がする)


(だからさ、あのままそっとしておいてやろうぜ)


(うん)


 魔理沙とのこそこそ話すのをやめ、霊夢と紫の方を見てみたところ、紫は霊夢を布団に寝かせ、その額をゆっくり、優しく撫でていた。まるで先程自分を寝かせていた時のように。そんな様子を見て、懐夢の心の中に一つ心配事が生まれた。

 霊夢は先程、悪夢で飛び起きたと言っていた。もしかしたら、また悪夢を見て、飛び起きてしまうのではないだろうか。


「霊夢、寝ちゃったんですね。また怖い夢見て起きなきゃいいんですけど」


 紫は首を横に振った。


「大丈夫よ。この子は……悪夢を見ないわ」


 懐夢は紫の顔を見て、首を傾げた。


「……どうしてそう言えるんですか?」


 紫はフッと笑った。


「この子の心は今、すごく落ち着いてる。本当に、自然に……」


 懐夢と魔理沙はもう一度首を傾げた。


「『本当に、自然に落ち着いてる』?」


「どういう意味だよそれ」


 紫は小さな声で答えた。


「……貴方達が知らなくてもいい事……いいえ、いつか知る事になるかもしれない事よ」


 魔理沙は驚いたような表情を浮かべた。


「え、なんだよそれ。どういう事だよ」


 魔理沙の問いかけに紫は応じず、ただ霊夢の額を撫で続けた。

 問いかけを無視された魔理沙は苛立ったような表情を浮かべて、声を出した。


「あーもう!さっきから何なんだよ!意味わかんない事ばっかり言いやがって!」


 その時、懐夢が魔理沙の服の裾を掴み、顔を合わせると人差し指を立てて唇に当てた。静かにしてくれという意思表示だ。

 懐夢の意志表示を見て、魔理沙は顔を顰め、小声で声をかけた。


(なんだよ)


(静かにしてよ。霊夢が寝てるんだよ)


(そうだけど……)


 魔理沙の言葉に答えようとしたその時、懐夢は視線を感じて言葉を途中で切り、視線の来る方向を見た。そこには霊夢の額を撫でるのをやめ、顔に少し悲しげな表情を浮かべた紫がいて、こちらをじっと見ていた。

 紫と目が合うと、懐夢は首を傾げた。


「紫さん?どうしたんですか?」


 直後、紫は何も言わないままゆっくりと手を動かし、やがて手招きをした。こっちに来なさいという意思表示だ。懐夢はその意志表示を受け取ると、立ち上がって紫の目の前まで軽く歩き、丁度紫の目の前の位置で正座した。


「えと、何でしょうか?もしかして、座っちゃいけなかったですか?」


 紫は答えず、手をそっと懐夢の頬に差し伸べ、当てた。急に頬に掌を当てられて懐夢は思わずきょとんとしてしまった。


「え……?」


 次の瞬間、紫はそっと微笑み、掌と親指を器用に使って懐夢の頬を撫で始めた。

 また突然の事に懐夢は驚いてしまったが、それはすぐに引っ込んだ。

 頬を撫でてくる紫の手は柔らかくて、暖かくて、優しい手で、その手が撫でてくれる感覚は少しくすぐったくはあったがとても心地良く、気持ちよかった。その気持よさのおかげか、自然と顔に笑みが浮かび、少しだけ声も出た。


「ん、んふふふふ」


 目を瞑り、頬に優しい感覚を感じていると、紫の方から小さな声が聞こえてきた。


「あなたが……ないなら…………を…………のに」


「え……?」


 懐夢は少しきょとんとして、目を開いて紫の顔を見た。先程まで微笑みを浮かべていた紫の顔は今、少し悲しそうな表情を浮かべていた。懐夢は口を小さく動かして、紫に声をかけた。


「紫さん、どうしてそんな顔をしてるんですか?」


 紫はハッとしたような表情になって、すぐに微笑みを取り繕った。


「え?何?」


「紫さん、なんだか悲しそうな顔をしてました」


 紫は首を傾げる。


「本当に?」


 懐夢は頷く。


「はい。それに、今何か言ってましたよね。小さな声で」


 紫は「あー」と言って、答えた。


「それはね、貴方が霊夢に起きた事を全部話す事が出来るかどうか心配で、つい言葉と顔に出ちゃったのよ」


 懐夢は少し吃驚したような表情を浮かべた。


「えぇっ、そんな理由だったんですか!」


 紫はもう一度頷いた。


「そうよ。懐夢、もう一度聞くけど、次霊夢が起きたら全部、説明できるわね?」


 懐夢は顔をシャキッとさせた。


「できますよ。逆にあれだけ憶えやすい出来事、説明できない方がおかしいと思います」


 紫は苦笑いした。


「あらあら、まだ十歳なのに生意気な事を言うわねぇ」


 懐夢はむすっとした。そのすぐ後に紫は苦笑を微笑みに変えた。


「でも、心強い。貴方は頼れる子だわ。本当に、頼れる子……」


 紫はそう言うと、また懐夢の頬を撫でた。気持ちがいいのか、むすっとしていた懐夢の表情は一気に和らぎ、笑みに変わった。そのまま数回撫でると、紫は懐夢の頬からそっと手を離し、立ち上がった。


「さてと、もう夜の十一時になるわ。魔理沙は家に帰り、懐夢は寝なさいな。もう子供は寝てる時間よ」


 魔理沙は少し不機嫌そうな様子で「そうだな」と答え、懐夢は素直に「はーい」と答えた。答えを聞いた紫はよろしいと言い、縁側に続く障子を開けて外に出て、障子を閉じた。 そのすぐ後に魔理沙が立ち上がり、懐夢へ声をかけた。


「さてと、私も帰るぜ。懐夢、後はお前一人になるけれど、大丈夫だな?」


 懐夢は頷いた。


「大丈夫だよ。起きた事は全部覚えてる。ちゃんと、霊夢に教えられるよ」


 魔理沙はニッと笑った。


「そうかそうか。そりゃ頼もしいや。よし、それじゃあなお休み」


「おやすみなさ~い」


 懐夢が軽く一礼すると、魔理沙は軽く手を振って先程紫が開けた障子を開き、寝室から出て行った。懐夢は魔理沙が出て行ったのを確認すると、部屋の明かりを消し、霊夢の音瑠布団の中へその身を滑り込ませた。布団を出して敷いたら、その音ですやすやと眠っている霊夢を起こしてしまうかもしれないと思ったからだ。もしかしたら霊夢が起きた時に、勝手に一緒に寝た事を怒られるかもしれないが、その時はその時だ。

 懐夢は思うと、ゆっくりと目を閉じ、やがて眠りの中へと落ちた。



   *



翌朝。


 霊夢が目を覚まし、朝食を食べた後、懐夢が事情を話し始めた。

瘴気の竜の攻撃を受けて霊夢が倒れた後の出来事についてだ。


 まずは瘴気の竜。あの後瘴気の竜はどうなったかというと、地に倒れ、元の大妖精へ姿を戻したらしい。元の姿を取り戻した大妖精はその身体に多くの傷を負っていて、かなり衰弱して、気絶していたそうだが魔理沙達によって博麗神社に運ばれ、早苗の持つ回復術を受けて何とか回復し、運ばれてから一時間も経たないうちに目を覚ましたという。

 その時慧音が大妖精に記憶について尋ねてみたところ、大妖精は首を振ったそうだ。リグルの時と同じように、瘴気の竜になっていた間の事は何も覚えていなかったらしく、魔理沙やにとりがその事を話すとその顔を青褪めさせたという。一方街で倒れていて慧音と妹紅によって博麗神社へ運ばれたチルノ、ミスティアの二人は魔理沙達が帰ってきた時にはもう目を覚ましており、魔理沙達が連れ帰って来た大妖精が元の姿に戻っている事に歓喜し、その話を聞いて驚いた後に大妖精とリグルを連れて、自分達の住処へ戻っていったそうだ。その時、にとりと慧音と妹紅と咲夜と妖夢も自分達の住む家へ戻っていったらしい。

 次に自分について。倒れた自分は大妖精と同じように博麗神社に運ばれ、いつの間にか博麗神社へやってきていた紫と早苗の二人の回復術による集中治療を受けたらしい。だから朝になっても後遺症が残らず、ぴんぴんできているそうだ。しかし懐夢によれば紫と早苗は霊夢を治す時に物凄く力を使ったらしく、霊夢の治療が完了するなり早苗はその場に倒れ込み、そのまま夜になって帰るその寸前まで寝ていたそうだ。紫は眠ったりしなかったものの、しばらくは動けないと言ってじっとしていたらしいが、自分が目覚めるまで懐夢と魔理沙と共に看病を続けてくれたそうだ。

 懐夢はここで説明を終え、最後まで説明を聞いた霊夢はうんうんと頷いた後、呟いた。


「なるほど……色んな事があったものね」


 懐夢も頷く。


「ほんとだよ。ほんとに大変だったんだし、心配だったんだから……霊夢のこと」


 霊夢はきょとんとした。


「私が?」


 懐夢は頷いた。


「だって、吸いこんだら危ないって言われてる瘴気をいっぱい吸い込んで、命が危ないかもしれないって紫さんや慧音先生が言ってたから、霊夢、死んじゃうんじゃないかって思って……不安で……怖くて……」


 懐夢は俯いたが、その時懐夢の顔の様子が偶然見えた。懐夢は瞳を揺らし、今にも泣き出してしまいそうな顔をしていた。それに、身体を見てみれば小刻みに震わせている。


「本当に……霊夢……死ななくてよかった……」


 懐夢が震えた声で呟くと、霊夢は小さく溜息を吐き、やがて顔に微笑みを浮かべると目の前に座る懐夢の頭に手を乗せ、そのままゆっくり優しく撫で始めた。


「私はもう平気よ。貴方達が看病してくれて、貴方が心配してくれたおかげでね。

 怖い思いさせちゃって悪かったわ……ごめんね」


 霊夢はもう片方の手で懐夢を抱き寄せ、その顔を肩の辺りに埋めさせると、髪の毛を撫でながら小さく呟いた。


「だいじょうぶ、だいじょうぶ」


 小さな声で『おまじない』をかけてあげると、懐夢は震えるのをやめた。

 やがて身体から離すと懐夢は微笑みを顔に浮かべていた。その顔を見たところ、霊夢の中に安心が広まった。


 しかしその直後、霊夢はある事を思い出してハッとした。

 懐夢から一応事情は聞いたが、まだ街の様子の事は何も聞いていない。街はあの後どうなったのだろう。街の人々は、妖怪達はどうなってしまったのだろうか。

 霊夢は気になって、懐夢に再度問いかけた。


「ねぇ懐夢、いきなりで悪いんだけど」


 懐夢は首を傾げた。


「なに?」


 霊夢は表情を引き締めた。


「あの後街がどうなったか、わかる?」


 懐夢は首を横に振り、わからないと言った後、詳しく答えた。

 なんでも、懐夢は慧音に博麗神社を絶対に出るなと言われ、街の様子を見に行こうにも行けない状態らしい。異変には聡いこの幻想郷の住民達の事だ、今頃慧音や魔理沙や文といった様々な者達が街の状況を確認していると思うが、その報告は来ていないから街の様子は全然わからない。

 正直なところ、これまでにないほどの被害を受けた街の様子が気になって、霊夢は胸の中がむず痒くて仕方がなかった。瘴気は抜け、体のだるさも消えたから、いっその事街へ向かってみようか。


「……街の様子、気になるわね……調べに行こうかしら」


 その時、懐夢が吃驚したような表情を浮かべて、腕をがしっと掴んできた。


「駄目だよ!霊夢、病み上がりなんだよ!まだ休んでなきゃ!」


 霊夢は顔を顰めた。


「そうはいかないわ。私は博麗の巫女、幻想郷を守る存在。だから異変が起きたところは調べに行かないと」


 懐夢は首を横に振った。


「でも、そんな状態で行ってまたぶり返したらどうするの?そうなったら、元も子もないでしょう?」


 懐夢の真剣な顔を見て、霊夢は思わず困った。

 懐夢は、本気だ。本気で自分を止めようとしている。本気で、街には行かせないようにしている。懐夢は意外と頑固な子だから、多分退かす事は難しいだろう。もし退かしていったとしてもすぐに連れ戻しに来て、調査どころじゃなくなりそうだ。とりあえずここは、懐夢の言う事に従って、博麗神社でじっとしていた方が良さそうだ。

 街の状況は多分ブン屋の文がいつもの異変の時のようにやってきて教えてくれるだろう。

 霊夢は思うと一つ溜息を吐き、苦笑いした。


「わかったわ。貴方の言うとおりね。今日は一日じっとしていましょう」


 懐夢はうんうんと頷いた。


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