闇にのまれて…
ムーン・サウンドの城下。本来であれば月光が美しく石畳を照らすはずのその場所は、今や粘りつくような闇の奔流が渦巻く地獄と化していた。
そこでは、もう一つの醜悪な死闘が終焉を迎えようとしていた。
ティン・ガロ、そして彼が喰らい、その力を奪ったはずの**『暗殺魔王』**の怨霊。
力そのものの総量は、現役の魔王たちを捕食し続けたティン・ガロが圧倒していた。しかし、暗殺魔王は数千の修羅場を潜り抜け、影の中に生涯を捧げた戦闘のスペシャリストである。本来であれば、どれほど魔力を積もうとも、ティン・ガロのような底の浅い野心家が容易に届く相手ではなかったのだ。
「……ハァ、ハァ……ッ! この死に損ないが! 往生際が悪すぎるんだよ! 私の一部になったのなら、大人しく私を大魔王へ押し上げる歯車として従っていればいいものをッ!!」
ティン・ガロが叫び、影の触手を振り回す。だが、暗殺魔王の怨霊は実体を持たぬ影の刃となり、ティン・ガロの防御を紙のように切り裂いていく。
「……クク、ハハ……ッ。若造が……。我が『闇』を……安易に飲み込めると……思ったか……? 我が魂は……貴様のような……薄っぺらな器には……収まりきらぬよ……!!」
暗殺魔王の執念が、ティン・ガロの影を内側から食い破る。奪ったはずの力が、猛毒となってティン・ガロの血管を逆流し、その肉体をどす黒い腫瘍のように歪に膨れ上がらせていった。
「が、あ……あああああッ!! 熱い、身体が……内側から焼ける……!? やめろ、出すな、私の身体から出て行けぇぇぇぇッ!!」
均衡は、無惨に崩れた。
暗殺魔王の怨念がティン・ガロの自我を完全に飲み込み、かつてのメテ王が辿った末路と同じく、彼は制御不能な**『暴走魔王』**へと変貌を遂げた。
バキバキと骨が砕ける音が響き、ティン・ガロの背中から巨大な蜘蛛のような影の脚が八本突き出す。その中心には、もはや理性を失い、ただ破壊と飢餓を欲するだけのティン・ガロの絶叫が、夜の静寂を切り裂いて響き渡る。
「……救えないね。あいつ、完全に闇に呑み込まれたか」
城壁の上。満身創痍の勇者アランの肩を貸しながら、リュウガがその光景を冷徹に見下ろしていた。
アランの手には、呪いの鎧から解き放たれ、本来の眩い輝きを取り戻した勇者の聖剣が握られている。
「……リュウガ、済まない。僕の失態が、さらなる化け物を生んでしまった」
「謝る暇があるなら、その聖剣を研いでおくことだね。……美しい月夜をこれ以上汚させはしない。あんな不細工な塊、僕の視界に入ることさえ許さないよ」
リュウガが月光の細剣を抜き放ち、その切っ先を暴走するティン・ガロへ向けた。
「アラン、動けるか? 君をあのカフェに送り届ける前に、あのアブラムシを掃除しなきゃならない」
アランは苦笑し、聖剣を力強く握りしめた。
「……ああ、もちろんだ。亜美のところへ帰る前に、少しだけ『仕事』を片付ける必要があるみたいだね。……行こう、リュウガ。魔王と勇者が肩を並べて戦うなんて、歴史に残る不粋で、そして最高に風変わりな事件になりそうだ」
「フン、歴史に残るなら僕の美しさに花を添えるだけさ。後世の歴史家は、この僕の華麗な共闘劇を綴るのに苦労するだろうね。……行くぞ、勇者アラン!」
「ああ……行くよ、魔王リュウガ!」
「「おおおおおおおっ!!」」
二人の英雄が、崩れかけた城壁から飛び出した。
銀色の清冽な月の魔力と、黄金の聖なる輝き。
対極にあり、決して混じり合うことのなかった二つの力が、今、友情という名の絆によって一つに溶け合う。
「オ……オォォ……コロス……スベテ、喰ラウ……ッ!!」
蜘蛛のような影の脚を振り回し、暴走するティン・ガロ。その巨躯から放たれる闇の波動に対し、リュウガとアランは交差するように疾走する。
「月光の洗礼を受けなよ! 『ムーンライト・クロス・パニッシャー』!!」
リュウガの放つ銀の斬撃が、ティン・ガロの影の脚を一本ずつ、正確に切り離していく。切り口からは浄化の光が溢れ、闇を霧散させる。
「これで終わりだッ! 僕たちの未来に、影は必要ない! 『聖剣奥義・極星十文字斬』!!」
アランの聖剣が黄金の十字を描き、暴走魔王の核へと真っ向から突き刺さった。
ティン・ガロは血飛沫を撒き散らしながら苦しむ。
「グアァァァァァァァッ!! ナ、ゼだ……ナゼ、私ガ……大魔王ニ……ナレナイ……ッ!!」
ティン・ガロの絶叫が響くが、その声はやがて光の中に溶けて消えていく。
銀と金の奔流が闇を呑み込み、ムーン・サウンドの街を明るく照らす。
爆風が収まった後、そこにはただ、明るく照らす太陽だけが残されていた。
「わたし…が……私こそが……ま……おう…」
太陽の光で朽ち果てながらも ティン・ガロは 最後の力を振り絞り二人に迫る。
「なんと言う執念……」
だが…そんな彼の執念も終わりをむかえる…
「おの…れ……グハッ……」
血反吐を吐き ティン・ガロの姿も、暗殺魔王の怨念も、一欠片も残さず消滅していた。
「……ふぅ。これでようやく、不純物が消えたね」
「最後の最後に 奴の汚物が 我が高貴な鎧を汚した。」
リュウガは剣を収め、乱れた前髪をかき上げる。その横で、アランもまた聖剣を鞘に戻し、静かに空を見上げた。
「……終わったな、リュウガ」
「ああ。……さあ、行こうか。あの子がコーヒーを淹れて待っているはずだ。遅れると、僕の『美学』に傷がつくからね」
二人は肩を並べ、朝日が昇り始めたムーン・サウンドの街へと歩き出す。




