龍の咆哮
「……姿を晒せば脆い。影に潜むからこその『暗殺』。だがね、あちきの前で影を作ったことが、あんたの最大の敗因だよ」
キーラは冷酷に、しかし鈴を転がすような艶やかな声で言い放つ。至近距離まで迫った影の刃に対し、右腕の『魔竜ガントレット』が龍の顎をギチギチと音を立てて開いた。そこから放たれたのは、音を置き去りにする超高圧の衝撃波――『魔龍の咆哮』。
「フッ……甘いわ!」
暗殺魔王は空中でひらりと身を翻した。直撃したかに見えたその体は、一瞬で丸太へと変わる。古の『空蝉』。本体は再び濃密な影へと溶け込み、テラス全体、いや、この城の最上階すべてを飲み込む巨大な闇へと変貌していく。
「出し惜しみは無しだ。闇に飲まれ、大蛇の餌食となれ!」
『最終奥義・魔道変化ヤマタノオロチ』
暗殺魔王の影が、意思を持つヘドロのように膨れ上がり、実体化した。それは九つの首を持つ巨大な影の大蛇。中央の首には、暗殺魔王の憎悪に歪んだ顔が浮かび上がっている。それぞれの首が、魂を焼く黒炎や五感を狂わせる猛毒の霧を吐き出しながら、小さなキーラを目掛けて一斉に襲いかかった。
だが、キーラは逃げない。それどころか、高く聳える花魁下駄をカランと鳴らし、不敵に口角を上げた。
「……面白いね。九つの首があるなら、九回叩き潰す手間が省けるってものさ。魔力炉、リミッター解除。……あちきが直々に、最大出力で焼いてあげるよ」
キーラの背後の空間が、電子のノイズのように歪む。彼女はその次元の隙間に無造作に手を差し入れた。引きずり出されたのは、ガントレットの装甲と直結し、彼女の小柄な体躯を優に超える巨大な砲身――。
『メガ魔咆ランチャー・乱華』
「電力で動くようなヤワな玩具と一緒にしないでくれる? こいつの燃料は、あちき自身の底なしの『魔力』さ……! 燃えカスも残さず、消えなッ!!」
ズドォォォォォォォォォンッ!!!!!
夜の静寂を、そして暗殺者の絶叫を完全に消し飛ばす爆音。ランチャーから放たれた極太の魔力収束砲が、ヤマタノオロチの首を正面から飲み込んだ。青白い閃光が夜の帳を切り裂き、アイアン・ハーツの街全体が昼間のような輝きに包まれる。
「ギ、アアアガガガッ……!? 貴様……何をしたぁぁッ!! そんなデタラメな魔力、人の身で扱えるはずが……!」
暗殺魔王の悲鳴が夜風に散る。九つあった大蛇の顔のうち、半数以上が跡形もなく蒸発し、残った首も高熱の魔力に焼かれてボロボロと崩れていく。
「……計算通りだね。残りの首も、まとめて掃除してあげようか?」
キーラの『魔竜ガントレット』が、オーバーヒート一歩手前の赤い熱を帯び、排気ダクトからシュンシュンと蒸気を噴き出す。次弾装填は完了している。
最強魔王の名は伊達ではない。彼女一人で、一国の軍隊を一年間維持できるほどの「魔力炉」をその身に内蔵しているのだ。
「ひ、ひぃっ……! バカな、闇の十人衆たる我が奥義が……機巧の力に、これほど無惨に押し負けるなど……!」
「時代遅れなんだよ、あんたたちは。古い闇に閉じこもって、世界がどれだけ『進化』したか見てなかったのかい?」
キーラが再び引き金に指をかける。銃口に集束する光が、暗殺者の絶望を照らし出す。
「さあ、最後はあちきへの手向けとして、『映える』花火になりなよ。――これにて、終幕だ」
アイアン・ハーツの夜空に、一際大きな絶望と浄化の光が灯ろうとしていた。




