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「殿下、何の冗談ですか?」


私の言葉に殿下は嬉しそうに答えられた。


「公爵、冗談などではない。私が姫を花嫁に迎えるに当たり、公爵には隣国から花嫁を迎えて欲しいのだ」


弟のように可愛がってきた殿下の言葉に、私は初めて苛立ちを覚えた。


「殿下、お考え直し下さい」

「公爵、頼む!姫を我が国に迎える為なのだ!」


この色ボケ殿下が。ふざけんなよ。

心の中で殿下への悪口が止まらない。

殿下は他国に留学に行って逞しくなって帰って来たと思えば、その甘ったれた性根までは直らなかったらしい。

留学先で婚約者を見付けられたことは良かったのかもしれないが、まさかその国までの交通路を開拓する為に私が利用されるとは思わなかった。

殿下の婚約者となる姫の国は隣国のその先にある。今まで我が国との国交がなかったことから、この度の殿下の婚姻は国としては大変喜ばしいものではあるのだが。

問題は隣国なのである。


隣国とは長年不穏な関係が続いている。

獣人国である隣国と我が国との国交はほぼ無い。

それは我が国が長年獣人達を虐げてきていた事実があり、敵対国と言っていい関係性だからなのである。


隣国と我が国の国交が成立し、殿下の婚約者の国までの交通路が開拓されれば、今までは隣国を避けて通る道で半年かかるものが、一月まで短縮される。かなりの時間の短縮になる為、殿下も必死である。


殿下の婚約者殿の国は獣人友好国として有名で、殿下は婚約者に良いところを見せたいが為に、我が国と隣国を繋げたい気持ちもあるだろう。


公爵でもあり、三十歳にしてまだ独身の私がその友好の証の婚姻を求められたのは分からないでもない。

殿下に次、王家に近い独身者は私なのだから。

しかし。

大きな問題があるじゃないか。


我が家は獣人嫌いで有名なのである。


元王女だった祖母が獣人嫌いの過激派で、領地から獣人という存在を叩き出した程の嫌悪家だったのである。

視界にも入れたくないとのことだったが、その祖母の過激な対応によって、獣人嫌悪家の中でも我が家は有名となった。


そんな私に隣国から獣人の女性を娶れと?


王子の正気を本気で疑ったが、どうやら殿下は正気ではあるらしい。

愛しの婚約者を早く迎える為に隣国との国交まで成立させてしまったからな。

私に拒否権などなく、救急私の結婚が決められていった。

一月後に相手の獣人女性が我が家に来ることになり、その準備で大忙しである。

隣国は王国制というよりは幾つかの部族によって成り立っており、私の花嫁はその部族の一つの族長の娘ということになる。

この年齢になって、国の為に婚姻をすることは名誉なことではあるのだが、やはり相手のことは気にかかる。



祖母の獣人嫌いはとても有名だったし、おそらく隣国にまでその悪名は届いているだろう。

何せ元王女なのである。

五年前に祖母が亡くなるまで我が家の全ては祖母に支配されていた。

当主を継いだ父も、母親である祖母には逆らえず、かなり窮屈だったことだろう。

父は祖母が亡くなると直ぐに息子である私に爵位を譲って領地に引っ込んでしまった。


祖母は過激でヒステリーな性格で、常に何かの文句を言っていた。

正直、嫌いなものは獣人だけでなく普通の人間もだろ、と言いたくなるレベルで毛嫌いするものが多かった。

元王女であることを利用して、全てを自分の気まぐれな我儘のまま周りを混乱させる、とても傍迷惑な人だった。


隣国ですら知られているだろう獣人嫌いの我が家に嫁ぐことになった獣人女性の気持ちを思うと可哀想でならない。

酷い扱いをされるものと怯えられているのではないだろうか。



そんな時に、学生時代からの友人であるリックが我が家を訪れた。

リックの家も獣人嫌いの家として有名であり、学生時代は獣人反対派の運動に一緒に連れていかれたものだ。

今、冷静に思うとほとんどいない獣人の為に何故反対運動をわざわざする必要があったのか謎である。


「聞いたぞ、獣人を嫁に取らされるとか。君も災難だな」


リックは一見爽やかな男なのだが、何故か獣人のこととなると冷たい奴になるのだ。


「全く、殿下にも困ったものだ。相手の女性が不憫」

「獣人が図に乗らないように君も躾をする必要があるだろうと思ってオススメの物を持ってきた」


わざわざ私の言葉を遮ってリックが鞄から出してきた物を見て私は言葉が出なかった。


鞭に、手錠に、縄………?


顔がひきつる私に気付くことなく、リックは意気揚々と使い心地について語り出した。



妻になる女性に対して躾とは何だ………?


こいつ、知らないのか?妻に暴力を振るうような男は男として最低だろうが。

こいつは私に暴力夫になれというのか?



今後の友人関係についての見直しが必要だ。


よくよく考えたら学生時代もリックによって無理やり獣人反対派の運動に参加させられていたような気がする。

運動に参加する事で祖母の機嫌が取れるので黙って参加していたが、リックは思えば昔から小さい男だった。

私を前に立たせて自分の愚かな主張をあたかも私が言っているかのように見せていたような気がする。

友人への気持ちが冷めていくのを感じながら、私はリックの話を聞き流した。


私に白い目で見られている事にリックは気付くことなく、言いたいことを言うだけ言って帰っていった。


とりあえず、今日のことはリックの妻であるメリルーに報告しておこう。

私の幼馴染みでもあるメリルーと私達は同級生だ。

メリルーは気が強い為、リックに黙って暴力をされるようなことはないと思うが、リックの怪しい趣味は知らないだろう。

知れば即離婚するくらいは行動力はありそうだ。

私としてはリックはどこであれらの使い心地を確かめてきたのかが気になる。

メリルーにはリックには怪しい趣味があることだけ報告しておこう。

リックのことはメリルーに任せておけば大丈夫だ。



それにしても、私は自分が紳士であることを自負している。

そんな私が女性に対して暴力を振るう訳がないだろう。

リックが置いていった物を不快な気持ちになりながら箱に仕舞って誰にも見られない所に隠しておいた。



そんなことがありながらも、花嫁を迎える為の忙しさで日々はどんどん過ぎていく。


時間がない上、相手の服のサイズも分からないので新しい服を仕立てようもない。

既製品の服を何着か用意しておこうと思い、若い娘の意見でも聞いてみようと使用人の休憩場に向かうと、中から何人かの話し声が聞こえてきた。


「やっぱりご主人様に獣人の奥様なんて似合わないわよ!」

「この公爵家にあんな獣臭い血を入れるのも許し難い」

「皆で協力して追い出しましょうよ!」

「ファラと恋人関係だということにして、あんたなんてお呼びじゃないわ!っていうのはどう?ファラなら美人だしいけるわ」

「あら、ありがとう。でもご主人様は堅物だからなかなか靡いてくださらないのよね」

「獣人の嫁がくるくらいならファラの方がいいな」

「優しいご主人様は獣人なんかの為に忙しくされているけれど、そんなの適当にされていたらいいのにね」



聞こえてきた内容に、言いたいことは幾つかある。


まず、使用人の中にも獣人嫌いの者がいる可能性を忘れていた。

これは祖母の影響を受けた者が雇われていたことが原因だろう。

とりあえず、早急な解決が必要である。


私は使用人に冷たく当たるような主人ではない、と自負しているが、彼らは私を使用人に手を出すようなだらしのない人間だと思っているのか?

私は今まで何人かいた恋人達には誠実に接してきたつもりだし、浮気をしたこともない。

そんな私が使用人に手を出し、愛人のように囲っていると?

恋人に身分を求めたことはないが、私の中では使用人に手を出すのはまた別問題なのだ。

ファラという使用人は知っているし、確かに美人だと思うが、それだけだ。彼女は私の好みではないので今まで気にしたこともなかったが、なかなか自分に自信があるようだな?



そもそも、公爵夫人になる者に対して、彼らが主人として仕える気がないことが大問題である。

例え仕える主人に不満があろうとも、きちんと仕えてみせるのが立派な使用人ではないのか。

彼等には公爵家の使用人としての自覚が足りない。


主人として使用人の休憩場に立ち寄る私も主人としての自覚が足りないのだろうが、彼等の率直な意見を聞くことが出来たことは良かった。

まさか国から命令された婚姻相手を貶めようとしている使用人がいるとは思っていなかった。



リックにしても、使用人達にしても、相手が『獣人』だから何をしてもいいと勘違いをしているようだが、相手が獣人だろうが未来の公爵夫人になる女性である。


何故それが理解出来ないというのか。


それに、私の花嫁となる女性だ。

私には未来の花嫁を守る義務がある。

例え命令された結婚であっても、私は公爵として、国の為に政略的な婚姻だろうがきちんと受け入れる。







後日、メリルーからリックのことはちゃんと躾けておいた、という内容の手紙がきた。

どうやら躾けられたのはリックだったようだ。

愛する嫁に躾けられたのならリックもきっと本望だろう。

それにリックは誰かに躾をするよりも躾けられる方がお似合いだと思う。

だが、しばらく家への訪問は断らせてもらおう。

メリルーと離婚までいかなかったのは子どもがいる為だろうが、子供にはリックの性質が遺伝していないことを祈ろう。



何名かの使用人にはしばらく領地の屋敷に行ってもらうことにした。

領地では今、両親が動物を集め回っているので人手不足なので丁度良い。


祖母が動物嫌いだった為に我が家では必要な馬以外の生き物を飼ったことが無かった。

祖母が亡くなってから父と母は領地に引きこもり、今までのうさを晴らすように動物を飼い始めた。

始めは猫から始まり、犬や兎とだんだん増えていった動物は今ではかなりの数になっているらしく、領地の屋敷は動物王国になっているという。

今回も私の嫁取りよりも牛の子供が生まれるとかで直ぐにはこっちには来れないのだとか。


とりあえず急激に動物が増えたことにより人手が足りないようなのだ。現地でも人を雇っているらしいが、今回は問題の使用人達には領地で生き物の命の大切さを学んでもらおう。

もしいけない理由があったり考えが更正されなければ解雇しかないが、彼らの性根が腐り落ちていないことを祈ろう。






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