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何名かの使用人を領地に送りはしたものの、まだどれだけ差別意識の高い使用人がいるかも分からないのが難点だ。
国からの命令での政略結婚とはいえ、妻になる女性には真摯に向き合っていたい。
そう思いながら町に出たところ、酷い扱いを受ける獣人女性をたまたま見掛け、ついそのまま主人に交渉を持ち掛け引き取ってしまった。
その獣人女性は日常的に暴力を振るわれていたようで、痩せた体と怯えた表情からこの国の酷い現状を知る事が出来た。
獣人の花嫁を迎える私にはこの現状がもう他人事ではないのだ。
その獣人女性はジーダといった。
ジーダを雇うことで重大な問題が発覚した。
どうやら屋敷の壁紙などに獣人が嫌う素材などが使われていたようで、屋敷の中にいるだけで気分が悪くなるのだというのだ。
祖母の獣人嫌いの徹底振りに呆れながらも後二週間で花嫁を迎える側にはとんでもない事実であった。
屋敷は幾つかあるものの、全て祖母がいた時代から建っているものなので信用が出来ない。
困っているとメリルーの父親であるゾルド侯爵がしばらく一つの屋敷を貸してくれることになった。
義息子であるリックの性癖を知らせてくれたことに対する感謝だという。
どうやらメリルーはリックのことを父親侯爵に話したらしい。
リックの身が心配だが、自業自得なので放っておこう。
ゾルド侯爵は今回の私の婚姻によって隣国やその先の国まで交渉が広がり、利益を得ることに価値を見出だしているのだろう。
現実的なゾルド侯爵らしい。
念の為にジーダに全ての部屋を確認してもらったが、その屋敷は大丈夫なようで安心した。
持っている屋敷は全て建て替えることにした。莫大な金がかかるが、祖母が残した大量の宝飾類を売り払えば資金の足しになる。
因みに領地の屋敷は祖母が亡くなった直後に母が「動物が粗相をしてしまったから」と言って建て替えてあるので、五年前から着工されているそちらはもうすぐ完成する予定だ。
祖母の使い所の困る派手な宝飾類の処理が出来たので良かったとしよう。
そして問題は庭にもあった。獣人が嫌う植物が植えられていたのだ。
進言してくれた庭師は信用出来そうである。ジーダと良い仲になりそうな雰囲気だが、とりあえず先に仕事はしてくれ。
そしてとうとう花嫁を迎える日は来た。
それはとても衝撃だった。
簡単に言うと、一目惚れである。
獣人女性にしては小柄なその女性は意思の強そうな目で私を睨み付けてきた。
まだ十代半ばくらいにか見えないが、私は若い娘が好きだった訳ではないと言い訳はしておきたい。
強い目力の割には不安そうに動く猫のような耳に、チラリと覗くしっぽ。
目が離せない。
良く考えてみれば私は獣人という存在をそんなに知らないのだ。
祖母が徹底的に避けていた為に、目にすることもほとんどなかったのだ。
私は今までこんなに愛らしい存在を嫌う立場を演じてきたというのか。
おのれ、愚かな差別め!
だが、獣人というだけならジーダのことを先に見ている。
ジーダのことは主人としての目線でしか見ていなかったので特別な感情を抱くことはなかった。
やはり私はこの花嫁になる娘に一目で惚れたのだ。
何より、この強い目力が惚れ惚れする。
男の中には従順な女性が良いと言う者もいるが、私は気の強い女性が大好きだ。
世の中で気が強いとされる女性も、祖母を見てきた私には全て可愛く見えるくらいである。
今まで付き合ってきた女性達は気が強いが為に独立心が強く、自立の道を選ばれたが為に結婚まで至らなかった。
だが、私の今まではきっと彼女に会う為にあったのだ。
「私の可愛い花嫁の名を、私に教えてもらえるか?」
私がひざまづいて名を乞うと、私の花嫁は驚いたようで動揺していた。
「ティ、ティティダ」
戸惑うその声まで可愛らしい。
「ティティダ。可愛らしい名だ」
私はうっとりと見詰めながらその手を取ると、手の甲に口付けた。
さて、愛しい妻を早く愛でたいのはやまやまだが、私には男としてやらなければならないことが先にあるようだ。
ジーダを側に呼び、一時ティティダのことを任せる。
ティティダは獣人がいたことに驚いたようだが、明らかに安心したようなのが分かる。ジーダを引き取って良かった。
「私の花嫁をここまで届けてくれた騎士隊の諸君、ここに並んでくれたまえ」
ティティダを連れてきた国の騎士達を、私は横一列に並ばせた。
始めは私がティティダをどう扱うのかとニヤニヤと嫌らしい笑みで見ていたその者達は、今は驚愕の目で私を見ている。
私がティティダにひざまづいたので驚いたのだろう。
私は一番近くに立ったその男を、思いっきり殴り飛ばした。
騎士であるくせにその男は倒れた。弱すぎないか。
他の騎士達が驚いて私に剣を向けてきた。
「閣下!?何をされる!謀反とみなしますよ?」
国の騎士を殴ったのだ。国に対する謀反とみなされても仕方がない。
公爵としては殴るべきではなかった。しかし、私は男として殴るべきだと思ったのだ。
「剣を下ろせ。私はまともに任務もこなせない君達の愚かな仕事振りをコレで許してやろうとしているんだ。君達は私に感謝するべきだと思うが?」
私が睨み付けると騎士達は怯んだ。
たったの六人。隣国から来た私の花嫁を護衛する為に国が遣わしたのはたったの六人だ。
その事実も許し難いが、その人選をした者には殺意さえ覚える。明らかに騎士としても、男としても未熟者を選んでくれたものだな。
ティティダと共に来たのは侍女の役割をすると思われる獣人女性と、年老いた獣人男性のたったの二人。
自国から連れてきたのがこの二人だけだとするならば、ティティダは自国ですら良い扱いはされていなかったことが予測される。
敵対する隣国への生け贄や、人質だとでも思っていたのか。
後でしっかりと私の愛を伝え癒さなければ。
ティティダを含め三人はどうやらとんでもなく酷い扱いをされていたらしい。
馬車とも呼べないような箱のような乗り物に乗ってきた事実も信じたくないが、どうやら騎士達には更に酷い扱いを受けていたようだ。
騎士達は身なりを整えて綺麗にしているが、ティティダ達は汚れが目立ち、風呂にはしばらく入れていないようだ。
ティティダの目は力強く私を睨んでいたが、その奥には怯えなようなものがあり、敵を見るような怒り、そして、隠しようのない疲れ。
おそらくティティダは気力だけで立っている。まともに食事すらしていない可能性がある。
そして、何より信じたくないのだが、ティティダの手を取った時に手首に縄の痕のようなものがあった。
おそらく、ティティダ達は縄で繋がれてあの箱のような乗り物でここまで連れて来られた。
私の妻を奴隷だとでも思っていたのか?
未来の公爵夫人に対して随分な対応だな?
私が獣人嫌いで有名な家系だからとその対応が許されると思っていたのか?
国命での婚姻のはずだが、随分と舐められたものだ。
獣人の花嫁を目の前にした私が獣人をどうするのか、もしかしたら殴ることでも予想していたのか始めはニヤニヤしながら見ていたな。
早くティティダ達を休ませるべきだと思ったのだが、待たせてでも私がこいつらとは違うということを見せるべきだと思ったのだ。
騎士達は結局全員大人しく私に殴られた。
殴られて立って耐えたのはたったの一人。
その一人だけが他の者より始めから傷などをおっていた。もしかしたらティティダ達の扱いに苦言を呈したが為に仲間に殴られた可能性がある。
だが、止められなければ結局一緒である。
大人しく殴られはしたものの、騎士達はこのことは報告すると言ってきた。
いいだろう。言いたければ言いたまえ。
我が公爵家が毎年どれだけ騎士隊に寄付金を払っていると思っているんだ?
祖母がいた時代に祖母が若い男の肉体を見たいから、と始めた寄付金だが、祖母が亡くなったからといきなり止めるのもどうかと思って続けてきたのだが、どうやら止め時がきたのかもしれない。
寄付金を止めることを伝えると、奴等は怯んだ。
例えどれだけ下っぱだとしても、騎士隊においてどれだけ我が公爵家が金銭面で貢献しているか知らない者はいないだろう。
逃げるように帰って行く騎士達がちゃんと帰って行くか監視を付けておくのを忘れずに指示する。
帰り道でどこかで八つ当たりでもしていそうなら報告してやる。
ティティダ達が乗ってきた箱は証拠として国に突き出してやりたいが、見ていたくもないのですぐ処分することを命じた。
ティティダの側に戻り、ジーダからティティダを支える役目を代わる。
今すぐにでも倒れそうなティティダを抱き上げると、始めは抵抗されたが、私に悪意がないと分かったのかその身を預けてくれた。
倒れそうな妻を待たせてまで奴等を殴ることで、私が奴等とは違うということを見せた甲斐があった。
「直ぐに医者を」
「既に手配しております」
仕事の早い頼もしい使用人に安堵する。
言わなくとももう一人の獣人女性を背に抱えて運ぶのは我が家の頼れる執事殿だが、まだ四十代とはいえ既に気を失っている獣人女性を運ぶのはキツいのではないだろうか。ギックリ腰にでもなられたら困ると人を変更することを提案すれば却下された。
まだ若いと言うが、獣人女性は我が国の女性の平均より体は大きい上に、その女性は気を失っている。
結婚していない執事が運ぶ方がいいだろうとは主張してくるが、いや、しかし。
とぐだぐだやっていたらもう一人の獣人男性を背に乗せた庭師の男に早く屋敷の中に入れと急かされた。
つまらないことで時間を使ってしまったな。
愛しい妻を屋敷の中に抱き抱えて入っていきながら、どさくさに紛れて頭部に口付けを落とす。
獣人にとって敏感だろう耳には触らないように注意はした。
まずは医者に風呂、食事に………と考えながら、国に対してどう抗議をしてやろうかと考える。
騎士を殴ってしまったので正式に抗議を申し立てるより、身内として静かに反論するべきか。
王子には公爵としてではなく兄貴分として手紙をしたためようか。
そうだ、王子の婚約者殿が我が国に訪れる際には今日の騎士共を警護に付けるよう進言しよう。
国の友好の証としての婚姻は殿下も私も同じなのだから、同じ騎士が付いても不思議ではないだろう。
騎士として奴等が未熟であると姫にはバレないといいな?
そうだ!私と花嫁殿の運命的な出会いを劇にしよう。
メリルーが今劇にはまっているらしいので何か進言をもらおうか。
王子と遠国の姫のラブロマンスの前に、私とティティダとの運命の出会いを劇として流行させるのだ。王子はさぞ悔しがるに違いない。
だが、その前に私はこの愛しい妻の心を手にいれなければならないことも分かっている。
この気の強そうで一筋縄ではいかなそうなこの妻と本物の夫婦になれるのはいつになるかな。
焦らずとも私はとても気が長い。
まずは恋人期間だと思って彼女のペースに合わせていくか。
ああ、しかし、将来のことも考えて色々やっておかなければ。
私達に子供が出来た時のことも考えたらゆっくりなどしていられない。
まずは意識改革から必要だ。
獣人の存在を、この国に当たり前の存在として確立しなければ。決して差別の対象などではなく。
私達の子供が特別なものでない環境にまでもっていきたいな。
他の独身貴族共に獣人との婚姻を勧めるのも有りか。
などど考えていると私の腕の中にいるティティダから抵抗を感じた。
どうやら私は無意識に彼女の手を食んでいたらしい。
すまない。愛しい妻に触れていたくて無意識に動いていたのだ。
彼女が私の上から降りたそうにしているが却下だ。
そうだ、この国では夫婦はこれくらいの距離感が当たり前なのだと彼女には思い込ませてはどうか。
常に密着していれば彼女が私に心を開くのも早くなるはずだ。
だがしかし、今はこの反抗的な目を楽しむのもアリだな。
この敵を見るような睨み付け方は今だけだと思えば楽しいものへと変わる。
私とティティダの運命的な出会いを元にした劇は大反響となった。
自身と婚約者殿との出会いを劇にしようとしていた殿下がとても悔しがっていたのは言うまでもない。




